185話:討ち入り
「ありがとう!! このお礼はいつか必ず!!」
天国でペガサス牧場を経営する老夫婦。
彼等の見送りを待たずに家を飛び出し、ボクは大空に見える“魂虹橋”を目印に駆け出した。
おばあさん曰く。
「虹の根元を中心に、東西南北それぞれに王都があるんだよ。それを4人の大天使達がそれぞれ仕切ってるのさ」
との話だ。
つまり“魂虹橋”の根元に向かって走れば、必然的に王都へ辿り着く。
目印としては申し分ない存在で、迷う心配が無いのもありがたいけど、その大きさ故に距離感が掴み辛いのは困りどころ。
老夫婦の話では、天使の平均的な飛行速度で2時程の距離だと言うが、それがボクの走りでどれくらいの時間かはわからない。
それでも、ボクに出来ることは脚を回し続けることだけ。
もし他にもあるとすれば、それは右肩から出て来た相棒の会話に付き合うことくらいか。
≪ちょっとお兄ちゃん、あんまり無理しちゃ駄目だよ? 多分、これから物凄い無茶をしようとしてるよね?≫
「うん、でもやらなきゃ。とにかくパルフェに逢って話を聞かないと納得できない。クロだって、このままパルフェとお別れは嫌でしょ?」
≪う~ん、もしもこのまま“蜂蜜お姉ちゃん”が居なくなったら、二度とあの蜂蜜を舐められなくなるんでしょ? それは確かに嫌かも≫
「別に蜂蜜の為じゃないけど……(そして蜂蜜お姉ちゃんって)」
パルフェとは別ベクトルのネーミングセンスだけど、まぁわかり易いと言えばわかり易いので問題無い。
それに彼女の蜂蜜は確かに美味しいので、アレを味わえなくなるのはボクとしても嫌だ。
≪だけどお兄ちゃん、蜂蜜お姉ちゃんが“どの王都”にいるかわかるの? さっきの話だと王都が4つもあるんでしょ?≫
「それは大丈夫。“南方大天使”の娘が話題になってるって、牧場のおばあさんが言ってたから」
≪なるほど、それなら南の王都に行けばいいんだね。それで、南ってどっち?≫
「……え?」
≪だから、虹の根元のどっちが南側なの?≫
「………………。……とにかく急ごう!!」
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――
―
~ 2時間後 ~
「はぁ、はぁ、はぁ……」
アップダウンの激しい道をノンストップで走り続けた結果、“魂虹橋”の根元に広がる王都の近くまでやって来た。
空障害物を無視出来る天使族の飛行速度と同程度と思えば、まぁ悪くない時間だろう。
これ以上無い程にボクの息も上がっているけれど、パルフェに逢うまでは弱音を吐いていられない。
それに王都へ辿り着いた訳ではなく、あくまでも王都の近くに来ただけ。
加えて、王都へ入るには“乗り越えるべき困難”が待ち構えており、アレをどうにかしない限りは中の様子を窺うことさえ出来ない。
(参ったね、“凄く高い壁”が虹の根元を囲んでる。下には『南王都第一関所』って書かれた門が見えるけど、ボクを入れてくれる訳もないし……)
計らずして南の王都に接近できたのはラッキーだったものの、肝心の関所には複数名の警備兵が確認出来る。
彼等を倒して門が開くなら正面突破も辞さないけれど、そんなことをすればすぐに応援を呼ばれ、あっという間に取り囲まれるのがオチだろう。
元々「一般人」は立ち入り禁止の世界だけど、渡航後も決して甘い警備体制ではないらしい。
(となると、やっぱり壁を乗り越えていくしかないか。高さは50メートルくらいか? 上の方は“雲の回廊”になってるみたいだ)
空が飛べる天使族であれば気軽に超えられそうだけど、生憎とボクに翼は無い。
クロを上手く使えば壁を上ることも可能だろうけど、警備側からの視点で見れば当然それも考慮している筈。
雲の回廊を巡回している警備兵でもいるのか、もしくはそれ以外の措置が取られているのか……。
「――いや、考えたところで意味は無い。他に手段が無い以上、行くか行かないかの二択しかないんだ」
答えがわからない問題は、出たとこ勝負でやる他ない。
パルフェに逢うと決めた以上、リスクを負わなければ何一つ行動に移すことは出来ない。
“黒蛇:跳躍”!!
地面にクロを叩きつけ、大きく跳躍。
続けて、
“黒蛇:自爆逆流炎”!!
という感じで、ここで爆炎を出せれば御の字だけど、出て来たのは「プスッ」という少量の煙だけ。
≪無理だよお兄ちゃん。地獄の熱が切れてるんだから≫
「だよねぇ」
無いものねだりをしても仕方がなく、ボクに出来ることは思いっきりクロを伸ばすことだ。
それでも何とか壁に噛み付き、縮める勢いで一気に上昇したとことで――“雲の回廊から糸が伸びて来る”!!
「何だコレ!? 雲の警備システム!?」
逃げ場の無い空中。
尚且つ、地獄の熱が切れていては打つ手も無い。
無数の「雲の糸」が次々と伸びて来て、結局ボクは糸に絡まり空中で捕縛されてしまう。
(くそッ、ナイフじゃ斬れないか!!)
切断を試みるも、しなる割に硬い特殊な性質によって断ち切ることが叶わない。
だったら――と次の手段を試そうとしたところで、雲の回廊から“槍を手にした天使族”が姿を現した。
「愚かな侵入者よ、この“秩序の壁”に何の用だ? まさか乗り越えようとしたのではあるまいな?」
「あらら、随分と早いお着きで……。別に壁に用は無いんだけど、なんか雲の糸に捕まったんだよね。これ何?」
「見ての通りだ、詳細を貴様に話す義理は無い。それより、その右腕は何だ?」
「見ての通りだよ。貴方に詳細を話す義理は無いけどね」
「……ふんッ、減らず口を」
浮遊したまま呆れた顔でため息を吐く彼は、ボクの感だけどただの警備兵ではない。
恐らくそれなりの地位にいる管理者だろうと、そんな想定を抱いたところで彼の胸にある「下」と「十六」という文字に気づく。
そして、ボクが気づいたことに彼も気づいたのだろう。
隠すことでもないと、今度は自ら教えてくれた。
「貴様が察する通り、私は“下位十六隊”の一人だ。自分で言うのもおこがましいが、天国の秩序を守る天使部隊の幹部に当たり、この“秩序の壁”の警備を任されている。下手な抵抗は諦めて、素直に捕まることを勧めるが?」
「素直に捕まるくらいだったら、そもそも侵入を試みないと思わない?」
「相変わらず口が減らない奴だな。しかし、”この数”を前に同じことが言えるのか?」
徐に槍を突き上げる男性。
すると、彼の背後に50人は下らない数の警備兵が現れた。
どうやら雲の回廊に待機していたらしく、このまま全員に囲まれたら「投了」も時間の問題だろう。
となると、残された手段は一つしかない。
「クロ!!」
≪任せて!!≫
阿吽の呼吸で雲の糸を食い千切り、脱出。
これには下位十六隊の男性も目を見張った。
「その右腕、まさかバグかッ!?」
驚くや否や。
彼はすぐさま槍を構え、自由の身となったボクに迫り来る!!
当然、成す術無くやられる訳にはいかない。
「“黒蛇:顎”!!」
クロを伸ばして攻撃するも、彼は翼を自在に操り綺麗に回避。
しかし、そのおかげでクロが壁の上まで伸びて、雲の回廊へ着地することに成功した。
(避けられたけど、足場を得たのは大きい。ここなら戦える……ッ)
翼を持つ天使族相手に空中戦をやっても勝ち目は無い。
足場のある回廊の上なら相手の「地の利」も消えて、ボクもまともに戦えるだろうと、そう思っていたのは先程までの話。
ボクが降り立った途端、回廊のアチコチから雲の糸が迫り来る!!
「ちょッ、これは……!!」
「足場があれば、私に勝てると思ったか!? 天国はそんなに甘くない!!」
「くッ!?」
伸びて来た雲の糸をクロで喰い千切るも、立て続けに先の管理者が槍で襲い掛かって来る。
ギリギリのところでナイフで捌き、クロで反撃に出ようとするも、その隙を与えないスピードで雲の糸が迫る!!
息つく暇が無い。
≪お兄ちゃんッ、ここは無理だよ!! 糸の対処で精一杯!!≫
「それはボクも同感ッ、雲の糸を払いながら彼と戦うのは厳し過ぎる!!)
こうなって来ると、ボクが行くべき先は一つ。
さっさと王都内に入ろうと、回廊から壁の内側に飛び降りたところで、“50名の管理者”が空中で待ち構えているのは変わらない。
「一斉にかかれ!!」
「「「おおおおぉぉぉぉ~~~~ッ!!!!」」」
名も知らぬ下位十六隊の号令を受け。
50名の管理者が雄叫びを上げながら、次々にボクへ迫り来る!!
正直、一人一人の動きは下位十六隊と比べてレベルが落ちる。
ナイフで弾いたり、クロで弾いたりと対処は十分可能だけれど、流石に個別の対処では時間がいくらあっても足りない。
(クロ、2秒稼いで)
≪りょーかい≫
左腕に意識を集中する、その間。
襲い掛かる管理者を勝手に動いたクロが弾き返し、そうやって稼いだ2秒で、あらん限りの斬撃を放つ!!
「“鎌鼬:五月雨”」
「「「ぎゃああああぁぁぁぁ~~~~ッ!?」」」
無数の斬撃が天使部隊を襲い、防御が間に合わなかった天使の翼を斬りつけた。
結果、翼の制御が出来なくなったのか、半数近い管理者が一直線に、もしくはフラフラと地面に落ちてゆく。
翼は彼等の生命線で、アレを傷付けられれば当分まともに飛ぶことは出来ないだろう。
それでも、多勢の恩恵を受けて残った天使部隊を――
「“黒蛇:乱打鞭”」
――全て叩き落とす!!




