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16話:『第572回:剣舞会開催のお知らせ』

 ――パチリ。

 重い瞼をそれでも開けると、暗がりの中にある見知らぬ天井が出迎えた。

 4000年も見続けた黒雲渦巻く地獄の空よりはマシだけど、板の隙間から星空が見える安っぽい天井は、少なくともここが宿屋ではないことを示している。


(此処は……あぁそうか。お金が勿体なくて、街外れの馬小屋で寝たんだ)


 それもただの馬小屋ではなく、一本角の馬こと幻獣:ユニコーンの飼育小屋だ。

 柵を隔てた隣から、干し草の上で寝ていたボクを「何だコイツ?」みたいな目でユニコーンが見ているけれど、まぁそれはさて置き。


 今日からようやく単独行動が出来る。

 まずは近くの通りにあった噴水の水で顔を洗い、気分をサッパリ晴れやかに。


「……ちょっと可哀想な気がしなくもないけど、でもしょうがないよね。ボクのやりたいことが全然出来ないんだもん」


 気分を晴れやかにさせた筈が、自然と独り言が口から零れた。

 無論、パルフェを宿屋に置いてきた事への言い訳だけど、そもそもボクが言い訳をする必要も無い。

 地獄を脱獄したのは『ジーザス・Å・バルバトス』への復讐――ボクを何年も虐め続けた男への復讐を果たす為であり、決して彼女のお守りをする為に脱獄したのではない。


(“生前”は、自分の為に生きることも出来ず、死んでも復讐は果たせなかった。今度こそ、ボクはもっと我が儘に生きるんだ。誰かの為じゃなく、自分の為に)


 その為には、今は何よりもジーザスに辿り着く為の手段が必要だ。

 顔バレしていないこの街の管理局なら、しれっと『世界扉』を使っての渡航も可能だろうけれど、当然ボクの情報がこちらの管理局に共有されている可能性はある。

 何をするにしても、まずは“この格好”をどうにかする必要があるだろう。

 いくら常闇の世界といっても、光溢れる街中でいつまでも“咎人の服”を着たままなのは頂けない。


 という訳で、ボクが向かうべき先は――


「汚いな、帰ってくれ」

「シッ、シッ。あっち行きな」

「出て行けボロ雑巾!! 他の客に迷惑だろ!!」


 ――3店舗回って全滅。

 新しい服を買おうと服屋へ入った途端、店員が顔つきを変えてすぐにボクを追い出したのだ。

 それが一度きりならともかく、二度・三度と同じことが続けば、こちらとしても少々気持ちが滅入るというモノ。


「流石にちょっと凹むなぁ。服を新しくしたいから服屋さんへ行ったのに、まさかお店にも入れて貰えないなんて……」


 ただ目立たない格好をしたい。

 そんな小さな願いすら、一度地獄へ落ちた人間には高望みらしい。


(ボクってそんなに汚いかなぁ?)


 改めて建物のガラスに自分の姿を映すと、そこに居たのは物乞いしてそうな見た目の子供。

 それが他の誰でもないボク自身の姿であり、今になって店員に同情するというか、拒否したくなる気持ちがわからないでもない。


「……まぁ、しょうがないか。気持ちを切り替えていくしかない」


 こんな事で凹んでいたら、ジーザスへの復讐なんて夢のまた夢。

 誰かに殴られたり蹴られたりした訳でもないし、いざそんな事をしてくる輩がいれば、逆に返り討ちにしてやればいい。

 今のボクならそれくらいの力は持っている筈で、死ぬ前の暗く惨めな人生に比べたら、この程度の事は特筆する話でもない。


 そう自分に強く言い聞かせ、気持ちも新たに歩き出す。

 服のことは一旦さて置き、続けて考えるべきはお金の工面方法だ。


(確か「26万G」だっけ? 管理局にある『世界扉』を利用するには、そのくらいの金額が必要だった筈)


 当然、今のボクの手持ちでは全く足りず、日雇いで稼ぐとなると相当な時間がかかることは想像に難くない。

 日々の生活費も考慮すると、頑張っても1か月は働かないとお金の工面は出来ないけど、渡航の為だけにそんな時間を費やす気にも慣れず。

 はてさて、一体どうしたものか……。



「おい、そこのキミ。ちょっといいかい」



「ん?(って、マズい!!)」


 声を掛けられ、振り返った先にはエルフ族の管理者。

 すぐに逃げようかとも思ったけど、追いかけられて事態が悪化すると更に面倒だし、まずは彼の要件に耳を傾ける。


「あの、ボクに何か?」


「いやー、コスプレにしては随分と気合が入ってると思ってね。まるで本物の咎人の服みたいだったから、思わず声をかけてしまった。見れば見る程よく出来てるな」


「え、あっと……コスプレ?」


「その格好で“剣舞会”を見に行くんだろ? 観客は服装自由だから、はっちゃけた恰好で行く人も少なくないんだよ」


「へ、へぇ~。そうなんですねぇ(剣舞会って何だ……?)」


 何かよくわからないけれど、彼が勘違いしてくれていることだけはわかった。

 ここは適当に話を合わせ、怪しまれないまま事なきを得るのが最善手。


「だけど坊や、あまり紛らわしい恰好はするなよ。本物の咎人と間違えられて、俺達に捕まるかも知れないからな。ハハッ、まぁこんな可愛い咎人はそうそういるもんじゃないけどさ」


「あ、あはははは。……家に帰ったら着替えます」


「是非そうしてくれ。それじゃあな」


 ボクが本物の咎人だとはつゆ知らず、エルフ族の管理者はそのまま踵を返して通りの人込みに紛れて行った。

 管理局経由で既にボクの情報が伝わっている可能性もあったけれど、少なくとも街の巡回をしていた彼には伝わっていないらしい。


(ふぅ~、危なかったー。何とか誤魔化せたけど、やっぱこの服装はマズいか)


 今回は見逃して貰えたけれど、他の管理者も見逃してくれるとは限らない。

 お金を得るにしても怪しまれない格好が必要だし、結局のところ服装をどうにかしない限り、ボクが取れる選択肢の幅は狭いまま。

 ジーザスへの復讐はおろか渡航すらまともに行えないのが現状で、これを変える為にはどうしても最初の考えに戻る他ない。


「よし、気を取り直して服屋さんにリベンジだ!!」



 ――――――――



 ~ 半日後 ~


「ぐすッ、別に凹んでないし……」


 広場のベンチで一人。

 星の見えない空に浮かぶ「空島」を見上げるボクの涙腺から、涙は一粒も流れない。

 そんなモノは地獄の4000年で枯れ果ててしまったし、例え枯れてなくても泣く程の話ではないけれど、それでも流石に今回は凹む。


 このシャンテローゼの街で見かけた服屋という服屋を回ったのに、どのお店からも門前払いをくらったのだ。


 得たモノと言えば罵詈雑言の言葉だけで、ボクが纏うのは未だにボロボロな咎人の服。

 一度「下」に落ちてしまった人間が「上」に這い上がるのが、これ程までに難しいことだとは……。

 いや、それ自体は知っていたけれど、ジーザスの暴力で散々思い知らされていたけれど、まさか物理的な暴力無しに、ここまで思い知らされることになるとは思いもよらなかった。


(はぁ~。ボクがその気になれば、店員全員を相手にしたって勝てるくらい強くなったのに。結局、腕力がモノを言う場所なんて限られてるんだよね。……パルフェと一緒だったら、彼女に服を買って来て貰えたのかなぁ)


 ――今更だ。

 自分から別れておいて、切り捨てておいて、彼女に縋るという発想が今更の話。

 そんな願いは愚の骨頂でしかなく、一人を選んだボクは自分自身の力でこの状況を乗り越えるしかない。


 ただし、打つ手なしの絶望的状況かと問われると、希望が全く無い訳でもない。

 先程この数時間で「罵詈雑言」しか得ていないと言ったけれど、実はボクが得たモノはもう1つだけあった。


 それは今、ボクの手に持たれた1枚のポスター。


「『第572回:剣舞会開催のお知らせ』……あのエルフ族の管理者が言ってた“剣舞会”がコレだ」


 街中至る所に貼ってあったこのポスターによれば。

 どうやら近々、街の上空に浮かぶ空島のコロッセオで、腕自慢の猛者共が集う大会が開かれるらしい。

 随分賑わってる街だなとは思っていたけれど、この剣舞会目当てで観光客が押し寄せ、ほとんどの宿屋が満室の状態になっていた、というのが事のカラクリ。


「しかも優勝賞金は100万Gだし、これに乗らない手はないよね」


 開催日は二日後の明後日。

 剣舞会の名に相応しく武器は「刃物」オンリーで、少し多めにお金を払えば「当日エントリー」も可能らしい。


 あまりにも都合が良過ぎて「何か裏があるのでは?」と疑ってしまうものの。

 とは言え無視出来る筈もなく、既に571回も開催されている実情を踏まえれば、リスクを冒してでも出場する価値は十二分にある。

 身バレした時のことを考えるとちょっと怖いけど、まぁ服装を変えれば何とかなるだろう。


「って、その服が問題なんだけどね……。はぁ~、パルフェに謝って仲直りした方がいいかな」


 一体何度目の堂々巡りか。

 別に喧嘩した訳ではないけれど、一人置き去りにされた彼女は今頃何処で何をしているのか……。

 いや、そもそも誰かに頼るなら別に彼女じゃなくても――


 ――ポツリ。


 ボクの頬に水滴が当たり、続けてポツポツと広場の石畳を低い彩度に塗り替えてゆく。

 長らく星空が見えないなーとは思っていたけれど、遂に雨が降り出し、周囲で店を広げていた露店も慌ただしく店じまいを始める。


(ボクもそろそろ店じまいかな。今日は随分と歩き回ったし、早めに何処かで雨宿りをしたいけど……宿屋に泊まるのはお金がなぁ。空室があるかもわからないし、汚いって追い返されても嫌だし……またユニコーン小屋にお世話になるか)


 あまり冷えると身体に悪い。

 氷塊から脱出ように地獄の熱で温めることは可能だけど、アレだって無限に使える訳ではないし、不必要な消耗はなるべく避けたいところ。

 かくして街外れのユニコーン小屋を目指して歩き始めた直後に、“ぐらり”。


「……アレ?」


 眩暈と共に、ボクの身体がドサリッと地面に倒れた。

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