166話:鬼 VS 巨大ロボ
~ ドラノアの右腕が切断されたその頃 ~
『エンジュ』 VS 『ヴォン・ヴァーノ』
「いい加減に諦めたらどうだ? 貴様程度が、地獄の鬼族である私に勝てる道理は無い」
処分場で行われていた女性二人の戦いは、控えめに言っても“一方的”だった。
片や『全世界管理局:本部』の管理者で、片や有名なインフルエンサー。
いくら“魂乃炎”で機械の身体を巨大化したところで、鍛錬を重ねている管理者を打ち倒すには至らない。
ヴォン・ヴァーノの身体はエンジュから受けた刀傷で相当なダメージを負っていたが、それでも彼女は立ち上がることを辞めなかった。
見ようによっては管理者のエンジュが悪役で、ヴォン・ヴァーノの方が主役に相応しく思えるだろう。
「まだッ、負けてないざまス!! ドゥーク様の敵は私の敵!! あの方には指一本触れさせないざまス!!」
“魂乃炎”:“情熱膨張”。
想いが高まるほどに身体が膨らむ能力により、今やヴォン・ヴァーノの大きさは5メートルを超えていた。
覇者級のサイズ、規格外の大きさだった里親に迫るサイズから繰り出される一撃は、相当な威力!!
だが、遅い。
一般人相手なら圧勝するだろう攻撃も、鬼族の管理者:エンジュに直撃することはない。
衝撃で吹き飛んだ床の機械類も、彼女の抜刀によって呆気なく散ってゆくだけか。
「おい、“ざまス女”。私は遊びに来たんじゃないんだ。この程度の実力なら部屋の隅で大人しくしていろ」
「うるさいざまス!! 私はドゥーク様の為に少しでも時間を稼ぐざまス。どうせ傷の痛みなんて感じない身体、大人しくしている暇はないざまスよ!!」
「……理解出来ん。どうしてそこまで奴の肩を持つ? ただのイカれたマッドサイエンティストだろう?」
「えぇ、確かにそうざまスね」
「お?」
ヴォン・ヴァーノの反応は予想と違った。
エンジュは「どうせ怒るだろう」と思っていたが、彼女は怒って膨張することなく、むしろ風船から空気を抜く様に“徐々に小さくなってゆく”。
やがて元のサイズに戻ったヴォン・ヴァーノは、ゆっくりとエンジュを睨みつける。
「確かに、あの方はイカれたマッドサイエンティストざまス。でも、だからこそ、ドゥーク様がイカれた人だったから、私はあの方に救われたざまス。“可愛く生まれたアナタ”にはきっと理解出来ない。この身体になる前、私は酷く醜い姿だった。それはもう本当に、生まれてきたことを後悔する程に、親からも見捨てられる程に、筆舌し難い程にッ、命を捨てたくなる程に……ッ!!」
鬼気迫るヴォン・ヴァーノの声とは裏腹に、彼女の顔にはそこまで大きな変化が見られない。
機械の表情:ホロフェイスに映し出される顔は確かに「怒り」を表しているが、声の“温度感”と差異があり、それが逆に滑稽に見える。
「本当に、私は死ぬつもりだった。こんな姿で生きていてもしょうがないと、どうせ死んでいるような人生だと、命を絶つあと一歩のところまで追い詰められていた。――そんな時、私の前にドゥーク様が現れた。そして死にたくなるほど醜かった私を、こんなに素晴らしい姿に変えてくれた。私は生まれ変わったのよ。その時の感動がアナタにわかる?」
「ふんッ、単に実験体が欲しかっただけだろう? それと、“ざまス”を忘れているぞ“女”」
ギロリッ!!
現実へ引き戻す言葉にヴォン・ヴァーノが睨みを効かせるものの、睨まれたエンジュはどこ吹く風。
お前の都合なんか知ったことかと言わんばかりな若造の態度に、ヴォン・ヴァーノは深呼吸を1つ入れてから再度口を開く。
「“そんなこと”は、小娘に言われなくてもわかっているざまス。――えぇ、きっとあの方は誰でもよかった。ただの実験体として、ご息女の為の生贄として、自分の手で弄れる身体を欲していただけざまス。だけど、私はそれでも構わなかった。醜い私を変えてくれるなら、そんな人の力になれるなら、私はいくらでもこの身体を差す覚悟ざまス!! 妻を失い、満たされぬ心を虚無で満たす為だけに、私の身体を求めてくれるッ、それでも私は嬉しいざまスから!!」
「なッ!? お前等……そういう関係だったのか?」
「オホホホッ。お子様には刺激が強過ぎたざまスか? アナタのその反応、まだ大人の階段を上っていなくて?」
立場逆転。
まさかの返しに圧倒的有利だったエンジュが狼狽える。
「な、舐めるなッ、私は地獄の鬼族だぞ!! その気になれば、大人の階段なんて百段くらい一気に駆け上がってやる!! ――だがな、貴様と違って私の理想は高いんだ。誰でもいい訳じゃない」
「まぁ、随分と生意気な発言ざまスね。だけどお子様の理想なんてたかだか知れているざまス。どうせカッコいい人とか、お金持ちだとか、あとは王族とか、その程度のモノでしょう?」
「いいや、“父を倒せる漢”だ」
「はぁ? 何ざまスか、そのヘンテコな条件は?」」
これもこれでまさかの返し。
よくわからない答えに反応を困らせているヴォン・ヴァーノだが、そんな彼女に対して丁寧に説明する義理もないらしい。
エンジュは「ふんッ」と鼻息荒く腕を組んだ。
「貴様には教えてやらん。ドゥーク程度の男に心酔する、救いようのない馬鹿な女にはな」
「この小娘は……えぇ、わかったざまス。こうなったら死ぬ気でアナタをぶち殺すざまス。全ては、ドゥーク様の為に……ッ!!」
「辞めておけ。これ以上無理すると、身体がバラバラに……て、おいおい、ちょっと待て。流石に膨らみ過ぎじゃないか?」
見る見るうちに膨張するヴォン・ヴァーノの身体。
先ほど萎む前よりも更に大きく膨張し、遂には天井に頭が着く程の大きさとなった。
今や里親すら見下ろせる程に膨らんだ10メートルの巨体。
そのまま、彼女はゆっくりと倒れてくる。
「愛の重さに押し潰れるざまスッ――“愛殺プレス”!!」
圧殺!!
逃げ場も無いほど巨大な身体が、それも硬い機械の身体がエンジュを押し潰す!!
閉鎖空間に「バキバキバキッ」という音が響き、棄てられていた機械類が粉々に砕けた。
彼女の質量が見掛け倒しではなく、その大きさに見合った重さであることの証明だ。
「オホホホホッ、私の勝ちざまス!! 本部の管理者を倒したざまスよ!! これでドゥーク様のお役に――」
「誰の勝ちだって?」
「ッ!? 馬鹿なッ、何故生きているざまス!?」
あり得ない。
この状況で潰れていない筈が無い。
腹の下から聞こえて来た声にヴォン・ヴァーノが驚愕するも、驚いているのは彼女だけ。
片膝着いた体勢ながら、エンジュは“普通に耐えていた”。
「先ほど言った筈だぞ、“この程度の実力なら部屋の隅で大人しくしていろ”と。これなら『電気プラットフォーム』にいたハイドルファンや、植物族の戦士達の方が余程強かった。炎を使うまでもない」
「何故!? どうして潰れないざまス!?」
「逆に問う。何故この程度で私が潰れると思った? 私は地獄の鬼族だぞ?」
グイっと、上に覆い被さるヴォン・ヴァーノの身体をエンジュが“押し返す”。
膨らんだ巨体が倒れる前の状態に戻るが、その表情までは元通りにならない。
遥か下。
小さなエンジュの構えた刀が、ヴォン・ヴァーノには死神の鎌に思えてならなかった。
「アナタ、まさか悪名高い『首狩り部隊』の……?」
「違うな。あんな脳筋集団と一緒にされては困る。私は私、他の誰でもない」
そしてエンジュは、刀を振り抜いた。
“鬼門流:夢見断”
「ギャアアアアア!?」
その巨体故に。
飛んで来た斬撃を避けることも敵わず、盛大な悲鳴を上げたヴォン・ヴァーノ。
機械の身体で、痛みを感じない身体で、それでも本能的に叫んだ彼女は――そのまま気を失った。
意識の消失と共に“魂乃炎”も消滅。
シュルシュルと縮んで元の姿に戻った機械の身体は、しかし、悲鳴の大きさに反して“何処も斬られていない”。
「……同情するよヴォン・ヴァーノ。もし生まれが違ったら、私がお前になっていたかもしれない。自分を救ってくれた救世主だ、そりゃあドゥークに心酔もするだろう。――けどな、本当に愛していたのなら、奴の暴走を止めるのがお前の役目じゃなかったのか?」
勝者は静かに、誰にも届かない声で呟く。
「――で、どうやってここから出ればいいんだ?」
*4章完結まであと10話程です。




