169話:愛しの一人娘:ヘカテリーナ
一人娘の一命を取り留めた後、ドゥークは“大樹排除”の為に動き出す。
ヴィントの秘書:ミランダから更に大金を借り、その金で自分の技術を活かせる企業を買収。
表向きはクリーンな機械部品工場のトップとして、着実に事業規模を拡大させた。
その裏では。
新しい技術の為に犠牲となった機械人間を、機械部品を作る奴隷として地下街で働かせ、別軸として金を稼ぐことになる。
そうやって得た利益を使い、彼は電気プラットフォームから腐食剤を打ち上げる施設を造ったが――ここで1つの疑問が浮かぶ。
「大樹を消したいなら、どでかい爆弾でドカンとやっちまえば良くねぇですか? もしくは火を放って燃やしちまうとか」
電気プラットフォームの所長:ハイドルファン。
今や死人となった彼が、かつてドゥークに尋ねたことがあった。
それは誰もが思いつく方法で、当然ながらドゥークが考慮していない訳が無い。
「どちらも試したさ。以前に植物族の里へ侵入し、小規模なテストを行った。――だが、あの大樹はビクともしねぇ。自身の噴火に耐える化け物みてぇな強度で耐えやがった。爆弾や炎の規模をデカくしても期待できない。色々試した中で、一番効果的だったのが“腐食剤”なのさ。炎にすら耐えるあの大樹でも“老い”には敵わねぇらしい。朽ちるってのは、つまり老いて死に近づくってことだからな」
「へぇ~、そういうもんですかい。なら、もっと大量に腐食剤を打ち上げやしょうぜ。一発で枯らしちまえばいいじゃねぇですか」
「馬鹿かテメェ。そんな事すれば『全世界管理局』に気づかれるだろうが。こういうのは徐々にやるんだよ。幸い近頃の『AtoA』は世界各地で異常気象が増えてきてやがるし、少しずつ腐らせれば俺が目を付けられる危険も減る」
かくして7年。
その内、実に5年以上もの間、ドゥークは腐食剤を打ち上げ続けた。
しかし、当初の想定よりも大樹の朽ちるスピードが遅い。
年々葉をつける数は減っており着実に成果は出ているものの、このままでは大樹が朽ちるよりもタイムリミットが来てしまう。
約束の7年を間近に控え。
ドゥークは『全世界管理局』に目を付けられる危険を承知で、大量の腐食剤打ち上げの一手に出る。
一種の賭けだが決して錯乱した訳ではなく、最終的には「己が勝つ」算段を付けての行動。
ただ、誤算が2つあった。
1つは邪魔な横槍が入り、腐食剤の投与量が想定を遥かに超えてしまった事。
もう1つは、老いた老木と侮っていた“里親が動いた事”だ。
老体では何も出来ないと高を括っていたドゥークに、里親は機械類を麻痺させる2B爆弾を用いた“自爆”を決行。
“銀鱗”によって一命は取り留めたものの、街を覆うドームは破壊され、これまでの悪行も鬼の管理者によって街中に広められる結果となる。
――始まりは、愛しの一人娘:ヘカテリーナを救う為だった。
はたしてそれは、今も変わっていないのだろうか?
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『パパッ、もう辞めて!!』
シュベルタワーの地下、秘密の研究室に響き渡る声。
ドゥークの耳に届いたのは、不意にスイッチの入った愛娘:ヘカテリーナの声だった。
いくつもの障害を突破してようやく実現したその声に、ドゥークは未だに戸惑いを浮かべる他ない。
7年前、初めて脳の声を聴いたあの日から。
彼は今日までずっと困惑し続けている。
『早く死なせてよ!! こんな姿で生きてたってしょうがないんだから!!」
「そんなこと言わないでおくれ。リナの為に新しい身体の研究をしているところなんだ。普通の人間や機械の身体じゃ“樹石硬化症”に太刀打ちできないけど、他種族の身体だったら可能性があるかもしれない。海鱗族や鉱石族、獣人族は駄目だったけど、まだまだ試していない種族はある。何なら植物族の身体を試してみても――」
『それが嫌だって言ってるの!! パパ、おかしいよ……どうしちゃったの? 頭おかしくなってる』
「何もおかしくない。おかしいのはリナだよ。何故わからないんだ? せっかく自由に動ける身体をキミに用意しようとしているのに。ほら、後ろを見てご覧。まだ適合率は低いけど、リナの身体の候補をいくつか用意してるんだ」
『ひぃッ!?』
悲鳴を上げるヘカテリーナ。
水槽に取り付けられたカメラが複数あるので、それらを駆使して後方の景色を目の当たりにしたのだろう。
自分の身体になり得る他人の身体が、年齢的には同年代な少女達の身体が、水槽にいくつも浮かぶ光景を。
『酷いッ、何でこんな事が出来るの!? 人間のする事じゃないよ!! これ以上ッ、私の為に他の誰かを犠牲にするのは辞めて!!』
「リナ、これは必要な犠牲なんだ。何も酷いことじゃない。むしろ良いことなんだよ」
『嫌ッ、近づかないで!! パパなんか嫌いッ、大ッ嫌い!! どうせパパは――本当のパパじゃないくせに!!』
「――は?」
ドゥークが止まった。
時間を刻むことを忘れた時計の様に、電気の失われた機械の様に、ピタリと停止。
その静寂を生み出した脳が、ドゥークの娘:ヘカテリーナが、スピーカー越しに笑い声を届ける。
『あはは、言っちゃった……でも、もういいもん。パパなんかパパじゃない。本当は血も繋がってない“ただのおじさん”だし』
「……何を、言っている?」
『ママがね、死ぬ前に教えてくれたの。リナの本当のパパは“おじさん”じゃない。リナは他の男の人との間に出来た子供だって。本当のパパは“おじさん”と違って――』
斬ッ!!
ドゥークが水槽を切断した。
中の“脳”を真っ二つにして。
「お前ッ――」
まさかの出来事にドラノアが動き出そうとするも、しかし何をどう動けばいいのかわからない。
割れた水槽からは緑色の溶液が一斉に流れ出し、2つに切断された脳も一緒に床へと流れてくる。
それはドゥークの脚に引っかかって止まったが、「ぐちゅッ」と生々しい音と共に踏み潰され、再び溶液の流れに乗って床に薄く広がっていった。
「……ククッ、クククククッ」
秘密の研究室に響く、薄気味悪いドゥークの笑い声。
脳だけの姿にしてまで延命させていた娘が、実は他人の子供だと知ってしまった男の末路。
ストンッと、力なく床に膝をついたドゥークだったが、しかし彼は首を垂れることなく逆に天井を見上げる。
そのまま深く「はぁ~~~~…………」とため息を吐いたドゥークは、虚ろな目をゆっくりとドラノアに向けた。
「あー、面白れぇなぁ。こんな糞みてぇな話があっていいのか? 人生懸けて助けようとした娘が、実は顔も名前も知らねぇ他人の子供だとよ。クククククッ……」
「………………」
「おい、笑えよ」
「悪いけど、笑いどころがわからなくてね。面白い話かどうかはボクに判断出来ないけど……とりあえず、この後は管理局に捕まってくれる方向性でいい?」
「あぁ? 馬鹿かテメェ。このまま俺が放心して、大人しく捕まるとでも思ったか?」
男の眼はまだ死んでいない。
水溶液で水浸しとなった床で、一度は床に着いた膝をドゥークは再び持ち上げる。
「――まだだ、まだ“俺の計画”は終わっていない。あの糞ガキの身体は最早どうでもいいが、どのみち最終的には俺が手に入れるつもりだったんだ」
「手に入れる? ……何を?」
「『世界管理術』さ」
「ッ!?」




