126話:黄金の大剣
~ ドラノア視点:バグ撃破から数日後 ~
「全く、テメェはいちいち無茶しねぇと気が済まねぇのか? 毎回毎回、馬鹿みたいな大怪我しやがって」
隠れ家の医務室。
溜息と共に呆れ顔を見せるのは、『秘密結社:朝霧』の頼れる闇医者ことコノハだ。
相変わらずの白衣姿で、不思議なアロマの香り漂う煙草を咥えたまま、ベッドに横たわるボクを冷めた目で見下ろしている。
対するボクは全身に包帯を巻いた痛々しい姿。
傍から見れば反論出来ない立場だけれど、それでも今回は反論が全くない訳ではない。
「確かに大怪我はしたけどさ、お腹に穴が開いたピエトロの時よりはマシでしょ? 今回は死ぬほどの怪我じゃなかったし」
「馬鹿野郎、巨大な棘で10か所以上刺されてたんだぞ? 普通の奴ならとっくに死んでるよ。実際、隠れ家の前にテメェが倒れてた時は瀕死だったんだからな」
「えっ、そうなの? でも生きてるけど……」
「アタイが治療したおかげだ。まぁテメェの黒ヘビが、応急的に穴を塞いでたってのもデケェがな」
「そうなんだ?」
どうやらボクの与り知らぬところで、またしてもクロに助けて貰っていたらしい。
改めてお礼を言いたいところだけど、生憎と右肩は包帯で閉ざされている。
無理に剥がしてクロを出せば、それこそコノハに殺される勢いで怒鳴られる事だろう。
「ところでコノハ、おじいちゃんは何処? 今回の洞窟探索で『原始の扉』を見つけたから、それを報告したいんだけど」
「あー、その必要はねぇ。既にクオンが報告したからな。それから一人でどっかに出かけて行ったが、まぁしばらくしたら戻ってくるだろ」
「そっか。また“盗み”にでも出かけたのかな……って、地震?」
勘違いかな? と思ったのは最初だけ。
棚の薬品やら何やらが、腹に響く音と共にグラグラと揺れたので間違いない。
よもや、先日傾いた柱が更に傾いたとでもいうのだろうか?
そこまで大きな揺れではないものの、それでも不安の募る揺れは10秒程で収まった。
柱が一体どうなったのか、一応確認にでも行こうかなと身体を起こしたところで、「トトトトッ」と慌て気味な足音が聞こえてくる。
「コノハッパ!! ドラの助は大丈夫!? って、ドラの助ぇぇええ~~ッ!!!!」
「おはようパルぐえッ!?」
扉から姿を見せた天使の家出少女:パルフェ。
彼女いきなりダイブしてきてボクの身体に激痛をくれた。
何故かコノハのあだ名が「変態ドク美」から「コノハッパ」に変わっているのは、まぁ今は一旦置いておこう。
「大丈夫? 気分はどう? 痛いところない? もっとハグする?」
「パル姉、あんまり抱きしめると死ぬぞ。そいつはチビでも頑張って生きてるんだ」
パルフェに続いて姿を見せた獣人族の少女:テテフ。
相変わらずボクへの毒が強めだけれど、それでも注意してくれたのはありがたい。
ハッとを目を見開き、パルフェがいそいそとボクから離れる。
「ごめん、やっと目を覚ましたからつい……大丈夫?」
「あー、うん。この前よりは全然大丈夫だよ。パルフェもちゃんと隠れ家に帰れたみたいで良かった。テテフも心配かけてゴメンね」
「アタシは別に、お前の心配なんかしてない。アタシが心配するのは、肉とパル姉だけだ」
「そ、そっか……」
ここまで平然と言い切られたら逆に清々しい。
彼女の復讐、そのお手伝いをした身としては少し悲しくもあるけれど……ん?
パルフェが近づき、ボクの耳元で囁く。
「テプ子ね、あぁ言ってるけど凄く心配してたんだよ? 夜に何回も起きて、コッソリ様子を見に来てたんだから」
「……そっか」
「おいパル姉、何をコソコソ喋ってるんだ? 肉の密談か? 肉談ならアタシも混ぜろ」
「ふふっ、何でもないよ。――あ、そうだ」
パンッと両手を叩き。
何を思い出したか、パルフェが胸元からくしゃくしゃの紙を取り出す。
「これ、隠れ家の前に落ちてたの。ドラの助が目覚めたら渡せって、封筒にそう書いてあったよ」
「ボクが目覚めたら?」
受け取り、中身を確認すると「手紙」だった。
いや、手紙というには少々文章が短く、無骨な文字でこんな言葉が書かれている。
“深層:10177番で待つ”。
■
昇降機で大穴を降下。
黒いガス溜まりに突入して大穴の底まで降りると、人気のないガランとした空間が広がっている。
大勢の採掘作業員でごった返していた先日の光景が嘘のようだけど、バグという化け物を目の当たりにすればそれも致し方のないことか。
――コノハ曰く。
深層の洞窟に挑もうとしていた『ブーリアン・カンパニー』の連中は、一時的に撤退しているらしい。
「やっはり、傾いてた柱が元に戻ってる……何で?」
先ほど起きた強い地震。
あの揺れで、更に酷くなった思っていた柱の傾きは、しかし隠れ家から出た時点で傾きが確認出来なくなっていた。
バグに喰われた根元部分が抉れているのは相変わらずだけど、目に見えて傾いていた石柱はほぼ垂直に立っている。
人の手でそう簡単に直せるとは思えないけれど、一体どうやって傾きが直ったのか……。
「後でおじいちゃんに聞いてみるか。それで10177番洞窟は……アレだね」
大穴の底を壁沿いに進み、入口の上に「10177」と刻まれた深層の洞窟に足を踏み入れる。
適当に拾った蓄熱光石を頼りにしばし歩き、見つけた。
「よお、思ったより早かったな」
洞窟の中央で「よいしょ」と立ち上がった大男。
ボクの待ち合わせ相手こと、『Closed World (閉じられた世界)』の覇者:レオパルドだ。
「もう動いて大丈――わッ!?」
問答無用。
大きな手で身体を掴まれ、簡単に持ち上げられた。
一体何をするのかと思ったものの、その後はストンッと肩に乗せられ、レオパルドが何食わぬ顔で歩き出す。
「チビ助に見せたいもんがあってな。こっちの方が速ぇだろ?」
「あー、そういうことね」
それならそれで先に一言欲しかったけれど、それはともかく。
「もう動いて大丈夫なの? 喉を撃たれて、身体もガブリと噛まれたんでしょ? ボクよりよっぽど重傷だったと思うんだけど」
「問題ねぇ。久しぶりにマジで痛かったが、2・3日もすりゃ自然と直る。腕試しに傾いた柱も戻したが、まぁ身体はいつも通りだ」
「そ、そうなんだ……へぇ~……(この人、本当に同じ人間か?)」
最早、驚きを通り越して呆れしかない。
傾いた柱を一人で直すパワーもそうだけど、治癒力すらも常識を逸しているらしい。
いくら何でも無茶苦茶が過ぎるけれど、逆に言えば、そのくらい規格外の存在じゃないと覇者にはなれないのかもしれない。
「それで、こんな所までボクを呼び出して何処行くの?」
「着けばわかる」
珍しくレオパルドが勿体ぶった。
彼の性格的に今すぐ教えてくれてもよさそうだけど、もしかして何か裏があるのだろうか?
(考えてみれば、ボクは脱獄犯でレオパルドは覇者なんだよね。こうして会話してるのがおかしいだけで)
次第に不安が増してくる。
このまま覇者としてボクを暗殺、なんていう人物でないのはわかっている。
けれど、やはり格上の相手と二人きりで洞窟に来たのは、少々不用心だったかもしれない。
せめておじいちゃんに一言伝えてから。
そうしてから来ればよかったかも知れないけど、こういう肝心な時におじいちゃんは隠れ家にいないので困りものだ。
(“いない”で言えば、クオンの姿もアレから見てないな。パルフェも隠れ家に送ってもらった後は、クオンが何してるか知らないって言うし――)
「お、まだ岩奇獣がいやがったか。しかも群れだな」
と、レオパルドが呟いて数秒。
ボク等の後ろには、ガラガラと崩れる岩奇獣達の亡骸があった。
瞬殺にも程がある。
「……相変わらず滅茶苦茶強いね」
「まぁそれなりにな。え~と確か……この辺だったか? ちょっと離れてろ」
ヒョイとボクを放り投げ、着地するかどうかのタイミング。
そこで、彼が“壁に向かって”拳を振るう。
「“穿岩破”」
轟音と共に壁が崩壊。
何度見ても馬鹿げた威力だけど、とはいえ、洞窟の壁を壊したところで大きめの穴が開く程度だ。
この行為に何の意味があるのか?
そう思ったところで、ガラガラと崩れた壁の向こうに“道”が現れる。
「これは……何でこんなところに道が?」
「閉じられてたんだよ。俺達が10年前に通った道は、岩奇獣が後から塞いでいやがったんだ。それに加えて、あのバグの“魂乃炎”で洞窟内の空間がおかしな繋がり方をしてやがった。そりゃあ10年かけても見つからねぇ訳だ」
「なるほど。でもよくこの先に道があるってわかったね? ボクには他の壁との差がわかんなかったけど」
「10年、見続けてきたからな」
それが全てだと語るレオパルドは、少しだけ自慢げな顔に見える。
洞窟の繋がりが元に戻って、ようやく記憶していた場所に辿り着き、壁の硬度や色味がどうとか、もしかしたら空気の流れがどうとか、そういうのがあったのかもしれないけれど、それらは全て余談。
10年越しの悲願が叶って、決してハッピーエンドとは言えない思いが叶って、それでも彼は嬉しいのだろう。
ボクもそうだったし、テテフもそうだった。
今のレオパルドには、何処か吹っ切れたような雰囲気がある。
それから。
再び彼の肩に乗り、そして辿り着いた場所は。
「えっ? あ、ここって……」
見たことがある。
しかし、来たのは初めてだ。
「俺とコダックが二人で見つけた、最初で最後の宝――“黄金の大剣”だ」




