151話:瞬殺
余裕の表情だったし、彼女は何かしらの対応をするだろう。
そう思っていたところで、ハイドルファンの鉄球が“顔”に直撃した!!
「エンジュ!?」
吊るされた身体はブランコの様に大きく揺れ、勢いそのまま天井に激突!!
見ているこちらの顔が歪む程の衝撃で、彼女の顔に大きなダメージが入ったことは想像に難くない。
というか、即死でもおかしくない。
これはかなり相当惨い結果になったのでは……ボクの中に大きな不安が生まれたところで、揺れるエンジュが笑った。
コレといった大きな外傷も見受けられず、ただ一筋の血を鼻から垂れ流して。
「乙女の顔を傷づけるとは、男がなっていないなハイドルファン。だが、私に鼻血を流させたことは褒めてやる」
「ッ!? 何故喋れる!! 何故生きてる!? 普通の奴なら即死だぞ!?」
「何を戸惑っている、自分で答えを言っているじゃないか。―普通の奴なら即死? じゃあ生きている私は普通じゃない、それだけの話だ。それと、一つ大事なことを言い忘れて――」
「黙れッ、テメェは絶対にここで殺す!!」
ガチャリ。
倉庫の箱から取り出したのか、ハイドルファルの手にはマシンガンが持たれていた。
(ッ――)
蘇るのは、少し前の嫌な記憶。
『Fantasy World (幻想世界)』の剣舞会、その舞台の上で狂った男の凶弾にパルフェが倒れた。
たった一発の銃弾で、一人の少女が呆気なく命を落としたあの光景が、ボクの頭に嫌でも蘇ってくる。
「させないッ、エンジュはボクが守る!!」
例え手足を縛られても、ボクにはクロがいる。
炎を出せなくなったかといって、それで全てが終わりではない。
このままエンジュを見殺しにはしないと、クロを構えたタイミング。
「死ねぇぇぇぇええええ!!!!」
ハイドルファンがトリガーを引いた。
同時に、マシンガンが爆発!!
「ぐぁぁああッ!?」
吹き飛んだ無数の破片。
それが顔に突き刺さり、ハイドルファンが悲鳴を上げる。
「くそがッ、くそがッ、糞ガキが!! 一体何をしやがった!?」
「それを見ていなかった貴様が悪い。バウディから目を離し過ぎだ」
「あの炎狼の仕業か!? 何処に消えやがった!?」
「さぁね。それより、一つ大事なことを言い忘れていたんだが、そろそろ聞いてもらえるかい?」
「うるせぇ、何だよ!?」
怒鳴り返しつつも、ハイドルファンは周囲を警戒している。
炎狼:バウディがいつ何処から襲ってくるかわからず、いつ何処から襲ってきても対応できるよう、神経を尖らせているのがわかる。
彼は何一つ拘束されていない自由の身で、エンジュは天井から吊るされているのに、立場は完全に逆転していた。
それを示すかのようにエンジュは告げる。
「こうするんだよ――“瞬殺”って言うのは」
「……あ?」
ハイドルファルが気づいた時、彼の心臓は本来あるべき場所から消えていた。
正確を期せば、心臓が前に飛び出していた。
手品でも何でもない。
背後から炎狼:バウディが飛びかかり、彼の心臓をガブリと喰らって“息の根を止めた”。
ただそれだけだった。
――――――――
ハイドルファルが死んだ影響だろう。
天井からボク等を吊るしていた硬い鉄縄が、春を迎えた雪解け水の様に自然と解けた。
「ふぅ~、思ったよりは楽しめたかな。ドラノアくんはどうだった?」
スタンッと着地したエンジュが、顔色一つ変えずに尋ねてくる。
それが頼もしくも見え、同時に少し恐ろしくもある。
「どうだったって……エンジュは慣れてるの? こういう事に」
「こういう事というのは、人を殺める事かい? それなら答えはイエスだよ。私は悪を裁くことに躊躇などしない。躊躇している間にも苦しむ人達は増えてゆくからね。……幻滅したかい?」
「ううん、幻滅はしないよ。管理者にはボクもそうあって欲しいと思うから」
ただ、だけど――。
「エンジュがそんな事に慣れないで済むような、そんな世界になるといいね。指名手配されてるボクが言うのもなんだけどさ」
「………………」
「え、どうしたの? ボク変なこと言った?」
目を丸くし、キョトンとした顔をするエンジュ。
それからすぐにフルフルと顔を振り、彼女は「ふふっ」と小さく笑う。
「甘いねぇ。キミは甘いよ」
「まぁ甘いモノは好きだからね」
「そうかい。それじゃあさっさと腐食剤の打ち上げ施設をぶっ壊して、甘味でも食べに行くとしよう。ドラノアくんの奢りでね」
「えぇ? 本部の管理者ならお金は沢山持ってるでしょ? エンジュが奢ってよ」
「嫌だね。私はキミの奢りで食べたいんだ。奢ってくれなきゃ捕まえるぞ」
「わ、わかったよ……」
甘味一つで捕まったら笑い話にもならない。
ボクは交わしたくもない約束を渋々交わし、倉庫の奥に向かって足を踏み出した。
■
「辞めろ貴様等!! それは今から打ち上げる予定の――ぎゃあッ!?」
『電気プラットフォーム』に鳴り響く“悲鳴”。
その悲鳴の主は血相を変えて襲い掛かってくる職員で、そして悲鳴を上げさせた犯人は彼等を吹き飛ばす「ボク」と「エンジュ」。
――今回の目的。
肝心の「腐食剤打ち上げ施設」は、ハイドルファンがいた倉庫から繋がる通路、その更に奥の部屋にあった。
広さ的には倉庫の半分程といったところで、開閉式の丸い屋根は既に全開となっている。
部屋の中央には真上に砲身を向ける“大砲”が設置されており、見ようによっては大きな天体望遠鏡に見えないこともないけど、これが腐食剤を打ち上げる大砲に違いない。
という訳で。
「“黒蛇:大鎌鼬”」
「“鬼門流:一閃”」
「あぁッ!! 打ち上げ用の大砲ガ!!」
手加減する理由もなく、ボクとエンジュで大砲を滅茶苦茶に破壊。
数日中の復旧は絶望的な破壊っぷりに、その場にいた職員が青ざめた顔で頭を抱える。
中には、血気盛んに襲い掛かってくる輩もいたけど……。
「何してんだテメェらへぶッ!?」
「コレを打ち上げなきゃ俺達の立場ぐぁッ!?」
歯向かう職員、警備兵はエンジュと手分けして全て無力化。
機械人間なら機械部品の手足を落とし、非:機械人間なら骨を折る程度に留めておく。
――内心。
エンジュが彼等を皆殺しにするのではないか? と冷や汗をかいたものの、流石にそこまでの虐殺を行うことは無かった。
彼女にそれを尋ねると、これまた不機嫌そうな顔が返ってくる。
「私を何だと思ってるんだい? 下っ端の連中が何処まで関わっているかわからないし、命のやり取りをするのは幹部級の相手だけだよ」
「なるほど、一応線引きはあるんだね。安心したよ」
「当たり前だ。私を殺戮マシーンか何かと勘違いしてないかい? これでもうら若き乙女だよ」
「うら若き乙女は、こんな場所で無双しないと思うけど……」
「御託はいいから、さっさとキミも手掛かりを探すんだ。ドゥークとの繋がりを聞き出す前に、勢いでハイドルファンを殺めてしまったからね」
「勢いでって……」
勢いで殺されたら溜まったモノではないが、まぁそれは今更言っても仕方がない。
既に腐食剤の打ち上げは当面不可能な状況となり、後は『ブーリアン・カンパニー』のCEOであるドゥークと、この腐食剤の打ち上げ施設との繋がりを見つけるだけ。
紙の書類でも残っていれば証拠探しも楽だっただろうけど、それを『Robot World (機械世界)』で望むのは期待し過ぎか。
「むぅ」と、エンジュが眉根を潜める。
「探そうにも紙の資料が一切無いな。これだから『Robot World (機械世界)』は……」
「下っ端の人達でも脅す?」
「そうだね……」
チラリ。
二人して項垂れる職員に目を向けると、彼等はブンブンと首を横に振り自分達の無罪を主張し始める。
「お、俺達は何も知らねぇ!! ハイドルファン所長に言われてやってただけだ!!」
「そうだッ、俺達も何も知らねぇ!! 全責任は所長にあるんだ!! ドゥークとやり取りしてたのも全部所長だ!!」
「馬鹿お前!!」
「しまった!?」
脅すまでもなく勝手に自供した下っ端職員だけど、その程度では腐食剤の打ち上げにドゥークが関与している証拠にはならない。
それがわかっているからこそ、エンジュも今の話にそこまで興味を示さない。
「そもそも私は“その前提”でここに来ているからね。欲しいのは供述ではなく物的証拠だ。いい感じの書類が残っていると最高なんだが……ま、ある訳もないか」
機械化の進んだ『Robot World (機械世界)』。
この世界で紙の書類を探すのは、広大な砂漠でオアシスを見つける程度には難しい。
低確率で存在するならともかく、そもそも無い可能性が高い訳で……であれば、アチコチに設置された機械:アトコンを調べる流れになるのは必然。
先ほど打ち上げ用の大砲を破壊した余波で、いくつかのアトコンは煙を上げているものの、モニターを見る限りでは生き残っている代物も多い。
今やデータ見放題となったアトコンから情報を見つけ出すのは、そう難しい話ではないだろう。
「エンジュ、邪魔する人はいないから安心して探していいよ――って、難しい顔してどうしたの?」
「いや、何でもない。えぇ~っと、確かこのキーを押して……」
「え? それは――」
ブツッ。
モニターが真っ暗になったが、当然だ。
彼女が押したのは「電源ボタン」なのだから。
「おっと間違えた。アトコンを触るのは久しぶりでね、ハハハハ……えっと、起動させるのはコレかな?」
ポチっとキーを押したエンジュ。
だが、何も起きないのは当然だ。
彼女が押したのは、文字を打つ為のただのキーだ。
「エンジュ、もしかしてアトコンを触ったことない?」
「ば、馬鹿を言うなッ、私に苦手なモノなどない!!」
「苦手かどうかじゃなくて、触ったことあるかどうか聞いたんだけど……」
「黙れ!! 亀甲縛りされて喜んでいたことを、あの天使くんにバラすぞ!!」
「嘘は辞めてよ。っていうか、わからないならわからないってそう言ってよ。ボクがやるからエンジュは見張ってて」
「………………」
凄く不満げな顔だ。
物凄く不満げな顔だが、それでもここは呑むしかないと思ったのだろう。
渋々アトコンから離れたエンジュに代わり、ボクはアトコンの電源ボタンをポチっと押した。




