159話:精霊鹿
鉄の飛行船は中身が空。
どうやら全ての鉄皮ノ獣が外に出てしまったらしい。
逆を言えば、これ以上鉄皮ノ獣が増えることはないけれど、そもそも出て来た数が多過ぎるのが問題。
植物族の少女:ポプラを護衛しつつ、ボク等は遭遇した鉄皮ノ獣だけ対処しながら噴火大樹の根元まで降りた。
すると、逃げ惑っていた植物族の一人がこちらを指して大声を上げる。
「おいッ、何だそいつらは!? どうして外の人間と一緒に居る!? まさかッ、ブリキの獣はそいつ等が……ッ!?」
「いいえ、彼等は敵ではありません。詳しく話は後にして、まずは死の雨を防げる“岩の洞窟”まで避難を。警護隊の3人にも、里の皆へ同じことを伝えるように言ってあります」
「ポプラ様、しかし――」
「言い争っている時間はありません。今は私を信じて下さい」
「……わかった」
それなりに偉い立場にいるのか、ポプラの言葉に里の戦士達は渋々と従う。
相手からすれば、所詮はボクとエンジュの二人だけだ。
いざとなれば数の暴力でボク等に勝てる、という算段の上での判断だろうが、それでも無駄な時間を省けたのは大きい。
襲い掛かって来る鉄皮ノ獣を倒しつつ。
徐々に大所帯となりながらボク等は里を移動し、渓谷沿いの崖にひっそりと存在していた「洞窟」まで無事に避難することが出来た。
先に避難していた女性・子供・老人の植物族がボク等を見てギョッと目を丸くしたものの、敵ではないことをポプラが伝えるとホッと一安心。
大勢の戦士達が近くにいることが、それを助長しているのも間違いないだろう。
“このタイミングで”。
植物族の里に雨が降り出した。
避難はギリギリ間に合ったものの、降り出した毒々しい紫色の雨が、これまでとは明らかに違う異変を全員に知らしめる。
「何だこの雨は? 今までの死の雨と違うぞ?」
「ッ――濡れちゃ駄目だ!!」
「うッ!?」
指摘が遅かった。
洞窟の入口から徐に腕を伸ばした一人の植物族。
雨に降られた瞬間に彼は腕を引いたが、それでも僅かに濡れた腕はジュクジュクと泡を吹いて“朽ちてゆく”。
ざわり。
植物族に動揺が走る。
彼等の不安をぬぐうことは出来ないが、それでもボクの口から話すことで現状の理解くらいは出来るだろう。
知らぬが仏と言う言葉もあるけれど。
何も知らないより、知った上で判断した方が良い場面だってある筈だ。
「皆、少しでいいからボクの言葉に耳を貸して」
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――――
――
―
ボクの話を聞き終えた植物族は、大きく二つの反応に分かれた。
「くそッ、ドゥークの野郎!! 殺してやる!!」
「奴を許すな!! 奴に加担した奴等全員だ!!」
戦士達は怒りに震え、
「そんなッ、もう私達の里は終わりだ……」
「大樹を失ったら、私達はどうやって生きて行けば……」
それ以外の者達は恐怖に震える。
その間も。
鉄皮ノ獣は里の破壊活動を辞めず、本降りとなった雨によって大樹の葉っぱが次々と枯れ落ちている。
戦士達に出来ることと言えば、洞窟に入口までやって来た鉄皮ノ獣を対処する程度のもの。
洞窟の外では、雨の直撃を受けた彼等の家が枯れて崩落を始めている。
木材や植物の蔦で構成された建造物がこの雨天で持ち堪える未来は描けず、ただただ悔しさに唇を噛み締めるのが関の山。
「くそッ、黙って見ることしか出来ないのか。里が滅ぶ様を、大樹が枯れ逝く様を……ッ!!」
戦士の一人が洞窟の壁を殴る。
岩肌の壁を軽く凹ませる程の力があったが、その力を向ける先に彼等が辿り着くことはない。
そしてだからこそ。
行き場を失くした力が、ボク等に向くのも仕方が無いことなのかもしれない。
静かに、数名の戦士がボク等に槍を向けた。
「お前等がいなければ……お前達が来たから里が滅ぶ!! どうしてくれるんだ!?」
「辞めなさい!! 彼等が来なければ、私共の避難は遅れてもっと被害は増えていました!! そうでしょう!? 今は争っている場合ではありません!!」
「しかしッ――」
火炎!!
エンジュが火を噴き、洞窟にいた植物族全員が動揺。
一瞬だけ洞窟内の照らした炎に言葉を飲み、彼女の言葉に耳を貸す他ない。
「つまらない喧嘩は止せ。私は『全世界管理局』の管理者だが、これ以上事態をややこしくするなら“洞窟中を火の海にする”ぞ?」
「「「………………」」」
黙る他ない。
洞窟の外に出たら朽ちて死ぬ状況下で、安全な洞窟内で焼け死にたくはないだろう。
「流石にやり過ぎじゃない?」
「でも静かになっただろう? 回復中の無駄な体力をこれ以上消耗したくなくてね」
ヒソヒソ声で問い、ヒソヒソ声で返って来た彼女の言葉もごもっとも。
ここで無駄な争いを起こしている暇はないし、いつまでもこの洞窟で止まっていても仕方がない。
静かになった洞窟で、ボクはあえて声を張る。
「やっぱり、ドゥークを止めないと駄目だよ。奴を止めない限りこの惨劇が繰り返されるだけだ」
「そうは言っても、ただ奴をぶっ飛ばしただけじゃあドラノアくんが悪者になるだけだぞ? 民衆がドゥークを支持する限り奴の支配は終わらない」
「でもさ、ボクがドゥークを倒せば、少なくとも奴が覇者になることは防げるでしょ? だって“ボクより弱い”ってことになるんだから、覇者の話も無くなるよね?」
「それはそうだが――」
ドンッ!!!!
轟音が響いた。
続けて、地面がグラグラと揺れる!!
地震か!? と思ったのは最初だけで、その答えは洞窟の外にあった。
洞窟の入口近くにいた戦士の一人が叫ぶ。
「“花粉噴火”だ!! 大樹が噴火したぞ!!」
(このタイミングで!? 予報だと今日じゃなかった筈なのに……ッ!!)
自然の事だ。
予報とズレるのは仕方ないかもしれないけど、死の雨で花粉の火口が刺激された可能性もある。
ただまぁ理由が何にせよ、重要なことは既に“花粉噴火”を起こしたということ。
この雨に花粉が混ざり、それが街まで到達したらどうなるのかは想像もつかない。
更に――。
爆音ッ!!!!
今一度轟音が鳴り響く!!
噴火の第二波かと思ったけど、それにしては先程と音の感じが違う様に思える。
どうやらボクだけの感想ではなく、他の皆も2発目の爆音に困惑している様子だった。
「何だ今の音は!? “花粉噴火”の音じゃないぞ!?」
「もっと遠くの方から聞こえて来た音だ!!」
「まさかブリキ街の方からか!? 一体何があったんだ!?」
工場都市:リンデンブルグで起きた“かもしれない”爆音。
確証はないが、もし何か起きるとしたら、リンデンブルグか電気プラットフォームくらいしか思いつかない。
(パルフェにテテフ、二人は無事なのか? 隠れ家に帰れてたらいいけど、もしボク等と同じように渡航が出来ない状態だったら……)
「――里親だ」
「ん?」
「里親が、ブリキの街を爆破したのだ」
「は? ……え? どういう事? 何か知ってるの?」
口を開いたのは、戦士達の中でもかなり高齢な植物族。
彼は唇を噛み締めた後に、隠す状況でもないと口を開いた。
「我々もわかってはいたのだ。次の“花粉噴火”までにドゥークが何かしてくることは。だからこそ、先手を打つ為に戦士長達精鋭部隊10名がブリキの街へ討ち入りに行った。そして滅多に里から出ない里長も、今回ばかりは遅れて戦士長達の後を追いかけた」
「それは、つまり……?」
「里長は老体だが、かつては覇者と拮抗した力を持つ程のお方。彼が命を投げ捨てる覚悟でいたなら、今頃ブリキの街は壊滅しているだろう」
「そんなッ、だったら尚更街に戻らないと――って雨が痛い!!」
洞窟から飛び出すと、死の雨で滅茶苦茶皮膚が痛かった。
電気プラットフォームの時より痛みが増しているので、腐食剤がより強力に効いているのは間違いなく、合わせてエンジュの視線も痛い。
「馬鹿かキミは? 少しは学習しろ」
「わかってるけど、パルフェとテテフが心配で……」
「気持ちはわからんでもないが、闇雲に洞窟を出ても身体が持たないよ。――全く、こうなるなら“鬼傘”を持って来れば良かったな」
「鬼傘?」
「地獄の鬼族の皮膚を剥いで造った傘だ。大抵のモノは防げる万能傘だよ。鬼族の耐久力はキミも知っているだろう?」
「それは知ってるけど、皮膚を剥いで造ったって……えぇ……」
想像しただけで顔が歪む。
それは植物族も同じなのか、彼女の話を聞いていた皆が「うへぇ~」と苦々しい顔を向けた。
「案ずるな。使われているのは死刑になった鬼族の皮膚だ。死んだ悪人の身体をどう扱おうと問題ない」
「と言われましても……って、ん? 鬼族の皮膚が強いってことは、つまりエンジュはこの雨の中でも普通に動けるってこと?」
「まぁ、恐らくはそうだね。多少痛むかもしれないけど、動けなくなる程ではない」
「だったら傘とか要らないんじゃない? このまま雨の中を走って街まで向かう事も可能だよね?」
「可能か不可能かで言えばそうだが、それがそうとも限らない」
言って、エンジュは徐に洞窟から外に出た。
ザーザーと降る本降りの雨下でも平気な顔をしているが、その顔に反して彼女の纏う服が上の方から“溶けてゆく”。
「とまぁ、こういう感じで服が台無しになってしまうさ。流石の私も、人前を裸でうろつくのは抵抗がある」
「わ、わかったからこれ着てよ!!」
慌ててエンジュの腕を引き。
色々と危なくなる手前で洞窟に引き戻した彼女に、ボクは慌てて自分のパーカーを羽織らせる。
何処まで本気なのか知らないが、あのままにしていたら色々とよろしくない事態になっていたのは確実だ。
「スンスン。なるほど、これがキミの匂いか。何だかクセになる甘い匂いだね」
「か、嗅がないでよ恥ずかしい。あと早く前を閉めて――」
「あの、ちょっといいですか?」
しばらくぶりにポプラが口を開いた。
先程からしばらく姿を見ていなかったことに今更気づいたけれど、それは彼女の後ろにいる“大きな動物”をここまで連れて来た為か。
洞窟の中で不思議と淡い緑色の光を放つ「4足歩行の巨大な獣」を。
「街へ行くなら、この子を……『ルー』を使ってください。特別な“精霊鹿”で人間の何倍もの速度が出ますし、数人乗るくらいなら問題ありません。本当は里長しか乗っては駄目なのですが……」
ここでポプラが周りに視線を向ける。
反対する者はいなかったが、根本的な問題の解決にはなっておらず、ボクの代わりにエンジュがそれを指摘する。
「気持ちはありがたいが、この雨ではその鹿が死ぬぞ?」
「その心配は必要はありません。『ルー』は特別ですから」
「特別って……あっ」
そこで初めてボクは気づいた。
不思議な光を放つ精霊鹿、その心臓部だろう胸部に“魂乃炎”が灯っていることに――。




