141話:甘い物と引き換えに
「――で、何でボク等は喫茶店に?」
「立ち話もなんだろう? ここは深夜でも空いてるし、甘い物でも食べつつゆっくり話すのも悪くないと思ってね。私の奢りさ」
街中にある落ち着いた喫茶店、その窓際のテーブル席。
鬼の管理者:エンジュに付いて来た結果、ここまで来た意味を求めたら「先の答え」が返って来た次第だ。
ゆっくり話すのが悪いとは言わないものの、この組み合わせで話すは「アリ」なのだろうか?
「敵同士でお茶なんておかしくない? 他の管理者に見られてもいいの?」
「文句を言う割に、ケーキをバクバクと食べているのは何処の誰だい? それも私のお金で」
「甘い物の前では敵も味方もないよ」
「おいおい、さっきと言ってることが矛盾してるんだが?」
ヒョイと肩を竦め。
それから彼女もケーキを一口食べ、モグモグと噛み、紅茶で流し込んでから口を開く。
ここまでは余談で、ここからが話の本番だ。
「『Robot World (機械世界)』の覇者:ヤーイング。彼が先日亡くなったのは知っているかい?」
「あー、うん。ホテルのテレビでそのニュースを見たよ。結構な高齢だったみたいだね」
「そう、ヒト族の中では現役最高齢の覇者だったが……まぁそこはいい。重要なのは覇者が亡くなったという事実。つまり今、『Robot World (機械世界)』に覇者は不在となる。だから私は“次の覇者”を見定めに来たんだ。その筆頭候補だったドゥークが、本当に覇者に相応しいかどうかをね」
「えっ、次の覇者をエンジュが選ぶの?」
年齢的にはパルフェと大差ないだろうこの少女が?
それとも吃驚するほど童顔なだけで、実はそれなりに年を取っている……という訳でもなさそうだ。
当然、彼女もそれを否定する。
「私が選ぶ訳じゃない。本部のお偉いさんが選んだ覇者候補を調べるだけ。言わば“身辺調査”とか“素行調査”みたいなものさ。いくら覇者に求められるものが『強さ』だとは言え、『全世界管理局』に反する思想を持っていたり、裏で犯罪を助長していたりすれば大問題だからね」
「なるほど、流石にそこまでの権限は持っていないと。まぁ覇者の調査を任されている時点で凄いけど」
「フフッ、褒めても何も出ないよ。だけどケーキの追加注文は認めよう」
「えっ、いいの? エンジュって凄く良い人だったんだね。管理者なんか辞めてウチの組織に来たら? いつでもボクに甘いモノ奢っていいよ」
「……キミの倫理観はそれでいいのかい?」
呆れた目を向けてくる彼女が前言撤回する前に、ケーキを追加注文しよう。
なお、この喫茶店は店員を呼ぶシステムではなく、テーブルに設けられた端末で注文する仕組みだ。
モンブランとミルフィーユで悩んだ末、2つとも注文する渾身の一手でピンチは凌いだ。
「それで、身辺調査の結論は出たの? ドゥークって言えば、確か『ブーリアン・カンパニー』のトップでしょ?」
「あぁ。実力だけを見れば“ギリギリ及第点”といったところだが、影響力は覇者として申し分ない。ただ、奴には黒い噂が絶えなくてね。その筆頭たる地下のジャンク街は相当グレーな場所だ。ここを運営しているゴーマンとドゥークに繋がりがあれば、『全世界管理局』としてもドゥークを覇者として認める訳にはいかない」
「それはつまり、繋がりがあると予想して調べてるってこと?」
「悪くないない推察だね。実はドゥークを覇者にするかどうかは、『全世界管理局』内でもかなり意見が分かれているんだ。そこで私がコッソリ視察に来たという訳さ」
「そっか、お仕事頑張ってね。それじゃあ」
嫌な予感がする。
これ以上の長居は無用だと席を立つも、ちょうどそのタイミングで給仕ロボットがやってきた。
ボクが追加注文したモンブランとミルフィーユを頭に載せており、アレを無視したまま帰ることは流石に憚られる。
というより。
立ち上がったボクの左肩を、エンジュがグイっと押さえつけていた。
「何の為にケーキを奢ったと思っている? キミはこれから仕事をするんだ」
「いやいやお構いなく。ケーキ代も自分で出すから気にしないで」
「駄目だ。元よりキミと私は敵同士。見逃す訳にはいかない――が、条件付きでキミを見逃すつもりだ」
「条件?」
「あぁ。しばらくの間、私の部下として働くんだ」
「……へ?」
■
~ 翌朝 ~
ホテルのベッドで目を覚ますと、4つの目玉と目が合った。
パルフェとテテフの二人が、何故かボクの顔を覗き込んでいる。
「……おはよう二人共。何してるの?」
「ドラの助の寝顔を愛でてたの。今日は随分と珍しくお寝坊さんだなぁと思って」
「アタシは愛でてない。見てただけだ」
ツンとした顔でテテフが離れ、逆に中々離れないパルフェの顔を退かしつつ身体を起こす。
――結局、昨夜は午前1時過ぎにホテルへと戻った。
「すぐ戻る」と言って出て行ったボクの帰りをパルフェは起きて待っており、ただただ平謝りする他なかったのは今更の話。
それでも、1カ月音沙汰無かった無人島に比べたらマシな訳で、事情を話したらパルフェも納得してくれた次第となる。
(ま、エンジュの話はしてないけどね……)
あの鬼の管理者についてパルフェに話すと、事態がややこしくなりそうな気がする。
何となくそんな気がする程度の感だけど、ボクの嫌な予感はそこそこ的中するので用心するに越したことはないだろう。
それよりも、気にするべきは時間だ。
壁の時計に目をやると既に10時を過ぎており、あと1時間弱でチェックアウトの時間となる。
「もう10時か、出かける準備しなきゃだね。二人は今日、隠れ家に帰るってことでいいよね?」
「うん。アトコンも買ったし、いよいよ本格的なビジネスウーマンデビューだよ♪ ――って思ってたけど、ドラの助は違うの?」
「う~ん、ちょっと野暮用が出来て……」
「何だお前、一人だけ残って遊ぶつもりか? 肉の独り占めは許さんぞ」
ピョンと跳ね、テテフがベッドに仁王立ち。
小さな身体でボクを睨み下ろすも、全てに「お肉」が絡む彼女の思考は、少々話の腰を折り過ぎている気配がある。
「お肉は関係無いけど、おじいちゃんから頼まれた仕事で色々あってね。もうちょっと『Robot World (機械世界)』に残らなきゃならないんだ」
「そうなの? だったら私も残る」
「パル姉が残るならアタシも――」
「待った待った。皆で残っちゃうとまたホテル代とか嵩むし、二人は先に帰っちゃってよ。ほら、もう『ポータブル世界扉』も使えるみたいだし」
前回の使用からほぼ1日が経過。
光を失っていた『ポータブル世界扉』は、サイドテーブルの上で青い輝きを取り戻している。
渡航に必要なエネルギーが溜まった証拠だけど、しかし帰れる手段があることと実際に二人が帰るかどうかは別問題。
「ドラの助が帰らないのに、私達だけ隠れ家帰るのも……ねぇ?」
「そうだぞ。お前、何か隠してるな? 仕事とか言って、一人で肉祭りやるんじゃないのか?」
「だからお肉は関係無いって。ちょっと人と逢うだけだよ」
「その女の人と一緒に何するの?」
ニコニコと、パルフェは花が咲いたような彼女らしい笑顔を浮かべている。
本来は心休まる筈の笑顔が、少しばかり怖いのは気のせいだろうか?
「それは……具体的に何するかはボクも知らないけど」
「へぇ~、“女の人”っていうのは否定しないんだ?」
「………………」
ハッキリ言って、痛恨のミスだった。




