122話:管理者のプライド
まさかの事態に陥った。
弟:コダックの姿に化けたバグにより、覇者:レオパルドが口内に銃弾を喰らったのだ。
「レオパルド氏!!」「おっさん!!」
天使の管理者兄弟、その兄:リョードル、弟:ブラミル共に慌てて駆け寄るも――遅い。
千載一遇のチャンスを逃したレオパルド。
悔やんでも悔やみきれない彼の失態をバグは決して逃さなかった。
弟:コダックの姿になったバグの形がドロリと崩れ、次の瞬間には大きな「ドラゴンの口」となる。
無数に揃えた鋭い牙。
その先端に“銀鱗”を纏い、そして、レオパルドに噛み付く!!
「ぐぁぁぁぁああああッ!!??」
「あの攻撃はマズい!!」
バキバキと、レオパルドの硬い身体にバグの牙が喰い込む。
加えて。
「ぐッ!?」
助けに近づいた兄弟管理者二人に、鋭い棘が突き刺さる!!
バグの身体の一部が変形し、ウニの如き姿となって棘を射出したのだ。
弟:ブラミルが堪らず口を歪め、兄:リョードルも苦痛に顔を歪める。
「ッ~~」
希望は、一瞬にして絶望へ。
身体を数か所串刺しにされ、動けない兄:リョードルは“バグの再生”をただ見守ることしか出来ない。
(もう少しだったのに!! レオパルド氏が駄目なら打つ手が無いッ!!)
悪夢だ。
先ほどレオパルドが吹き飛ばしたバグの身体も再び集まり、一つの巨大なバグへと姿を変えてゆく。
ようやく見えた弱点の緋核は、無情にも身体の中に姿を隠し、バグはあっという間に巨大なカメレオンの姿を取り戻した。
先ほど噛まれた覇者:レオパルドは動かない。
弟:ブラミルも自分と同じく串刺しにされている。
(くッ、ここまでか……ッ!! せめてブラ君だけでも助けないと……ッ!!)
串刺しにされ、痛む身体をそれでも動かそうとする兄:リョードルだが、気力だけではどうにもならない。
身体が動かず、バグの巨大な舌で3人まとめて巻き取られた。
そのまま、あーんと開かれた巨大な口に飲み込まれる――寸前。
(これは……?)
空間が歪んだ。
バグの開けた大口、その手前の宙が歪んだのだ。
そして、そこから“彼”が飛び出す。
右腕に黒ヘビを携えた少年が――。
「“黒蛇:顎”!!」
■
~ ドラノア視点:時を遡ること少し前 ~
パルフェと共に『桃源郷』から“強制離脱”させられたボクは、洞窟内で戸惑っていた。
「クオンがいない。どこに行ったんだろう?」
「絵の中にいるんじゃないの? 一人だけ偉そうに安全地帯から見てたよね」
「その筈なんだけど、持ってろって言われた“この絵”に姿が見えないんだよね。おーい、クオン?」
『………………』
誰もいない絵に問いかけても返事はない。
どうやら近くにはいないらしく、パルフェも「はて?」と首を傾げる。
「おトイレかな? 我慢出来ずに漏らしちゃったのかも。案外そういうところありそうじゃない?」
「そんなまさか、パルフェじゃあるまいし」
「失礼なッ、お漏らしは5年前に卒業したもん!!」
「え? 5年前って……(まぁいいや)」
ある意味驚愕に値するも、絶対に今ここで掘り下げる話ではない。
事態は急を要する。
パルフェの“魂乃炎”でもう一度『桃源郷』に行こうと思ったところで、手に持った絵の中から目当ての声が聞こえた。
『あらやだ、この辺何だか匂うわね。お馬鹿な匂いがするわ』
「あ、クオン。何処にいたの?」
「絵の用意をしていたのよ。これで桃源郷が見えるでしょう?」
「絵の用意? ――あ」
絵の中にいる彼女の後ろ。
そこには更に“絵の枠”があり、その先に繋がる『桃源郷』を映し出している。
鏡に映った鏡を見ている感覚で少々現実味に欠けるものの、しかし映し出されている光景は間違いなく『桃源郷』の今。
覇者:レオパルドが口から血を吐き、天使の兄弟管理者二人は身体を串刺しにされていた。
「ちょッ、何があったの!?」
「見ての通り、バグに負けたのよ。このままだと彼等は死ぬでしょうね」
「何を呑気なッ、早く助けにいかないと!! パルフェ、ボクをまたあの空間に!!」
「そう言われてもやり方がわかんないんだって~」
両手を出して「う~ん」と力むパルフェだけど、しかし彼女の意に反して何も起きない。
一分どころか一秒が惜しいこのタイミングでは、何倍にもその時間が遅く感じる。
「頑張ってパルフェ!! 一度出来たんだから今も出来るよッ、前回の感じをもう一度思い出して!!」
「思い出してって言われてもッ、わかんないものはわかんないもん!! 無茶言わないでよ!!」
「あらやだ、大声上げる女は嫌われるわよ?」とはクオンの言葉。
「下僕、使えない天使ちゃんなんか捨てて、絵の中に入りなさい。それでこっちに来れるでしょ?」
「あ、その手があったか」
緊迫した状況で忘れていたけど、彼女の絵が『桃源郷』と繋がっているなら話は早い。
洞窟 ⇒ 絵の世界 ⇒『桃源郷』で簡単に向こう側へ行ける。
という訳で。
早速絵の中に入ろうとするも、後ろで泣きだしそうな顔をしているパルフェがそれを許してはくれない。
クオンが挑発をかけるものだから益々彼女は涙目になる。
「バイバイ天使ちゃん。下僕は私が貰っていくわ」
「あげる訳ないでしょッ、この泥棒猫!! ドラの助、今すぐ道を開くから待ってて!!」
「いやでも、今は一秒でも時間が惜しいし……」
「私よりその女が良いっていうの!?」
「いや、今はそういう話じゃなくて」
「ドラの助のアホ~~ッ!!」
「わわッ!?」
『ぬるぬる』を纏った“手刀”、その一撃!!
まさかの実力行使に打って出たパルフェだけど、彼女の拳がボクに当たる訳もない。
半歩下がり、ブンッと振るわれた彼女の手刀を避ける。
同時に、“目の前の空間が裂けた”。
「え?」と驚いたボクと、
「あれ?」と驚いたパルフェと、
「やっぱり」と合点がいった顔のクオン。
最後に関しては少々尋ねたいことがあるものの、兎にも角にも道は開けた。
グズグズしている時間はない。
「クオン、パルフェを連れて隠れ家に。後はボクが何とかするから」
「あらやだ、ご主人様に命令? 生意気な下僕ね」
「パルフェもありがとう。このお礼はまた今度ね」
「待ってッ、私も一緒に――」
その言葉の続きは聞けない。
トンッと、パルフェを押して無理やり下がらせる。
それから今にも閉じようとする歪んだ空間へ、ボクはクロの右腕を構えながら飛び込んだ。
■
~ ドラノアが歪んだ空間へ飛び込んだ直後 ~
天使の兄弟管理者、その兄:リョードルは信じられなかった。
バグとの戦いに負け、今にも捕食されようかという悪夢のような光景の中、戦線離脱した筈の少年が姿を現したのだ。
そして――。
「“黒蛇:顎”!!」
一撃。
否、一噛み!!
小さいながらも大口を開け、“銀鱗”を纏っていたバグの舌を、黒ヘビが噛み千切る!!
管理者三人を巻き取っていた長い舌が千切れ、堪らずバグが叫ぶ。
「オォォォォオオオオオオオオッ!!!!」
(バグが悲鳴を上げた!? “銀鱗”も無い攻撃に!?)
成す術も無く花畑に落ちたリョードルの身体は、疲労が過ぎる程に疲労困憊。
しかし、それよりも興奮が勝る。
自分達ですらまともに攻撃が通らないレベル5のバグに、少年の黒ヘビ、その攻撃が通った。
“銀鱗”を纏っていた訳でもなく、明らかに不可解ながらも、可能性の話をすれば絶対無いとも限らない。
(まさか、あの黒ヘビならバグに攻撃が通るのか? 同じバグだから……?)
「3人とも大丈夫? ――じゃなさそうだね。まさかレオパルドまでやられるなんて」
「ケッ、大丈夫に決まってんだろ。テメェに心配されるほどやわじゃ――ぐッ!?」
弟:ブラミルが口から血を吐き出す。
何とか意識を保っているものの、身体を串刺しにされた身では到底「大丈夫」とは言い難いだろう。
「ブラ君、強がりも程々にね。はぁ、はぁ……ドラノア君、見ての通り状況としては完全に劣勢だ。キミが来なかったら全滅の可能性もあった。礼を言おう」
「おいッ、脱獄者に礼なんかすんじゃねぇ!! そいつが来なくても俺は――うッ」
弟:ブラミルの腹が生々しい音を立て、新鮮で真っ赤な血を噴き出す。
強がったところで相当な痛みは間違いなく、それは少年も理解しているらしい。
「ボクもお腹を貫かれたことあるからわかるけど、あんまり喋らない方がいいよ。凄く痛いもんね」
「うるせぇッ、テメェなんかに心配される覚えは――」
「“氷刑:蒼晒し”」
凍てつく冷気が兄:リョードルから噴出!!
安静とは無縁だった弟:ブラミルと、既に言葉一つ無かった覇者:レオパルドがカチコチの氷漬けとなる。
加えて、彼自身の傷口も氷によって塞がれた。
「荒治療だよ、無茶して死なれても困るからね。それよりドラノア君」
ここで一呼吸し、兄:リョードルは簡単にプライドを捨てる。
その美しい瞳で少年を見据え、これ以上の被害を出さない為に、『全世界管理局:本部』の管理者が、賞金首に懇願する。
「キミがバグを倒すんだ」




