158話:悪魔の爆弾
“蔦折死箱”に閉じ込めたドゥークに向けて、植物族の里親は告げた。
聖人の様な全てを悟った顔で、世紀の大悪党の如き台詞を。
タワーもドームも“全てを破壊する”と。
「うぬ等は今一度、大空の元に晒されるべきだ。自然がいかに偉大で雄大か、それを限りない空の元で思い知らねばならぬ」
「ふざけろ。タワーとドームを破壊? そんなことが出来る訳がない。今の老いた貴様では――いや、例え全盛期の貴様だろうとドームの破壊は不可能だ」
「それが出来るのだよ。“うぬ等の技術”を用いれば」
ここで里親は己の胸に腕を伸ばした。
そして躊躇うことなく朽ちた身体の樹皮をバリバリと剥ぎ、洞のように開いた身体の穴から“黒い球体”を取り出す。
途端、ドゥークの瞼がこれまでになく見開かれる。
「貴様ッ、それはまさか……“2B爆弾”かッ!?」
「ご名答。地下の電気溜まりから採取した、変電前の“混沌電気”を詰め込んだ爆弾だ。無秩序の電流で全ての機械類を麻痺させる、うぬ等にとっては正に“悪魔の爆弾”と言えるだろう」
「おいおいおい、正気の沙汰とは思えねぇな。被害を被るのは機械人間だけじゃねぇぞ? その威力は並みの爆弾の比じゃない」
「知っている。だからコレを選んだのだ。確実に、“うぬ”と“この街”に止めを刺す為に」
淡々告げる里親。
その瞳の奥底にあるモノ見据え、ドゥークは僅かに身震いする。
「……死なばもろともの覚悟か。機械嫌いな貴様がどうやってそれを調達した?」
「答える義理は無い。ただ、貴様への悪い知らせならもう一つある。この高さであればよく見えるだろう。時間的にもそろそろか」
「あぁ?」
不機嫌を隠さぬドゥークの返し、その直後。
南の空に“噴煙”が立ち昇った。
その意味を理解したドゥークは、先の爆弾よりも目を見開く。
「馬鹿な!! “噴火”はまだ先の筈では!? 何故予定よりも早まって――まさかッ、これもテメェが!?」
「ここへ来る前、大樹の花粉溜まりを刺激しておいた。貴様の計画が狂えば万々歳だったが、その反応を見る限り成功したと見てよさそうだな。死ぬ前に1ついいものが見れた」
噴煙から遅れて。
大樹を中心に広がる“花粉噴火”の衝撃波がドームを襲い、呼応するように街全体がビリビリと震えた。
それが収まる状況は待たず、ドゥークが仕掛ける!!
「猪口才な真似をッ、この死に損ないが!!」
“全身から斬撃を放ち”、身体を拘束する蔦を切断!!
更に、肘と膝に仕掛けた火炎放射器から、最大出力の炎!!
“蔦折死箱”の蔦を斬り、燃やし、我武者羅に無理やり振りほどく。
すぐさまタワーの鉄骨を蹴り、里親目掛けて腕を伸ばすが――間に合わない。
時すでに遅し。
植物族の里親は穏やかな表情で、悪魔の爆弾を押し潰していた。
「我が死のうと志は生きる。植物族に栄光あれ」
直後、工場都市:リンデンブルグの空に大爆発が起きた――。
■
~ ドラノア視点:2B爆弾が爆発する少し前 ~
鬼の管理者:エンジュを背負い、落とさない様にクロを巻きつけて固定。
「黒ヘビは辞めろ!!」と泣き叫ぶ彼女を無視し、雨曝しの中、鉄の荒野を全力疾走すること30分。
北へ進む毒々しい雨雲を追い抜いたところで、背中の少女が叫んだ。
「見つけたぞッ、飛行船だ!! 既に高度を落とし始めている!! あのまま植物族の里に墜として、中の鉄皮ノ獣を解き放つつもりだ!!」
「マズいね、このままだと大惨事になる」
「ほらほらッ、死ぬ気で走れ!! もっとスピードを出せ!!」
「もう限界だよ、これ以上は無理だって」
「弱音を吐くなッ、限界は超える為にあるんだ!! さぁ今すぐ限界突破しろ!! 私だって限界を超えて、この黒ヘビを我慢してるんだぞ!?」
「それとこれとは話が違うような……」
彼女の暴論はさて置き。
人一人背負っての全力疾走はボクの身体も流石に疲労を隠せない。
雨を受けた皮膚もヒリヒリと痛みを発しており、我慢出来ない程ではないけど、どちらにせよ今以上の速度は出せないのが事実。
ギリリと、背中で歯を食いしばったエンジュの態度が全てだ。
「くそッ、間に合わなかったか!!」
走り出すのがあと1分早ければ、なんて後悔は無意味。
徐々に高度を落とす鉄の塊を目前に成す術も無く、飛行船はそのまま噴火大樹の枝葉に突っ込んだ!!
それから遅れること数十秒。
植物族の里を見下ろす崖の上に、ボク等もようやく辿り着いたものの……。
「これはマズいね、飛行船から鉄皮ノ獣が沢山出て来てる」
「嘘であって欲しかったが、ゴーマンの言った通りだ。雨で大樹を枯らすだけでなく、鉄皮ノ獣を使って植物族を直接潰しにかかっている」
状況は絶望的。
里にいた植物族の戦士が暴れる鉄皮ノ獣を迎撃しているものの、数が数だけに対処しきれているとは言い難い。
このまま放置すれば里に惨劇が訪れるのは確実で、ボクはエンジュを背負ったまま渓谷の崖を飛び降りる。
「助けるつもりかい? キミが敵と見なされ殺されかねないよ」
「殺されなければ問題ないよ。それにいくら植物族の戦士が強いと言っても、全員が全員って訳でもないでしょ? 戦えない人が襲われたら誰かが助けに行かないと」
「ふんッ、お人好しだねぇ。賞金首のくせに」
「好きで賞金首になったんじゃないよ。それより、振り落とされない様にしっかり捕まって!!」
爆炎地獄は使えない。
クロをクッションにして崖を滑るように降り、最後は内側に突き出た崖のでっぱり部分から、蜷局を巻いたクロで大きく跳躍。
大きな弧を描き、鉄の飛行船が落ちた大樹の枝葉に辿り着いた。
(ん? ここには見覚えが……って、それどころじゃないか)
鉄皮ノ獣がこれ以上出て来ない様、飛行船の出口をボクが食い止めよう。
という考えは、植物族の戦士も同じだったらしい。
3人の植物族戦士と鉢合わせし、当然のように鬼の形相で彼等がボクを睨んでくる。
「侵入者だ!! ブリキの獣を解き放った犯人に違いない!!」
「えッ? いや違うって!! 犯人はボクじゃ――」
「問答無用!!」
鋭い槍の一撃!!
それを後ろに跳躍して躱し、ボクの代わりに背中のエンジュが声を上げる。
「私は本部の管理者だ!! 武器を置いて話を――」
「問答無用!!」
別の戦士が槍を伸ばす!!
それを再度躱し、
「問答無用は、私の台詞だッ!!」
火炎!!
彼女が口を開け、空に向かって巨大な炎を吐いた。
「「「ッ!?」」」
絶対的な弱点である炎を前に、植物族の戦士達が動揺。
その隙を逃さず、今度はボクが大声を上げる。
「ボク等は戦いに来たんじゃないッ、アナタ達の加勢に来たんだ!! 鉄皮ノ獣を倒しつつ、早く屋根のある場所に避難を!! あの雲が見えるでしょ!?」
叫び、ボクは東の空を指差す。
少し前に追い抜いた毒々しい雨雲が、誰の目からも確認出来る距離まで近づいているものの、それで納得する植物族の戦士ではない。
「そんなことは見ればわかるッ、また貴様等が死の雨を降らせるのだろう!? どれだけ我々を虐げれば気が済むんだ!!」
3人いた植物族の戦士。
その中で一番奥にいた一番若い戦士が走り出すが、槍を手に持つ彼の手は――震えていた。
「戦士長が不在の今、この里は俺が守る!!」
「駄目だよッ、守るつもりなら槍を収めて!! 今は戦ってる場合じゃない!!」
「だったら今すぐ死ね!! それで戦いは終わりだ!!」
真正面からの突き!!
その一撃は、先の二人に比べて明らかに未熟な一撃。
斬ッ!!
隙だらけなその槍を、ボクはナイフで真っ二つにした。
それから叫ぶ代わりに、トーンを落とした声で彼に語り掛ける。
「お願いだから槍を収めて、ボクの話を聞いて。今から降る雨は今までの比じゃない、これまでの何倍も強力な腐食剤が打ち上げられたんだよ。ここにいたらアナタ達は一瞬で枯れてしまうかもしれない」
「出鱈目をほざくなッ!!」
折れた槍で、刃を失った槍で。
それでも彼はボクを見据え、震える手で一撃を繰り出そうとしている。
「どうするドラノアくん、まるで聞く耳を持たないぞ。また私の炎で黙らせるか?」
「いや、ボクが何とかする。エンジュは手出ししないで(クロ、キミもこの一撃は防がなくていいから)」
心の声でクロに告げ。
それからエンジュを背中から降ろし、クロの右腕を引っ込める。
それを好機と捉えたか、若い戦士が動いた。
刃を失った槍を携え、ボク目掛けて一直線に突き出す!!
対するボクは手にしたナイフを地面に放り投げ――あえて、お腹でその一撃を受ける!!
「ドラノアくん!?」
「貴様ッ……何故?」
急所は外した。
槍の切断面はそこまで鋭くなく、彼の力もあまり強くない。
身体を貫かなかった槍をそのままに、ボクは目の前の若い戦士を真っ直ぐに見つめる。
「ボク等で戦っている場合じゃない。お願いだから話を聞いて」
「ッ~~ふざけるな!! 何なんだお前!? ドゥークの手下のくせに!!」
槍を引き抜き、振り上げる若い戦士。
ここまで呆気に取られていた他二人が「辞めろ!!」と止めても、彼の腕は止まらない。
しかし、次の瞬間。
「辞めて!! その人達はドゥークの手下じゃないわ!!」
ピタリ。
折れた槍がボクの頭に振り下ろされる寸前で、彼の腕は止まった。
その声の主を見て、若い戦士は動揺した声を出す。
「“ポプラ様”……しかし、こいつ等は――」
「お願い。もうこれ以上、皆が血を流すところは見たくないの」
「………………」
戦士を黙らせたのは、大樹の枝葉から出て来た植物族の若い女性。
その顔に見覚えがあったのは、ボクが初めてここを訪れた際に出逢った人物だった為だ。
戦士から「様」付けの敬称で呼ばれたポプラが振り返り、真剣な眼差しをボクに向ける。
「またお逢いしましたね。よろしければ、先程のお話を詳しくお聞かせ願えますか?」




