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15話:大物達による地獄の密談

「あの小僧を使って、既存の世界をぶっ潰すつもりだろ?」


 地獄の十王が一人、閻魔王の私室にて。

 部屋の主から投げかけられたその問いに対し、白髭の老人は――笑った。


「ブワッハッハッハッ!! ヒィ~~ハッハッハッハ!!」


 目尻に涙を浮かべ、過去に例を見ない程の大爆笑を始めた老人。

 そのあまりにも予想外な反応に、閻魔王の顔が僅かに朱を帯びる。


「おいッ、何が可笑しいんだ!? 俺は大真面目だぞ!!」


「ククククッ、あぁ片腹痛い。ワシがドラノアを使って世界を潰すだなんて……ブワッハッハッハッ!!」


「この髭ジジイ……本気で俺を怒らせたいのか?」


 ピキピキとこめかみに血管を浮かべた閻魔王。

 その朱を帯びた顔を赤黒い煉獄色に変え、文字通りの意味で顔面を炎で燃やす。

 これが一般人なら大人でも漏らしてしまう程の迫力と、冷や汗も一瞬で蒸発する灼熱が老人を襲うも、彼は白い杖を使ってグイッと顔を遠ざけるに留まる。


「悪い悪い。まさかお前さんがそんな戯言を口にするとは思わなんだ。ワシを笑わせるつもりなら合格じゃぞ」


「いいや、俺は大真面目だ。『世界反逆罪』で指名手配中のアンタなら、そのくらいの事を仕出かしても何らおかしくねぇ。そうだろう?」


「ふむ……お前さんは少しばかりワシを買い被っておるな」

 やれやれと、肩を竦めた老人は呆れ顔。

「お主の考察には少々バイアスが掛かり過ぎておるとは思わんか? それに、今の話でドラノアを『火種』と呼ぶには無理がある」


「だとしても、大まかな筋書きがそう外れてるとも思えない。『世界管理術』を狙う以上、26の上限に達した既存世界を何とかする必要があるのは事実だ」


「ホッホッホッ。その“何とかする”が、世界を潰すことだとでも? ワシにそこまでの破壊願望は無いぞ」


「さぁどうかな。口では何と言ったところで、腹の内はわからねぇのが人間だ。ここ最近は大人しくしてるみてぇだが、だからと言ってアンタがこのまま身を引くとも思えない。もしかしたら、腹の内じゃあこの新世界『AtoA』を丸ごと滅亡させるつもりかもな」


「………………」


 無言の後。

 老人は「ふぅ~」と息を吐き、それからゆっくりと窓に目線を向ける。


 ドラノア脱獄の後処理に追われているのか、窓の外では大勢の管理者が忙しなく動き回っていた。

 従順な働きアリである彼等の動きを目で追いつつ、老人はスッと目を細める。


「――仮に、ワシの目的が『世界の滅亡』だとして、それがお前さんの考える“滅亡”と同じかどうかは別問題じゃ。言葉の定義など千差万別。人によってその姿を変える」


「だとしても、みすみす見逃せる話じゃねぇ。どんな定義であろうと『世界の滅亡』がいい話な訳がねぇからな」


「確かに、それもそうじゃな」


 言われて納得。

 老人は「ホッホッホッ」と笑いながら立ち上がり、さも当然とばかりに入口へと向かって歩み出す。

 これで話は終わりだと、閻魔王はそう思って自分の仕事に戻ろうとするも、そんな彼に去り際の言葉が送られる。


「お主の考察は9割方“外れ”じゃ。赤ん坊から出直してこい」


「けっ、そう言って俺を困惑させる気だろ。その手には乗らねーよ」


 老人の言葉は嘘か誠か。

 調べる手立てを持ち合わせている訳もなく、扉の向こうに消える小さな背中を静かに見送った閻魔王。

 彼は轟々と燃ゆる顔面を通常に戻し、「はぁぁ~~」と地獄の底よりも深いため息を吐いた。



 ■



 ~ ドラノア視点:閻魔王と老人の密談が終わった頃 ~


「まいどあり。また御贔屓に~」


 街の広場で営業をしていた小さな屋台。

 そこを切り盛りするドワーフ族の店主に「8000ガルド」近い食事代を払い、残りの手持ちは「3万G」を切ってしまった。

 地獄でボクの教育係だった「赤鬼の獄卒」、脱獄の際に彼から入手したお金も潤沢に使える訳ではない。


(参ったな……見栄を張って、結局ボクが全部驕っちゃった。昔ならこんな散財は絶対しないけど……まぁでも、今日くらいは構わないか)


 パルフェの提案に仕方なく付き合った形だったけど、蓋を開ければ4000年ぶりのまともな食事に舌もお腹も大満足。

 少し軽くなった札束と小銭を握りしめつつ、ボクの判断は間違っていなかったと、自分の行いを無理やり納得させる。


 ただし。

 やはりどうしても「無駄な寄り道」をしてしまった感は否めず、ズレた軌道はそろそろ戻しておくべきだろう。


「それじゃあパルフェ、元気でね。短い間だったけど……って、顔が赤いけど大丈夫?」


「………………」


 ボクの問いに答えはなく、座ったままボーっとこちらを見つめている。

 もしや湖に濡れたのが原因で、今になって風邪でも引いたのだろうか?

 そうだとすれば大変だと、近づいておでこに手を当てるも、おでこの熱よりも先に彼女の口から漂って来た“匂い”に反応してしまう。


「えっ? この匂いって、まさか……」


 嫌な予感がする。

 振り返って屋台を見ると、ドワーフ族の店主がニカッと快活な笑みを返した。


「坊主、上手くやれよ?」


 感謝しろよ、とでも言いたげな顔で。

 太い親指を「グッ」と立てた店主は、自己満足が過ぎる笑みで自分の仕事に戻ってゆく。


(ジュースにお酒を混ぜたのか。なんて余計なことを……ッ)


 意図せぬ飲酒で酔っ払ったパルフェは、早くもウトウトと舟を漕ぎ出している。

 当初の予定ではここで「さようなら」をするつもりだったけれど、流石にこの状況で彼女一人を放置する訳にもいかないだろう。


「パルフェ、歩ける?」


「う~ん……もう、一人は……むにゃむにゃ」


(こりゃ駄目だ)


 一人で漕ぎ出した舟は既に大海原の真っただ中。

 今から舟を呼び戻すのは大変だし、無理やり起こしたところで酒が抜けなければ意味も無い。

 仕方なしにパルフェを背負い、ボクは宿屋通りを目指して歩き始める。


 これだけの大きな街だし、すぐに宿屋は見つかる筈だ、という考えが甘かった。

 大きな街だし、宿屋自体は歩くだけで沢山見かけたものの、いざ受付に行って話を聞くと何処も「満室」。

 コレが普通なのか、もしくは何かのイベントが控えているのか、街が活気に溢れているのは結構なことだけど、早々に彼女を寝かしつけたいボクにとっては不測の事態。


(全く、何処までボクに迷惑かければ気が済むのか……まぁ、今回はあの店主が悪いけど)


 心の中で愚痴を吐きつつ。

 手当たり次第に宿屋を巡るも、表通りの宿屋は全滅。

 そこから一本入った路地の宿屋をいくつか当たり、そしてようやく「空室あり」の宿屋を発見した。


 受付のおじさん曰く、どうやら幸運なことに1部屋だけキャンセルが出たらしい。

 この機を逃してはならないと早々に受付を済ませ、貰った鍵の部屋へ移動。

 簡素なベッドにパルフェを寝かせれば、ようやく肩の荷も降りるというものだ。


「ふぅ~、意外と時間かかっちゃったな。……せっかくだし、ボクもちょっとだけ休憩するか」


 キャンセルが出たのは二人部屋だった為、一応はボクの分のベッドもある。

 4000年振りのまともな寝床、という何物にも代えがたい誘惑を前に、ボクはベッドにダイブしてご満悦のまま眠りに着いた。



 ――――――――

 ――――

 ――

 ―



 “夢の世界”。

 それはもう、紛れもなく夢の様な場所だった。


 嫌な人間は一人もおらず、いるのはボクとパルフェの二人だけ。

 それでも楽しいには事欠かず、ボク等は二人仲良く遊んで暮らしましたとさ。


 おしまい。





「――って、そんな訳あるか!!」





 声を張り上げ、すぐにハッと自分の口を塞ぐ。


(マズいマズい、大声を出したらパルフェが起きちゃう)


 恐る恐る隣を見ると、ゴソリと動いて寝返りをうった彼女が「むにゃむにゃ」と寝言を唱えている。

 何か良い夢でも見ているのか、暗闇の中に薄っすらと浮かび上がる彼女の寝顔は、宝くじに当たったのかと思う程に頬がにやけていた。

 そんな彼女を見守る、ボクの心とは正反対に。


(今、何時だ? ……2時間近く寝ちゃったのか)


 駄目だ駄目だ。

 今のボクは何もかもが緩んでいる。

 気持ちも、覚悟も、地獄で引き締めた何もかも緩んでしまっている。

 こんなんじゃあ駄目だ。


(まだ何も終わってない。始まってもいないんだ。こんなところで遊び惚ける為に、4000年の地獄を耐えて脱獄して来た訳じゃない)


 ジーザスへの復讐はこれからで、脱獄を手伝ってくれたおじいちゃんからは「『Lawless World (無法世界)』へ来い」と言われている。

 そうしなければ地獄に送り返すと脅されているし、流石にこの言葉は無視出来ない。


 無論、ボクの中でジーザスへの復讐よりは優先順位が低いけど。

 それでもパルフェと同じ時間を過ごすこととは、比べ物にならないレベルで優先すべき事項なのは間違いない。

 その為にやるべきことは山積みで、今のボクに無駄に出来る時間など無い。


(パルフェといると、何だか彼女のペースに流されてしまう。これは良くない流れだよ。……よし、決めた)


 隣を起こさないよう静かにベッドから降り、テーブルに置かれていたペンとメモ用紙を手に取った。

 それから20秒にも満たない仕事をこなし、そのまま静かに部屋を去る。


 ボクが去ったその部屋で。

 ぐっすり眠ったパルフェが目を覚ますのは、多分早くても明日の朝。

 その時彼女はテーブルに置かれた1万Gの紙幣1枚と共に、“こんなメモ書き”を見つけることになるだろう。


 『さようなら。ここでお別れだよ』

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