155話:シードテロ
~ ドラノアが植物族の里を目指して走っていた頃 ~
工場都市:リンデンブルグの街中にて。
飲食店から出て来た天使の家出娘:パルフェは、ここまで観光案内してくれた機械人間にペコリと頭を下げた。
「ユーきゃん、ありがとね。ご飯まで奢って貰っちゃって」
「いえいえ。私もオイルジュースが飲みたかったのデ」
ホロフェイスに朗らかな笑みを浮かべ、機械人間:ユーエスは「気にしないで」と口にする。
そんな彼女をパルフェの隣で見上げる獣人族の少女:テテフは、少し苦々しい顔をしていた。
「ロボ子、あんなマズそうな液体よく飲めるな。アタシなら絶対飲まないぞ」
「アハハ、まぁアレは機械人間向けのエネルギー飲料ですからネ。普通の方にはお勧めしませんが、機械人間にとっては普通のことですヨ」
「肉が食えなくて寂しくないのか?」
「はい、全然寂しくないでス。私は元々虚弱体質で、ほとんど病院の流動食ばかりでしたシ」
「りゅーどーしょく?」
「柔らかい飲み物みたいな食事のことだよ」とはパルフェの言葉。
彼女の説明で、普通の食事が困難な人向けの接種方法だと知ったテテフ。
目を丸くしてユーエスを――元は非:機械人間だった彼女を見上げると、優しい機械の笑みが返って来る。
「私は機械の身体になって、自分の脚で行きたい場所へ行けることが何より嬉しいんでス。それに最近は人口舌の性能も飛躍的に向上しているみたいですし、我々の食事も幅広く楽しめる様になると思いますヨ。今から楽しみでス」
「ふ~ん、そうなのか。凄いな機械は」
「えぇ、そうなんです。世の中には機械を毛嫌いする人もいますけど、私にとっては希望なんでス。先程シュベルタワーから見た素晴らしい景色も、子供でも、お年寄りでも、誰でもあそこまで昇って行ける機械の力があってこソ。皆が等しく素晴らしい経験が出来るのは、全て機械のおかげなんでス。だから私は機械の素晴らしさを知ってほしくて、その為にこの仕事を――はっ、ゴメンなさイ。聞かれてもいないのに熱く語っちゃっテ……」
ホロフェイスの表情が真っ赤に染まり、続けて焦り顔に変化した。
ユーエスの感情と機械が上手くリンクしている証で、それを見たパルフェは鼻頭を僅かに赤くしている。
「私、感動しちゃった。ユーきゃんなら立派な観光ガイドになれるよ。っていうかもう、既に立派な観光ガイドだよ」
「そ、そうですかネ……?」
「そうだぞロボ子、自信を持て。美味い肉の店を知っていたロボ子は良い奴だ。お前なら出来る。頑張れ」
「はい、頑張りますネ♪」
一番年下で一番偉そうなテテフの応援に、大人の余裕でにこやかに答えたユーエス。
その首に――
突!!
“槍が突き刺さる”。
「「……え?」」
呆ける二人。
突然の出来事に理解が追いついていないが、改めて状況を理解しても現実は何も変わらない。
“ユーエスの首に槍が刺さった”のだ。
「ユーきゃん!?」「ロボ子!?」
二人が声を上げる中、槍の勢いで地面にドサッと倒れたユーエス。
彼女を抱え起こそうとパルフェが手を伸ばすも、そのパルフェをテテフが押し倒す!!
「危ないパル姉!!」
「へ?」
全く状況が飲み込めなかったパルフェだが、テテフに倒されながらも彼女の瞳は捉える。
先程まで自分がいた場所に、空から降って来た槍が突き刺さる瞬間を。
加えて、“無数の槍が降ってくる”光景を――。
(何これ!? 何でドームの中に槍の雨が!?)
その答えを今すぐ知る由もないが、策を打たないと運次第で命が無いことは彼女にもわかる。
テテフに押し倒されつつ“魂乃炎”を発動。
押し倒してきたテテフごと「ぬるぬる」で覆う。
直後――。
突突突突突ッ!!
槍の雨が一斉に街中へ降り注ぐ!!
一点集中で誰かを狙った訳ではない。
広範囲にランダムで降り注いだ槍は、一瞬にして街を混沌で支配した。
「ぎゃぁぁ、腕がぁぁああ~~!!」
「何なんだ一体!? 何事だ!?」
「早く屋根のある場所へ避難を!! また矢が降ってきたら死ぬぞ!!」
防御策を持たぬ観光客達が慌てふためくのも無理はないが、“魂乃炎”によって槍を弾いた二人は違う。
怒号が飛び交う中、先ほど倒れたユーエスに駆け寄った。
「ユーきゃん無事!?」「生きてるかロボ子!?」
駆け寄った二人が目の当たりにしたのは、ピクリとも動かぬユーエスの身体。
先の一撃以外は難を逃れたようだが、その一撃が命取りか。
ホロフェイスは科学の光を失い、首からはまるで血の様にオイルが漏れている。
絶望的な光景を前に、二人の目から血でもオイルでもないモノが溢れ出した。
「そんな、やだよユーきゃん……せっかく仲良くなれたのに」
「おい、まさか死んだのか? 返事をしろロボ子!! ロボ子ぉぉぉぉおおおお!!!!」
「ちょっと、勝手に私を殺さないでくださイ」
「「うわッ、生きてた!!」」
驚いて飛び起き、しかしながら嬉しさで抱き締め合うパルフェとテテフ。
機械人間故にユーエスが痛みを感じている様子は無いが、表情を映すホロフェイスは完全に光を失っており、彼女の感情を窺い知るのは難しい。
何より、その首元に槍が突き刺さり、オイルが漏れだしているのは紛れもない事実だ。
「ユーきゃん、本当に大丈夫なの?」
「えぇ。回路に支障が出たみたいで思う様に身体が動きませんガ、一応無事みたいでス。それより、一体何が起きたのでしょウ?」
「それは――」
ガシャンッ!!
建物の窓ガラスが割れた。
誰かが逃げ出した訳ではなく、“異様に太い蔦”が急成長して窓ガラスを突き破ったのだ。
それも1か所だけではなく、街のアチコチで太い蔦が急成長を遂げている。
「気を付けろッ、“シードテロ”だ!! 植物族の戦士が街に紛れ込んでるぞ!!」
通りにいた機械人間が叫び、続けて別の機械人間も声を上げた。
「屋根の上を見ろ!! アイツ等が矢を放ったんだ!!」
彼が指差す先。
少し離れた建物の屋上に皆の視線が集中し、即座に半分ほどの人間が一斉に逃げ出したが、慌てて逃げたのは機械人間ばかり。
残された非:機械人間はポカンとしているが、これは街の情勢に詳しくない観光客だと思われる。
そんな彼等と同じ境遇にあるテテフも、眉根を寄せて遠くの屋根に視線を送る。
「パル姉、アレって植物族か?」
「うん、沢山いるみたい。さっき“シードテロ”とか言ってたけど……ユーきゃん、これは?」
「文字通りの“テロ”でス。植物族の戦士達による、街への破壊活動ですヨ」
「破壊活動? まさか、さっき窓ガラスを割って出て来た蔦が?」
「えぇ。急成長する種子を街中にばら撒き、無造作に機械へ不具合を起こさせるんでス。より深い場所から発芽するように、槍で機械の奥深くまで到達させるんですが……お二人共、お手数ですがこの矢を抜いて頂け――」
「テプ子!!」「おう!!」
ユーエスの言葉を最後まで待つことなく。
二人は阿吽の呼吸で同時に槍を握り、そのままグイっと引いて――ドテッと尻餅をつく。
彼女達の尻餅は槍が抜かれた何よりの証拠で、引き抜かれた槍の先端には、矢じりと共に植物の種が括りつけられていた。
「わわっ、もう芽を出してる!! あっちいけ!!」
僅かに発芽していた種子をテテフが投げ捨て。
それを見届けたパルフェは、悲しげな顔で横たわるユーエスを抱き起す。
「ねぇユーきゃん、植物族の人は何でそんな酷いことするの? 私達、何も悪いことなんかしてないのに」
「それは……難しい質問ですネ。もしかしたら、私達は“自覚のない罪”の上に成り立っている存在なのかもしれませン」
「へ?」
要領を得ない答えに首を捻るパルフェだが、しかし今はお喋りの時間ではない。
それを一番理解しているユーエスは、変わらず光を失った顔で、再度申し訳なさそうに口を開く。
「重ね重ねすみませんが、このまま私を移動して貰っていいですカ? 間もなくここに“滅種部隊”がやって来るかと――あぁ、もう来てしまいましタ」
ユーエスの視線に誘導され、パルフェとテテフが街の通りに目を向ける。
そこには防護服を着た複数の機械人間がいて、全員が“火炎放射器”を携えていた。
■
~ パルフェ達が屋上を見上げた同時刻 ~
リンデンブルグの大通り沿いにある建物の屋上。
天上を突き破って伸びて来た植物の太い蔦の周りに、植物族の戦士10名が集っていた。
その中の一人、蔦の一番高い場所から街を見下ろしていた戦士が、腕から伸ばした“自身の蔦”を伝って屋根の上に降りてくる。
「出て来たぞ“ハルニレ”、滅種部隊だ。相変わらず物騒なモンを携えてやがる」
「上等だ。むしろあの火炎放射器で、奴ら自身を丸焦げにしちまえばいい。どのみち今日で見納めだからな」
報告を受け、木の掌でギュッと薙刀を握り直す男性――彼の名は『ハルニレ』。
誇り高き植物族の戦士にして、猛者ぞろいの戦士達を束ねる“戦士長”。
数時間前、『電気プラットフォーム』へ向かっていたドラノアとエンジュの前に立ち塞がったのも彼だ。
本来であれば、ここは植物族の戦士がいるべき場所ではない。
機械嫌いな彼等からすれば、今すぐにでも立ち去りたい場所に変わりはない。
しかし、今日は別。
これまで何度かシードテロを企て、街に被害をもたらしてきた彼等でも、今日だけは特別だ。
意味も無く工場都市:リンデンブルグを訪れている筈もなく、戦士長:ハルニレは仲間達に向け宣言する。
「俺は今日、ドゥークの首を取る。そしてこの忌まわしい街を、俺達の手で滅ぼすんだ……ッ!!」




