186話:娘を生き返らせた大馬鹿者
「「「ぎゃああああぁぁぁぁ~~~~ッ!?」」」
しなるクロを鞭のように振るい、その乱打を受けた天使部隊が悲鳴を上げる。
先の斬撃を受けて辛うじて空を飛べていた者も、そうでない者も、増援として現れた管理者は全て“下の森”に墜落。
外からは確認出来なかったけれど、どうやら壁付近の“街外れ”は森になっているらしく、真下は新緑鮮やかな木々が生い茂っていた。
そんな彼等の墜落にボクが続くわけにはいかない。
クロをクッションに2回・3回とバウンドし、着地。
すぐさま街を目指して駈け出そうとするも、そんなボクの行く手を最初の管理者が――“下位十六隊”の男性が阻む。
「我々天使族にとって、翼は戦闘の要だ。それを最初に狙うのは当然だが、言うは易く行うは難し。実際に部下達の翼を奪ってみせるとは、子供のくせに中々やるじゃないか」
「そりゃどうも。だけど子供じゃないんで、そこのところよろしくね」
「ふんッ、生憎と悪童に対する礼儀は持ち合わせていない。ところで、最後の言葉はそれでいいのか?」
ゾクリと、急にボクの背筋が凍る。
並の管理者50名と比べると彼は別格で、油断は出来そうにもない。
「私はフォルミル。下位十六隊での序列は13位だ。貴様は?」
「ボクは……名乗る程の名前は無いかな」
「なるほど、戦士としての礼儀は持ち合わせていないらしい。ならば私がここで捕えて、礼儀を叩きこんでやる……ッ!!」
「ッ!?」
動いた、と思った次の瞬間には、槍が目の前に迫っていた!!
純粋に彼の動きが速く、頭を逸らしてギリギリのところで槍を回避。
負けじと応戦するこちらの手札は「斬撃」と「クロ」。
対するフォルミルの手札は「槍捌き」と、圧倒的ではないにしても、ボクよりも大きな身体から繰り出される「体術」。
“魂乃炎”は今のところ未確認で、それ故に不意の一撃にどうしても気を張らざるを得ず、中々決定打を繰り出すには至らない。
≪お兄ちゃん、この人……ッ≫
「うん、強いね!! 普通に強い!!」
秒間に何度も打ち合い、攻防を繰り広げるが決定打には至らない。
大技を繰り出す暇が無く、互いに体力を削り続ける一方だ。
ボクが壁を越えたことは既に管理者達に知れ渡っているだろうし、ここで時間を使って増援が現れたら、それこそ体力面でも勝ち目が無くなる。
(くそッ、こんなんじゃ駄目だ。この程度で苦戦してたら、パルフェに逢うことも叶わない……ッ)
こうなったら仕方が無いけど――
「貴様ッ、逃げる気か!?」
背中を見せて走り出したボクを見て、僅かに驚いたフォルミルが一瞬だけ戸惑いの時間をくれた。
ただ、だからと言ってそのまま見逃す彼でもない。
「天使族のスピードを舐めるな!!」
(“掛かった”!!)
翼を広げ、一直線に迫り来るフォルミル。
だからこそ、見逃してくれるなら御の字だったし、追って来るなら“迎撃を狙える”。
「“黒蛇:大鎌鼬”!!」
「なッ!?」
驚愕に目を見開くフォルミル。
速度を上げ過ぎているが故に、急な回避も間に合わないだろう。
これで増援が来るまでは、追っ手を気にすることなくパルフェを探せると、そう思ったのか間違い。
クロがナイフを咥え、そこから放った特大サイズの斬撃。
不意の一撃がフォルミルに直撃する寸前で――「閃光」。
“斬撃が掻き消された”。
(は?)
理解に戸惑う。
前触れなく、雷と見紛う光が天空から降り注ぎ、ボクの放った斬撃を掻き消したのだ。
そして、フォルミルはまだボクの視界の先にいるのに、“ボクの身体が地面に押し付けられている”理由もわからない。
思考の混乱。
その混乱からボクを解放してくれたのは、ボクの頭を足で押さえつけ、地面に押し倒した“張本人”。
ボクを追っていたフォルミルが、急に片膝をついて頭を下げた人物――。
「南方大天使様ッ、何故こちらに!?」
(南方大天使!? つまりはパルフェの父親!?)
驚きと共に無理やり頭を捻り。
何とかその姿を捉えると、高貴なローブを纏った4メートル以上はある大男の姿があった。
堀の深い顔でこちらを見下ろし、哀れと怒りを合わせたような瞳をボクに向けている。
「貴様か。娘を生き返らせた大馬鹿者は」
言い終わると同時。
踏みつける脚に力が入り、メキメキメキとボクの身体が地面に沈む。
「ぐあぁぁぁぁああああッ!!」
≪お兄ちゃんから離れぶッ!?≫
クロが反撃に出るも、南方大天使の手刀で弾かれた。
それでも諦めず、彼の首を狙うも――
「くどい」
殴ッ!!
裏拳一発で、クロが“気絶”。
「クロ!?」
≪………………≫
声を掛けても返事はなく、ダラリと地面に突っ伏したまま動かない。
記憶の限り、明確にクロが気絶したのは初めてのことで、慌ててボクの意思で右肩に戻すも、この状況を一言で言えば「詰み」。
一瞬にして場を治めた南方大天使が、酷く冷たい眼差しを向けてくる。
「単騎で王都に攻め込むなど馬鹿げている。貴様の目的は何だ?」
「何って……決まってるでしょ? パルフェに逢わせて」
「………………」
無言、その後。
南方大天使はボクの首根っこを掴み、飛んだ。
「南方大天使様ッ!?」
驚くフォルミル以上の速度だ。
森の中から目も眩む速さで街中まで飛び、“とある場所”で再びボクを地面に押し付ける。
「ぐッ」
切れた唇、その血の味と共に。
最初に視界へ入って来たのは、壁の高さに匹敵する「剣を掲げた戦士の大きな石造」。
その足元には広場が広がっていて、数万にも及ぶ天使族が集まり大声を上げていた。
それらを見下ろせる高台にボクを連れて来るのが、南方大天使の目的だったようだけど……。
「お前にも聞こえるだろう? この民衆の声が」
(民衆の声?)
それが一体何だと言うのか。
仕方なしに耳を傾けると、「聞こう」という意識が働き出したのか、広場に集まった人々の言葉がボクの耳に入り出した。
「第二王女の生き返りを許すな!!」
「死者が生き返ることは命への冒涜だ!!」
「死んだ者と再会したい人間は大勢いる!! いや、生きとし生きる全ての人間がそうだ!!」
「俺だって死んだ妻に逢いたい!! だけどそれは叶わない事だからと歯を食いしばって生きている!! 南方大天使様はどうなんだ!? 自分の娘だけ特別扱いするのか!?」
聞こえて来たのは不満の声。
ただの愚痴や小言ではなく、今にも何か起きそうな程の熱量を持った民衆の叫び。
(デモが起きてる……ペガサス牧場の老夫婦が言ってた通りだ。パルフェが生き返った事に、皆納得がいっていないんだ……)
「お前が行ったのは“こういう事”だ。死は絶対的な人生の終わりでなければならない。そこから外れた者は、世界の秩序を大きく乱す諸悪の根源でしかない。貴様は娘を犯罪者に変えたのだ」
「………………」
ギュッと、拳を握る。
わかってはいたつもりだ。
自分達が『AtoA』のルールから外れた存在なのだと、それが絶対に許して貰えないことも理解していたつもりだ。
(――だけど、それでも生きる)
関係無い。
誰がどんな反応をしようが、ボクは生きるしパルフェも生きる。
そこを責められて、今更謝るくらいなら、ボクはそもそもここにいない。
「南方大天使、アンタの言いたいことはわかったよ。でも、パルフェは必ず連れて帰――がッ!?」
顎を蹴られ、脳を揺さぶられた。
気合でどうこう出来るモノではなく、あっという間に意識が遠のく。
「フォルミル、こいつを牢屋に入れておけ。明日、地獄へ移送する」
「はッ!!」
どうやら遅れて追いついて来たのか。
気合が入った部下の返事を最後に、ボクの意識は真っ黒な闇の中に沈んでいった。




