17話:雪解け毒の鱗粉
雨が降り出し、ユニコーン小屋へと向かって歩き始めた時にそれは起きた。
眩暈と共に、ボクの身体が力無く地面に倒れたのだ。
(何だ、一体何が起きて……うぅッ)
頭が痛い。
呼吸が辛い。
視界もボヤけてる。
身体は重く、寒気も酷い。
額に手を当てると、かなりの高熱が出ていた。
ただの風邪にしては症状が急過ぎる気もするけれど……。
(まさか、今になってあの妖精族の毒が?)
完全に失念していた。
1つ目の街:グラジオラスを脱する際、たまたま遭遇してしまった妖精族の管理者から喰らった鱗粉:“雪解け毒”だ。
本格的な発症のタイミングでは彼女にもわからないと言っていたけれど、よもやこのタイミングで発症してしまうとは。
(ここは目立つからマズい。せめて人目に付かない場所に避難を)
重い身体を無理やり起こし、広場から人通りの無い薄暗い路地へと移動。
そこから更に一歩、二歩、三歩目と進み、そして四歩目を出したところが「身体の限界」。
一際酷い眩暈が襲って来て、仕方なく一旦立ち止まる。
(非情にマズい。早く、何処かで“アレ”を手に入れないと……)
朦朧としたまま手を伸ばすも、それで掴めるモノは何も無く、遂に「意識の限界」も来た。
脳をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような気持ち悪さが襲ってきて、ボクの身体は再び地面に倒れ込んでしまう。
『私ね、家出してきたの』
どうしてだろうか?
最早何も考えられなくなった途端、何故か“あの子”の話を思い出した。
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これはまだ、記憶に新しい昨日の話。
シャンテローゼの街に到着後、広場の屋台で食事している最中、唐突に彼女が告げたのだ。
自分は「家出」してきたのだと。
「一体どうして?」という視線を向けると、怒られて不貞腐れた子供みたいに、家出少女:パルフェは「ぶぅ~」と唇を尖らせる。
「だってさー、これまでずっと勉強付けの日々だったんだもん。学園に通う前からずっと、ず~~っと、ず~~~~っとだよ? 勉強以外の暇なんて本当に無かったの」
「ふ~ん、随分と教育熱心な親御さんだね」
「教育熱心が過ぎるよ。確かにパパは偉い人だから、その娘がしっかりしてなきゃ威厳が保てないってのはわかるけどさー」
「そんなに偉い人なの?」
「うん。だって私のパパ、“大天使”だもん」
「え、パルフェ天使族だったの? しかも大天使の娘って……」
今思い出しても、正直この話は驚いたモノだ。
大天使と言えば『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』の「Heaven 」側、つまりは「天国」を統べる覇者。
『Fantasy World (幻想世界)』の魔人や、「地獄」の十王が一人:閻魔王と肩を並べる男が、何を隠そうパルフェの父親だと言う。
身分としては上流階級もいいところで、孤児院育ちのボクとは何もかもが正反対。
普通なら自慢して然るべきところを、しかし“家出少女”はムッと眉間に眉根を寄せる。
「パパは頭おかしいんだよ。私一人に家庭教師を20人もつけるなんてやり過ぎてない? しかも家族の同伴無しで外出禁止とか、流石に本当に頭がハッピー過ぎるでしょ。きっと頭のネジが何本も飛んでるんだよ。“ドラの助”だってそう思うでしょ?」
「……ん? 話の腰を折って悪いけどさ、ドラの助ってボクのこと?」
「うん。ドラノアだからドラの助、可愛いでしょ? 私ね、あだ名付けるの得意なんだ♪」
何故か自慢げに「エッヘン」と胸を張ったパルフェ。
どうやらボクの思う「得意」とは認識が違うらしく、このままでは街中で恥ずかしい思いをする羽目になる。
早急にクレームを入れなければと思ったところで、「ハッ」と彼女が我に返った。
「でね、そんな息苦しい生活を送る内にね、私はふと思ったの。私にはもっと別の、私なりの生き方があるんじゃないかって。親の敷いたレールじゃなくてさ、自分で新しくレールを敷いて、その上を自分の足で歩くのが人生だと思ったの。ドラの助もそう思わない?」
「ん~、まぁ自分で理想の道を切り開けたら、それは素敵なことだと思うけど」
「でしょ? その為にはね、いつまでもパパの管理下にいちゃ駄目だったんだよ。安全な殻の中にいつまでも閉じ籠っていたら、何も新しいワクワクに出逢えないもん。私はもっと人生を楽しみたいから、もっとワクワクに出会いたいから、だから家を飛び出したの。私の気持ち、わかるでしょ?」
「えっと……要するにここまでの話をまとめると、パルフェが家出した理由って……」
「そう、私はもっと遊びたいのッ!!」
物凄くストレートな理由を告げ、彼女はドンッとテーブルを叩いた。
その衝撃でグラスが倒れてジュースが零れ、仕方なく「おかわり」した一杯に、ドワーフ族の店主がコッソリとお酒を混ぜて――
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「こんな所で寝てんじゃねーよクソガキが!!」
「うッ!?」
お腹に痛みを覚え、強制的に目が覚めた。
ボクの視界に映るのは、フラフラと覚束ない足取りで遠ざかってゆくドワーフ族の小柄な背中。
どうやら酔っ払いに蹴られたみたいだけど、それを咎める気になれないのは、相変わらず頭がクラクラとしている為か。
(うぅ、肌寒い……今何時だ? “雪解け毒”で、どれくらい意識を失ってた?)
依然として雨は降りやまず、身体の熱をジワジワと奪い続けているのは明白。
冷えた身体と朦朧とした頭で、重い手足を動かしてフラフラと立ち上がるも、すぐにグラリと身体がよろける。
早急に屋根のある場所へ避難しなければと、そう思ったところで不意に“聞き覚えのある声”。
「……今のは、パルフェの声? いや、そんな訳ないか」
彼女の幻聴が聞こえるなんて、いよいよボクの頭がバグってきたのかも知れない。
こんな薄暗い路地に彼女がいる筈もないけれど、念のために声が聞こえた方に足を進めて――息を飲む。
角を曲がった先にパルフェがいたのだ。
それも“2人のエルフ族男性”と一緒に。
(これは?)
仲良く3人で談笑中であれば、ボクとしてはこのまま引き返すつもりだった。
既に彼女とは縁を切ったし、“次の男”を見つけて遊んでいるのであれば、ボクが出る幕は無い筈だと。
だけど実際は幸か不幸か、残念ながらそういう雰囲気でもない訳で……。
「近寄らないでッ、どっか行ってよ!! 私はドラの助を探してる最中なんだから!!」
雨の中に響く、悲鳴に近いパルフェの叫び声。
続けて――
「ゲヒヒッ、そんな怖がるなよ可愛い娘ちゃん。今から俺達と遊ぼうぜ」
「そうそう、楽しく気持ちよく遊ぼうってだけさ。何も怖いことはないからよ」
悲鳴に続けて聞こえてきたのは、見るからにガラの悪そうな茶髪と赤髪のエルフ族、その2人のゲスイ声。
状況から察するに、どうやらボクを探している途中であのチンピラ二人組に絡まれたらしい。
「おい見ろよ相棒。顔良し、身体良しの上物だ。それにあの乳、今にも溢れ出そうじゃねぇか」
「うひょ~、こりゃあ俺達を誘ってるとしか思えねぇな。嬢ちゃん、ちょっとあっち行こうぜ」
「行くわけないでしょ!! 一人にしてよ!!」
先程から進展は無し。
しつこく絡むチンピラ二人と、それを拒否するパルフェとのやり取りが続いている。
何故、“魂乃炎”を使って逃げないのか?
何故、天使族のくせに「天使の翼」を出して逃げないのか?
それに、何処までボクの手を煩わせるつもりなのか?
色々と疑問は残るし、いい加減にボクから離れて欲しいと思うものの、それらの清算は後回し。
これ以上事態が大きくなる前にさっさと助けようと、そう思って出て行くけれど――
「あれ? 足が……」
思う様に動かない。
気分が悪く、身体が冷え切っていることも相まった結果か。
“雪解け毒”で体調が最悪だったことを思い出すと、身体が更に言うことを効かなくなっていく。
(このままじゃ駄目だ。15秒……いや、10秒だけ待って。すぐに身体を温めるから)
届かぬ言葉を願いに託し。
ボクは身体の中に貯めた“地獄の熱”を開放して、己の身体を温め始める。
その間も、鼻の舌を伸ばしたチンピラ達は止まらない。
「うひょー、柔らけぇ腕だなぁ」
「嫌ッ、離して!!」
(ッ――!!)
パルフェの腕を茶髪のチンピラが掴んだ。
既に縁を切った筈の少女でも、汚い男の手が彼女に触れるのは胸糞悪い。
けれど、まだだ。まだ駄目だ。
雨のせいで身体が温まるのが遅い……ッ。
「そのデケェ胸も、さぞかし柔らけぇだろうなぁ?」
「ひぃッ!?」
「ゲヒヒッ、おい聞いたか今の鳴き声!! 『ひぃッ!?』だってよ。誘ってんのかぁ!?」
(くッ、ごめんパルフェ。もう少しだけ耐えて……ッ!!)
ニヤニヤと笑いながら、汚い手を伸ばす赤髪と茶髪のチンピラ二人。
その下品な顔を見るだけで、彼等の顔をメッタメタに切り刻んでやりたくなる――この衝動を抑えられないし、抑える必要も無いだろう。
「うひひひっ。おい相棒、どっちが先に揉むかジャンケンしようぜ」
「ドラの助ぇぇぇぇええええ~~~~!!!!」
「ギャハハハッ、誰だよそいつは? 今更誰かに助けを求めても無駄だぜ?」
(――いや、そんな事は無い)
よく耐えてくれた。
彼女が必死に耐えてくれた時間で、ボクの身体もようやく温まった。
既に我慢の限界だ。
即刻ナイフを構え、振り下ろす!!
「“鎌鼬:連”」
「「ぎゃぁぁああああッ!?」」
風の刃を2回放ち、茶髪と赤髪のチンピラが悲鳴を上げる。
そのまま続けて。
「“四連”」
「「うぎゃぁぁぁぁああああッ!?」」
何が起こったかまだ理解していないのだろう。
連続で斬られたチンピラ二人が痛みと恐怖の悲鳴を上げ続けるも、しかしそれは彼女が味わった恐怖に比べれば安い物だ。
このくらいでは終わらせない。
「“八連”」
「「ぐぎゃぁぁぁぁああああああッ!!??」」
まだだ。
まだ斬り足りない。
このまま死ぬまでいたぶり続けてやりたかったけど、続けての斬撃が――“弾かれる”。
「ッ!?」
ガキンッと甲高い音を鳴らし。
斬撃を弾いたのは、茶髪のチンピラでも赤髪のチンピラでもない。
「――おい。何処の誰が、ウチの馬鹿二人を斬り刻んでいいと言った?」
ボクとチンピラ二人組、その間。
身体一つで斬撃を弾いたのは、分厚い胸板に“魂乃炎”を灯す大男だった。




