18話:VS ダンガルド
「――おい。何処の誰が、ウチの馬鹿二人を斬り刻んでいいと言った?」
チンピラ二人組の前に立ち塞がり、こちらをギロリと睨んだのは「ドワーフ族の大男」。
一般的に小柄なドワーフ族にしては珍しく、チンピラエルフ族以上の高身長を誇っており、小さなボクからすれば羨ましい程にガタイが良い。
身体には髑髏のタトゥーを入れており、どこからどう見てもガラの悪い感じが半端ない。
加えて無視出来ないのは、その胸に灯る“魂乃炎”。
その身一つでボクの斬撃を弾いた彼に、警戒心を抱くなという方が無理だけど、彼よりも無視出来ないのは涙目で駆け寄って来るパルフェか。
「ドラの助ぇぇぇぇええええーーーーッ!!」
「むぐッ?」
途中で止まるかと思いきや、勢いそのままに抱き着いて来た。
「うぇぇぇぇ~~~~ん!! よがっだよぉぉおお~~!! ドラの助が長いトイレがら戻っでぎだぁぁああ~~ッ!!」
「いや、別にトイレじゃないし、ドラの助ってあだ名もどうかと思うよ? あと、頭痛いから少し黙って」
「ドラの助ぇぇええ~~、何で置いて行っだの!? 何処いっでだのぉぉおお~~!?」
「ちょっと、鼻水が付くからあまり抱き着かないで……って、うわぁ……」
言っている傍から、彼女の鼻水がボクの服に付着。
途切れなく流れる大粒の涙もそこに混じり、元から汚い咎人の服が無残な程に益々ぐちゃぐちゃだ。
「とにかく黙って、落ち着いて。じゃないと、またどっかに行っちゃうよ」
ピタリ。
涙と鼻水と喚き声が止まる。
彼女はズズッと鼻水を啜り、「黙ってる」と告げ、抱き着くのを止めてボクの後ろに下がった。
「くそッ、何だ今のはッ。もしかしてあのチビガキが……ッ!?」
茶髪チンピラが、血を流す腕を抑えながらその顔を歪め、
「た、助かったぜダンガルドの親分!!」
赤髪チンピラも、同じく腕を抑えながらドワーフ族の大男を呼ぶ。
呼ばれるまでもなく、この場に現れた大男。
名を「ダンガルド」と言うらしい彼は、実に堂々たる態度でボクの前に悠然と立つ。
「おいチビ、こりゃあ一体どういうつもりだ? ウチの馬鹿二人を許可なく斬り刻みやがって。どう落とし前をつけてくれる?」
(……デカいな)
このダンガルドという男、いざ真正面から向かい合うと、横幅のせいもあってか身長以上に大きく感じる。
5メートル級だった閻魔王や魔人よりは流石に小さいけれど、地獄で教育係だった赤鬼の獄卒やジーザスと同等、もしくはそれ以上だ。
でも、何故だろう?
大きな人を前にして、昔ほどの恐怖は感じない。
少なくとも、地獄で初めて獄卒を前にした時の方がよっぽど怖かった。
(ボクも強くなったから、前より大きな人に対する恐怖心が減ったのかな? それとも、状況が飲み込めない程に頭が回っていないだけ? 頭もクラクラするし……)
「何か答えろよオイッ!!」
「ちょッ!?」
会話も早々にいきなり殴りかかって来たダンガルド。
身体を捻ってその右拳を避け、彼の首元目掛けてナイフを振りかぶる。
二度とボク等に関わらないでと、そんな警告の意味を込めて振るった一振りは――また弾かれた!!
「これも駄目かッ!!」
ダンガルドの首から短い“金属音”が響き、それを合図にボクは一旦距離を取る。
斬撃を弾いた太い首元は異様な“青緑色”に変色しており、その胸でメラメラと燃える炎が無関係な筈もない。
パルフェの“魂乃炎”とはまた違ったベクトルの能力らしい。
(斬撃を弾く“魂乃炎”、っていうのはピンポイント過ぎるか? 身体が硬くなる能力、と考えるのが一番合理的かな。体格に恵まれて、才能にも恵まれてるなんて)
羨ましくなんかない、と言ったら嘘になるけれど。
正直、眩しい程に羨ましいけれど、無い物強請りをしたところで世界は何も変わらない。
そのくらいのことはボクでも知っているし、そんな無駄なことに時間を費やせるほど、生憎と今のボクは暇ではない。
ダンガルドが無傷の首元に手を当てながら、こちらを品定めするような目で気だるけに口を開く。
「おいおい、普通いきなり首元を狙うか? 女みてぇな顔してるくせに、随分トチ狂ったガキだぜ」
言い終わるや否や。
再び「オラッ!!」と殴り掛かって来る。
ボクは先程と同じように身体を捻って避けたつもりが、残念ながら思考に身体が追いつかない。
「ぐッ!?」
豪快なアッパーを腹部に受け、宙を舞ったボクの身体が建物の壁に激突!!
「ドラの助!?」
壁に激突後、地に伏せた身体を急いで起こし。
駆け寄って来る少女を片手で制してから、軽々とこの身体を吹き飛ばした男を改めて見据える。
(身体が大きいだけあって、流石のパワーだね……。あと、青緑色に変色した拳が金属みたいに硬かった。あの硬い身体でボクの斬撃を弾いて……駄目だ、考えるのが辛い)
彼の一撃は確かに効いたけど、それ以上に“雪解け毒”がボクの身体を蝕んでいる。
考えれば考える程、時間が経てば経つほどに、体調が回復するどころか頭は痛く、身体は重くなる負の連鎖。
結果、知らず知らずのうちにボクは一歩下がり。
それを目にした茶髪と赤髪のエルフ族二人が、血塗れながらも勝ち誇った笑みを浮かべる。
「へへっ、コイツはいい気分だぜ。テメェみたいなチビが“青銅の身体”を持つ親分に勝てる訳ねーんだよ」
「あぁ、親分の『青銅表皮』は最強だッ。テメェのチンケな攻撃は親分に一切通用しねぇぜ!!」
「……おい、ペラペラ喋るな馬鹿野郎共。後でボコってやるから覚悟しとけ」
「「ひぃっ!?」」
ダンガルドの睨み1つで震え上がる、茶髪と赤髪のエルフ族二人。
心底残念な彼等のおかげで「事のカラクリ」が判明したけれど、結果的には想定内の答えか。
(『青銅表皮』。その名前の通り、青銅≪ブロンズ≫で皮膚を覆う“魂乃炎”だろうね。……厄介だなぁ)
普通の斬撃が効かないなら、それ以外の方法でやるしかない。
まずは地獄の熱をナイフに宿し、その先端から炎を放とうとするも――蒸発。
降りやまぬ雨がナイフにぶつかり、「シュ~ッ」と音を立てて白い煙に変わるだけ。
最悪だ。
身体は随分暖まったけど、この雨では“地獄の熱を使った技”が使えない。
(参ったね、身体が動くウチに早く片をつけないと……ッ)
地獄の熱が使えないなら、やはりナイフによる斬撃しかない。
その斬撃を弾くダンガルドを倒すには、端的に言って“限界を超える”必要がある。
そんなの出来っこない?
いいや、限界を超えれば済むだけの話だ。
ボクの限界ではなく、彼の限界を超えるだけ。
これは、その為の一撃。
「“鋸――”」
グラリと、ここで視界が大きく揺れる。
何か攻撃を喰らった訳ではなく、奴の限界を超える前に、その為の一撃を放つ前に、先にボクの限界が来てしまった結果。
そして気づいた時、ボクは慈悲を乞う様に片膝をついていた。
「ハッ、勝手に倒れるとはザマねぇな。俺がボコすまでもねぇじゃねーか。さっきまでの威勢は何処にいった?」
鼻で笑いながら煽ってくるダンガルドに、煽り返す気力が湧いてこないのも問題。
パルフェを助けようと無理やり動かしていた身体、その限界が徐々に近づいていることも自分でわかる。
“雪解け毒”さえなければ、などという言い訳に存在価値は無い。
「ドラの助……」
「大丈夫、だから……パルフェは離れてて」
言わずもがな、これは強がり。
天気は生憎の雨模様で、この雨に負けない地獄の熱を扱う体力も、そして気力も、正直言って無い。
先程の「不発」がその答えで、これ以上無理をすれば、最悪まともに身体を動かせなくなる可能性も――
『一度きりの人生、一か八かで生きてみようぜ!! 人生はギャンブルだ!!』
こんな時に……いや、こんな時だからか?
ギャンブル好きだったクズ親の口癖が頭を過る。
『えっ、仕事? そんな事しなくても“なるようになる”わよ!!』
父がクズなら母もクズだった。
ギャンブルに嵌り、金に困り、最終的にはボクを捨てた。
ボクの地獄は、この二人から始まったのだ。
(なるようになる、だって? ……違う、どうにかするんだ)
“なるようになる”は傍観者の思考。
己の力の及ばない範囲でしか物事は動かない。
それじゃあ駄目だ。
状況を打破するには、結局のところで自分で“どうにかする”しかない。
(考えろ、考えろ。この状況を打破する方法を、今のボクに出来る最善の一手を考えろ)
悪意に屈したかつてのボクは死んだ。
今ここに居るのは、悪意に抗う為のボクだ。
ここでダンガルドに負ける為に、ボクは地獄から逃れて来たのではない。
考えろ。
考えろ。
考えろ。
だけど、考えられるのか?
ズキズキと痛む頭で、この困難を打破する方法を考えられるのか?
頭は益々ボーっとしてきて、いよいよ思考を回すのが億劫になってきている。
ボクの足が自然と後ろに下り、ダンガルドが愉快気に笑う。
「ハハッ、逃げるか? 恐怖で足が竦んだか? そうだ、テメェじゃ俺に勝てねぇよ。これ以上殴られたくねぇなら……そうだな、今すぐ土下座して俺の靴を舐めろ。それで涙を流しながら謝ったら見逃してやる。ガハハハハハッ」
「うぅ、ドラの助ぇ……」
「パルフェは黙ってて」
後ろから聞こえてくる情けない声に、耳を貸している暇は無い。
当然、奴の靴を舐めるつもりもなし、泣いて謝る気も毛頭無い。
だというのに。
今ここに勝てる手段が見当たらず、ボクの口からポツリと愚痴が漏れる。
「参ったね……こんなところで躓くようじゃあ、“剣舞会”で優勝するのは難しそうだ」
「――あぁ?」
ここで初めて、ダンガルドの機嫌に曇りが出た。
ボクが気に障ることを口にしたらしく、彼は眉間にしわを寄せてこちらを睨む。
「まさかとは思うが、テメェみたいなチビが剣舞会に出る気か?」
「ん? そのつもりだけど……ついでに優勝して、賞金を貰おうかなって」
ピキッ。
ダンガルドのこめかみに血管が浮かぶ。
「剣舞会を舐めんじゃねぇ!!」
いきなりキレた。
怒りのままに、太い腕で地面を叩く!!
「うっ!?」
地面を叩きつけた衝撃で物凄い風圧が生まれ、ボクの身体が一瞬ふわりと宙に浮く。
時間にすると一瞬の隙だったけれど、ダンガルドは決して逃がさない。
「戦いの場にチビが来て、一体誰が楽しめるんだよ!? 二度と舐めた真似出来ねぇようにしてやる!!」