127話(3章最終話):これから
「……凄いね。写真で一度は目にしてたけど、本当にこんな物が実在してるなんて」
――息を飲む。
飲まざるを得ない。
写真で見た通りだ。
隠された通路の先には、色取り取りの宝石で彩られた豪奢過ぎる空間があった。
奥には祭壇の様な場所があり、その中央には細かな装飾が施された“黄金の大剣”が突き刺さっている。
刀身が隠れているため正確な長さはわからないが、姿を見せている部分だけでもレオパルドより大きいのは間違いない。
「聞いた噂じゃあ“神の黄金刀”なんて呼ぶ連中もいるらしい。『AtoA』が出来る前に絶滅した“神族”が作ったとか何とか。まぁ採掘者の意欲を呷る為にでっち上げた話だろうけどな」
「でも、そう言われても納得しそうな雰囲気だよ。本当、誰がこんなの作ったんだろう?」
見れば見るほど引き込まれてしまう、不思議な存在感を放つ“神の黄金刀”。
実は全部金メッキでした、と言われた方が納得してしまいそうだけど、神々しい程のオーラを放つ黄金刀にそんなオチはつかないだろう。
恐らく純金。
歴史的な価値はわからないけれど、「金」としての価値だけでも億どころの話ではない。
むしろこの黄金刀によって金の価値が変わりかねない、それほどの存在だ。
「好きなのを持っていけ」
「え?」
まさかの言葉がレオパルドから放たれた。
聞き間違いを疑いつつ視線を彼に向けると、クイッと顎で黄金刀を示す。
「あの剣も欲しいならくれてやるよ。バグを倒してくれた礼だ」
「えっ、本当にいいの? 最初に見つけたのはレオパルドでしょ?」
「構わねぇ。俺が10年探し求めたモノが、お前さんのおかげでようやく見つかったんだ。結末は知っての通りだが、それでもコダックの仇が討てた。それだけで俺は十分だ」
「……そっか。それじゃあお言葉に甘えて」
棚から牡丹餅どころの騒ぎではない。
少々話が美味過ぎる気もするけれど、コノハに数百万単位の借金がある身として乗らない手はないだろう。
もしかしたら。
この大剣をボクに抜けないと思っているのかも知れないけれど、あまり舐めてもらっては困る。
『おいドラ坊、言うまでもねぇが黒ヘビは当分使うなよ?』
――ここに来る前。
コノハに言われた助言を無視し、右肩の包帯をビリビリと破り捨てる。
毎度の様にクロを出し、大剣を咥えて引き抜こうとするも……。
「シャーッ!!」
「ん?」
大剣を前に、クロが大口を開けて威嚇。
それからボクの意に反し、右肩にしゅるりと引っ込んでしまう。
「クロ、どうしたの? あの黄金刀を抜きたいんだけど」
「………………」
右肩に話しかけても返事はない。
ボクの身体に戻ったクロは、結局そのまま出てこなくなった。
(虫の居所が悪かったのかな……?)
「何だ、やめるのか?」
「う~ん、何かクロの気分が乗らないみたいで。また今度でもいい?」
「あら、それなら私が貰うわ」
(ん?)
聞き覚えのある声がしたかと思えば、“ポケットから腕が出てきた”。
「ひッ!?」
慌ててポケットの中身を投げ捨てる。
すると、地面に落ちた「絵葉書」の中から、見覚えのある吸血鬼族の女性――クオン(大人)が姿を現す。
どうやらボクのポケットの中で、更には絵の世界に籠っていたらしい。
思わぬ人物の登場に、レオパルドが「むっ」を眉根を寄せる。
「お前さんは……確かチビ助の仲間だったか?」
「その認識はちょっと違うわね。正確には下僕のご主人様よ。ほら下僕、100回まわってワンワンオって鳴きなさい」
「回らないし鳴かないよ、犬じゃないんだから。っていうか、犬でも100回まわってワンワンオとは鳴かないでしょ」
「あらやだ、ご主人様に口答えする気? 躾がなってないわね。野良犬なのかしら?」
「そもそも犬じゃないんだって」と、まともに指摘したところであまり意味は無さそうだ。
それから何食わぬ顔で歩き出しクオンは、堂々たる態度で“神の黄金刀”の前に立つ。
自身の何倍もある巨大な剣を見上げ。
撫でるようにそっと手を触れ、顔どころか視線も向けずにレオパルドへ声を掛ける。
「コレ、下僕の代わりに私が貰うわ」
「お前さんが? チビ助がいいなら別に構わねぇが……」
レオパルドの「本当にそれでいいのか?」という視線に、ボクはひょいと肩を竦めた。
「まぁどっちが貰っても似たようなものだから。でもクオン一人じゃ引き抜けないでしょ? 手伝うよ」
「どれ、それなら俺も手伝ってやる」
「結構よ。“このまま”持って帰るから」
男二人の申し出を断り、クオンが懐から一枚の絵を取り出した。
それを黄金の大剣に貼り付け、その胸に“魂乃炎”を燃やす。
「“秘匿絵巻:遺物戯画”」
そこからは一瞬。
巨大な黄金刀が小さな絵の中にスルリと吸い込まれ、先程まで確かにあった圧倒的な存在感は、豪奢な祭壇から綺麗さっぱり無くなった。
■
~ 豪奢な祭壇を後にして、間もなく ~
轟音!!
レオパルドの一撃により、洞窟の天井がガラガラと盛大な音を立てて崩落。
祭壇に続く唯一の道が大量の岩石で閉ざされてしまった。
これではあの祭壇に辿り着くことが出来ないが、しかし天井を崩落させた張本人のレオパルドは何処か吹っ切れた様子。
ここにクオンがいたら怒りそうな所業だけど、黄金の大剣を手に入れた彼女は早々に絵の世界に戻っている。
「道、塞ぐんだ?」
「あぁ。ここは俺にとって忌まわしい場所で、だけどコダックと過ごした最後の思い出の場所だ。チビ助達は特別だが、他の連中には見つけてほしくねぇ」
「……そっか。うん、わかった」
いや、本当は何もわかっていない。
とりあえず頷いただけで、彼の気持ちなどボクにわかる筈もない。
それでも、レオパルドがそうしたかったのであれば、そうするべきだとボクは思う。
それに――。
(“切符”なら既に手に入れている。クオンの絵で『桃源郷』の行き来が出来るなら、『原子の扉』にはいつでもアクセス可能な筈だ)
だから、この道が塞がれても問題は無い。
あの豪奢な祭壇を見逃すのは惜しいけれど、レオパルドを敵に回すよりはマシだろう。
そう思ったところでの、次の発言。
「チビ助、俺達は本来“敵”同士の関係だ」
「えっ……ボクのこと知ってたの?」
「氷の兄ちゃんから聞いた。その小さい形で脱獄者だったとは、恐れ入るぜ」
「いやー、それほどでも」と照れている場合ではない。
急激に流れが変わった。
すぐさま腰のナイフに手を添えるも、レオパルドは動じない。
ピタリと動かないまま、何処か力の抜けた顔で告げる。
「実はな、覇者を辞めることにした」
「えっ!?」
先程以上に思いもよらぬ発言だった。
まさか、バグに負けたから覇者をクビになったとでもいうのだろうか?
「クビになったのか? とでも聞きたそうな顔だな」
「いや、そんなことは……あるけど」
「ハハッ、素直だな。だけどそうじゃねぇんだ。『全世界管理局』としては、俺を続投させる方向で話を進めているみてぇだが……もう覇者に興味が無くなってな」
ここで一度、レオパルドは口を閉じた。
何やらボクが口を挟む雰囲気でもなく、数秒沈黙した後に彼は再び口を開く。
「――いや、元から覇者に大した興味はねぇ。ただ、この洞窟ばかりの世界に少し飽きちまったのさ。俺をここに縛っていた黒い化け物は、あのバグはもういなくなった。これ以上洞窟に籠ってても仕方ねぇし、だったらいっそのこと『Closed World (閉じられた世界)』を出ちまおうと、まぁそんな感じだ。覇者のままだと何かと渡航の制限も多いしな」
「そうなんだ? まぁレオパルドが決めたことだし、ボクがどうこういう話でもないけど……これからどうするの?」
「それはこれから考えるさ。金は無駄にあるし、しばらくは『AtoA』を見て回って、そんで俺のやりたいことを見つける。四十手前で自分探しってのも滑稽だろう?」
「滑稽かどうかは知らないけど、良いと思う。応援するよ」
本当に、心の底から、他人事だけど。
それでもボクはレオパルドを応援したいと思った。
噓偽りではない。
何かを吹っ切れた人間の表情を見たら、そうやって前を向き始めた人間の表情を見たら、誰だって自然とそうなるのだろう。
もしかしたら。
前を向いているように見えて、実は後ろを向いているのかも知れないけれど。
それならそれで、後ろを向いたまま後ろ歩きをすれば、結果的に前へと進める筈だ。
少なくとも、今のボクはそう思いたい。
「どれ、出口まで送ってやろう」
長い腕を伸ばし、レオパルドがボクを掴んでヒョイと肩に乗せる。
まるで、と言うか完全に子ども扱いだ。
「一人で歩けるのに」
「遠慮すんな」
「遠慮じゃなくて、肩がゴツゴツしてて痛いんだけど……」
しかも相当なハイペースで歩くものだから、その分の振動も上乗せされている。
未舗装の道を行く馬車じゃあるまいし、ボクがクオンを載せていた「クロの椅子」を見習って欲しいね。
「男なら我慢しろ。最初に女だって嘘吐いた罰だ」
「あ、覚えてたんだ? ボクが忘れてたくらいなのに」
「お前さんを担いで、それで今さっき思い出した。嘘を吐くのは感心しねぇな」
「だってしょうがないでしょ。立場的に覇者とは関わりたくなかったし」
「もう覇者じゃねぇ」
「レオパルドが勝手に言ってるだけでしょ? 『全世界管理局』的にはまだ覇者扱いの筈だよ」
「それもそうか……よし、だったらここで戦うか?」
おっと、これはマズい。
話題を変えなくては。
「そんなことよりさ、『AtoA』を見て回るんだったら“写真”を沢山撮って来てよ」
「写真を? ……俺が?」
「うん。色んな風景を写真に収めてさ、それで今度会った時に見せてよ。もしかしたら、弟さんより写真家の才能あるかもよ?」
「………………」
「どうしたの?」
「あぁ、いや……何でもねぇ」
目頭を押さえ。
レオパルドは何を言おうとして、だけど口を閉じた。
彼が何を言おうとしたのか、それはボクが考えてもわからない。
考える必要性も特に感じなかったけれど、多分、そんなに悪い言葉ではない気がする。
「――なぁチビ助」
「何?」
「あんま調子乗んなよ?」
「えぇッ!?」
何故かちょっとだけ怒られた。
だけど怒ったレオパルドは不思議と笑っていて、怒られたボクも不思議と笑ってしまった。
【3章】(完)
■■■あとがき■■■
これにて「3章」は完結となります。
1章/2章に続き、ここまでお付き合い頂いた方、本当にありがとうございました。
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それでは引き続き「4章」もよろしくお願い致します。




