142話:“安くない”
「おっ、こんな鉄くせぇ世界にスーパーカワイ子ちゃんがいるじゃないの。ねぇねぇ彼女、これから俺と一緒に――うぐッ!?」
チェックアウトを済ませ、ホテルを出て数十秒。
パルフェを見かけてナンパしてきた若い男が、股間を抑えての悶絶タイムに突入した。
先に訂正しておくけれど、決してボクが彼の股間を蹴り上げた訳ではなく、テテフが肉の無くなった骨で彼の股間を殴ったのだ。
「パル姉に集る悪い虫は、アタシが全部潰すッ」
骨をゴミ箱に投げ捨てて鼻息を荒くするテテフと、「あはは……」と苦笑いを浮かべるパルフェ。
そんな彼女達二人を引き連れてボクが訪れた場所は――。
「……これは完全に想定外だ。まさか3人で来るとは、一体どういうつもりだい?」
鬼の管理者:エンジュの視線が痛い。
昨夜、彼女と別れる際に決めた集合場所、昨夜ケーキを食べた喫茶店に、ボクとパルフェとテテフの3人で赴いた結果がコレだ。
戸惑いと不満の表情で、彼女が「説明しろ」とボクに圧をかけてくる。
「いやぁ、これには色々と深い事情が――」
「やっほー、鬼さん。私のドラの助と何するつもり?」
発言が斬られた。
パルフェが晴れやかな笑みと共に腕を上げ、笑顔の中に隠し切れない圧を見せる。
隣のテテフは「おー、鬼だ」と素直な反応を見せた程度だが、はてさて、これはどういう流れなのか。
その中心に居るエンジュは「ふむ」と静かに腕を組む。
「とりあえず座ったらどうだい? 立ちっぱなしでは店内で目立ってしまう」
「じゃあ遠慮なく」
まず最初にパルフェが座り、その隣をポンポンと叩いて「ここに座れ」と命じてくる。
断れる雰囲気でもなく、ボクが座ろうとしたところで、テーブルの下から出てきたテテフがスッと着席。
「パル姉の隣はアタシだ」
「わ、わかったよ」
仕方がない。
テーブルの反対側、つまりはエンジュの隣に座ろうとしたところで、パルフェが“魂乃炎”を発動。
『ぬるぬる』にした髪の毛でボクを掴み、自分の膝の上に無理やり座らせた。
「ちょっとパルフェ、流石にお店でコレは……」
「何? 私の上より鬼さんの隣がいいの?」
「そういう訳じゃないけど……」
それなりに人もいる店内で、この格好は恥ずかしい。
加えて、隣からの視線も痛い。
「ズルいぞお前。アタシもそこがいい」
今度はテテフだ。
ボクの上に這い上がり、テーブルとの狭い隙間に無理やり身体を入れ込んでくる。
結果、1人分のスペースに3人が座る事態となった。
「……おい、私は何を見せつけられてるんだ?」
エンジュのお言葉はごもっとも。
このままではまともな話も出来ないので、テテフをパルフェの膝に載せ、ボクは彼女達の隣に座る形で決着をつけた。
――――――――
「――で、私のドラの助に何の用?」
座る場所も落ち着き、飲み物の注文も終えたところでパルフェが火蓋を切る。
随分と攻撃的な雰囲気だけど、その質問自体はボクも非常に気になるところだ。
「ドラノアくんが喋ったなら、もう天使くんも知っているだろう? 彼にはこれから仕事をして貰う。せいぜい数日かそこらだよ」
「その具体的な内容を聞いてるの。危険な仕事だったら断るから」
「おや、どうして天使くんが決めるんだい? 私はドラノアくんに頼んでるんだよ。キミは関係無い」
「関係あるもん。ドラの助の体調管理は私の務め、無理なことは絶対にさせないんだから」
「……と、天使くんがそう言っているが?」
ここで鬼の管理者:エンジュが視線をボクに投げる。
これ以上パルフェと話しても埒が明かないと思ったのだろう。
ここまで過保護にされると、ボクとしても今後の行動に支障をきたしそうで不安が残る。
「ねぇパルフェ、出かける前も言ったけどコレは必要なことなんだよ。ちょっと協力するだけで管理者に狙われなくなるなら、これは安い買い物だと思うんだけど」
「安くないよ。私が大好きな人が身体を張るんだもん。安くなんかない、絶対に」
(パルフェ……)
その真剣な眼差しに何だかジーンときた。
流れる涙もないのに目頭が熱くなり、そんなボクの顔にボフッと尻尾がぶつけられる。
「お前は、もうちょっとだけ自分を大切にしろ。肉を持った時くらい丁寧に扱え。いいな?」
「え? あ、うん……ありがとう?」
例えがよくわからないものの。
テテフも心配してくれているらしいことは伝わった、が、その間も尻尾がボフッ、ボフッとボクの顔に叩きつけられる。
モフモフなので痛くはないけれど、大事にしろと言うなら雑な扱いは辞めて頂きたい。
「おいおい、茶番もいいけど結局どうするんだい? 仕事を引き受けるか否か、それが全てだよ」
蚊帳の外だったエンジュが真面目な顔で話を本線に戻す。
「先に言っておくと、別にここで断ったからと言ってキミ達に襲い掛かったりはしない。引き受けない可能性も考慮して、ドラノアくんには仕事の内容を伝えなかったからね。ただ、私はキミ達と楽しくお茶をしにきた訳じゃない。――1分だ。それで結論を出せ」
与えられた時間はそう多くない。
ただ、既に結論が出ている問いにそんな時間は要らない。
「手伝うよ。パルフェとテテフは先に帰ってて」
「お前ッ……」
いの一番にテテフが動揺する。
ボクがどうこうというより、ボクの答えを聞いたパルフェを心配したのだろう。
パルフェが怒るかもしれないし、泣き喚くかもしれないと。
しかし、そんな心配は杞憂だ。
「――わかった。ドラの助がそうしたいなら、これ以上は言わない」
「パル姉、それでいいのか?」
「うん。ドラの助が考えて、それで決めたんなら仕方ないよ。鬼さんから泥棒猫の匂いがしたら断ってたけど、今のところそんな匂いもしないし」
「そうか?」
ここでテテフがテーブルに乗り。
エンジュの身体、その匂いをクンクンと嗅ぐ。
そして一言。
「ちょっと匂うぞ?」
「し、失礼な……ッ!!」
流石のエンジュも「匂う」発言にはショックを受けた風だけど、まぁこの場合は「臭い」という意味では無いだろう。
泥棒猫臭というのが理解不明だけど、あまり気にしてもしょうがないというか、脱線ばかりの話を加速させても時間の無駄だ。
「ちなみに狐くん。一応聞くけど、別に臭い訳じゃないだろう? お風呂は絶対欠かさないし、ボディーソープだって結構値が張るやつを――」
などと自分から脱線を始めたエンジュをさて置き。
パルフェが腕を伸ばし、ボクの量頬に手を添える。
「私、好きな人の邪魔はしたくないの。だからドラの助がやるって決めたんなら、それを最大限尊重する。すぐに無茶するドラの助に“無茶するな”とも言わない。――でも、約束して。必ず私の元に帰って来るって」
「うん、必ず帰るよ。だからテテフと二人で待ってて」
「……うん」
悲し気に、寂し気に、それでもパルフェは笑って頷いた。
――何か一波乱起きるのではないか?
そんな風にヒヤヒヤしていたこの面子での邂逅は、最低限のヒヤヒヤだけで幕を下ろした結果となる。
その後は給仕ロボットが運んで来た飲み物を急いで飲み、パルフェに『ポータブル世界扉』を渡して解散。
ボクはエンジュと行動を共にし、パルフェとテテフは一足先に隠れ家に戻った――そうだとばかり思っていた。
しかし、人間万事塞翁が馬。
後腐れなく別れたと思っていた筈の二人は、実はこの段階ではまだ隠れ家に帰っていなかったのだ。
それなら彼女達が何をしていたのかと言えば、ボクとエンジュの後を二人でコッソリとつけていた、訳でもない。
彼女達は普通に帰ろうとした。
しかし、この時の彼女達は隠れ家に帰れない状況にあった。
より正確を期すなら。
“『ポータブル世界扉』が使えない状況にあった”ことを、この時のボクは知る由もなかった。




