161話:街の暗部
「うおッ!? 何だこの鹿は!? 鉄皮ノ獣じゃねぇぞ!?」
「植物族の鹿だ!! でも後ろに乗ってるのは管理者じゃねーか!?」
崩壊した街中を精霊鹿で疾走すると、人々から驚きの声が上がった。
ここまでの状況を彼等に説明したいところだけど、むしろ状況を説明して欲しいのはボク等かもしれない。
(街の外にウォッチバードが沢山転がっていたし、ある程度の被害は予想はしてたけど……これは酷いね)
街の状況はかなり悲惨だ。
中央のタワーは上半分が消滅し、全ての建物から窓ガラスが失われている。
市街地のアチコチから煙が立ち昇り、倒れた機械人間は死んだようにピクリとも動かない。
――間もなく夜を迎える街で、街灯や建物の明かりは皆無。
それでも無事な非:機械人間は多数いるのか、複数の明かりが確認出来た広場にボク等は到着。
直後、叫びにも似た大声が聞こえた。
「ドラの助!!」
「あ、パルフェにテテフ」
内心でホッとし、跨っていた精霊鹿から降りる。
すぐさまパルフェが飛びついて来て、勢いで後ろに倒れようとしたところで、今度は後頭部から柔らかい衝撃が走った。
結果的に倒れずに済んだボクの両肩。
そこに“細い足”が見えているのは、テテフがボクの首に飛び乗って肩車を強制した為だ。
続けてペチペチと頭を叩いてくる。
「無事に戻って来たか。褒めてやるぞ」
「それはどうも。二人とも無事で良かったよ。やっぱり渡航出来なかったみたいだね」
「うん。『ポータブル世界扉』だけじゃなくて、何か管理局の『世界扉』も駄目みたい。それよりドラの助、何でポムぽんと一緒にいるの? あと、鬼の管理者に変なことされなかった? 無理やりキスとかされてない?」
「されてないよ。っていうか何の心配?」
「おい、それより土産の肉はどこだ? 早く寄越せ」
再度ペチぺチと頭を叩いてくるテテフ。
痛くはないので怒りは全く湧かないけれど、代わりに「呆れ」なら湧いてくる。
「流石にお土産は無いよ。旅行に行った訳じゃないんだから……」
「土産も無しとは、お前は駄目な奴だな。罰として頭を撫でろ」
「それでいいの?」
「耳の間は強めだぞ。ちゃんと力を入れろ。でも痛いのはやだ」
「はいはい」
それくらいなら安い罰だ。
パルフェも微笑みながら見守ってるので、グッと顔を下げて来たテテフの頭を撫でる――なんて微笑ましいやり取りを繰り広げている場合ではない。
精霊鹿に乗っていきなり登場したボク達に、周囲の人々は明らかに警戒の視線を向けている。
特に、植物族であるポプラに対しての警戒心は高く、「この状況はお前等のせいか?」みたいな視線の人達も多い。
早々に状況を説明した方がいいだろう。
という考えはエンジュも同じで、彼女と目配せした後、立場的にも説得力のある彼女が声を上げた。
「皆ッ、早く逃げるんだ!! もうすぐここに“死の灰”が降る!! 鉄は錆びて皮膚も溶けるッ、アレに濡れたら命は無いと思え!!」
「な、何だそりゃ!? どういうことだよ!? ドームはもう無いんだぞ!?」
「ただでさえ爆発で参ってるってのに……ッ!! それに、そこの娘は植物族だろ!?」
「俺は見たぞ!! お前等の里親がドゥークさんを連れて、シュベルタワーのてっぺんで自爆したんだ!! そいつを捕らえて八つ裂きに――」
火炎!!
空に放たれたエンジュの炎で、騒ぎ始めていた連中が一瞬にして黙る。
「吠えるだけの雑魚は黙ってろ!! これより私は、生きようとする者だけ助ける!! 今は避難が最優先だッ、邪魔する者は殺す!!」
「ッ!? テメェ、それでも管理者で――」
スッと、エンジュが刀を抜いた。
刀身を向けられた男性が「うっ」と怯み、エンジュは悲しげな顔で口を開く。
「本来ならば、アナタも守るべき対象だ。私にこの刀を振るわせないでくれ」
「す、すまねぇ。気が動転してて……」
「皆そうだ。いがみ合っていても失うモノの方が多い。騒ぐのは命が助かった後。まずは落ち着き、それから避難を」
「わ、わかった」
一番騒いでいた男性が静かになり、他の者も我に返ったかのように黙り込む。
ただ、「避難を」と言われたところで彼等が行動に移すのは難しい。
「避難したいのは山々だが、一体どこに逃げればいいんだ?」
「建物の窓は全て割れてるし、鉄の建物が錆びて崩れたらそれこそ死に兼ねない」
「そうだぜ。一体何処に避難すればいいんだ?」
人々は希望の眼をエンジュに向ける。
避難場所の無い街で、「避難しろ」と告げに来た彼女が何処を示してくれるのか。
希望の道標、その場所は――。
「とにかく安全な場所だ!! 何処かは知らん!! 私に聞くな!!」
「「「えぇええええ~~~~ッ!?」」」
まさかの逆ギレ。
知らないモノは知らないので仕方ないとはいえ、期待外れも過ぎる彼女の回答に人々が絶望する――そのタイミング。
一人の男が慌てた様子で走って来た。
「何してんだお前等ッ!! 死の灰が降る前に『地下のジャンク街』へ避難しろ!!」
「な、何だお前!? 地下のジャンク街? 何を言ってる!?」
(アレ? この人は……)
街の人々は知らないみたいだけど、ボクはその顔に見覚えがあった。
昨日会ったばかりなのに、もう既に懐かしい。
「俺はゼノス!! ジャンク街の機械技師だ!! 死の灰を喰らいたくなきゃ、さっさと地下に避難を!!」
――――――――
~ 工場地帯の一画:その地下 ~
「これがジャンク街……街の下に何故こんな場所が?」
「信じられねぇ。今までこの街の存在を知らなかったなんて……」
リンデンブルグの地下に建造されたジャンク街を眼下に捕らえ、人々は困惑を隠せなかった。
――ここはジャンク街の外壁、その上部に設置された出入り用通路の上。
無数にある工場倉庫の1つが、丸ごとジャンク街への出入り口になっていたらしい。
先日ボクが侵入したマンホールでは大人数の移動が不可能なので、広い出入口があったことは不幸中の幸いと言える。
そして、ここまで皆を案内したゼノスは語った。
「“これ”がリンデンブルグの裏の顔さ。このジャンク街には世界各地から身寄りのない連中が集められ、様々な実験の非検体にされる。大半は死ぬし、生き残った奴もここで強制労働をさせられるのさ」
「そんなッ、一体誰がそんな酷い事を!?」
「ドゥークだ。奴はゴーマンという男を使ってこのジャンク街を支配していた」
「まさか、彼は次期覇者だぞ? ドゥークさんがそんなヤバい実験に手を出す訳が無い」
あり得ない話だと、ゼノスの話を聞いた人々は互いに口を揃える。
むしろドゥークを貶めようとしている彼こそが本当の悪者ではないのかと、そんな顔でゼノスを見返す者も少なくない。
――ピエトロの時と同じだ。
街の支配者の不正を誰も疑っていないが、しかしゼノスの一言が彼等の顔を一瞬で曇らせる。
「奴が『ビッグファイブ:破顔のヴィント』の手下だとしても、お前達は同じ台詞が言えるのか?」
「なッ!? ドゥークさんがビッグファイブの手下!? そんな馬鹿な話を誰が信じるってんだよ!!」
「別に信じろとは言わねぇよ。ただ、“誰かが何かをしてこうなっている”のは事実だ。お前等は真っ先に植物族をやり玉に挙げるだろうが、彼等に天候を操る力があると思うのか?」
「それは……」
「まぁ今その判断はどうでもいい。とにかく今は避難を優先しろ。後ろが閊えてるぞ」
「………………」
動揺は隠せないものの、避難が優先というのは皆の同一見解。
ゼノスの話に納得した様子は見えないが、それでも人々は悶々とした心を抱えつつ避難経路を先へと進む。
それに乗っかる形で脚を進め、ボクは彼の隣に位置付けた。
「ゼノス、どうしてさっきは地上に? 外に出たら爆発するんじゃなかったの?」
「あー、まぁ不幸中の幸いってやつだな。2B爆弾のおかげさ。アレの爆発で地上にあった機械類は全滅し、地上に近かった爆弾の検知ゲートも作動しなくなった。おかげで外に出れたって訳よ」
「……2B爆弾って?」
「簡単に言うと、機械をぶっ壊す爆弾だ。俺が鳩手紙を使って、植物族の里親に作り方を教えてやった」
「なるほど、あの爆発音はそれか……って、ゼノスが教えたの?」
「あぁ。実力的に、里親くらいしかドゥークを拘束できる奴がいなかったからな。他に頼れる相手も――」
「ゼノスさん、と言いましたか。その後にドゥークを見た者は?」
ここで声を発したのは植物族の少女ポプラ。
奴の生死を確かめる為に来た彼女としては、その確証を得るまでは気が気ではないだろう。
「お? こいつは珍しい。精霊鹿と植物族の嬢ちゃんが何故ここに?」
「ドゥークの死を確かる為に。そして“父の死”が無駄ではなかったと、里の者に報告する為です」
「………………」
ゼノスが息を飲み、それからポリポリと頭をかいた。
「そいつは悪いことしたな。恨まないでくれとは言わねぇが――」
「恨みません。私の父は立派な最後を遂げました。それは他の誰でもない、父自身が決めたこと。他の者が口出しする話ではありません。――それよりドゥークは?」
切り替えが早い、訳ではない。
ポプラだって悲しいモノは悲しいし、憎いモノは憎い筈だ。
でも、それを今ここで口に出したところで、何も良いことは無いと彼女は知っている。
冷静な判断で感情を押し殺しているだけ。
恐らく、それをわかった上で。
ゼノスは“必要な話”だけを進める。
「奴の目撃情報は今のところ無いが、間近で2B爆弾の爆発に巻き込まれたらまず生きてねぇだろう。死の灰が止んだら戦士達を連れて里に帰りな」
「戦士達がここにいるのですか?」
「あぁ、俺の家で知り合いが手当てしてる。外だと機械人間に見つかって何されるかわからねぇからな。まぁ地上にいた機械人間は全滅っぽいし、それが無くてもドゥークにやられたようで酷い怪我だ。植物族の手当てには詳しくねぇから、同族の意見を貰えるとありがたい」
「……恩に着ます」
ある意味では父の仇。
同時に、ドゥークを倒す機会をくれた人間に感謝を述べ、ポプラは精霊鹿に乗ったまま数十メートルの高さから飛び降りた。




