174話:懸賞金額
――パチリ。
目が覚めると、既に見慣れた感もある白い天井がボクを出迎えた。
組織の頼れる闇医者(?)こと「コノハ」の医務室に間違いない。
(……パルフェ達、何とか隠れ家に戻ってこれたみたいだね)
ドゥークを倒した後、しばらくしてからパルフェとテテフがやって来た。
倒れたまま動けぬボクの身体をパルフェが背負い、すぐさま『ポータブル世界扉』の青い光に包まれ――そこまでは覚えている。
そこでボクの意識は途切れたけれど、こうして隠れ家で目を覚ましたということは、あの時既に渡航は可能になっていたのだろう。
ドゥークを倒したことが直接的な要因か。
それとも別の要因かはわからないけれど、とにかく無事に戻って来れたので「良し」としておく。
「おーおー、ようやく目覚めたか。偉そうにグーグー寝やがって」
カーテンを開け、部屋の主である闇医者:コノハが顔を覗かせる。
毎度の様にアロマの香りがする煙草を咥えた白衣姿は、一周回って安堵感すら覚える光景だ。
「ボク、どれくらい寝てたの?」
「そうだな、だいたい10年くらいか」
「10年!? って、痛ッ~~!!」
驚愕のあまり上半身を起こし、全身に走った痛みに悶絶。
同時に、ボクの隣でパルフェとテテフが眠っていたことに吃驚するも、しかしながら10歳も年を取ったようには見えない。
痛みをこらえてコノハに視線を移すと、「冗談だ」と鼻で笑われた。
「5日だ、テメェが寝てたのはな。3日目くらいから容態も安定してきたが、黒ヘビがいなけりゃとっくに死んでただろうぜ」
「うん。今回もクロに助けられたよ。お礼を……言うのは、駄目?」
「駄目だ。当分右腕は封印しとけ」
包帯でグルグル巻きにされた右肩が、クロの出現を拒んでいる。
少し本気を出せば破れるのではないかと、そう思いつつ僅かに力を入れてみるが――ジュッ。
「熱ッ!?」
額に煙草を押し付けられた。
「ちょッ、何するの!?」
「それはこっちの台詞だ馬鹿野郎。医者の言うこと聞けねぇなら、次からは助けてやらねぇぞ?」
「……ゴメン」
「謝るくらいなら最初からするんじゃねーよ。ま、謝れない奴よりは100倍マシだけどな」
呆れつつ、ため息と共にアロマの煙を吐き出すコノハ。
煙草を押し付けるのは人としてどうかと思うけれど、闇だろうが何だろうが、相手が医者である以上は逆らわない方がいいだろう。
「ん~~? 一体何の騒ぎ……?」
「あっ、ゴメン。起こしちゃったね」
パルフェがもぞもぞと動き、それからゆっくりと瞼を開いて――目があった。
途端、抱き締められる。
「ドラの助ぇぇぇぇええええ~~~~ッ!!!!」
「痛ッ~~~~!!!!」
そこからは色々とうるさく、テテフも起きて賑やかさが倍増。
とても状況を整理する状態でもなかったので、ここは割愛するとして。
■
「――ふむ、そういうことじゃったか。先に大まかな話は聞いておったが、何故お前さんはワシのいない時にばかり面倒事に巻き込まれるかのぉ?」
古びた隠れ家のロビーの、これまた年季の入ったソファーの上。
珍しく二人きりの状況で、ボクの話を聞いた組織の長:おじいちゃんが長い白髭を撫でた。
まさかアトコンを買いに行っただけの『Robot World (機械世界)』で、ボク等の身にそんな事が起きていたとは夢にも思っていなかったのだろう。
「おじいちゃんがいればドゥークも楽勝だったんだけどね。まぁそういった“増援”を警戒して、ドゥークも渡航出来ない様にしてたんだろうけど」
「いやはや、渡航の制限を一人でやってのけるとは呆れた男じゃな。――それで、ドゥークはその後どうなった? 娘っ子達の話では、お前さんを迎えに行った時、既に他の者の姿は無かったと聞いておるが」
「うん。それなんだけど……」
ドゥークを倒した後、ボクは確かに気絶した。
しかし、すぐに気を失った訳ではない。
倒れて動けなくなったまま、パルフェ達に助け出される前はぼんやりと意識が残っていたのだ。
だから、覚えている。
パルフェ達が来る前に、ガスマスクと防護服を着た複数名が、シュベルタワーの地下にやって来たことを。
彼等が鬼の管理者:エンジュを担ぎ上げ、ドゥークとヴォン・ヴァーノの身体を拘束していたところを見ると、恐らくは『全世界管理局』の管理者だろう。
その後は倒れたボクの視界の外へ行ってしまった為、どうなったのかは不明のまま。
ただ、あの時は既に「渡航が可能になっていた」状況を踏まえると、彼等も『ポータブル世界扉』で渡航して、本部に戻っていったと見るのが妥当なところか。
――これらの話を終えると、おじいちゃんは「むぅ~」と低い声で唸る。
「解せぬ。何故その場にいたお主を一緒に連行しない? 倒れたまま動けぬ絶好の機会じゃったろうに」
「うん。それはボクも思ったんだけど……よくわかんないんだよね。懸賞金が100Gだから、捕まえる意味もないと思ったのかな?」
「そんな馬鹿な話があるか。だったら最初から懸賞金など懸けぬわ」
「それはそうなんだけど……」
結果だけ見れば「結果オーライ」だけど、理由がスッキリしないので何とも言えぬ「もやもや」も残る。
とはいえ、捕まるよりは100倍マシなので、少なくとも現状を「よし」とする以外はない。
「ボクの方はそんな感じだったけど、おじいちゃんはどうだったの? クオンと一緒に『原始の扉』を調べに行ったんだよね?」
「あぁ、それについては進展があったぞ。結論から述べると“今は使えん”。鍵が掛かっておる」
「鍵? あの大きな扉に鍵が必要なのか……鍵の在りかは見当ついてるの?」
「サッパリじゃな。それはまたこれから調べることになるが、今回の件でゼノスの協力を得られそうでな。奴を中心に調べて貰う流れになるじゃろう」
「そっか、それは良かった。ボクも何かした方がいい?」
「いや、お前さんに今すぐ動いてもらうつもりはない。というか、無理やり働かせたらコノハにどやされる。当分は安静にしておることじゃ」
「ん、りょーかい」
『原始の扉』を今すぐ使えないのは残念だけど、場所がわかっているだけでも十分だと思うべきだろう。
裏社会の大物:ビッグファイブも狙っている『世界管理術』を、そう簡単に手に入れられるなら誰も苦労はしない。
――機械技師:ゼノス。
何かと情報通だった彼の手腕に期待しつつ、またしばらくは休養に当てることにしよう。
――――――――
おじいちゃんとの会話も終わり。
久方ぶりに自分達の部屋に戻ると、パルフェとテテフの二人が寄り添って座っていた。
彼女達の前には、先日『Robot World (機械世界)』で購入したアトコンがあり、ホログラムのモニターを見ながらワイワイと会話を繰り広げている。
「早速やってるね。どんな感じ?」
「あ、ドラの助おかえり~。今はね、ちょうどお店を作ったところだよ」
「……お店? アトコンで?」
「そうだ。アタシがパル姉を手伝ったんだ。お前が寝てばかりいる時にな」
えっへんと、自慢げに腰に手を当てる獣人族の少女:テテフ。
ボクの場合ここ数日は怪我で寝ていたので、出来ればそこでマウントを取ることは辞めて頂きたいけれど……ともあれ。
「『AtoA』ネットでお店やるの? パルフェとテテフの二人で?」
「うん。手作り雑貨を『AtoA』ネットで売るの。これなら隠れ家から出ないで済むでしょ?」
「まぁ発送とかを考えなければそうかもね。それで、何を作って売るの?」
「“コレ”だよ。『AtoA』中に可愛さを知らしめようと思って」
「えっ? コレって……」
パルフェの肩越しにホログラムモニターを除くと、くすんだ金髪で左目を隠す人型のぬいぐるみが表示されていた。
この上なくシンプルなデザインのネットショップの画面に、そのぬいぐるみがズラッと何十体も並んでいる。
(……コレ、“ボクのぬいぐるみ”だよね?)
以前、『Japan World (武士世界)』の無人島で修行していた際、パルフェが部屋に引き籠って作っていたボクのぬいぐるみに間違いない。
いつの間にやら見なくなっていたので、とっくの昔に処分したものだと思っていたけれど、どうやら何処かに保管していたらしい。
しかも、『幸運を呼ぶドラの助ぬいぐるみ』などという、自称も過ぎる商品名が付けられていた。
「えっと……手作り雑貨を売るのはいいと思うけど、ボクのぬいぐるみは流石にどうだろう? しかも1体3万Gって、流石に誰も買わないと思うけど」
「そんなことないよ。とりあえず用意した30体は全て売れちゃったし」
「えっ、本当に?」
まさかと思ってホログラムモニターを見ると、ぬいぐるみの画像の横に小さく「売り切れ」の文字があった。
ズラッと並んだ画像全てに「売り切れ」の文字が確認できるので、本当に完売してしまったらしい。
「物好きな奴がいるもんだ。世界は広いな!!」とはテテフの言葉。
続けて「アタシなら絶対買わないけどな」と躊躇いもなく毒を吐き、それから徐に骨付き肉を取り出してボクに見せて来た。
ただし、ただの骨付き肉ではない。
「これは……“骨付き肉のぬいぐるみ”? テテフが作ったの?」
「そうだ。パル姉に教えて貰いながらアタシが作った。枕にもなる優れモノだぞ。凄いだろ?」
「うん、よく出来てるね。これは凄く良い夢が見れそう。もう売れたの?」
「2個売れた!! 褒めろ!!」
「うんうん、凄い凄い」
さり気なく頭を出してきたので、モフモフな耳の間を撫でてみる。
するとテテフが満更でもない顔をしたので、そのまま尻尾も撫でようとしたら――ペシッと弾かれた。
「勝手に触るな、ヘンタイめ」
「………………(難しいなぁ)」
頭はOKでも尻尾は駄目らしい。
以前と比べると随分距離も近づいたと思ったけれど、心を許しているというレベルにはまだまだ遠そうだ。
「まぁ二人が頑張ってる訳だし、ボクも出来る限り応援するよ。自分のぬいぐるみが売れてゆく気分はちょっと複雑だけどね」
「あ、もしかして嫌だった? まだ発送してないから売るの辞める?」
「いや、別にいいよ。むしろパルフェはいいの? ボクが処分しろって言っちゃったから、嫌々売ってるとかない?」
「う~ん、確かに少しは寂しいけど、それよりおドラの助の可愛さが世界に広がる方が嬉しいの。例えるならアレだね。食用の牛さんを大事に育てて、だけど最後はお肉として食べて貰う為に出荷してる牧場主さんの気分?」
「……その例えはどうだろう?」
合っているのか、いないのか。
何とも微妙な例えだけれど、その隣にいるテテフが「お肉……じゅるり」と涎を垂らしながらボクを見ているのは頂けない。
「食べないでよ?」と軽く引きながら注意したところで――目が合った。
彼女の肩越しに。
壁の絵の中にある、“大人の姿をした吸血鬼族”の真っ赤な瞳と。
「あらやだ。下僕が勝手に動いてるわね」
「クオン、そこに居たんだ?」
「あっ、泥棒猫!! ドラの助の血はあげないんだからッ!!」
先程のほんわか雰囲気は何処へやら。
パルフェが秒で威嚇モードに入り、絵の中の吸血鬼こと大人クオンを睨みつける。
クオンが小さな姿であればパルフェも友好モードだが、大人クオンに対しては未だに心を開いてはいないらしい。
「そんなに警戒しないでよ、流石の私もちょっと傷付くじゃない。……コレで満足かしら?」
ボフンッと煙を出し。
大人の姿から子供の――元の姿に戻ったクオン。
途端、パルフェの表情も柔らかいモノに変わる。
「あっ、子供クオたんだ。こっちにおいで~。一緒に抱き締めてあげる」
「……パルフェさんの判断基準が謎過ぎるです」
呆れと困惑を混ぜ合わせた顔で。
子供クオンが絵から部屋に入って来ると、パルフェが「おいでおいで~」と彼女を呼び寄せる。
その後にボクとテテフとクオンを3人まとめてギュッと抱きしめ、ニッコリ顔。
「よ~し、これで私の“可愛いハーレム”完成だよ。最早ここが天国だね」
「「「………………」」」
三者一葉の沈黙の後、このまま黙っていても仕方が無いとでも思ったのだろう。
本来の小さな姿になって気の小さいクオンが、それでもボクを見ながら遠慮気味に口を開く。
「ところで主様、新しい手配書は見たです?」
「えっ、ボクの手配書新しくなったの? まだ見てないけど……何か変わった?」
「です。懸賞金額に変更があったです」
*新しい懸賞金額は次々話(4章最終話)に。




