116話:暗闇から姿を現す者
~ ドラノア達が『桃源郷』への行き方で悩む少し前 ~
『秘密結社:朝霧』の隠れ家にて。
天使族の家出少女:パルフェは憂鬱の中にいた。
(はぁ~~。ドラの助、今頃何してるかなぁ。洞窟で変な女に絡まれてたりしてないといいけど……)
「パル姉、聞いてるか?」
(まぁ深層の洞窟で誰かと出逢うなんて、そうそうない事だとは思うけど……でも、ドラの助の可愛さが変な女を寄せ付けても不思議じゃない。懸念事項のクオたんは小っちゃな姿だったから、多分大丈夫だとは思うけど……)
「おーい、パル姉。聞こえてるかー?」
(心配だなぁ。やっぱり私も一緒に行った方が良かったかなぁ?)
「パル姉ってばッ!!」
「むぐッ!?」
テテフの尻尾がパルフェの顔面に炸裂!!
モフモフなのでダメージは皆無だが、彼女を上の空から引きずり下ろすには有効だったらしい。
自室で起きながら目の覚めたパルフェが、「はて?」とテテフに首をかしげる。
「どうしたのテプ子? いきなりモフモフ尻尾をぶつけてきて、ブラッシングして欲しいの?」
「違う。今はキッチンの壁紙をどうするか、何の肉の絵がいいのかの会議中だ。パル姉がボーっとしてるからお仕置きした」
「あーそうだっけ? ごめんごめん。ドラの助のこと考えてたらつい」
「全く、パル姉はそういうとこ“駄目姉”だな。人の話を上の空で聞いたら駄目だぞ、人として」
「か、返す言葉もございません……」
年下に説教されてシュンとなったパルフェ。
ベッドの上へ自発的に正座すると、その膝の上にテテフがストンと腰を下ろす。
「駄目駄目なパル姉は、罰として“ギュッとの刑”な」
「ギュッとの刑? 何それ?」
「アタシが満足するまで、後ろからギュッと抱きしめる刑だ。パル姉に拒否する権利は無い」
言いながら、パルフェの腕を持って自分の前で交差させるテテフ。
つまりは強制的なハグの要求で、これにはパルフェの顔も綻ぶ。
「これは罰じゃなくてご褒美だね」
そのまま数分。
ギュッとの刑に処されたところで、執行人であるテテフが「そう言えば」と口を開く。
「あの新入り、魔法使いか何かか? 急に大人の姿に変わってたけど」
「え、大人クオたん出てたの? ……いつ?」
「一昨日、洞窟探索に出かけた二人を見送った後だ。何となく二人の後をこっそりつけてみたら、新入りが急におっきくなって偉そうに振舞いだした。アイツは驚いてなかったから、そういうものかと思ったけど、アレは何だったんだ?」
「それは……それはマズいよ!!」
「え?」
テテフを抱えたまま、パルフェが慌ててベッドの上に立ち上がる。
その顔からは先程までの幸福感が消え、焦燥の色が滲みだしていた。
「いきなりどうした? 肉は美味いぞ?」
「お肉が美味しくてもコレはマズいよッ、大人クオたんはマズいって!! 子供クオたんなら安全だけど、大人クオたんからは“泥棒ネコ臭”がプンプンしてたもんッ。こうしちゃいられない……ッ!!」
「おいパル姉、何処に行くんだ?」
「洞窟に行く!! 大人クオたんとドラの助が二人きりなのは絶対駄目!! 今すぐ追いかけて引き離さなきゃ!!」
転がる勢いで慌ててベッドを下りたパルフェ。
そんな彼女を見守るテテフが、これまた年に似合わぬ呆れ顔を見せる。
「いやいや、追いかけようにも二人は今頃洞窟だろ? 何処にいるかもわからないぞ」
「それは“愛の力”で何とかするよ。早くしないと手遅れになっちゃう」
「パル姉、現実を見ろ。世の中は何とかならない事の方が多いし、そもそも“愛の力”なんて存在しない」
呆れ顔で子供っぽくない台詞を吐いたテテフ。
そんな年下の彼女に、パルフェは「あるよッ」と述べてから“とある代物”を取り出した。
「コレが“愛の力”だよ!!」
■
~ ドラノア視点:大穴の深層9023番洞窟にて ~
「……おかしいな、変だよ」
ボクの小さな呟きに、絵の中にいるクオンが首を傾げた。
『何が変なの? 下僕の背が伸びないこと? もう諦めたら?』
「余計お世話だよ。――そうじゃなくて、番貝が微妙に動いてるんだ」
この奇妙な出来事が起きたのは、“助け”を求める為に「洞窟を引き返す」最中の事。
分かれ道で迷わないよう、クオンの指示通り番貝を見ながら進んでいたら、その番貝が微妙に“向きを変える”のだ。
相方の貝は隠れ家に置いてきたし、よほど近距離に近づかない限り、貝の向きが大きく変わることはない筈だけど……。
「何でこんなに動くんだろう? 番貝って、あんまり精度が良くないのかな」
「まさか。番貝は婚約指輪の材料にもなるくらい、絆が固いことで有名な貝よ。下僕みたいにアチコチ愛想振り向く浮気者は存在しないから、貝が向く方向に必ず相方の貝がいるわ」
「そうなんだ? まぁ浮気者云々は聞かなかったことにして……つまり、誰かが隠れ家の番貝を持ち出したってこと? 一体誰が何の為に――」
「――ぃゃぁぁぁぁああああ~~~~!! あっち行ってぇぇぇぇええええ!!!!」
いきなり洞窟に反響する悲鳴。
それもボクの聞きなれた声で、すぐに声の主が前方の暗闇から姿を現した。
「パルフェ!? と、岩奇獣!?」
どうして彼女が洞窟に?
いや、今はその疑問を持ち出す時ではないか。
「“黒蛇:蜷局拳”!!」
からの――
「“鎌鼬”!!」
クロの一撃で岩奇獣を砕き、中に見えた“本体の蓄熱光石”を風の刃で破壊。
獣じみた岩奇獣がガラガラと崩れ、振り向いたパルフェが「ふぅ~」と安堵の溜息を漏らす。
「ありがと~ドラの助、助かったよ」
「無事で何より。だけど――むぐッ? ……ふぁんへほほに(何でここに?)」
「え、会えて嬉しいって? やだもー、照れちゃうよ」
「………………」
ハグされた状態で口を開いても、言葉は正しく伝わらないらしい。
胸に埋まった顔を「ぷはッ」と表に出し、それから改めて口を開く。
「ちょうど良かった。これから迎えに行こうと思って、洞窟を引き返してたところだったんだよ。パルフェが番貝を持って追いかけてたんだね」
「えへへへ、心配になって来ちゃった。ところで大人クオたんは何処?」
「クオンに用事?」
「そうなの。あの泥棒猫がドラの助に手出ししないよう、注意する為に追って来たんだけど……」
言いつつ、キョロキョロと注意深く周囲を見渡すパルフェ。
何やら理解不明な用件でここまで来たらしいけれど、その台詞に“当の本人”が黙っている筈もない。
『あらやだ、聞き捨てならない台詞ね。何処の誰が泥棒猫ですって?』
「むむッ、何処からか大人クオたんの声が……あ、また絵の中に引き籠ってる!! ちょっとアンタ、ドラの助に変なことしてないでしょうね? 大人の姿は危険だから今すぐ小さな姿に――」
(何だ、そんな話か)
大事な用事なら話を最後まで聞くけれど、そんなことなら話を聞いている時間が惜しい。
「パルフェ、話は後で。それよりボクを助けて!!」
「……へ?」




