125話:戦いの果てに
~ 『全世界管理局:本部』 ~
荘厳な印象を持つ白い大理石の床を、カツンッ、カツンッと杖を突きながら一人の男性が歩いていた。
彼の名は「リョードル」。
誰もが見惚れる美貌の持ち主で、その正体は犯罪者から身内まで、あらゆる者を罰する“首狩り部隊”に所属する天使の管理者だ。
そんな彼がとある部屋の前で止まり、ノックをすることなく扉を開けると――
「死ね!! 死ねッ!! 死――痛ってぇぇぇぇええええなぁッ、おい!!!!」
扉の向こう。
そこには怒気の籠った罵声と共に、拳を振るう男がいた。
全身に包帯を巻いた痛々しい姿で、拳から燻る黒煙を垂れ流しながら“病室”の壁と床を手当たり次第に殴りつけている。
誰が見ても「安静に」と注意するべき状況下。
その状況下で、誰が見ても「安静」とは程遠い行いをする弟に、兄:リョードルは「ふぅ~」とため息を吐く。
「そんなに暴れてどうしたんだい? ここは病室だよ?」
「うるせぇッ、納得いかねぇんだよ!! 何で俺が負けたバグに、あのチビが勝てんだよ!? 俺の方が強ぇのに!!」
「おや、そんなことで怒ってたのかい? アレは仕方ないよ。成り損ないとはいえ、レベル5のバグはボク等にはまだ早過ぎた。逆に、ドラノア君の右腕はレベル5のバグにも有効だった。それだけのことさ。一対一でやりあえばブラ君が勝つよ、6:4でね」
「10:0だ!!」
叫びつつ「ゴンッ!!」と壁を殴る弟:ブラミル。
打ち所が悪かったのか、彼は「ッ~~」と悶絶の表情を浮かべた。
そんな弟を尻目に。
兄:リョードルは少し離れた自分のベッドに腰かけ、そこで気づく。
ベッド横のテーブルに、大量のフルーツや土産らしき箱が、文字通り山の様に置かれていることに。
「ブラ君、これは誰が持ってきたんだい?」
「あぁ? 見りゃわかるだろ」
「ん?」
弟:ブラミルが顎で扉を指す。
指されるがままそちらに目を向けると、大勢の女性管理者がドアの隙間から部屋の様子を伺っていた。
「キャーッ、リョードル様がこっち見たわよ!!」
「包帯姿も素敵過ぎるわ!! 松葉杖がまるで勇者の剣みたい!!」
「やだもー、目が合っただけで昇天しちゃう~!!」
「……ありがとうキミ達。味わって食べることにするよ」
ニコッと、爽やかな笑みを浮かべた兄:リョードル。
それを目の当たりにした女性陣は眩暈を覚え、フラフラと覚束ない足取りで自分の仕事に戻っていく。
「ったく、うるせぇ女共だな。今度黄色い声を上げたらぶん殴ってやる」
「こらこら。レディに対して何てことを言うんだい。せっかく僕等のお見舞いに来てくれたんだから、優しく接してあげないと」
「俺等の、じゃなくてテメェの見舞いの間違いだろ」
壁殴りを辞め、ベッドにゴロンと寝ころんだ弟:ブラミル。
不貞腐れたように「フンッ」と鼻息を荒くし、それから天井を見つめたまま口を開いた。
「何処に行ってたんだ? 便所か?」
「局長のところだよ。今回の一件に関する報告と、あとは“巨大な扉”についての質問を兼ねて」
「ふ~ん、で?」
「“見なかったことにしろ”と」
「……へぇ、あのおっさんがねぇ」
ニヤリと、珍しく弟:ブラミルが笑みを浮かべる。
そのタイミングで第三者の声が届いた。
「ハハッ、これは随分と派手にやられたみたいだね」
「あっ、テメェ!!」弟:ブラミルが眉間に皺をよせ、
「やぁエンジュ君」兄:リョードルは普通に挨拶を返す。
先程消えた大勢の女性陣。
彼女等と入れ替わるように姿を現したのは、額に角を生やした鬼の管理者:エンジュだ。
断りもなく病室に入り、そのまま兄:リョードルのベッド横にある見舞いの品々に手を伸ばす。
「ところで君達、さっきは何の話をしていた? 見たとか見なかったとか聞こえたような――お、これは美味そうだ」
「おい鬼女!! 俺の食いもんを勝手に食ってんじゃねーよ!!」
焦り顔でベッドから起き上がる弟:ブラミル。
勝手に見舞いの品を食べ始めたエンジュに負けじと、彼もまた見舞いの品々を物色する。
結果、包装紙や箱や散乱。
一気に散らかった病室の床を見て、兄:リョードルが「はぁ~」とため息を吐く。
「一応言っておくと、コレは僕が貰った物なんだけどね。……まぁ一人じゃ食べきれないし、別にいいけど」
二人の行動に呆れつつ、兄:リョードルは見舞い品の中から柑橘系のフルーツを一つ摘んだ。
それから床に散らかった箱を片づけ、高級そうな桐の箱に入った饅頭を口一杯に頬張る鬼の少女:エンジュに視線を向ける。
「僕等のお見舞いに来てくれた、という認識でいいのかな? それとも別件?」
「どちらもだ。まぁ見舞いというか、無様なやられっぷりを見に来たんだけどね。思ったより元気そうでガッカリしているところさ」
「テメェ、マジで性格悪いな」と、蔑む目で弟:ブラミルが告げた感想はさて置き。
兄:リョードルが「それで?」と話の続きを促す。
エンジュは饅頭をゴクンッと飲み込み、これまた勝手に入れた茶を啜ってから、懐に忍ばせた物を取り出した。
「受け取れ、局長からキミ達へプレゼントだ」
「これは……」
エンジュが差し出したのは「2つの小さなエンブレム」。
星形の、一見どうということもないただのエンブレムに見えるのは、あくまで一般人の話。
その意味を知っている兄:リョードルにとっては、これは非常に重要な意味を示している。
弟:ブラミルはあからさまに眉間へ皺をよせ、兄は受け取る為に差し出した手を途中で止めた。
「どうしてこれを僕達に?」
「局長曰く、覇者レオパルドと共にレベル5のバグを倒した報酬らしい。――おめでとう。これで“ゼロ星”から“1つ星”へ昇格だね」
「ざけんなッ!! バグを倒したのは俺達じゃねぇ、あのチビだって言っただろ!!」
弟:ブラミルが激昂するも、エンジュは「知らん顔」を返すだけ。
「私に怒鳴られても困る。局長が渡せと言ったから私はキミ達に渡すだけだ。文句があるなら直接局長に言ってくれ」
ポイっとエンブレムを床に投げ捨て、自分は関係ないとばかりにヒラヒラと手を揺らすエンジュ。
その態度に益々苛立ちを覚える弟の横で、兄:リョードルは「ふぅ~」と深くため息を吐く。
「――要するに、バグを倒したのはドラノア君ではなく管理者だと、局長はそういう事にしたいんだね? 昇進させてやるから黙認しろと」
「はぁ!? テメェの手柄じゃねーもんを受け取れるかよ!! ざけんな!!」
ゴンッ!!
炎を纏った脚で弟:ブラミルがエンブレムを踏みつける。
普通なら壊れて終わり。
しかし、何処にでもありそうなそのエンブレムは形一つ歪めない。
「では、私は確かに渡したよ」
呆気ない退室だ。
見舞いの品をいくつか手に取り、エンジュはヒラヒラと手を振りながら、二人を見ることなく病室を後にする。
その見えなくなった姿を目掛け、弟:ブラミルは舌打ちと共にエンブレムを蹴飛ばし己のベッドに戻った。
先ほど口にした「受け取れるかよ!!」は本心だったが、しかし兄:リョードルは違う。
しばらく床のエンブレムを見つめ、何を思ったか彼はそれを拾った。
ポイっと弟に一つを投げ渡し、渡された弟:ブラミルが「ギロリッ」と兄を睨みつける。
「何のつもりだ? 俺はこんなもん要らねぇ」
「まぁそう言わずに。受け入れ難いのは僕も同じだけど、これがあればゼロ星では無理だった“もっと上の案件”にも携われる。今より強くなりたいなら、もっと強い相手と戦わなくちゃ。そうでしょ?」
「………………」
「師匠の夢、僕等が叶えるんじゃなかったの?」
「………………。……“俺”が叶える」
「うん。だったらそれは貰っておこう」
ここで一呼吸置き。
続けて兄:リョードルはこう口にした。
「利用するだけ利用して、要らなくなった捨てればいい。僕等が“世界最強”になった後にね」




