157話:老木
戦士長:ハルニレ及び、その仲間カリビアとクインキー。
植物族の里が誇る戦士3人は今、片腕を切断された状態で鉄の地面に倒れ込んでいた。
そんな彼等を尻目に『ブーリアン・カンパニー』のCEO:ドゥークは近くの街灯に歩み寄り、そっと静かに手を触れる。
ただ、それだけ。
ただそれだけで、街灯は中央から上下真っ二つに切断され、支えを失った上部が地面にガシャンッと崩れ落ちる。
その後、ゆっくりとドゥークが振り返った。
「理解したか? これが俺の“魂乃炎”:『切断』だ。触れるだけで全てを断ち切る――つまりは俺は“切断人間”なのさ。蔦を出すしか能が無い貴様等植物族如きが、俺に勝てる道理はない」
「「「………………」」」
苦痛以上の絶望を前に、顔を歪ませる植物族の戦士達。
既に勝敗は決し、後はどう始末を付けるかだけの問題。
ドゥークがその気になれば彼等の命など一瞬に散って終わる。
それを誰よりも理解している彼は、しかしすぐに止めを刺すことなく近くのベンチに腰かけた。
そして横たわる三人に、主に戦士長:ハルニレに向けて彼は口を開く。
「愚かな植物族の戦士達よ、お前等は知っているか? その昔、機械の手足は生身の身体の劣化版だと、所詮は不完全な代替品でしかないと蔑まれていたそうだ。生身の身体を失った人間を“身体障害者”などと区別し、その時点で『不幸』のレッテルを貼る時代があった。今では考えられんだろう? そんな暗黒時代を経ながらも技術の進歩は確実に進み、いつしか機械の身体が生身の身体を性能で上回るようになる。そのまま何事もなく時代が進めば、世界を支配していたのは機械だっただろうな。――だが、そうはならなかった。旧世界は滅び『AtoA』が生まれた」
「……何を、言っている?」
「愚かなお前達には理解出来ない話だ。――さて、お喋りはここまでにしよう。死に際で激痛に苦しむお前等の顔を見たかったが、植物族は表情が読みにくい。見ていてもあまり面白くないからな」
「それは……良かった。貴様の喜びになるなど……死んでも、御免だ……ッ」
「そうか。ならさっさと死ね」
ベンチから立ち上がり、止めを刺そうと腕を伸ばした瞬間。
ドゥークの身体が“吹き飛ばされる”!!
(ぐッ――蔦!? 誰だ!?)
戦士長:ハルニレに触れる直前で、勢い良く伸びて来た蔦に吹き飛ばされたドゥーク。
そこへ取って代わる様に現れたのは“新しい植物族”だった。
朽ちた身体から枝を伸ばし、その先に寂しげな葉っぱを宿した“身長5メートルを越える”特大級の『老木』。
人ならざる形をした人。
それも“大物”の登場に、死の瀬戸際にいた戦士長:ハルニレが目を見開く。
「里長ッ、どうしてここに……ッ!?」
「あまり声を張るな、身体に響くぞ。後は我に任せて大人しくしておれ」
「何を馬鹿な!! これは俺達が始めた戦いだ!! そんなこと出来る訳が――」
“里親”、文字通り植物族の里を統べる長。
彼が身体から蔦を伸ばし、戦士長:ハルニレと仲間二人の口に自身の葉っぱを押し当てる。
途端、植物族の戦士3人は気を失ったように眠りに着いた。
その間。
吹き飛ばされて壁にぶつかり、しかし無傷のまま立ち上がったドゥークは珍しく驚いた顔を見せる。
「……出たな老害。かつては先代の覇者と争っていた貴様も、老いたその身体では全盛期の力を半分も出せまい。俺が手を出さずとも勝手に朽ちるんじゃないか?」
「あぁ、そうだな。流れる月日に逆らう事など出来る筈もなく、ここに来るだけでかなりの体力を消耗した。終わりの時も近いだろう」
里長の発した言葉は嘘ではない。
口を動かすだけで身体からパラパラと樹皮が剥がれ落ち、死期が近いことを否が応でも感じ取ってしまう。
「随分長く生きてしまった。老い先短いこの命で、出来ることなど限られておろう。そろそろ次の世代に里を託す頃合いやもしれぬな。――だが、うぬの存在だけは次の世代に引き継がせる訳にはいかない。腐食剤の話を知ってしまった今、このまま易々と噴火大樹を枯らさせる訳にはいかぬ」
「おいおい、テメェまでそんな話を信じるってのか? ただの噂話に振り回されて貴重な命を無駄にするとは、どんだけ晩成を汚す気だよ? 異常気象が起きてるのは『Robot World (機械世界)』だけじゃねぇし、そもそも機械の世界で緑豊かに暮らそうってのが間違ってんだよ。合わない土地で自分達の都合がいいように暮らそうなんて、おこがましい考えだとは思わねぇのか?」
「おこがましいのはどちらだ? 天の恵みに改造を施すなど罰当たりが過ぎる。お灸を据える程度では済まぬと思え」
「ハッ、時代遅れの老木が戯言を言うな。その朽ちた身体で何が出来る?」
この会話の間も、里親の身体からはパラパラと樹皮が――身体の一部が剥がれ落ち続けている。
内部まで錆びた機械を無理やり動かしているようなモノで、それが長続きしないことは誰にだってわかるだろう。
それを一番理解している筈の里親は、しかしドゥークを見据え確信の言葉を産む。
朽ちた身体で何が出来るか、その答えを。
「うぬに引導を渡せる」
「……やれるものならやってみろ」
ドゥークがそう言い終わる“前”に、里親は動いた。
「“蔦折死箱”」
万人が見上げる程の巨体。
その身体から太い蔦を2本伸ばし、里親はドゥークの身体を拘束しにかかる!!
当然、ドゥークは“魂乃炎”:『切断』で身体に迫る蔦を切断。
里親は負けじと新たに蔦を伸ばし、それをドゥークが再び切断する。
その流れが、幾度も繰り返される。
幾度も。
幾度も。
幾度でも。
際限なく繰り返される――。
(くッ、これはマズい……ッ!!)
初めて、ドゥークに焦りの色が見えた。
彼の“魂乃炎”は確かに発動している。
迫り来る蔦を次々と切断しているが、その切断する速度以上のペースで、次々と新しい蔦が里親の身体から伸びてくる。
何なら切断した蔦からも、また新しい蔦が生えてくる程の勢いだ。
キリが無い。
攻撃の手が一切緩まない。
「チッ」
舌打ちを合図に、“膝”から炎を出したドゥーク。
切断に燃焼を加えて蔦の対処を試みるも、それ以上のペースで次の蔦が迫ってくる!!
堪らず、彼は大声を張った。
「いいのか!? 老いた身体でこんな力を使えばッ、老木の命などすぐに尽きるぞ!!」
「――覚悟の上だ。貴様を葬れるなら、この先朽ちるだけの命などくれてやる」
「ッ~~!!」
覚悟を決めた漢の執念が勝った。
やがてドゥークの処理速度は限界に達し、里親の蔦に捕らわれてしまった彼の姿は、蔦の中へ完全に隠れてしまう。
まるで「蔦の棺桶」だ。
ドゥークより一回り大きな蔦の棺桶が、里親の操る蔦によってシュルシュルと宙に吊り上げられる。
“その中”からは、まだ蔦が切断される音が響いている。
「諦めろ。棺の中を蔦が隙間なく埋め尽くし、中の罪人を圧殺する植物族古の死刑手段――それが“蔦折死箱”。うぬが生き残る道は無い。しばらくそこで大人しくしていろ」
蔦の棺にドゥークを閉じ込め。
里親は新たに蔦を伸ばして建物に引っ掛け、棺ごと街の空を移動する。
5メール超の大男。
それも異形と呼べる植物族の老木が空を駆ける光景に、街の人々が底知れぬ不安を抱くのは不可避のこと。
「おいッ、何だよあの化け物は!?」
「まさか、植物族の里親か!? 警備兵は何をやってる!?」
「無理だッ、アイツは先代覇者と同格だった男だぞ!! ドゥークさんを呼んでくるしかねぇ!!」
そのドゥークを蔦の棺として抱え。
パラパラと樹皮を撒き散らしながら、ハラハラと葉っぱを舞い散らしながら、里親は街の中央にそびえ立つシュベルタワーを登る。
表情の読みにくい老いた顔で、それでも苦しさを隠し切れない顔で、命を削りながらも動く里親。
蔦移動であっという間にシュベルタワーを駆けあがり、彼はここまで運んだ棺を、“蔦折死箱”の蔦を部分的に“解く”。
絡まった紐を解く様にシュルシュルと蔦が移動して、棺の中からちょうどドゥークの顔が見える形で“お披露目”する。
“ライブカメラ”が設置された場所で――。
「ドゥークさん!? あの上で吊るされてるのってドゥークさんじゃねーか!?」
「マジかよ!! じゃあ誰があの化け物を止めるんだよ!?」
「管理者は何やってんだ!? 誰かあの化け物を殺してくれぇぇええ!!」
遥か上空の出来事も、街中にあるホロビジョンに映れば身近な出来事に変わる。
それも遠く離れた異国の地ではなく、ドームに覆われた閉塞感漂う街の事となれば尚更。
頼みの綱だったドゥークが敵の手に落ちたことを知り、街の人々は追い打ちの絶望を喰らう羽目となる。
そんな人々の悲鳴までは届かない、遥か上空で。
見世物にされたドゥークは棺の窓からギロリと里親を睨む。
「何が目的だ? 俺を殺したいならさっさと殺ればいいだろう」
「うぬがそう簡単に死ぬ玉か? 我の寝首を掻く隙を伺っているのだろうが……先に言っておく。最早関係無いのだ、ここまで来れば」
「あぁ? 何を言ってやがる?」
困惑の表情を見せるドゥークに、里親はようやく己の目的を告げる。
「“全てを破壊する”のだよ。街を象徴するこのタワーも、平穏をもたらすドームも全てな」
*あとがき
次話「158話:悪魔の爆弾」の前に、一旦挿絵を挟みます。
そういったモノを見たくない方は、遠慮なく飛ばして頂いて大丈夫です。




