121話:人の子
圧倒的な速度で飛び出したバグの棘。
異様に長い数百もの棘が、周囲にあるもの全てを串刺しにする!!
「「ぐッ!?」」
天使の管理者兄弟、その兄:リョードル、弟:ブラミル共に僅かに逃げ遅れた。
避けきることは出来ず、しかし致命傷に至らなかったのは、覇者:レオパルドが二人の“盾”になったおかげか。
「レオパルド氏!?」「おっさん!?」
「大丈夫だ、このくらい屁でもねぇ」
無数の棘を正面から受け止め、それでもレオパルドは飄々としている。
元々頑丈なことで有名な鉱石族の中でも、流石に覇者レベルとなれば規格外。
そう簡単にはバグの棘も通さないらしい。
「ホント、呆れた硬さね」
(ッ――いつの間に僕等の後ろへ?)
しれっと兄弟管理者二人の後ろに避難していたクオン。
そんな彼女の名前を知る由もない兄:リョードルだが、例え名前を知っていたところで、続けて発せられた彼女の言葉には同意せざるを得ない。
「防御が得意なのは結構だけど、生憎と相手は“銀鱗”持ち。攻撃が通らないと消耗戦で負けるわよ?」
「べーる? お前等さっきもそんな話をしてたな」
「あらやだ。そこのうるさい管理者だけじゃなくて覇者も馬鹿なの? 今の管理局ってお馬鹿さんしかいないのかしら?」
「うるせぇぞ女!! 御託はいいからさっさと教えろ!!」
怒る弟:ブラミルの睨みも当の彼女は涼しい顔。
それから「貴方は流石に知っているでしょ?」と言わんばかりの顔で兄:リョードルに視線を寄越した。
必然的に彼が語る他ないだろうが、素直にその時間をくれる相手でもない。
無数の棘がバグの身体へ戻り、「巨大な一本の槍」となって突き出る!!
今度はそれを全員が避け、兄:リョードルは天使の翼で羽ばたきながら語る。
「――硬質化した特殊な血、それがあの銀色の液体:“銀鱗”の正体だよ。液体の形をした盾だと思っていい。今はまだ表面積の2割ほどだけど、バグの分類上“銀鱗”を纏った時点で『レベル5』は確定だ」
「マジかよッ、どうやって攻撃を通せばいい!?」
「こちらも“銀鱗”を纏うしかないよ。だけど、生憎と僕達はまだその域に達していない。“魂乃炎”所持者の中でも、アレを使えるのは一握りの強者だけだ」
バグの攻撃を避けつつ。
説明を続ける兄:リョードルに、弟:ブラミルが怪訝な顔を返す。
「ならどうすんだよ!? このおっさんは“魂乃炎”持ってねぇから使えねぇだろ!!」
「大丈夫、打つ手が無いわけじゃない。“銀鱗”に使えるエネルギーだって無限じゃないし、攻撃を続けて奴のエネルギーが枯渇すればチャンスはある」
「正気か? ついさっき手下を丸呑みにした奴だぞ?」
満腹以上に腹が膨れたバグ。
そのエネルギーは暴走する程に有り余ってる状態だ。
それを今から枯渇させようというのは、重機も無しに素手で山を切り崩そうとするのと同じ。
弟の指摘は珍しく的を得ているものの、正論を言ったところで兄の回答が変わる訳でもない。
「ブラ君、現実に文句を言っても仕方ないよ。“銀鱗”が使えない以上、ボク等にはこの手段しか残されていないんだ。レオパルド氏もご理解頂け――」
「おい、これでいいのか?」
「――え?」
珍しく、兄:リョードルが呆気に取られる。
切れ長な睫毛を携えた彼の瞳に映るのは、“拳に銀色の液体を纏った”レオパルドの姿だった。
「……何故、貴方が“銀鱗”を? “魂乃炎”所持者ではないと聞いていたが」
「あぁ、俺は“魂乃炎”なんか使えねぇよ。でもいつからか、本気出すとこの状態になるんだ。気味悪ぃからなるべく出ない様にセーブしてたんだが、何か問題あるか?」
「……いえ、何も(驚いた、これまた規格外な男だ。無能力者で覇者になったのも頷ける)」
兄:リョードルとしては完全に想定外。
しかしそれは悪い意味での想定外ではなく、状況的には好転している。
泥臭い消耗戦を耐えなければ見えなかった勝機が、壁に空いた風穴の様に向こう側が見えて来た。
「レオパルド氏、気が済むまでバグに攻撃を。再生する部位は僕等に任せて、緋核と呼ばれる赤い石を見つけてください。それがバグの弱点です」
「オーケー、とにかく暴れりゃいいんだな? それなら得意だぜ――ウオラッ!!!!」
銀色の液体:“銀鱗”を拳に纏い、殴り掛かるレオパルド。
それを受けるバグが「棘」を突き出も、お構いなし!!
ズンッ!!
腹の底に響く音と共に、レオパルドが棘を折りながら一撃を入れた。
その衝撃でバグの身体が10分の1ほど吹き飛び、これまた異空間の彼方に飛んで行く。
弟:ブラミルの顔に思わず笑みがこぼれる。
「ハッ、やるじゃねーかおっさん!! 後でそのやり方教えてやがれ!!」
(イケるッ、やはり覇者の名は伊達じゃない!!)
兄:リョードルの中で希望が確信へ変わった。
自分達兄弟だけでは手繰り寄ることが出来なかった「勝利」も、覇者という太いロープがあれば力任せに引っ張ってこれる。
「ん? さっきの女性がいないな……避難したのか?」
天使の翼で宙に舞い、上空から見下ろす景色。
そこには、討伐すべき「バグ」と「弟:ブラミル」、それに「覇者:レオパルド」の姿しか確認出来ない。
彼女が何処に逃げたのか気になる兄:リョードルではあるが、気にし過ぎても仕方がないだろう。
急に姿を見せた女性が急にいなくなったところで、戦況に大きな変化はない。
自分達の邪魔をしなければ問題ないと、兄:リョードルは改めてバグに集中する。
「“氷刑:価値割氷”」
「“火刑:山火事”」
バグを襲う氷と炎!!
それを“銀鱗”で防ぐバグだが、完全な無意味ではない。
強固な鎧である“銀鱗”で防げる範囲は限られており、広範囲攻撃であれば多少なりともダメージが入る。
加えて。
拳に“銀鱗”を纏ったレオパルドの一撃は防ぐことが出来ない。
強烈な攻撃を喰らい、バグの身体が盛大に弾き飛ばされる!!
それでも尚、再生しようと集まってきた身体の動きを鈍らせるには、“銀鱗”の無い兄弟管理者の攻撃でも十分だ。
氷で、炎で、再生を遅らせている間にも、レオパルドが次々とバグの身体を削り続ける――。
(徐々にバグが小さくなってきた。与えているダメージの方が大きい証拠だ……ッ!!)
削り、削り、時に再生されて大きくなり、しかしそれ以上に削り続けるレオパルド。
そんな彼に負けじと攻撃を放ち、再生を遅らせる天使の兄弟管理者。
派手な、同時に地味な作業を3人がひたすら繰り返し。
そして――。
「“我岩破”!!!!」
剛腕による一撃!!
直後、パンッと弾ける様な音と共に、バグの“銀鱗”が完全に消失。
同時に、黒い身体の上部に真っ赤な「石」が見えた。
兄:リョードルがすぐさま口を開く。
「アレが弱点の緋核です!! レオパルド氏ッ、止めを!!」
「任せとけ!!」
長かった“鬼ごっこ”もようやく終わり。
“銀鱗”を失ったバグに、今のレオパルドの一撃を防ぐ術は無い。
逆に。
バグの攻撃は元々硬いレオパルドには通らない。
覇者の力量を見せつける一方的な展開だ。
ここからはじき出される答えは「レオパルドの勝利」。
後は緋核を破壊するだけだと、“その時”までは誰もがそう思っていた。
当初の見る影もなく小さくなったバグが、その姿を“人型”に変えるまでは――。
「まタ、兄さンはボクを見捨てルンだ?」
「ッ――」
レオパルドに生まれた一瞬の躊躇い。
振り上げた拳を振り下ろすだけだった筈が、そこに「是/非」の躊躇いが起きる。
彼にもわかっていた筈だ。
突如として目の前に現れたコダックは、本物の弟ではなくバグが化けた偽物なのだと。
それは最初から理解していた筈だが、しかし、覇者:レオパルドもまた“人の子”か。
一瞬の躊躇いが生んだのは、“銀鱗”の消失。
「レオパルド氏!?」
ここが勝負の分かれ目だった。
レオパルドの弟:コダックの姿に化けたバグが、カチャリとその手に銃を構える。
何処か“おもちゃ感”がある銃を。
その銃口の先を、レオパルドが驚き、思わず開いた“口に向けて”。
“『Robot World (機械世界)』の最新型さ。小さいけど威力はすごいから、深層の岩奇獣でもダメージを与えられる筈だよ”
かつて、コダックが自慢げに語った言葉がレオパルドの脳裏に蘇る。
蘇ったからといって何も良いことは起こらない。
レオパルドの拳は完全に止まっていた。
「ッ――」
『桃源郷』に鳴り響いた単発の銃声。
勝利を目前にして。
『Closed World (閉じられた世界)』の覇者レオパルドは、口から血を吐き、地に伏せた。




