183話:置き手紙
金棒で頭を殴られた気分だ。
これが毛糸で編まれたぬいぐるみの金棒なら良かったけれど、生憎と鉛で造られた棘付きの頑丈な金棒で、威力は洒落にならないレベル。
今先ほど聞いた言葉を、ボクは丸々聞き返すことしか出来ない。
「パルフェが、天国に帰った? 何それ、どういうこと?」
「ぐすッ……うぅ……」
倒れたボクの胸に顔を埋めたまま、嗚咽を漏らし始めるテテフ。
今は泣くよりも状況を説明して欲しいところだけど、まだまだ子供な彼女にそれを要求するのは酷というもの。
「コノハ、ボクがいない間に何があったの?」
「……今朝、起きたらコイツが机の上に置いてあったらしい」
涙を流すテテフを抱きかかえ、代わりに封筒を差し出すコノハ。
中を見ればわかると言わんばかりの表情で、ここまでただ見守っている子供クオンもコクリと頷くだけだ。
自分の目で見てみろと、そういう話らしい。
起き上があり、封筒の中から取り出したのは“手紙”。
どうやらこの中に全ての真相が書かれているらしく、ボクは涙に濡れたその手紙を破れないよう丁寧に開いた。
“私、天国に帰るね”。
その一文から始まった手紙は以下の内容だった。
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私、天国に帰るね。
ボロ臭い幽霊屋敷での生活は、もう飽き飽きだから。
さようなら。
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「………………」
意味がわからない。
たった3行の、置手紙というにはお粗末が過ぎる短い文章。
何故こんな置手紙を残して天国に帰る必要があるのか。
「えっと……これは何?」
仕方なしに3人へ尋ねる。
テテフは泣いていて、コノハはその頭を撫でており、答えたのは子供姿の――というか本来の姿のクオンだ。
「見ての通り、パルフェさんからの置手紙です。今朝、テテフさんが起きたら机の上に置かれていて、パルフェさんの姿が消えていたらしく――」
「違う、そんなことを聞きたいんじゃない。こんな手紙、誰も本当は信じてないでしょ? 確かにパルフェの文字っぽいけど、こんな手紙をパルフェが書く訳がない。別の誰かが書いたんだよ。そうに違いない」
「……本当にそうでしょうか?」
「そうに決まってるよ!!」
「ひッ!?」
ビクッと震えた子供クオン。
その反応を見て、必要以上の大声を出してしまったことに今更ながら気づいた。
悪い、とは思う。
ボクのこの感情が何にせよ、それをクオンにぶつけるのは理不尽だとわかっている。
だとしても。
ボクは大声を出さずにはいられなかったけれど、それを咎めるのは闇医者の仕事か。
「落ち着けドラ坊。確かに、お前がこの手紙を信じたくない気持ちはわかる。けどな、それなら“コレ”をどう説明するんだ?」
丸めた新聞紙でボクの頭を叩き、封筒に続けてコノハが新聞を差し出して来る。
一体コレが何だというか……渋々ながら丸まった新聞を受け取り、広げ、その一面を見て戦慄する。
『行方不明だった第二王女、天国へ帰還』
大文字の見出しと共に、パルフェの写真が一面を飾っていた。
新聞は今日の日付で、明るい星空の世界にて、翼を生やした大柄な男性と共にパルフェが並んで映っている。
「隣のおっさんは、天国の覇者:四大天使の一角――『南方大天使』。つまりは牛乳の親父だ。手紙を信じようが信じまいが、アイツが天国に帰ったのは事実なんだよ」
「………………」
棘付きの金棒で頭を往復ビンタされた気分だ。
見えない何かがグラグラと揺れて、この数分のやり取りを全て忘れ去りたい程に、心が動揺しているのがわかる。
ハッキリ言って、信じたくない。
少なくとも、彼女の意思で天国に帰ったとは思いたくない。
ボクやテテフを置いていくなんて、そんな判断をしたなんて、絶対に――。
「……ねぇコノハ」
「駄目だ」
「まだ何も言ってないよ?」
「言わなくてもわかるっつーの。どうせ隠れ家の『世界扉』で天国に渡航させろ、的な話だろ? 牛乳に直接会って話を聞きたいってな」
一言一句とは言わないまでも、内容的には花丸だ。
彼女にはボクの考えがお見通しらしい。
「わかってるなら使わせてよ。ここから行くのが一番早いんだから」
「駄目だ。百歩譲って他の世界なら目を瞑ってやってもいいが、『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』はヤバ過ぎる。あの世界での“いざこざ”は取り返しのつかない大問題になるぞ。ジジイが戻って来るまで勝手な行動は控えろ」
「そのおじいちゃんは何処に? この緊急事態に何してるの?」
「ゼノスと泊まり込みで『原始の扉』を調査中だ。夕方には戻って来る筈だから、それまで我慢しろ」
「………………」
無言のまま、ボクは奥の螺旋階段を上って自分達の部屋に入った。
ベッドに座り、静かに夕方までおじいちゃんの帰りを待つ――なんて真似を出来る訳が無い。
だからと言って今からおじいちゃんの元へ訪れ、事情を話したところで許可が出るとも思えない。
(だったら、ボクが取るべき手段は、取れる手段は一つしかない……ッ)
すぐさまベッドから立ち上がり、机の引き出しから「必要な物」を手に取る。
それから急いで部屋を出て、やっぱり一度引き返し、桃色のマフラーを巻いて再度部屋を飛び出す。
2段飛ばしで螺旋階段を降り、ソファーの横を通り抜けて――
「おい、何処に行くつもりだ?」
グイっと、コノハに肩を捕まれた。
それを、グイっと振り解く!!
「ごめんコノハ、すぐ戻るから!!」
「おい待てッ!!」
慌てて伸ばされた腕を振り切り。
ボクは隠れ家の外に一人で飛び出した。
――――――――
全速力で走るボクが目指すのは、言わずもがな“あの場所”しかない。
手紙の真意がどうであれば、彼女と直接会って話を聞かなければ納得出来る訳もない。
(パルフェ、どうして? 何で急に天国に帰ったの? テテフを……ボクを置いていくなんて、本当にキミが願ったことなの?)
わからない。
何もわからない。
手紙にはそう書いてあったけど、信じたくない。
アレが彼女の本心だと思いたくない。
だから、直接話を聞きに行く。
その上で、彼女が本当に組織から離れるなら、ボク等から離れるなら、その時は――。
■
~ 『Closed World (閉じられた世界)』の管理局:センターコロニー支部 ~
全速力で脚を回したボクが向かった先がここ。
隠れ家の『世界扉』が使えない以上、『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』へ行く方法は1つしかない。
「ようこそ管理局へ。渡航をご利用の方はあちらで順番をお待ち下さい……って、ちょっとキミ!? 順番を守って貰わないと困るよ!!」
駄目だ、待てない。
悪いと思いつつ、順番待ちの人を押しのけてボクは渡航ブースへ入る。
人間大の青く光る結晶:『世界扉』の前には、カップルだと思われる男女がいた。
これから旅行にでも行くのか、大きなケースを持って、今正に『世界扉』へ触れようというタイミングだったけれど、ゴメン。
「ちょっと譲って貰うよ」
「うおッ!?」「きゃッ!?」
ナイフで脅すと、二人は慌てて渡航ブースから退避。
すぐさま大声で施設の管理者を呼び始めた。
(本当にゴメンね。楽しい旅行の邪魔をして)
内心で謝ったのは、当然ながら悪いとは思っているから。
自分がやっているのは許される事ではなく、本当に悪い事だと自覚もしている。
でも、ここで止まる訳にはいかない。
少しでも止まれば、行動を躊躇えば、二度と彼女と会えないような、そんな不安に駆られてしまう。
だから迷わず『世界扉』に手を触れ、普通ならグレー表示になって選択できない『H』への文字へと手を伸ばす。
部屋から持ってきた「渡航許可証」、一部の管理者のみに許された“全ての世界へ渡航出来るパスポート”のおかげだ。
「割り込み野郎が逃げるぞ!! 早く捕まえろ!!」
後ろから鬼の形相で管理者が走って来るけど、もう遅い。
伸ばした彼の手が触れる前に、ボクの身体は青い光に包まれる。
そして――。
光から解放されたボクの身体は、青々と茂る草葉の地面に降り立った。
頭上には巨大な「虹の橋」が架かっており、その更に向こうには水彩の様な淡い色合いの青空が広がっている。
「良かった。地獄じゃなくて天国側に来れたみたいだ」
渡航代はボクが割り込んだ男女が払っていた筈だけど、『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』を選んだせいなのか渡航先はランダム。
間違って地獄に出たらどうしようかと心配だったものの、どうやら運はボクに味方してくれたらしい。
(あの二人には、後日ちゃんんと謝罪しないとだね。だけどその前に……ここは何処だ? 明らかにパルフェは居なさそうだけど――)
「くらぁッ!! 勝手に入ってる馬鹿は何処の誰だぁッ!?」
突然の大声に驚き、振り返る。
そこには三股の農具を手にし、鬼の形相で近づいて来る老人の姿があった。




