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188話:彼女の言葉を、これっぽっちも信じてない。

≪何アイツ!? ムカつく!!≫


 パルフェが去り、南方大天使も無言のまま牢屋を後にしてしばらく。

 見張りの管理者が鉄格子の前に戻って来たところで、いきなりクロの声が聞こえた。


 ただし。

 右肩が拘束具で封じられている為か、聞こえて来たのはかなりくぐもった声だけど――正直言って、かなりマズい。

 警備兵の一人がこちらに近づき、鉄格子越しに槍をボクに突き付けた。


「おいチビッ、何だ今の声は!? 貴様の声じゃなかっただろ!?」


「あ、いや、ボクの声だよ。ほら、何アイツ(裏声)!? ムカつく(裏声)!! って感じで……ね?」


「あぁ? さっきそんな声だったか? ……まぁいい、とにかく叫ぶな。今度喚いたら南方大天使様に報告するからな」


「ゴメンなさい。何かもう叫ばないとやってられなくて、二度と騒がないから」


「……ふんッ」


 忌々し気な目で槍を下ろし、元の配置に戻る警備兵。

 その後ろ姿に安堵しつつも、ボクは小声で注意せざるを得ない。


「ちょっとクロ、こんな場所で叫ばないでよ。意識が戻ったのは良かったけど」


≪何も良くないよお兄ちゃん。ここから外に出られないし……って、それより何なのアイツ!? 信じられない!!≫


「信じられないって、一応聞くけどパルフェのこと?」


≪そうに決まってるでしょ!! 天国まで追いかけて来たお兄ちゃんに、あんな態度取るなんて許せない!! 酷過ぎるよ!! あんな酷い奴だって思わなかった!!≫


 姿を見ることは叶わないものの、口調から察するにクロは随分とお怒りのご様子。

 一応小声で怒っているので警備兵には聞こえていない筈だけど、それでもいつ気づかれるのかとヒヤヒヤ物なのは否めない。

 まぁさっきのパルフェとの会話を聞けば、クロの反応も致し方ないかも知れないけれど、「致し方ない」で言えばそれは向こうも同じだろう。


「違うよクロ、パルフェの言葉は全部嘘だよ」


≪へ? ……全部嘘? さっきの会話が?≫


「うん。南方大天使も後ろに居たし、あぁ言わないといけない状況だったんだよ。むしろボクを諦めさせる為に、さっきの台詞を「言え」って言われて牢屋に来たのかも」


≪でも、だとしてもだよ。アイツ、お兄ちゃんのことをチビとか汚いとか侮辱した。蜂蜜くれるいい奴だと思ってたのに……ッ!!≫


「クロ……キミも悔しいんだね。――うん、ボクも同じだよ。凄く悔しい。パルフェにあんな台詞を吐かせた自分の無力さに反吐が出る」


 単純な話、ボクが捕まらなければこんな最悪の再会を果たす事はなかった。

 行く手を阻む者をボクが全て退け、何者にも阻まれずにパルフェに逢うことが出来れば、きっとこんな事にはならなかっただろう。


 決して“こんな事”には。

 彼女に悪役を演じさせる事はならなかった。


 罵声を浴びせられたボクより、よっぽどパルフェの方が泣きたい筈だ。

 だけど、泣きたいのに泣けない。

 ボクの前で、南方大天使の前で泣いてしまったら、その言葉が全て嘘だとバレるから、だから彼女は泣けなかった。


(まぁ、とっくにバレてるけどね)


 嘘であって欲しいとか、そういうレベルの話ではない。

 アレは嘘だ。

 彼女は泣いていなかったけれど、瞳は濡れていなかったけれど、心は泣いていた。


 ボクにはそれがわかる。

 だからボクは信じない。

 彼女の言葉を、これっぽっちも信じてない。


 むしろ、全て逆の意味で捕らえている。


(待っててパルフェ。ボクが何としてでも、必ず迎えに行くから……ッ!!)



 ■



 ~ ドラノアの元からパルフェが去って間もなく ~


 その“パルフェ本人”は、自室に戻るなりベッドに崩れ落ちた。

 瞳に溢れんばかりの涙を浮かべながら、しかし悲しみよりも怒りの優る声を上げる。

 部屋の入口に立つ、実の父親に向けて。


「これで満足でしょ!? 約束通り、隠れ家(アジト)の皆に手を出すのは辞めて!!」


「――いいだろう。天国の秩序さえ守れるなら、多少のことには目を瞑ってやる。ただし、あの黒ヘビは明日地獄に移送する」


「ちょッ、それは話が違うじゃない!! 私が素直に投降すれば皆には手を出さないって、そういう約束でしょ!? ドラの助も牢屋から出して!!」


「駄目だ、お前と同じ脱獄者を野放しには出来ない。それもこちらから手を出した訳でもなく、向こうから飛び込んで来たのだからな」


「ッ~~!!」


 爪を立て。

 悶絶するように頭を抱えるパルフェだが、それで変わることは何も無い。

 

 正直言って「誤算」だった。

 まさか自分に逢う為に、単身天国まで追いかけてくるとは完全に想定外。

 無茶が過ぎるにも程があるし、馬鹿を超えた大馬鹿者の極みで、それがまた嬉しく思えてしまった自分が情けなくもある。


(……ドラの助を、何とか隠れ家(アジト)に返さないと)


 先ほど、彼には酷い言葉を浴びせてしまった。

 もう一生逢うことは無いかも知れないけれど、それでも彼には変わらず過ごしていて欲しい。

 これから自分がどうなるのかはわからないけれど、この家から出ることは一生叶わないかも知れないけれど、それでも――



「聞こえるか、民衆の声が」



 南方大天使から、父親からの不意な問い。

 それが窓の外から聞こえてくる騒ぎの事を指しているのは理解している。

 人目に触れず天国へ帰って来た時には、既に目と鼻の先の王宮広場で抗議活動が起きていたのだ。


 騒動の原因が自分であることも、パルフェは嫌でも理解している。


 しかし、彼女はずっとその声に耳を塞いでいた。

 自分の存在を否定する声など、誰だって耳には入れたくない。

 両手で耳を塞ぎ、パルフェはギュッと目を瞑る。


「……聞きたくない」


「ならん。その声を聞くのが管理者の役目だ」


「………………」


「――わかっていた筈だぞ。地獄から脱獄した人間を『全世界管理局』は決して許さない。ましてや、覇者の娘が“生き返る”ことなど、決してあってはならぬ事だ。呪うなら自分の愚かさを呪え。俺の言う通り、王宮内の安全な警備下で暮らしていればこんな事にはならなかった。無鉄砲で未熟、幼稚なお前の行動が、天国にどれだけの混乱をもたらしたか理解しているのか」


 諭すような父親の口調。

 その冷静さが、静けさが、パルフェには耐え難かった。

 ドンッと床を叩き、彼女は真っ赤に腫らした瞳で父親を睨む。


「それでもッ、私は外に出たかったの!! もっと自由に生きたかったの!! それの何が悪いの!?」


「良い悪いの話ではない。我儘なお前の行動が、その結果がコレだ。一度死んだ人間が、それも覇者である俺の娘が、死してなお平然と暮らしている事に民衆は納得しない」


「だから何!? 私殺されたんだよ!? 死んだ娘にかける言葉がそれなの!? パパおかしいよッ!!」


「本当におかしいのはどっちだ。死んだ娘と言葉を交わしている、今この時がおかしいのだ。――いいか。この前まで穏やかだった天国の平和は、厳格なる戒律の下に成り立つ姿だ。混迷の時期を乗り越えた先人達の苦労の末、ようやく手に入れた平和だったのだ。それをお前が、その身勝手さで平然と踏み潰した。この罪は重い。何より、民衆がお前の存在を許さない」


 そして南方大天使は『結論』を告げる。

 自らの口で、彼女の処遇を――。



「五日後に、お前を公開処刑する」



「ッ!?」


「目の前の王宮広場にて執り行う。その旨を、これから民衆に俺が伝える」


 死刑宣告と、その流布。

 実の親から発せられた“最悪の結末”に、彼女も塞ぎ込んではいられない。

 南方大天使の足に縋りつき、涙を流して訴える。


「待ってッ、死にたくない!! せっかく地獄から出て来たのに!!」


「死にたくない、だと? ――それが許されぬ事だと言っている!! 好んで死にたい人間など僅かだッ、ほとんどの人間は死にたくないに決まっている!! それでもッ、人が死ぬのがこの世界だ!!」


 大声を上げ、縋りついた娘を乱暴に振り解く南方大天使。

 その後、彼は静かに深く深呼吸を入れ、荒ぶった気を落ち着かせ、淡々と無慈悲の言葉を紡ぐ。


「……お前は一度死んだ。死んでしまった。その事実は覆らないし、覆してはならない。命の流れに抗うなど、死後を扱う天国には絶対にあってならぬ事だ。最早、お前を処刑する事でしかこの混乱は収まらん。――覚悟を決めておけ。五日後、王宮広場にてお前の首を切り落とす」


「………………」


 娘と言えども容赦無し。

 娘だからこそ容赦無し。

 どちらの気持ちが彼の中で大きかったのだとしても。

 南方大天使は伝えた結末を変えることなく、パルフェの部屋を静かに去った。



 ――――――――



「………………」


 放心状態とは正にこの事か。

 全く想定していない訳ではなかったが、心の何処かで「実の娘を殺す判断をする訳がない」と思っていた部分があった。


 だが、結果は先の通り。 

 例え娘と言えども南方大天使が慈悲与えることはなく、パルフェの処遇は「公開処刑」で確定された。


(何かもう、どうでもよくなっちゃった……)


 天国の覇者である父親が、この決定を茶番で終わらせる訳が無い。

 処刑は必ず執行される。

 どうやっても自分は死ぬのだと、それがわかってしまったら、全てがどうでもよく思えてきた。

 どうでもいいと思うことすら、最早考えたくもない。



 心を空に、空っぽに――。



 コンコンッ。

 ノックの後、返事を待つことなく部屋の扉が開かれ、パルフェの目が見開かれる。

 空っぽに、虚ろになる前に、心へ入って来たその人物は。


「……お姉ちゃん」

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