163話:奥にいた男
「マズいね、救助されなかった機械人間が結構残ってる……」
シュベルタワーに辿り着き、真っ先に気づいたのはそれだ。
相当強固な作りだったのか、下の方はそこそこ原型を留めていたシュベルタワーの中に、相当数の機械人間が倒れたまま残されていた。
やはりというか案の定というべきか。
死の灰が降ってくるまでのわずかな時間では、全ての機械人間をジャンク街まで運ぶことは出来なかったらしい。
「助けに来てくれたのか!? って、ゲッ!! お前は100Gのチビガキ!!」
「ん? あー、アナタは確か……“雑魚のジョン”だっけ?」
「違うッ、俺様は“雑魚狩りのジョー”だ!! 全然違うぞ!!」
テンション高めな声を掛けて来たのは、下半身だけ機械化した人物。
それも先日、街中で賞金首を捕まえていた賞金稼ぎの男性だ。
2B爆弾のせいで脚が動かなくなったみたいだけど、生身の上半身に支障はなく、せいぜい軽い擦り傷が見受けられる程度か。
なお、それは彼だけでない。
他にも同様の例が複数名いて、皆がボク等に視線を向ける。
「一体何があったんだ?」
「いきなり爆音が聞こえて、それが脚が動かなくなった」
「街は一体どうなったんだ? 変な灰が降って来たぞ?」
希望を見る目。
脚が動かず縋るような瞳を向けてくる彼等を、今すぐ安全なジャンク街まで運んであげたいところだけど――そうはいかない。
エンジュがボクの肩を掴み「ふるふる」と首を横に振る。
「全てを完璧にやり遂げる時間は無い。最大目標だけに集中するんだ」
「……うん、わかってる」
勘違いしてはいけない。
ボク等は全知全能の神ではないのだ。
彼等を運ぶ時間は残念ながら持ち合わせていない。
「説明している時間はないけど、ここから動かなければ当分は安全だと思う。今降っている灰は危ないから、絶対外には出ないで」
「は? 俺様達を助けに来てくれたんじゃないのか?」
「それは――」
「皆聞けッ、私は本部の管理者だ!!」
突如、エンジュが大声を上げた。
ここは私に任せろと、そういう話らしい。
「私は今回の事態を収める為に此処へ来ている。事態の収拾にはドゥークに会わなければならないが、彼の居場所がわからない。誰かこの中でドゥークを見た者は? シュベルタワーに向かったという情報を得て我々はここへ来ている」
「ドゥークの野郎がここに? 俺様は見てねぇな」
「俺もだ。ドゥークさんは見てない……」
「私もドゥークさんは見てないわね……」
手掛かり無し。
これだけの人間が見ていないのなら、少なくともこの近くには来ていないと思われる。
そもそも一口に「シュベルタワー」と言っても、1階部分にある商業施設だけでかなりの面積を誇っている。
他の場所でも目撃情報を探すべきだと、ここで見切りをつけるのは“早計”。
正直、ボクは気づかなかった。
だけどエンジュは気づいた。
雑魚のジョン――ではなく、雑魚狩りのジョーに彼女は視線を向ける。
「ドゥーク“は”見ていない。それはつまり、他の誰かは見たのか?」
「あぁ、ヴォン・ヴァーノなら見たぜ」
(ッ――!!)
ビンゴ、なのだろうか?
その表現が正しいかどうかはわからないが、少なくとも全くの外れではない。
「ヴォン・ヴァーノがここに来たのか? いつだ?」
「10分くらい前だ。助けに来てくれたのかと喜んだが、俺様を無視して歩いて行きやがった」
「どっちに向かった? 有益な情報なら100万G出す」
「おいおい、マジか!? あっちだあっち!! あっちへ歩いて行ったぜ!!」
「十分な情報だ。全てが済んだら救助班をここへ呼ぼう。――ドラノアくん、行くよ」
「おいッ、100万Gは!? ってかマジで行っちまうのか!?」
本当に助けないのか? 何の為にここへ来たんだ?
そんな顔でボク等を見る雑魚狩りのジョー、だけではない彼等の悲し気な顔を、それでも捨て逝く覚悟がいる。
“時間は有限だぞ”。
出掛ける前、この言葉を口にしたテテフはそこまで深い意味で言ってないだろう。
それでも、この意味を噛み締めずには居られない。
(死の灰は降り出した。ボクにこの灰を止める術は無い……だけど、これ以上ドゥークの好きにさせないことなら出来る筈だ。奴の居場所さえ突き止めれば――)
「ドラノアくん、“コレ”をどう思う?」
ボクの先を歩いていたエンジュ。
彼女が足を止め、指さす先には僅かに開いた『扉』があった。
「関係者以外立ち入り禁止」とあるが、それ自体は特段珍しいモノではない。
ここで重要になってくるのは、2B爆弾の爆風で積もった埃の上に、真新しい足跡が残されていることか。
――――――――
扉の先は通路になっていた。
シュベルタワーの1階は商業フロアとなっており、特に怪しい通路と言う訳でもない。
ただ、通路の先にあったエレベーターのランプが点灯しているのは見逃せない。
しかも、階数表示を表す数字が“現在進行形で動いている”。
「ビンゴだ。ヴォン・ヴァーノが今正に移動しているぞ」
「この状況下でもエレベーターは動くんだね。ここまで内部に来ると2B爆弾の影響もほとんど受けないのかな?」
「もしくは特別なエレベーターかもしれないが、まぁそれはこの際どちらでもいい。見ろ、地下10階でランプが止まっている」
「ボク等もエレベーターで降りる? それとも階段を探す?」
「いや、直接行こう」
言って、エンジュがエレベーターの扉に手をかける。
そして“無理やりこじ開けた”。
当然、そこにエレベーターの籠は無く、上から下まで真っ暗な煙突みたいな空間が広がっている。
「直接行くって、まさかそこから飛び降りるの?」
「他のエレベーターを使って、我々の尾行が気づかれたらマズいだろう? 階段がヴォン・ヴァーノのいる場所に繋がっているとも限らない」
「それは確かにそうだけど……でも中は真っ暗だよ?」
「問題ない。バウディがいるからね」
口からボウッと炎を吐き、それで出て来たのは炎の狼。
ただし、これまで見て来たバウディと違って、そのサイズはエンジュの掌にちょこんと乗る程度の大きさだ。
「手乗りバウディだ。これならほとんど体力を消耗しないし、松明代わりには丁度いい」
「へぇ~、そんなことも出来るんだ? 可愛いね」
「なッ!? いきなり何を言うんだ!? 私の好感度を上げても何も起きないぞ!?」
「え? 手乗りバウディの話なんだけど」
「………………。……知ってたし」
(絶対嘘だ……)
それから気を取り直し。
エレベーターのワイヤーにクロを巻きつけ、ボク等は一気に地下深くへと潜ってゆく。
途中、クロがワイヤーを舐めた為、口の中にオイルみたいな味が広がって酷く気分を害したものの、何とかエレベーターの天井に到着。
籠の中に気配が無いのを確認し、天井をこじ開けて籠の中へと侵入。
開閉ボタンを押して扉を開け、そこで慌てて身体を引っ込める。
(ヴォン・ヴァーノだ、やっぱりここまで来ていたか……ッ)
エレベーターを出て右、通路の先に見覚えのある機械人間の姿があった。
ボク等に気づいている様子はなく、彼女はスタスタと慣れた足取りで進み、そのまま通路の奥で右側の部屋へと姿を隠す。
すぐさまその後を追うも、辿り着いた時には既に扉が閉まっており、横の端末で何かしらの認証をしないと開くことはなさそうだ。
窓も無いので中の様子を伺い知ることは出来ず、ボクはエンジュに視線を向ける。
「どうする? 強行突破する?」
「馬鹿者、尾行を気づかれたらどうする――と言いたいところだが、ここまで来たらもう構わないだろう。やれ」
「りょーかい」
ということで。
「“黒蛇:顎”」
扉を喰い破る!!
(うおッ、我ながら凄い威力……ッ!!)
クロも随分と成長したものだ。
最初は2メートル程の長さしかなかったけど、今やその3倍で最大6メートル程の長さまで身体を伸ばせるし、顔の大きさもそれ相応に大きくなっている。
サイズ増大に合わせて顎も強くなったのか、鉄の扉を喰い破るほどに咬合力も上がっていた。
――結果。
「しッ、侵入者ざまス!! まさかッ、私をつけていたざまスか!?」
閉ざされていた扉が無理やりこじ開けられ、近くにいたヴォン・ヴァーノが悲鳴を上げる。
加えて、“奥にいた男”は舌打ちと共に振り返った。
「ったく、随分なご挨拶じゃねぇか。俺をコソコソと嗅ぎ回っていたネズミはテメェ等か」
「ドゥーク……ッ!!」




