160話:自らの命と引き換えに
~ ドラノアが植物族の里にいたその頃 ~
工場都市:リンデンブルグの街は一変していた。
これまで雨風から街を守っていた巨大なドームが、大樹の花粉から街を守っていたドームが、一部の骨組みだけを残して完全に消滅。
2B爆弾の爆心地となったシュベルタワーの上半分は消滅し、骨組みが残った下半分も頑丈な鉄骨がぐにゃりと曲がっている。
それ程の高さがない建物でも被害は免れず、吹き飛んだ鉄骨等で街中のアチコチが損害を受けていた。
窓ガラスが無事な建物は一つも無く、爆発と共に飛び散った黒い電流――“混沌電気”が、アチコチでバチバチと暴れまわっている。
「誰か手を貸してくれッ、子供が下敷きになってる!!」
「待ってろッ、丁度ここに道路工事用の重機が――あれ? 動かねぇ!! 黒い電気がへばりついてやがる!!」
「何がどうなってんだ!? 機械人間も一切動いてねぇぞ!? この黒い電気のせいか!?」
“混沌電気”。
別名「ヘドロ電気」とも言うこの黒い電気は、『Robot World (機械世界)』の地下で取れる“加工前の電気”だ。
精製することで普段から世界中で使われる「普通の電気」に変わるが、精製しなければ不純物の混じった「電気の元」でしかなく、機械類と接触すると電気回路を使えなくしてしまう。
その混沌電気をばら撒く「2B爆弾」により、街の機能は、そこにいた機械人間はほぼ完全に活動を停止。
無論、非:機械人間の被害も無視できる規模ではなく、街のアチコチで助けを求める声が聞こえているが、他人に手助けできる余裕のある人間はごく僅か。
そんな街の片隅で。
“彼”もまた、全身ボロボロになりながら、それでもゆっくりと起き上がる。
「……やってくれやがった。覚悟を持った漢の自爆は……流石に堪える」
人知れず、ひっそりと起き上がった男の名は「ドゥーク」。
街が壊滅的被害を受けた爆発の中で、彼は“消滅せずに吹き飛ばされて”命を取り留めたのだ。
常人ではあり得ない事で、実際あの時は彼自身も死を覚悟した身だった。
しかし、彼の素質があのまま死ぬ事を許さなかった。
彼の素質――あの時、彼が纏った“銀色の鱗”が。
「“銀鱗”か……まさか俺が発現出来るとはな。自分でも驚きだ。――しかし、おかげで助かった。あの爆発から生き延びれたのは奇跡だ」
勿論その存在は知っていたが、彼自身が“銀鱗”を纏ったのは初めての事。
今現在は“銀鱗”を纏っていないが、彼がこうして生きている事が“銀鱗”が発現した何よりの証拠だろう。
試しに、グッと手に力を込める。
すると、握られた彼の拳を“銀鱗”が包み、フッと力を抜くと“銀鱗”は服に染みた雨の様に消えた。
(扱い方は何となくわかったが……ったく、あの老木が。計画を派手にぶち壊してくれやがって)
彼の想定では植物族の里だけ壊滅する筈が、リンデンブルグの街まで派手に被害を受けてしまった。
基本は鉄で出来た建物故に、先の爆発でも形状を保っている建物は少なくないが、混沌電気を浴びた機械類は使い物にならないだろう。
「……ドゥーク様?」
「ん?」
「あぁドゥーク様!! 生きておられたざまスね!!」
物陰から飛び出し、いきなり抱き着いて来た女性の機械人間。
2B爆弾の衝撃を受けても、ドゥークの脳は正常に彼女を認識していた。
「ヴォン・ヴァーノか。あの爆発でよく動けてるな」
「ちょうど地下にいたざまスから。モニターで爆発を見た時は心臓がはち切れるかと……」
モデル件インフルエンサーである機械人間:ヴォン・ヴァーノ。
加えてドゥークの秘書も務める彼女は、ホロフェイスに涙の表情を浮かべて彼を抱きしめ、それから「ハッ」と顔を上げる。
「そうですドゥーク様、悪い知らせが。電気プラットフォームから連絡が入り、所長のハイドルファンと無人倉庫のゴーマンがやられたとの話ざまス」
「何だと?」
「一応腐食剤は打ち上げたみたいざまスが、投薬量が想定の5倍だと」
「5倍? チッ、指示通りに動くことすら出来ねぇのか」
激しく舌打ちした後、ドゥークは視線を上に向ける。
基本「鉄の街」故に土煙は少な目だが、ショートした機械の一部が火を噴き、所どころに煙が立ち昇っている――その煙の更に上。
今日が「晴れ」ならオレンジ色に染まっていただろう夕方の雲が、毒々しい紫色の雨雲に変わり果てている。
腐食剤の影響は容易に想像つくが、ドゥークとしても苦々しく眉根を寄せる他ない。
「……あの色はマズい。5倍の投薬量なら噴火大樹も朽ちるだろうが、腐食剤が尽きることなく街まで到達する。飛ばされた花粉も雨雲に混ざって一緒に降る筈だ」
「つまり?」
「“死の灰”が降る。鉄は錆てボロボロに崩壊し、リンデンブルグの街は終わる」
「ま、マズい事態ざまス。今は“昨日のテスト”で『AtoA』ネットが遮断されているざまスが、数日すれば自然復旧し、この事態が外に漏れるざまス。重大な責任問題に発展するざまスよ?」
「いちいち言われなくてもわかっている」
苛立ち気に言葉を返し、それからドゥークは数秒目を瞑る。
未だ街のアチコチから助けを呼ぶ声が聞こえてくるが、それに貸す耳は持っていない。
数秒思案し、彼は決断した。
「想定外の事態で少々時期は早まったが、どのみちこの為に動いていたんだ」
「では、遂にアレを――“STDN”を起動するざまスね?」
「あぁ。厄介な連中が来る前に“この街を世界から切断する”」
■
~ ドラノア視点:2B爆弾の爆発からドゥークが起き上がった頃 ~
ボクは鉄の荒野を疾走していた。
と言っても、まぁ実際に足を走らせているのはボク自身ではなく、ボク等が跨る“精霊鹿:ルー”だ。
前には手綱を握る植物族の少女:ポプラ、後ろには鬼族の管理者:エンジュが一緒に乗っており、ボク等3人を運ぶ精霊鹿には頭が上がらない。
「まさか動物が“魂乃炎”を持っていなんて……『神秘のベール』って言うんだっけ?」
「はい。『負』と判断された全てのモノから対象者を守る力です。この“魂乃炎”があれば死の雨も怖くありませんよ。……まぁ、今や『雨』というよりも『灰』に近いですが」
ポプラの言う通り。
精霊鹿:ルーの身体から緑色の不思議な光が発せられ、花粉交じりの灰みたいな雨(霙?)が、不思議とボク等の身体を避けてゆく。
逆に、灰が積もった鉄の荒野は全体的に錆び付き、鉄の岩がボロボロと崩れ落ちている光景がアチコチに垣間見える。
もしもこの『神秘のベール』が無かったら――それを思うとゾッとする。
天気の影響か鉄の荒野には靄が立ち込めており、街の姿は一切見えない。
精霊鹿無しで無理に街を目指していたら、今頃ボクの身体は溶けているか、溶けないにしても街に辿り着くことなく鉄の荒野を彷徨っていただろう。
「『神秘のベール』……人間がこの“魂乃炎”を持っていれば、もしかして無敵だったかも?」
「それは所持者次第だよ。ドラノアくんも知っての通り、“魂乃炎”にも限界はあるからね」
ボクの適当な呟きに、後ろのエンジュが真面目に答えを返す。
「“限界突破”されたら、この精霊鹿だってダメージは受ける。“魂乃炎”があるからと油断し、それで痛い目を見る犯罪者は多いんだよ。キミもそうならないように気を付けることだ――うむ、このドリンクは中々に美味いな」
「え? あっ、ボクのハチミツドリンク!!」
敵ながらありがたい助言をくれるな~と思ったら、エンジュが勝手にボクの持参してきたドリンクを飲んでいた。
体力回復の為、せっかくパルフェが用意してくれたのに……。
「ちょっと~、何で勝手に飲むかな。もうほとんど残ってないし」
エンジュからドリンクを奪い返し、哺乳瓶に残った僅かなハチミツを口に入れる。
満足にはまったく足りないけれど、僅かでも口の中に甘みが広がったので「良し」とするしかない。
「………………」
「何? 急に黙ってどうしたの?」
「いや、何でもない。それよりドラノアくんが“哺乳瓶”で飲む姿は様になるね。もう一回頼むよ」
「嫌だよ。ってかそんなことで様になりたくないし」
子供にミルクを飲ませるならともかく、自分が哺乳瓶を口にしているのは絶対に似合いたくなどない。
やはり、パルフェが用意したこのドリンク容器は早急に変えて貰うべきか。
「ふふっ、お二人は仲がよろしいのですね」
「「よろしくないよ!!」」
二人してポプラの言葉を否定すると、
「息もピッタリですね」と益々笑われた。
貰って嬉しい言葉ではないが、それでもポプラが笑っているのはボクとしても悪い気はしない。
ただ、彼女はすぐさまその笑顔を取り消し、真面目な顔つきに戻る。
「――その昔、里親はこの子に跨り覇者と争ったそうです。私が直接この目で見た訳ではありませんが、機械人間が我々を里から追い出そうとし、それに抗う為の戦いだったと聞いています。争いは数日続きましたが、覇者の力を持ってしてもこの子の“魂乃炎”は崩せず、しかし里親も覇者を崩すことは出来ず、とうとう決着は着かなかったと」
「それからどうなったの?」
「何も変わりません。それまで同様、我々はあの里で暮らし、覇者もそれ以上は我々の土地に手を出すことはありませんでした。――しかし、近年になって覇者の力が衰え、台頭するように力を付けて来たのがドゥークです。奴はこれまでに何度も里に兵を送り、我々を排除しようと試みました。屈強な戦士達がその全てを退けましたが、よもや雨を操っていたとは……」
グッと唇を噛み締めるポプラ。
直接的に戦うことのない彼女だけれど、そんなことは関係無しに悔しいのは当たり前か。
誰だって自分の故郷が滅茶苦茶にされれば「悔しい」とか「憎い」とか、そんな感情を抱くのが当然。
しかし、彼女は少し違った。
「ドラノアさん、私は悲しいです。我々は静かに暮らしたいだけなのに、どうして邪魔されなければならないのか。――恐らく、里親は亡くなりました」
「……え?」
「出かける前に戦士達から聞いたのです。先の爆音は、里親が仕掛けた一手だと。それに今回に限って、里長はこの子を……ルーを置いていきました。今になって思えば、最初から天寿を全うするご覚悟だったのでしょう。自らの命と引き換えに、里親はあの男を……立派です。本当に偉大な“父”でした」
「………………」
悲しいと告げた彼女の声は、全てを悟ったかのような凛と澄ました声だった。
悔しさや憎しみよりも、彼女は悲しさが先にくる少女で、そして里親を――父を亡くしても尚、泣き崩れることなくボク等を運んでくれている。
彼女は強い。
が、それ故にかける言葉が見つからず、何と口を開けばいいか悩んでいたところで“死の灰”が止んだ。
「ようやく――」
雨雲を追い抜いたね、と声を出そうとしたところで。
ボクより先に後ろから声が届く。
「ポプラくん、今くらい泣いてもいんだよ? ドラノアくんが『よしよし』してくれるそうだ」
「いえ、大丈夫なので遠慮しておきます。私は本当に大丈夫なので」
「だそうだ。振られて残念だったねドラノアくん。あははははっ」
(………………)
これはこれで言葉が出ない。
何かよくわからないけど、何かとても残念だ。
そんなボクの無言をどう思ったのか、ポプラが慌てて口を開く。
「あぁその、別に嫌っているとかそういう訳ではなく……まだ、気を抜きたくないのです。里親の覚悟が本当に成就されたのか、万が一、ドゥークが生きていたら……それを思うと心を休める気にはなりません。それに、里親以外にもブリキの街に向かった戦士達はいましたから、彼等の安否が心配です。皆、無事でいてくれるといいのですが」
「――だね。植物族も機械人間も、無事でいてくれると、いいんだけど……コレは……」
徐々に靄も晴れて来た。
次第に回復してゆく視界で、それでも傾いた日が見えない曇り空の下。
ようやく見えて来た「街の外観」に言葉尻も萎む。
「爆発音が里まで聞こえて来たから、ある程度の被害は想定してたけど……ドームが壊れてるね。中央の高いタワーも見えないや」
「ふむ、里親は随分派手にやってくれたみたいだね。さて、中はどうなっていることやら」
「………………」
今度はポプラが口を噤む。
命を賭した里親の一手、それが生んだ被害の大きさを噛み締めているのか、それとも仲間の戦士達を案じているだけか。
それがどちらにせよ、どちらともにせよ。
ボクだってパルフェとテテフが心配だ。
それにポプラが抱いている不安は、少なからずボクも同じものを抱いている。
“もしもドゥークが生きていたら”――。
「急ごう。全ての答えはリンデンブルグにある」




