162話:黒い相合い傘
植物族の少女:ポプラが去ったところで、ボク等を取り巻く状況は何も解決していない。
大勢の人間がごった返す昇降機の周囲では、依然として動ける人々が機械人間を運んでいる。
「急げ急げッ、動けない機械人間はこの昇降機に載せろ!! 早くしねぇと死の灰が降るぞ!!」
「こいつ等本当に大丈夫なのか!? もう駄目なんじゃねーか!?」
「脳が生きてりゃ何とかなる!! 後で壊れた機械部品だけ取り換えれば助かる筈だ!!」
全身を機械化した機械人間は一切身動きが取れず、一部を機械化した機械人間も半数程が歩けぬ状態。
生身の者でも怪我をした者は多数おり、動ける人間が必死になって救助活動を行っていた。
タイムリミットは死の灰が街に届くまで。
それまでにどれだけの命が救えるかはわからないけど、このまま問題無く救助活動が進めば最小限の被害で抑えることは出来るだろう。
無論、これ以上ドゥークが何か仕掛けてこないなら、だけど……。
(――あれ? ドゥークが死んでるなら無意味な願いなのに……何故だろう? 嫌な予感がする)
シュベルタワーの上半分が消滅し、街も壊滅的被害を受ける程の爆発。
普通に考えて奴が生きている筈もないのだけれど、何故かそうは思えない。
本当にこのまま地下のジャンク街に隠れ、「死の灰が通り過ぎるのを待つだけ」でいいのだろうか?
という心配が顔に出ていたのか、パルフェが不安げな顔で覗き込んでくる。
「ドラの助、どうしたの? 顔色良くないよ?」
「あぁ、別に何でも無いよ……って、誤魔化すのは怒られる?」
「今は怒らないけど、内容次第では後で怒るかも。私には全部教えて欲しいかな」
「そう、だね。……まぁちょっと心配事というか、もしもドゥークが生きていたらって思うと落ち着かなくて。ちょっと聞き込みでもして来ようかな」
「私達も手伝った方がいい?」
ありがたい申し出だ、とはならない。
こういうのは一人の方が気楽だし、それに二人は見覚えのある機械人間を運んでいる真っ最中。
「二人はその人を安全な場所まで運んであげて。ボク等を案内してくれた人でしょ? 名前は確か……」
「ユーきゃ――」
「ロボ子だ。ってかお前、行くならさっさと行け。時間は有限だぞ。それから土産は忘れるなよ? 絶対だぞ?」
流石テテフ。
パルフェのあだ名をひっくり返した上に、この状況下でもお土産を所望するらしい。
ここで言葉が終われば「ただの傍若無人な我儘少女」だけれど、追加の一言で全て許せるから不思議なものだ。
「死なずに帰ってこい」
「うん、りょーかい。それじゃあ行ってくるね」
「あ、待ってドラの助。ハチミツドリンク無くなってるでしょ? 補充してあげる」
「それはありがたい。ここに来る途中で全部飲み干しちゃったんだよね」
主にエンジュが、という一言は付け加えないでおく。
「補充は口移しでいいよね?」
「いいわけないでしょ。普通に入れて貰えると助けるよ。あと、哺乳瓶以外の容器があるといいんだけど」
「駄目、それで飲む姿が可愛いんだもん。ドラの助に一番合ってるし」
「………………」
という残念な流れを経て。
パルフェにハチミツドリンクを補給してもらい、聞き込み調査の準備は万全。
その後「そう言えばエンジュは?」と周囲を見回したところで、何やら会話を終えた鬼の少女がこちらにやって来た。
「ゼノスと何話してたの?」
「なに、ちょっとした頼み事さ。それよりドラノアくん、これからドゥークを探しに行くんだろう? 私も手伝おう」
「エンジュが? でも嫌な予感がするってだけだし、別に付き合わなくても大丈夫だよ。何の確証がある訳でもないし」
「だからこそだよ。ジャンク街で死の灰を凌いで、後は『ドゥークが悪者でした。だけどもう死にました』で事が終わるとは思えない。死の灰だけじゃあ『AtoA』ネットの遮断や渡航不能な今の状況が説明がつかないからね。きっと“まだ何かある”。少なくとも、ドゥークの死体を見るまでは“奴が生きている”と仮定して動くべきだ。そうだろう?」
「……だね」
奴が死んだと仮定するのは早計。
死体を見るまで安心してはならない。
人の死体で「安心」するのもどうかとは思うけど……ともあれ。
「それじゃあエンジュはあっちの出入り口で聞き込みして。ボクは向こうの方で聞き込みするから」
「おいおい、偉そうに私へ指図するな。いいかい、よく聞くんだ? 私はあっちの出入り口で聞き込みするから、ドラノアくんは向こうの方で聞き込みをするんだぞ。いいね?」
「言ってる内容一緒じゃん」
「違うね、誰が言ったかが重要なのさ」
ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべ、エンジュはさっさと別の出入り口へと向かっていく。
半ば勝ち逃げみたいでズルいけど、そんなことで時間を使うのも馬鹿らしく、ボクも聞き込みの為に別の出入り口へと向かった。
■
「えッ!? ドゥークを見た人がいたって!?」
驚愕に目を見開いたのは、エンジュと別れて15分も経っていない時のこと。
聞き込みを続けていたボクの元に彼女が来て、先の情報を教えてくれたのだ。
「どうやって生き延びたかは知らないが、爆発の後、街の隅で奴の姿を目撃した人がいたらしい。ヴォン・ヴァーノと一緒だったという話だし、かなり信憑性は高い。あのモデルの機械人間はドゥークの女って噂だしね」
胸の前で両手を組み、難しい顔で口を開いたエンジュ。
彼女が出したその名前にはボクも聞き覚えがあった。
「ヴォン・ヴァーノ……ボクも一度だけ見たよ。全身を機械化した機械人間だったのに、この状況下でよく動けたね。確か有名なインフルなんちゃらだっけ?」
「そうだ。そのイン何とかが、ドゥークとシュベルタワーに向かったのを目撃したらしい」
「シュベルタワー? 上半分が無くなったあのタワーに何の用が……でも、とにかく奴が生きてるってのはわかったよ。ボク等もシュベルタワーに急ごう」
「あぁ。死の灰が降り出す前に」
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「って、もう降り出してるし……」
軽く失望したのは、ジャンク街への出入り口まで戻ってきた時のこと。
既に薄紫の灰が街へ降り注いでおり、工場倉庫から見えるその景色に隣のエンジュも落胆を隠せない。
「遅かったか……。見ようによっては幻想的な雪化粧だが、如何せん触れたモノを殺す勢いなのはよろしくないね。見てごらん、灰の積もった場所から早くも鉄が錆び始めている」
床に積まれていた灰被りの鉄骨。
その一本を手に取り、彼女が力を込めると――ボロボロと鉄骨の表面が崩れ落ちた。
無論、地獄の鬼族である彼女の握力が無関係とは思わないものの、崩れ落ちた鉄の錆が灰の威力を物語っているのは間違いない。
「マズいね。この倉庫が崩れ落ちるのも時間の問題かな?」
「いや、この倉庫はかなり頑丈に造られているし、屋根が崩れ落ちるとしても相当時間がかかる筈だよ。特に地面なんかは鋼鉄化が施されているから、そう簡単に死の灰に負けることはない。――ただ、そうじゃない建物は時間の問題だろうね。目立つ場所にいた機械人間の避難はほとんど終わってるみたいだけど……さて、どうしたものか」
「エンジュは精霊鹿を借りてきて。ジャンク街にあるゼノスの家にポプラがいる筈だから。ボクは先に行くよ」
「先に行くって、どうするつもりだい? まさか気合で行くつもりじゃないだろうね?」
「そこまで無茶はしないよ。“こう”するんだ」
クロを真上に伸ばし、顎が外れる程に大きく口を広げる。
ただ、それだけ。
それだけだったので、エンジュがあんぐりと口を開ける。
「おいおいまさか、その黒ヘビを“傘”にするつもりかい?」
「うん。クロが出来るって言うから、多分出来ると思うし。……だよね?」
『シャー!!』
「ほら、クロも任せろって言ってるよ。こんな灰は全部食べればいいって――え、何? 灰よりハチミツの方が良いって? それはボクも同感だけど、ハチミツは疲れた時用に取っておくから駄目だよ」
『シャー?』
「うん。ドゥークを捕まえた後ならいくらでも舐めていいから。――ん? はいはい。それじゃあ行こうか」
「……解せん」
ボク等の会話に訝し気な瞳を向けてくるエンジュ。
その気持ちはわからなくもないけれど、でも本当に意思疎通が出来ているのだから仕方ない。
クロの「シャー」だけで意思が伝わってくるというか、耳で聞いてどうこうではなく脳に直接クロの思考が届く感覚だ。
その感覚を通してクロが「早く!!」と急かすので、ボクはクロの傘を差したまま死の灰が降る大空の下に出た。
当然、降られるのはボクではなくクロ。
死の灰を浴びて溶けたりしないだろうかという多少の不安はあったものの、クロに死の灰は効かないようで、大口を開けたまま口に入って来た灰を飲み込んでいる。
(うッ、変な味が……味覚が繋がってるの忘れてたよ。まぁ死にはしないだろうから我慢、我慢)
何はともあれ移動手段は確保出来た。
ドゥークの目撃情報が既に30分以上前の話みたいだし、さっさと移動した方がいいだろう。
「っていうかクロ、これが出来るなら植物族の里で言ってくれればよかったのに。――え? 長時間は顎が疲れるから嫌だ? それはごもっとも」
と、会話しながら歩き出したボクの元、傘の下に。
「私も入れろ!!」
エンジュが「えいッ」と飛び込んで来た。
そのままピタリと、ボクの身体に自分の身体を寄せる。
「ちょっとッ、そんなに広くないんだからエンジュは後からゆっくり来てよ」
「ゆっくりしてる間に手遅れになったらどうする? それに私はヘビなんか怖くない。怖くないからこんな傘にも入れるんだ。どうだ、凄いだろう?」
「はいはいわかったよ。エンジュは凄いね。凄いのはわかったから、もうちょっと身体を離して貰える? ここまで密着されると流石に恥ずかしいんだけど」
「離れたら私が濡れるだろう? そもそも恥ずかしいのはお互い様だ」
「そ、そうだね……」
「おい、そこで肯定するな。益々恥ずかしいだろう」
「………………」
「………………」
微妙に気まずい空気のまま、ボク等はシュベルタワーに辿り着いた。




