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168話:未来のビッグファイブ

 ~ “とある研究”を始めて半年後 ~


 ホロビジョンに並んだいくつも文字列を眺め、ドゥークはくしゃくしゃと頭を掻きむしった。

 愛する妻の隣で、それでも弱音を吐かざるを得ない。


「駄目だ、資金が足りない。これ以上の研究はとても……」


「でもアナタ、このままじゃあの子の命が」


「わかっている、何か手を考えよう。金を手に入れる手段だ。まとまった大金を手に入れる方法を――」



「お困りの様ですね?」



「誰だ!?」


 カチャリと、ドゥークはとっさに電気銃を構える。

 ここは「自宅の地下室」だ。

 入口には頑丈な鍵をかけており、自分と妻以外に入ってこれる者はいない筈。


 娘のヘカテリーナは1階の自室で寝ており、その様子はアトコンのモニターで逐一チェックしている。

 来訪者が居た場合もそれは同じで、玄関に人が来れば気づかない訳が無い。


 それなのに、この地下室に居ない筈の“3人目”がいる。

 黒いスーツに身を包んだ若い女性で、足元にはブランド物のアタッシュケースを置いている。

 見覚えのないドゥークは妻:ミネタに視線を送るが、彼女もまた「あなたの知り合いじゃないの?」という怪訝な視線を返した。


 その二人共に見覚えのない女性が、恭しく頭を下げる。


「お初にお目にかかります。わたくし、ヴィント様の秘書をしております『ミランダ』と申します。以後お見知りおきを」


「ヴィントの秘書? ……そのヴィントってのは誰だ?」


「おや、ヴィント様をご存じでない? 未来のビッグファイブ、しいては『AtoA』の“神”となられるお方です。無法集団アウトライブ:オーガスタ・ファミリーのボスですよ」


無法集団アウトライブ!? 世界のはみ出し者達じゃないか!! 出て行ってくれ!!」


 カチャリと、ドゥークは改めて電気銃を突きつける。

 荒くれ者の集まりである無法集団アウトライブになど関わりたくはないし、そもそも“この部屋を見られた時点で生かしてなどおけない”。

 しかし、彼女の一言が引き金を引く指を躊躇わせる。


「お金が必要では?」


「……何?」


「あなた方の研究には莫大な資金が必要でしょう? しかし、その内容故に公には出来ず、出資を募ることも叶わないまま資金が底をついている。違いますか?」


「何故、それを……?」


「それはどうでもいいことです。わたくし共が研究に出資致しましょう。まずは5000万G程で如何です?」


「「ッ!?」」


 驚く夫妻の反応を無視し、ミランダと名乗った女性が足元のアタッシュケースを開く。

 そこには数えるのも億劫な程の札束が入っており、彼女の言葉が確かなら、その額は確かに5000万Gになる金額だ。

 加えて、ミランダはこう言葉を加える。


「勿論、これで全てではありませんよ。この額で足りなければ、その後は必要に応じて必要な額をお貸しします。悪い話ではないと思いますが?」


「……信じられない。どうしてそこまでしてくれる? 何が目的だ?」


「無論、アナタ方の技術に興味があるからですよ。研究が成功した暁には、その技術をわたくし共に共有して頂く――それを条件に、わたくし共が出資致します。如何ですか?」


「貴方、どうするの?」


「………………」


 妻の問いかけにドゥークは悩んだ。

 しかし、長くは悩まない。

 資金が底を尽いていたのは事実で、他に頼るべき相手もいない。


 一言で言えば、背に腹は代えられなかった。


「――わかった、条件を飲もう。ただし、こちらからも1つ頼みがある」


「何でしょう?」


「“被検体”を用意して欲しい。基礎の研究は動物で進めるが、最終的にはやはり“本物の人間”が必要になる。ホームレス、戦争孤児、誰でもいい。消えても騒がれない人間の被検体を用意してくれ」


「わかりました。お安い御用です」



 ~ 更に半年後 ~


「とうとう出来た……!! これでリナの命は助かる!!」


 静かに、だけど確かにドゥークは拳を握りしめる。

 研究に1年の時間を費やしたが、見方を変えればたった1年で成功に漕ぎ着けたのだ。

 彼の執念が呼びよせた「奇跡」に等しい出来事であり、その場に居合わせた秘書:ミランダは「パチパチパチ」と淡々とした拍手を送る。


「おめでとうございます。わたくしとしても、これでようやくヴィント様に良い報告が出来そうです。――ところで、奥方の姿が見当たりませんが?」


「あぁ、最後のテストは“娘と一番近い人間”で試したくてね」


「……なるほど、中々良い感じに壊れてきてますね。その脳も取り換えた方がいいのでは?」


「それは無理な相談だ。人間の脳だけは代替え品が無い。どうしても機械に置き換えることが出来ない」


「そうですか。――ところで娘さんは、本当に“コレ”で生きてるんですか? 随分と出資しましたからね、もしも失敗だとわたくし共としても非常に痛手なのですが」


「問題ない。妻が犠牲になってくれたおかげで最後の問題も解決した。それを今から実証しよう」


 アトコンのボタンをいくつか押し、それから彼は地下室の中央に鎮座する“巨大な水槽”に取り付けられたレバーを降ろす。

 途端、水槽を満たす液体が淡い緑色で照らされ、中にある“物体”の声が壁際のスピーカー越しに聞こえてくる。


『……パパ?』


「おぉリナ、私の可愛い天使。パパがわかるかい?」


『うん。でも、何だか景色がユラユラしてる。プールの中にいるみたい』


「それは正常だよ。リナは今、水槽の中にいるからね。――うん、カメラもマイクも問題無さそうだ」


『カメラ? マイク? ……パパ、何言ってるの? それに水槽の中って……私、今どうなってるの?』


「自分の姿を見るかい?」


 机に置いていた姿見の鏡を手に、ドゥークはそれを水槽に取り付けられたカメラの前にかざす。

 自分の愛する娘が、今の自分の姿をよく見えるように。


 ――途端。


『いやぁぁぁぁああああ~~~~ッ!!!!』


 娘のヘカテリーナが悲鳴を上げる。

 金切り声で絶叫する。


『何これ!? こんなの私じゃない!! こんなのッ、水槽に入ったただの“脳みそ”じゃない!!』


「あぁそうだよ。水槽に浮かんでいるのはリナの脳だ。水溶液の中で電気信号を検知し、それをアトコンで逆算して思考を読み取り、スピーカーを経由して機会音声で再生させている。これなら脳の姿でも会話が出来るし――」


『嘘嘘嘘ッ、こんなの嘘!! 何で、どうして私がこんな姿にならなきゃいけないの!?』


「……リナ? 何を驚いているんだい?」


 ドゥークは訳がわからなかった。

 自分の愛しい娘が何故悲鳴を上げたのか、何故大声で発狂したのか。

 何もしなければ今頃死んでいたかも知れないのに、それを乗り越えて“脳みそだけの姿”で水槽に入っている事の、一体何が不満なのか。


「リナ、話を聞いてくれ。その水溶液に浸かっているとね、脳からの硬化指令が出なくなるんだ。こうするしかリナが生きる方法は無かった。脳を身体と分離するしか、キミの命を救う方法がなかったんだ。わかってくれるだろ? 全てはリナの為なんだ」


『殺して!! こんな姿で生きるのは嫌!! 今すぐ私を殺して!!』


「そんなこと言わないでおくれ。まずはキミの命を助けることに成功したから、今度はキミの新しい身体を用意するよ。機械人間ヒューマロイドにはしてやれないけど、もしかしたら症状が進行しない身体があるかも――」


『嫌!! 殺して!! さぁ早く!! 私を殺してよ!! 今すぐ――』


 ガチャン。

 ドゥークが水槽のレバーを上げると、水槽を照らしていた淡い緑色の光が消えた。

 同時に、喚いていた愛娘:ヘカテリーナの声も消える。


「……殺したのですか?」


「まさか、強制的に眠らせただけだ。しかし、わからない。研究は成功した筈なのに、命を繋ぎ止めた筈なのに、リナは何が気に入らないんだ? 何が問題だ?」


「さぁ? わたくしにはわかり兼ねますが、とにかく素晴らしい。脳だけでも生きながらえる“この技術”が欲しかったのです。これで我々の計画も次の段階に進めます」


「お前達の計画?」


「えぇ、わたくし共としてはここからが本題。現在ヴィント様率いる『オーガスタ・ファミリー』は規模を拡大している最中でして、莫大な資金が必要なのです。これまで出資した3億5000万G、利子をつけて返却して頂きたい」


「それは、確かにそういう話ではあったが……」


 最初の5000万Gから膨れに膨れた研究資金、その返却を促す話に流石のドゥークも怯んだ。

 確かに必要な資金ではあったものの、研究に没頭し過ぎてそれを返す算段まではつけていない。

 それをわかっていたのか、ミランダも「ご安心ください」と言葉を付け加える。


「勿論、今すぐ全額返済しろとは言いませんよ。この技術を含め、アナタの腕前があれば裏社会でいくらでもビジネス出来るでしょうから、それが軌道に乗るまで返済は結構です。ただ、その代わりに1つだけ仕事をこなして頂きます」


「仕事?」


「はい。地下室にばかり籠っているアナタですが、噴火大樹はご存じですよね?」


「あぁ、植物グリン族が住む里の大樹だろう? 数年ごとに花粉を飛ばして機械に不具合を起こさせるという」


「そうです。アナタにはアレを排除して頂きたい。私達の計画に邪魔なんですよ」


「噴火大樹が邪魔? ヴィントってのは機械人間ヒューマロイドなのか?」


「いいえ、そういう次元の話ではありません。あの大樹は“もっと根深い存在”なのですが、まぁ貴方に詳しく話す必要もありませんね。とにかくどんな手を使ってもいいので、あの大樹を排除して下さい。それが出来ればお金の返済も免除していいと、ヴィント様はそう仰っています」


「本当か!?」


 まさかの条件にドゥークも飛びつかない訳にはいかない。

 3億5000万Gもの借金を一発でチャラに出来る、まさに夢のような話だ。


「つまらない嘘はつきませんよ。大樹の排除は、わたくし共にとってそれくらい価値がある仕事なのです。勿論、死ぬまでかかってもいいなんて悠長なことは言いません」


「期限は? 大樹の排除はいつまで待てるんだ?」


「――7年。7年以内にあの大樹を排除願います」



*次話でドゥークの過去回は終わりです。

 途中から元の時間軸に戻ります。

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