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19話:避けようのない罪悪感

「二度と舐めた真似出来ねぇようにしてやる!!」


 地面を叩きつけたダンガルド。

 その衝撃でボクが浮いて、地面に着地するまでの僅かな時間。

 “魂乃炎アトリビュート”を灯したダンガルドが、巨体を活かして一気に距離を詰めて来る!!


「オラァッ!!」


(ッ!!)


 堪らず両手で顔をガードするも、はっきり言って意味は無い。

 雨と共に、青銅で覆われた硬い剛腕が、ガードの上からお構いなしに襲い掛かる!!


「がっ!?」


 先にも増して勢いよく壁に叩きつけられ、そのままズルズルと地面に落ちた。


「ドラの助ッ!?」


「だ、だいじょう――がはっ!?」


 起き上がりにもう一発!!

 脇腹に強烈な一撃を喰らい、ボクの身体は大きな弧を描いて地面に叩きつけられる。

 無様にもゴロゴロと地面を転がり、近くにあったベンチにぶつかってようやく止まった。


 そんなボクのお腹に、ダンガルドの蹴りが遠慮無しに入る!!


「死ねチビ!!」


「ゲホッ、オエエェェッ!!」


 腹を蹴られたせいで、胃袋の中身が逆流してくる。

 結果としてはほとんど胃液だったものの、少なからず吐しゃ物も撒き散らし、お陰で追撃を免れることが出来たのは不幸中の幸いか。


「ちっ、汚ねぇなオイ。ゲロまみれだといたぶる気も失せちまうだろうが」


「「さっすが親分!! チビガキなんか秒殺だぜ!!」」


 チンピラ二人の歓声が聞こえるけれど、その声は性能の悪いマイク越しで聞いているかのようだ。

 |“雪解け毒(ゆきどけどく)”と度重なるダメージにより、身体が色々とマヒ状態なのだろう。

 遠くでゴロゴロと鳴った雷の音が、ダンガルドの勝利を告げる鐘の音にすら聞こえる。


「大丈夫!? 私の声聞こえる!?」


 慌てて駆け付けてくれたパルフェ。

 吐しゃ物にも構わずボクを抱き起し、似つかわしくない鋭い目つきでダンガルドを睨む。


「ちょっとアンタッ、ドラの助に何すんのッ!?」


「あぁ? そいつが弱ぇのが悪いんだよ。テメェの実力もわきまえずに喧嘩を吹っかけてくるんだからな。その程度で剣舞会優勝だぁ? 自分の実力も図れねぇとんだ馬鹿だぜ」


「ば、馬鹿じゃないもん!! ドラの助は、強くて可愛くて優しい“いい人”なんだから!!」


「へえ~、無様に負けてゲロ吐く雑魚はいい人なのか。そりゃあ知らなかった」


「「ギャハハハッ、俺達も知らなかったぜ!!」」


 嘲笑うダンガルドの言葉に、手下のチンピラ二人も笑いながら同調。

 人を蔑むその笑いが彼女の中に一体何をもたらしたのか、それをボクが知る由もない。



「笑うな!! アンタ達にドラの助を笑う資格なんか無い!!」



「……あぁ? 何だテメェ」


 ギロリッと、今一度ダンガルドが睨む。

 ボクではなくパルフェを、先程まで涙目で助けを求めていた少女を。


「クソ雑魚女が調子乗ってんじゃねーぞ。男に縋るしか能がねぇ馬鹿女は、強い男に尻尾振ってりゃいいんだよ。今すぐ謝れば、さっきの言葉は聞き流してやる」


「余計なお世話よ!! 何度だって言ってやるッ、アンタ達にドラの助を笑う資格なんか無いって!!」


「ハッ、こいつは傑作だ。どうやら度胸だけは一人前の様だが……けどな嬢ちゃん。実力が伴ってねぇ言葉に意味なんかねーんだよ。泣き喚くだけじゃあ世界は何も変わらないぜ?」


「うるさい!! 私だって……私だってッ、やれば出来るんだから!!!!」



 ――炎!!



 ここでようやく、パルフェの胸に“魂乃炎アトリビュート”が灯った。


「何ッ!?」


 流石にダンガルド警戒するが、しかし、その炎は見るからに「風前の灯火」。

 風が吹けば今にも消えそうな程に弱弱しく、とてもではないが暗闇を照らす希望の光には見えない。

 そして実際のところ、風が吹かずともパルフェの“魂乃炎アトリビュート”は――自然と消えた。


「嘘ッ、そんな……」


「おいおい、まともに“魂乃炎アトリビュート”も使えねぇのかよ。マジで終わってんなテメェ」


 一瞬真顔になったダンガルドも、この結果には苦笑い以下の興醒め。

 ダンガルドに続き、チンピラ二人組も見下した目でパルフェを嘲笑する。


「ギャハハッ、この女ポンコツですぜ!! しかも頭がイカれてやがる!!」

「ゲヒヒッ、マジでヤベェ女だったか。クスリでもやってんじゃねーのか?」


 後ろ盾に泣きつき、騒ぎ立てるしか能がないチンピラ風情。

 その首を即刻ナイフで斬り刻んでやりたかったけど、それが出来ないこの身体が、いうことを効かないこの身体が、ここまでもどかしく感じたことはない。


「パル、フェ……」


「無理しないでッ、ここは私に任せて!!」


 そう言ってボクを抱き締める彼女の身体が、この場にいる誰よりも震えているのがわかる。

 魔人に凍らされた時以上に、地獄に墜とされた時以上に、自分の無力さを痛感し、心の何かが痛む。


 涙も出ないのに。

 地獄で全て枯れ果てたのに。

 それでも、心の内からズキズキと訴えかける何かがある。


(……くそ、何が“復讐”だ。彼女一人守れないで、ボクは何をしてるんだ……ッ)


 この果てしない無力感に打ちのめされたら、きっとその何かは壊れて、永遠に元には戻らないだろう。

 ここで訳の分からない絶望をする為に、ボクは死に物狂いで脱獄して来たのではない。

 ボクの地獄の4000年を、こんな事で台無しにしてはならない。


(もう、身体が壊れてもいい)


 死ぬ気でパルフェを守る。

 他の誰でもない、ボク自身の為に。

 今一度、身体に溜めたありったけの地獄の熱を――



「ちょっとアンタ達ッ、そこで何してるんだい!?」



 不意に、“第三者”の声が響く。


(……誰だ?)


 霞む視界を動かすと、恰幅の良い中年女性が立っていた。

 たまたま通りかかったのか、傘を片手にこちらの様子を窺っている。

 ボクの知り合いではなく、そもそもこの場にいる誰の知り合いでもないのか、ダンガルドが不機嫌な顔でゆっくり振り返る。


「何だテメェ? 雑魚は引っ込んでろ」


「そこはウチの敷地だよッ、アンタが出て行きな!! さっさと出て行かないと管理者を呼ぶよ!!」


「チッ、外野がイキりやがって……」


 堪らずダンガルドが舌打ち。

 中年女性を数秒睨んだ後、ゆっくりと踵を返して歩き出す。


「行くぞテメェ等。興が削がれちまった」


「えっ、でも親分、あのバカ女を捕まえなくていいんで?」

「そうだぜ親分、管理者が来るまでまだ時間はありやすぜ。邪魔するチビガキもあの通りなのに」


「それじゃあ訊くが、お前等はあんなゲロまみれのイかれた女が欲しいのか?」


「ギャハハッ、やっぱ要らねぇや」

「ゲヒヒッ、だな!! 汚ねぇし!!」


「………………」


 この時、無言のパルフェがどんな顔で話を聞いていたのかはわからない。

 だけどそれがどんな顔でも、ボクは酷く申し訳ない気持ちで一杯だった。


 でも。

 だけど。

 何故だろう?


(頭が痛くて、身体も痛くて、ゲロ吐いて、情けなくて、心も痛いのに……)



 それでも、何故かボクは“嬉しかった”。



 ……いや、「何故か」はわかっている。

 これまでの人生で、ボクを庇ってくれる人なんていなかったから。

 ただそれだけのこと。


 そんな小さな「嬉しさ」と、それ以上の大きな「悔しさ」を噛み締め。

 遠ざかるダンガルド達の背中が消えたところで、ボクはようやく暗闇の中に意識を落とした。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 ~ 数時間後 ~


 ――パチリ。

 重い瞼を開くと、目の前にパルフェの顔。

 間近で見ると少しだけ垂れ目気味の大きな瞳で、こちらをジ~~ッと見つめている。

 

「おはよう。気分はどう?」


「別に大丈夫……じゃないかも。うぅ……」


 頭が痛い。思い出したように痛い。

 妖精族の管理者から受けた毒の鱗粉が、ここまでの代物だとは正直思っていなかった。

 思い返せば「幻獣すら仕留める」とか言っていたあの台詞は、どうやらハッタリでも何でもなかったらしい。


 そしてこの気分の悪さで、ボクは自分が“どうなった”のかも思い出す。

 

(そうだ……体調が悪いままダンガルドに挑んで、それで負けたんだ……)


 呆気なく敗北し、吐しゃ物を撒き散らしたまま気絶。

 今になって思い出しても最高にカッコ悪い出来事だった。


「お水、飲む?」


「あぁ、うん……」


 痛む頭で上半身を起こし、受け取った水を飲みながらボーっと周囲を見渡す。

 実に不思議な部屋だ。

 キングサイズのベッドが一つに、ガラス越しで丸見えなシャワールームが設置されている。

 壁一面には“鏡”が設置されており、部屋の照明が趣味の悪いピンク色なのは印象的。


 加えてボクは上半身「裸」で、パルフェはバスタオルを身体に巻いた、お風呂上りみたいなスタイルでベッド脇に佇んでいる。

 その背後、ガラス越しのシャワールームには見覚えのある物が――パルフェの服と、ボロボロな咎人の服がぶら下がっていた。


「気分はどう?」


「ん、少しだけ落ち着いたかな」


 空になったコップを返し、ボクは続けざまに質問する。


「それで、この部屋は?」


「えっとね、とにかくドラの助を介抱しなきゃと思って、だけど管理者にも来られたら困るから……だから、一番近くにあったホテルに運んだの。それで、その……勝手に服を脱がしちゃってゴメンね?」


「あーいや、それは謝らないで。むしろ悪いのはこっちだから」


 吐しゃ物塗れで気絶した人間を運ぶだけでも大変なのに、ボクの汚れた衣服を脱がし、更には洗ってくれたのだ。

 これはもう罰ゲーム以外の何物でもなく、彼女に謝られてしまうと、避けようのない罪悪感が否が応でも押し寄せてくる。


 一度は彼女を見捨てたのに。

 足手纏いだと切り捨てたのに。


 そんな彼女を「仕方ないな」と助けに出ていって、偉そうに登場して、その結果がこの様では弁明の余地もない。

 はたして、何をどうすればこの罪悪感を払拭出来るのだろうか。


「パルフェ、どうして“魂乃炎アトリビュート”が使えなかったの?」


 八つ当たり、なのかも知れない。

 責めるつもりは無いけれど、少なくともその自覚は無いけれど、自然と口から疑問が零れる。

 まぁどうせ雨で使えなかったのだろうと、そう予想していた答えとは、全く違う答えが返って来るとも知らず。



「私ね……小さい頃、男の人に襲われたの」



「えっ?」


 突然の告白――独白に、ボクの頭痛は思考と共に止まった。



*次話、前半はパルフェの過去回です(あまり暗い話にはせず、短めにサラッとまとめています)。

 後半はそのまま話の続きで、次々話は2回目の「挿絵」となります。

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