131話:臭う雨、痛い雨
雨が臭い。
そう告げたパルフェの言葉で、ボクはこの「雨の正体」に察しがついた。
「これ、もしかして“オイル”?」
「それだよそれ!! オイルの雨が降ってるんだよ!!」
「なるほど、だから植物族の戦士は引き返したのか。これも自然が金属化した影響なのかな?」
「いやいや、冷静に分析してる場合じゃないって。何処かで雨宿りしないと全身ベトベトになっちゃう」
うへぇ~と嫌そうな顔をする、彼女の意見にはボクも同意。
ハチミツ塗れでベトベトになるならともかく、ちょっと臭うこのオイル塗れになるのは嫌だ。
「本降りになる前に避難しよう。どこか良い場所があればいいけど……」
「おい、あっちで雨宿り出来るぞ。クルッて反った鉄板がある」
いつの間に浮いたのか、空から聞こえてきた幼い声に対応力の早さを実感する。
こういう時に彼女の能力は重宝する――というか、宙に浮ける能力はいつでも重宝出来る代物か。
「ナイステテフ。そこまで案内してくれる?」
「任せろ」
力強く頷いたテテフが先導者。
オイルによって滑りやすくなった鉄の地面を、ボクとパルフェは半分滑りながら移動。
やがて剥がれたポスターの端っこみたいに、「クルッ」と沿った鉄板の地形を見つけ、これまた滑り込むようにその中へと避難する。
「いやー、参ったね。まさかオイルの雨が降るなんて。二人とも大丈夫?」
「私は大丈夫、って言いたいところだけどさ、ちょっとお肌がヒリヒリしない? テプ子はどう?」
「ん、言われてみればそんな気もするぞ。臭くて痛い雨だ」
「そうなの? ボクは特に感じないけど……でも二人が言うならそうなんだろうね。オイルの中に変な成分でも入ってたのかも知れない」
こうなると早めにオイルを洗い流したいところだけれど、当然ながらこんな場所に真水のシャワーなどある筈もない。
効果の程は不明だけれど、一旦パルフェの『ぬるぬるハチミツ』を身体に塗って応急処置を済ませた。
その後、パルフェの視線は自然とザーザー振りの外へと向く。
いつまで降るんだろう? と言いたげな瞳だけれど、そこについては比較的明るい答えを返せそうだ。
「雨雲の向こう側が明るいし、あんまり長くは降らなそうだね。雨が止んだら出発しよう」
~ 数十分後 ~
しばらくしてから雨は止み、ボク等は改めてリンデンブルグの街を目指した。
その際、ボクを見るテテフの視線が痛いのは決して気のせいではない。
「おい、パル姉から離れろ。ニヤニヤするな」
「ニヤニヤしてないよ。そもそも離れろって言われても、パルフェを背負ってるから無理だし」
視線が痛い理由はコレだ。
出発前に「疲れたからおぶってー」と、甘えた願いを告げたパルフェが原因。
あまり甘やかすのも良くないとボクは一度拒否したものの、“真っ当な理由”を述べられた為に拒否出来なかった結果となる。
『私がこんなに疲れてるのは、二人を矢から守る為に“変身”したせいなんだよ? その上『ぬるぬるハチミツ』を3人分も提供したこの私を置いてくの?』
という言い分を前に、無下に断ることも出来ず今の状況に至る。
なお、片腕だと背負うのが厳しいのでクロの右腕も使うことになるけれど、その際、右腕の先端が“勝手に動く”のは今のところどうしようもない。
「ほらクロ美ちゃん、ハチミツあげるよー」
「シャ~♪」
「うんうん、いい舐めっぷりだねぇ」
背中のパルフェが懐から取り出した片手サイズの容器。
そこから垂れてくるハチミツを舐めて、クロが美味しそうに「シャララ」と喉を鳴らす。
――『Closed World (閉じられた世界)』の洞窟で久しぶりに目覚めて以降、ハチミツを与えるパルフェに完全に懐いてしまっている状況だ。
とはいえ、ここにはクロよりもパルフェに懐いている人物がいる訳で……。
(ん?)
背中がが急に重くなった。
テテフがぴょんと跳ね、パルフェの背中に飛びついた結果か。
「お前が離れないなら、アタシがもっとパル姉に近づく。これでおあいこだ」
「えぇ~? テテフは一人で歩けるでしょ。空も飛べるのに」
「まぁまぁ、ドラの助なら楽勝でしょ? 私たち二人を背負うくらい」
「………………」
「え、何で黙るの? 楽勝だよね? も、もしかして私って重い?」
「あーいや、そこまで重くはないというか、むしろあんまり重く感じてない自分に吃驚してるんだよ」
ボクの小柄な身体で彼女達二人を背負っているというのに、割と普通に歩けている。
勿論「重さ」は感じているし、戦いとなれば身軽には動けないだろうけど、ただ運ぶだけなら大きな支障を感じない。
「これもクロのおかげなのかな?」
そう問いかけてみたところで、ハチミツに夢中なクロは返事を返さない。
ボクの口にハチミツの甘みが広がっているのは結構なことだけれど、意思疎通に少々問題があるのは相変わらずか。
「っていうかパルフェ、何でハチミツを“哺乳瓶”に入れてるの? 前は水筒に入れて持たせてくれたよね?」
「えへへ、哺乳瓶の方がドラの助には似合うと思って」
「………………」
あまり深堀しないでおこう。
ボクの自尊心が何処かへ吹っ飛びそうだし、それよりも前方に見つけた“動くモノ”の方が重要だ。
一番上にいるテテフもそれに気づいたらしく、同時に「ヒヒーン」と鳴き声も聞こえてきた。
「おい、何だアレ? もしかして馬か? でも身体が鉄っぽいぞ?」
「鉄の馬、だね。これも自然が金属化した影響らしいよ。確かあーいうのを……えっと、何て言うんだっけ?」
「“鉄皮ノ獣”だよ。『Closed World (閉じられた世界)』の岩奇獣と違って、赤ちゃんの時は普通の動物の姿なの。大人になるにつれて身体が金属になるんだって」
流石パルフェ。
20人もの家庭教師がついていたのは伊達ではなく、思考はともかく、知識に関してはそれなりに頼りになる。
「パル姉、アレは襲ってくるのか?」
「馬なら大丈夫だと思うよ。それにもし襲ってきても、ドラの助が何とかしてくれるし」
「まぁ、二人がボクから降りてくれてくれたらね」
軽く嫌味を言いつつ、念の為に馬の鉄皮ノ獣と距離を開けて進む。
襲ってくるどころか、むしろボク等に気づいて離れて行ったところから察するに、その生態は普通の馬とそんなに大差は無いのだろう。
更に歩を進めてリンデンブルグの街に近づくと、今度は空を飛ぶ鳥の鉄皮ノ獣を発見。
馬の例に倣えば大して気にする必要も無いけれど、しかしその目から“緑色の光を出している”のは無視できない。
「パルフェ、あの光は?」
「う~ん、私もちょっとわかんないかな。普通の動物と大差ないってくらいしか知らないもん。目から光を出す鳥なんていたっけ?」
「多分いないと思うけど……」
夜目が効くとか、そういう次元の話ではなく、本当に目から光を出して辺りを照らしている。
それもよくよく観察すると、ほとんど同じコースを旋回しているようにも見える。
「もしかして縄張りを見張ってるのかな? あの光で侵入者を探してるとか」
「見つかったらどうなるんだ?」
「それは――」
わからない、と口にする前。
頭上から“緑色の光”がボク等を照らした。
どうやら前方の鳥とは別に、ボク等の頭上を飛んでいる鳥もいたらしい。
と思った次の瞬間、緑色の光が“オレンジ色”に変わる。
(ん、何だ?)
ちょっと吃驚して固まっていると、数秒後には何事も無かったかのようにオレンジ色の光が緑色に戻る。
頭上の鳥は羽ばたきを辞め、そのままゆっくりと旋回行動に戻っていった。
緊張していたボクら3人は、同時に「ふぅ~」とため息を吐き、最初にパルフェが口を開く。
「はー、吃驚した。よくわかんないけど、とりあえずは大丈夫ってことでいいのかな?」
「多分ね。少なくとも餌だとは思われなかったみたい」
「万が一の時はコイツを餌に差し出すつもりだったけど、出さずに済んだぞ。良かったな」
ボクの頭をモフモフな尻尾で叩き、自然にサラッと毒を吐いたテテフはさておくとして。
それから5分ほど歩き、ボク等はようやく目的の街:リンデンブルグに辿り着いた。
■
一言に「街」と言っても、その造りは千差万別。
山の頂上にある街もあれば、地下の空洞に造られた街もある。
そういう意味では。
この工場都市:リンデンブルグは、地面が鉄板であることを除けば普通の場所にあるものの、しかしその全体像はこれまでの街と一線を画している。
“それ”を見上げ、ボクの口から感嘆の息が漏れた。
「おおー、これは凄いね。遠くからだと薄っすらとしか見えなかったけど、本当に街が“透明なドームに覆われてる”よ」
「機械が雨で濡れないように、街全体をドームで覆ったらしいよ。凄いこと考えるよねー」
街の中央にそびえ立つタワーは500メートルを優に超えているが、透明なドームはそのタワーをも内包して街全体を覆っていた。
よくよく見ると巨大な透明ドームを支える「屋台骨」みたいなモノも見えるけれど、この規模で街を覆い、尚且つ崩れずに保たれているのは素直に驚愕に値する。
ただし、リンデンブルグの街が凄いのはドームだけではない。
上よりも下を、街中を見たテテフが急に声を弾ませる。
「おいッ、道が勝手に動いてるぞ!! あっちは乗り物が地面から浮いてるしッ、建物はどれも高いしッ、おっきなモニターがアチコチにあってッ、人も多いしッ、それからそれから――」
「まぁまぁ落ち着いてテテフ。急がなくても何も逃げないよ。とりあえず先に宿を探そう」
「私も賛成~。雨の痛みは引いたけど、オイルとハチミツでベトベトだし早くシャワー浴びなきゃ。服も着替えないとね」
そういう事情もあり、今はアトコンよりも宿屋探しが最優先。
『ポータブル世界扉』のエネルギーもすぐには溜まらないので、どのみち街で一泊するのは確定だ。
いつまでも街の入口付近で屯していてもしょうがないので、宿を探して歩き出す――そのタイミング。
「リンデンブルグへようこソ。お待ちしておりましたヨ」
(ん?)
内心の警戒度を静かに上げる。
声を掛けてきた人物は“機械の顔”を持つ女性だった。




