138話:おじいちゃんの頼み事
少々込み入った話になる。
仕事のノルマがある機械人間:パドックには帰って貰い、それからここに至るまでの経緯を機械技師:ゼノスに語った。
ボクが秘密結社:朝霧の一員であり、組織の長:おじいちゃんから人探しを頼まれたこと。
紆余曲折を経てこのジャンク街に辿り着き、そして探し人であったゼノスをたまたま見つけたこと。
そんな話の最後におじいちゃんから預かった手紙を出すと、ゼノスは修理の手を一旦止めて、受け取った手紙に視線を落とした。
何度か視線が左右を行き来したところで、ゼノスは静かにため息を吐く。
「『原始の扉』を見て欲しいとは、これまた随分と難儀な注文じゃねぇか」
(えっ? おじいちゃん、そんなこと書いてたんだ……)
驚愕とまではいかないものの、『原始の扉』を話題に出していることに少々驚いた。
気軽に口外していい話ではなく、おじいちゃんから相応の信頼を得ていると見える。
「ねぇ、ゼノスって何者? おじいちゃんとは昔からの知り合い? もしかして朝霧の仲間だったりする?」
「馬鹿言うな、仲間になった覚えはねぇよ。それよりお前……あー、ドラノアだったか? 今すぐ帰ってじじいに伝えろ。手を貸すつもりは無い、俺はここを動かねぇってな」
「一応聞くけど、どうして?」
「見ての通り、今の俺はジャンク街で唯一の“機械技師”だ。壊れた機械人間を直せるのは俺しかいねぇ。見張りにやられたり、仕事で事故ったり、毎日誰かしら訪ねてくる。ほんの数日でも家を開ける訳にはいかねぇだろ」
「……そっか」
強制的に連行する――それが可能か不可能かはさておき、先程の理由を並べられたら無理強いする気にもならない。
機械人間の修理を再開した彼を、誰が無理やり連れ出せようか。
――とはいえ。
だからといって「はい、さようなら」と帰るのも何だか癪。
頼まれた手紙を渡して居場所の特定は済ませたものの、せっかくここまで来たのだから、何かしら得るモノを得てから帰路に着きたい。
「ねぇ、ゼノスは何でジャンク街にいるの? 全身の機械化はしてないみたいだけど、単に実験の順番待ち? それとも奴隷として連れてこられた訳じゃなくて、自分の意思でここに来たとか?」
「うるせー、黙ってろ。今こいつの修理中だ」
「………………」
集中しているのか、それとも警戒しているのか。
彼に関する情報を今ここで引き出すのは難しそうだ。
「だったらさ、ゼノス以外のことなら教えてくれる? ボク、この街でわかんないことがいくつかあるんだよね」
「だから帰れって。俺はお前の先生じゃねーぞ」
「まーまー、そう言わずに。それで質問なんだけど、何で植物族と機械人間って仲悪いの? 植物族の戦士達に殺す勢いで襲われたんだけど」
ピタリ。
ここでゼノスの腕が止まった。
「あいつ等に襲われて逃げ切れたのか?」
「一応ね。これでもそれなりに動けるよ」
「……へぇ」
片腕のボクが、植物族の戦士達から逃げ切ったことに驚いているらしい。
クロの右腕はまだ見せていないけど、彼も自身のことを秘密にしているのだから“おあいこ”か。
「なるほど、ただのパシリって訳じゃなさそうだな。別に手ぶらで帰らせても構わねぇが、ジャンク街の連中に手を貸してくれた心意気を買ってやる。茶を淹れてこい」
~ 10分後 ~
「……お前、茶の一つも淹れられねぇのか? 何で鍋が丸焦げになってんだよ?」
「いやー、それがさっぱり。鍋に水と茶葉を入れて、火にかけただけなんだけど……」
「いきなり茶葉を入れてんじゃねーよ。ってか、湯を沸かすなら電気ケトル使えよ。原始人かテメェ?」
痛い。ゼノスの視線が非常に痛い。
お茶の一つも煎れられない「使えない奴」の烙印を押されてしまった。
(電気ケトルなんて孤児院に無かったし……っていうか、ケトルって何? そもそも、そこまで言うなら自分で淹れればよくない?)
という思考は、流石に逆ギレ扱いされても致し方ないか。
そんなこんなでお茶一つ淹れることが出来なかったボクは、結局ゼノスが淹れたお茶を片手に彼の話を聞くことになった。
故障した機械人間の修理は相変わらず続いており、今は分解した脚の部品をアレコレやっている最中らしい。
「で、何を聞きたいんだ?」
「ん~、やっぱり植物族のことかなぁ。彼等ってあんなに怖かったっけ? 確かに閉鎖的なイメージはあったけど、里に入っただけで殺しに来るなんて、流石にやり過ぎな気がするんだけど」
「まぁ色々あったのさ。“噴火大樹”を巡ってな」
「……噴火大樹?」
「植物族の里にある世界最大級の樹木だ。幹の上部は火口みたいにぽっかりと穴が開いていて、そこに花粉を溜め込んでいる」
「あー、あの物凄く大きな木か」
ボク等が『Robot World (機械世界)』に渡航した際の着地点。
植物族の里、その中心にあった大樹を「噴火大樹」と言うらしい。
ゼノスの言う通り、幹の上部には穴が開いていて、中には桃色の何かが溜まっていたけれど、どうやらアレが大樹の花粉だと思われる。
「5年に一度、噴火大樹は溜め込んだ花粉を物凄いエネルギーで飛散させるんだ。それを“花粉噴火”つってな、その件を巡ってこの街と植物族の争いが始まったのさ。かれこれ四半世紀は前の話だ――」
■
ゼノスは語った。
始まりは25年前。
『Robot World (機械世界)』の人口は年を追う毎に増加し、当時の覇者は首都に次ぐ大規模な街の開発を迫られていた。
その際、土地選びで重要なポイントとなったのは『地下の電気溜まり』。
星の金属化による影響なのか、『Robot World (機械世界)』の地下には大量の電気が眠っており、そこから電気を採取しやすい場所として今のリンデンブルグがある土地が選ばれた。
南側には古くから暮らしている植物族の里もあったが、彼等は排他的な文化で対話そのものを拒否。
結局は話し合いも行われないまま、押し切る形で都市開発は進められる。
――異変が起きたのは4年後。
噴火大樹が“花粉噴火”を起こし、飛ばされた花粉が偏南風に乗って開発中だった街を襲った。
大量に降り注いだ花粉は機械系統の回路に付着し、あちこちで火の手が上がった結果、都市機能は完全に麻痺。
被害を被った人々の怒り、その半分は噴火大樹に向けられ、残りの半分は当時の市長に向けられたとゼノスは言う。
「ボクにもわかるよ。何で“花粉噴火”の対策をしなかったのかって話でしょ? 今の話を聞いただけでも、噴火大樹を放っておくのが危ないってわかるのに」
誰でも思う当然の意見を述べると、ゼノスは「仕方なかったのさ」と当時に市長を擁護する。
「当然、噴火大樹を伐採してから都市開発を行うべきだと、そういう意見は最初からあったさ。ただ、植物族は対話に応じないし、そもそも開発が始まった当時と今では“風”が違う」
「風が違う? ……どういう意味?」
「今、この周辺に流れているのは“編南風”といって、南から北に流れている風だ。しかし、都市開発が始まった当初は“編北風”――つまり北から南に風が流れる、今とは真逆の風だったのさ」
「えっ、そんなことあるの? 風の流れが真逆になるなんて……」
「確かに珍しいが、無い話じゃねぇさ。自然が金属化し、オイルの雨が降る世界だぜ? それに当時の連中を庇う訳じゃねぇが、開発が始まる前の“花粉噴火”では、リンデンブルグの開発予定地に花粉は降ってこなかったらしい。それでGOサインが下され、開発が始まった後に風向きが変わったんだ」
徐々に金属化してゆく星。
それに対する「自然の怒り」だと、そう解釈する人もいるらしい。
ともあれ。
噴火大樹が存在する限り、リンデンブルグの街は“花粉噴火”の脅威に怯える日々が続く。
指導力を試された当時の市長は、噴火大樹の強行的な伐採を試みたが、植物族の激しい抵抗により失敗。
両者共に大きな被害を出し、機械人間と植物族間の緊張は一気に高まる事となる。
失敗の責任を追及された市長は、次なる手として『Robot World (機械世界)』の覇者に状況の鎮静化を懇願した。
それを受け、覇者自ら植物族の里へ交渉に乗り出すも、結果としては門前払い。
遂には業を煮やして実力行使に出るも、「植物族の“里長”」と「覇者」の実力は拮抗して決着が着かず、それからしばらくは膠着状態が続く。
次に事態が動いたのは、更に5年後のこと。
リンデンブルグは2度目の“花粉噴火”に見舞われ、前回の比ではない甚大な被害を被った。
都市機能の復興には実に1年を費やし、特に身体への被害も出た機械人間の怒りは臨界点を迎えていた。
噴火大樹を守る植物族と戦うか、それとも街を捨てて出て行くか。
機械人間とそれ以外の人々でも意見は対立し、街中の緊張感がこれ以上なく高まり――そこに“とある男”が声を上げる。
『街全体をドームで覆うんだ。そうすれば花粉だけでなく、オイルの雨からも街を守れる。この街は機械人間の楽園になる』
そう提案したのは一人の機械技師。
人々は彼を「ドゥーク」と呼んだ。




