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176話(4章最終話):見舞い

 ~ 『全世界管理局:本部』 ~


 白い大理石で造られた「病室」。

 そのベッドの上でボーっと天井を眺めていた鬼の管理者:エンジュ。

 サラシみたいに包帯を巻かれた姿でふと目線を下に向けると、床からスーッと浮かび上がって来る“黒い影”に気づいた。


 それは不定形な姿のまま人間くらいの大きさとなり、のっぺらぼうな顔から「ベーッ」と舌だけを伸ばしてくるが、特に警戒はしない。

 黒い影の正体はわかっている。

 “彼女”が何を喋るのか、それをエンジュは待っているのだ。


『ねぇ聞いて聞いて!! スッゴく可愛いモノ見つけちゃった!!』


「……博士、まずは容態を訊くのが普通じゃないですか? 私は入院中ですよ?」


 珍しくエンジュがジト目を向ける。

 が、テンション高めな女性の声を出した黒い影は、伸ばした舌をベロベロベロッと無秩序に揺らすだけ。


『そんなの見ればわかるしぃ~、訊く意味無いじゃん。それより聞いてよ、ドラノアのぬいぐるみが『AtoA』ネットで売ってたの。私が全部買い占めたけどッ』


「はぁ? 何を言っているんです? ドラノアくんのぬいぐるみ? そんなの売っている訳ないでしょう。冗談も大概にして下さい」


『冗談じゃないしぃ~、いつでも本気だしぃ~』


 その言い方が既にふざけているものの、それを指摘したところで意味はないとエンジュは知っている。

 エンジュ自身もふざける時は結構ふざけるが、「博士」はそれを上回る相手だ。


「それじゃあ訊きますけど、彼の懸賞金も本気ですか? “100G”なんてふざけた金額、どうせ博士がちょっかい入れたんでしょう?」


『だってだって~、そっちの方が面白いと思ったんだもん。100Gだよ? もっと話題になるかと思ったけど、やっぱり“低い”方で話題性で狙っても駄目だね。狙うなら高い方じゃないと』


「そりゃあそうでしょう。最高額ならまだしも、最低額では――ん? もしかして博士……?」


『いやいや、流石に最高額の懸賞金はつけてないよ? 局長に却下されたし』


 再びベロベロベロッと左右に振られる舌。

 博士の感情を表しているのか、それとも全くの無関係は謎だが、その文言には引っかかる箇所がある。


「却下されたってことは、一度はそれを提案したってことですか?」


『うん。“100千万億兆京涯穣G”って提案したら怒られた。代わりの“無量大数G”も駄目だったし』


「当たり前でしょう。何ですかその金額は? 無駄に局長の仕事を増やさないで下さいよ」


『えぇ~? あっちが悪いんだよ。好きにしていいって言うから好きにしたのに、やっぱり駄目っておかしくな~い?』


「おかしいのは博士ですよ。頭が良いんだか悪いんだか……これだから天才は。それで結局、ドラノアくんの懸賞金はいくらに――って、博士?」


 ふと気づくと、黒い影は姿を消していた。

 音もなく、別れの挨拶もなく、まるで初めから居なかったかの様に。

 エンジュは「はぁ~」とため息を吐く。


「全く、本当に自分勝手な人だ。何をどう食べて育ったらあんな人間になるのか……」


 やれやれと肩を竦め。

 特にやることも無いのでエンジュが二度寝に入ろうとした、そのタイミング。

 病室の扉が豪快にガララッとスライドし、顔馴染みでもある天使の兄弟管理者、その弟:ブラミルが入室してきた。


「おいおい何だよ? せっかく瀕死の姿を見に来てやったのに、もう起き上がってるじゃねーか」


 優しさの欠片もない毒を吐く弟:ブラミル。

 そんな彼に対し、特に何も期待していないエンジュも毒を返す。


「相変わらず、貴様は今日も残念な思考だな。そんなんだから女子にモテないんだ。少しは兄を見習え」


「はぁ~!? モテるとかモテねぇとか関係ねぇだろ!! そもそもテメェだって、俺達が入院してた時に“ボロボロの姿を見に来た”とか言ってたじゃねーか!!」


「そんな昔の話は忘れた。過去の事をネチネチとほじくり返す男はモテないぞ?」


「うるせぇ!! テメェだってモテないくせ――なッ!?」


 ここでブラミルが黙る。

 エンジュのベッド脇に大量の箱やフルーツ、つまりは見舞いの品々が山積みになっていることに気づいたのだ。

 入口からはカーテンで見えなかったその品々が、ベッドの上にいるエンジュの鼻を更に高くする。

 

「可愛い私が怪我をしたとあれば、これくらいは当然だろう? 人望の無い貴様と違って、私は一目置かれているのさ」


「けっ、何が一目置かれてるだ。皆“テメェの親父”に気ぃ使ってるだけだろ。そんな雑魚連中からの見舞いなんざ願い上げだぜ」



「ブラくん、そこは“願い下げ”しないと」



 弟:ブラミルに続き、扉から姿を現したのは天使の兄弟管理者、その兄:リョードル。

「誰がブラくんだコラ!!」と怒る弟を差し置き、「大変だったみたいだね。体調はどうかな?」と優しく声をかけつつ、見舞い品の山に手提げ袋を加える。

 途端、エンジュの目つきが変わった。


「ほう? 流石モテる兄は違うな。何も見舞い品を持ってこなかった弟とは違う」


「うるせぇ。テメェだって俺達に何も持ってこなかったじゃねーか。しまいには勝手に見舞い品をかっぱらうし」


「そんな昔の話は忘れた」


 弟:ブラミルの悪態を涼しい顔で受け流し。

 エンジュは兄:リョードルが持ってきた箱を手に取り、包装を乱暴に破った。

 箱の中に入っていたのは個別包装された菓子で、1つ「1000G」を超える高級銘菓の饅頭だ。


「ほほう、時賭け饅頭か。悪くないチョイスだ」


「気に入って貰えて何よりだよ。ところでエンジュ君。ドラノア君の懸賞金額に変更が入る話は聞いたかい?」


「あぁ、さっき博士からそんな話を聞いたよ。でも肝心の金額を教えてくれる前に消えちゃってね。結局いくらになったんだい?」


「これをどうぞ」


 兄:リョードルがスッと差し出してきた紙、つまりはドラノアの手配書。

 それをエンジュが受け取る前に、弟:ブラミルが手配書を掻っ攫う。


「あのチビッ、いくらになった!? ――なるほどな」


「おい、私を差し置いて一人で納得するんじゃない」


 弟:ブラミルから手配書を奪い返し、エンジュは改めて手配書に目を落とし、目を見張る。


 ================


『ドラノア・A・メリーフィールド』


  ~ 懸賞金:2億G ~


 ================


 “2億”。

 100Gから一気に200万倍の増額となったこの金額に、エンジュはスッと目を細める。


「やはり『億』越えか。ただの脱獄犯にしては随分な金額じゃないか」


「どこがただの脱獄犯だよ。チビが関わった街が2つも壊滅してんだから、十分な極悪犯じゃねーか。さっさとボコって捕まえちまえばいいのに、糞兄も糞鬼も仲良しごっこしやがって」


 ケッと唾を吐く勢いで床を蹴った弟:ブラミル。

 協力だ何だと行動を共にして、それで未だに捕まえていないのだから理解に苦しむらしい。

 彼の言い分はもっともに思えるが、しかしそう簡単な話ではないと兄:リョードルは語る。


「当然、僕だってすぐに捕まえるつもりだったさ。だけど『Closed World (閉じられた世界)』の時から事情が変わったんだ。ドラノア君のバックに、あのグラハム卿が付いているという話だからね」


「何だと? あのグラハム卿が――って、誰だそりゃ? 有名なのか?」


「えぇ~? ブラ君、それ本気で言ってる? あのグラハム卿だよ? 『世界反逆罪』で指名手配されてる“世界一の大犯罪者”さ」


「……知らねぇな。強いのかそいつは?」


「強い弱いの次元じゃないよ。ここにいる僕等3人がかりで挑んでも一瞬で負ける。少なくとも、今のボク等が100人集まったところで勝ち目はないね」


「おいおい、マジかよ……」


 兄:リョードルが語る、想像を絶するグラハム卿の強さ。

 その話が本当だとすれば、「ただドラノアを捕まえればOK」という話でもないことが理解出来てくる。


「ブラ君もわかるでしょ? 『全世界管理局』がその気になれば、ドラノア君を捕まえることは容易い。だけどそれを実行に移すと、確実にグラハム卿が動く。老体とはいえ、あの人が動けば『全世界管理局』もただでは済まないだろう。一脱獄犯の為に、そこまでのリスクを負うのは局長も避けたいんだよ。――まぁ、死後の世界を司る『天国』と『地獄』の覇者達は、また違った考えみたいだけどね。でも『全世界管理局』としては迂闊に手が出せないのは事実だ」


「なら、あのチビはずっと放置かよ? 言っても脱獄は重罪だろ」


「勿論、それは局長もわかってるよ。だからグラハム卿と『ビッグファイブ』達を争わせて、互いに疲弊させる方針を――」



「おい。馬鹿な弟に教鞭を取るなら他所でやってくれ」



 饅頭を頬張りつつ。

 エンジュが不機嫌な顔でクイッと入口を顎で指す。

「偉そうに」と弟:ブラミルは悪態を吐くが、「コレは失敬」と兄:リョードルは素直に謝り、それから二人して部屋を出て行った。


 かくして静かになった病室で。

 エンジュは「ふぅ~」とため息を吐き、手元に残った手配者を改めて見下ろす。


(はてさて、幹部を二人もやられた『破顔のヴィント』はどう動く? 他の『ビッグファイブ』は傍観か? それとも干渉してくるか? 事と次第よっては『AtoA』のパワーバランスが大きく変わり兼ねない。――だが、それを私が思案することに意味は無い。今の私では何をするにしても力不足だ)


 ドゥークに敗北した。

 機械人間ヒューマロイド:ヴォン・ヴァーノや『電気プラットフォーム』の所長:ハイドルファンと戦い。

 その後に鉄の荒野を長距離移動し、疲労が蓄積していたとは言え、敗北した事実に変わりはない。


 それにそもそも。

 疲労具合で言えば、里親の2B爆弾に巻き込まれ、ドラノアとの戦いを経たドゥークの方が疲弊していた筈だ。


 それでも負けた。

 純粋なる実力不足は否めない。


(『Closed World (閉じられた世界)』での敗北以降、あの兄弟も何やらコソコソやってるみたいだし……もっと私も強くならないと。現状維持は後退と同じだ)


 自分が何をせずとも、前に進む奴は勝手に進む。

 そのまま何もしなければ、その者達との距離は一方的に遠ざかる。

 やがて誰の背中も見えなくなれば、前に進む気力も湧いてこなくなるだろう。


 見えない目標は存在しないも同義。


 そうなってからでは難しい。

 そうなる前に動くことが重要だ。

 だから、その為に――。


「……そろそろ戻るか、地獄へ。そして改めて教えを乞おう。父に――“閻魔王”に」



 【4章】(完)

 ■■■あとがき■■■


 これにて「4章」は完結となります。

 ここまでお付き合い頂いた方、本当に本当にありがとうございます。

 作者の努力不足で4章の「挿絵」が間に合いませんでしたが、「5章」開始までには「4章」の挿絵も入れておきますので、何卒ご容赦頂ければと思います。


*「5章」の投稿に関しては改めてお知らせします。

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