113話:こんなに情けないことはねぇ
「ぐぁぁぁぁああああ!!??」
レオパルドの弟:コダックの悲鳴が洞窟に轟く。
その理由は、彼の腕が真っ黒い岩奇獣に“喰われた”為だ。
「何してくれてんだテメェェェェエエエエ!!!!」
悪夢のような光景にレオパルドは激昂。
顕在の左腕で殴りかかろうとするも、
「ッ!?」
尻尾で薙ぎ払われ、4メートルもの巨体が軽々と吹き飛ぶ!!
地を転がり、立ち上がって「いざ反撃」と駆け出したレオパルド。
その身体に、巨大な牙が襲い掛かる!!
「がッ!?」
避ける事すら出来なかった。
牙が己の身体に“喰い込み”、彼は一瞬で彼は悟る。
(駄目だッ、こいつには勝てねぇ……ッ!!!!)
強者のレオパルドだからこそわかる。
頑張ってどうにかなる話ではない。
機転一つで挽回できる相手ではない。
それだけの圧倒的な力の差があった。
「うおぉぉぉぉおおおおおおおお!!!!」
――早くも死に物狂い。
左腕一つで上顎をこじ開け、口の中から脱出。
「逃げるぞコダック!!」
左腕で弟を抱え、レオパルドがすぐさま逃走を図る。
その後頭部に、真っ黒い岩奇獣の放った“岩石砲”が直撃!!
「ぐッ!?」
一瞬意識が途絶え、せっかく抱えた弟を手放してしまう。
「兄さん!!」
「ま、待ってろ!!」
ゴロゴロと地面を転がる弟の身体。
すぐに引き返して手を伸ばすも、コダックがその手を掴む前に“彼の足が踏み潰された”。
「ッぁぁああ――」
たまらず悲鳴を上げたコダック。
その声を搔き消す、レオパルドの絶叫。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!!!!」
冷静になれる訳もなかった。
発狂し、レオパルドが殴る。
無事だった左腕で。
その左腕も、ポキッと折れた。
「ッ――」
ゾッと背筋が凍る。
ここまで手も足も出ない相手は、レオパルドにとって初めてだった。
いつもは逆の立場。
手も足も出されない強者の立場。
しかし、今日は違う。
手も足も出ない立場になって、初めて彼はその絶望感を知った。
生まれて初めて弱者の気持ちを知った。
だからこそ、生まれて初めての「絶望感」に彼は耐えられなかった。
「えっ、兄さん? ……待って!! 見捨てないで!! 兄さん!! 兄さんッ!!!!」
「ッ~~~~!!!!」
レオパルドは逃げ出した。
振り返ることなく。
死を悟り、だけど死にたくないと、彼は一人で逃げ出した。
右腕も、左腕も折れたまま、必死にその足を回す。
たった一人の弟を見捨て、無我夢中で彼は走り続けた。
■
~ ドラノア視点:大穴の深層9023番洞窟にて ~
「――“あの日”、俺は逃げたんだ。『守ってやる』と約束した弟を見捨てて、俺は一人で逃げた」
そう語るのは、10年前の出来事を話し終えたレオパルド。
ボクの目から見ても、彼が自責の念に取りつかれているのは明白か。
「死ぬほど自分に言い訳したよ。あの場に留まったところで二人共喰われるのがオチだ。だったら俺だけでも生き延びた方がマシだと、そう自分に言い聞かせながら俺は逃げた。……死ぬほど言い訳を作って、死ぬほど後悔した。こんなにみっともないことはねぇ。こんなに情けないことはねぇって」
淡々とレオパルドは言葉を紡ぐ。
10年前の話に涙を流すこともなく、しかしながら昨日の出来事かの様に彼は語る。
「情けなさ過ぎて何度も死にたくなったが、だからって自殺する勇気もねぇ。本当の俺は弱いんだ。弱いくせに無駄に頑丈で10年も生き永らえて……その内に死ぬのも諦めた。どうせこのままじゃあ死んでも死にきれねぇ。それならせめて、一度でいいから死ぬ前に弟の姿を見たい。何かしらの奇跡が起きて、生きてるならそれでいいし、白骨化した遺体があれば御の字だ。どういう形であろうと俺は弟に逢って、そして謝りてぇんだよ。『守ってやれなくてすまねぇ』と、『一人で逃げてすまねぇ』と。ただそれだけだ」
そう口にするレオパルドの顔は、何処か吹っ切れたような表情だった。
ずっと溜め込んでいた思いを吐き出した、という程でもないだろうけど、他人に話して楽になった部分があったのかもしれない。
ただまぁそれがどちらにせよ。
彼には彼の目的があるようにボクにはボクの目的があるし、それに無視出来ない話もあった。
(弟さんを襲った“真っ黒い岩奇獣”ってのが気になるね。単に黒い鉱石で出来た岩奇獣なのか、それともバグなのか……もしくはバグに寄生されていた可能性もあるのか?)
10年前の話とはいえ。
レオパルドでも勝てなかった相手が深層の洞窟にいる、ということは頭に入れておいた方がいいだろう。
期せずして得た情報が、ボク等の命を救う可能性だって十二分にあるのだから。
「そう言えばさ、レオパルドの話で思い出しんだけど、洞窟管理棟に飾られてた“黄金の大剣”の写真って弟さんが撮ったものだったんだね」
「ん、あぁ。コダックが最後に撮った写真がアレだ。何の罪滅ぼしにもならねぇが、せめてアイツが撮った写真を皆に見せてやろうと思ってよ。そしたら管理局の連中が『採掘者の意欲を煽る』とか何とか言って、洞窟管理棟にデカデカと――いやまぁそんな話はどうでもいい。柄にもなく語っちまったな。すまねぇ、忘れてくれ」
「別に謝ることでもないけど……ちなみに“黄金の大剣”があった洞窟ってここだったの?」
「いや、11077番洞窟だ。『桃源郷』もその先にあった」
(ん? 11077番?)
それは話がおかしい、繋がらない。
「ここって9023番洞窟だよ? 11077番ってわかってるのに、何でこんな場所に潜ってるの?」
「それは――」
「どうやら“洞窟の噂”は本当だったみたいね」
クオンだ。
長らく沈黙を保っていた彼女が久しぶりに口を開いた。
話に夢中でクロの椅子に座らせていることすら忘れていたけれど、彼女が発したそのワードを無視する訳にはいかない。
「洞窟の噂って何?」
「『Closed World (閉じられた世界)』が『Closed World (閉じられた世界)』たる所以よ」
「えっと……どういうこと?」
「『Closed World (閉じられた世界)』の深層、つまり9000番以降の洞窟は“閉じられている”の。どれだけ奥に進んでも、いつの間にか他の洞窟に繋がってしまい、決して何処にも辿り着けない――でしょ?」
ボクの斜め上にいるクオンが更に斜め上へ視線を向けると、レオパルドが神妙な面持ちで頷く。
「あぁ。深層の洞窟ってのは実に不思議なもんでな、何度潜っても他の洞窟に繋がっちまうんだ。アレコレ手を変え品を変えても、『桃源郷』どころか黄金の大剣にすら辿り着けない。それこそレールを敷いてそれを辿っても、いつの間にか別の洞窟と繋がっちまう」
「なるほど、この前もそんな感じで出逢ったんだね」
「そういうことだ。まぁ三連続で同じ奴と逢うのは初めてだが……あー、ちと待った。岩奇獣だ」
ピタリとボクが足を止め、その横でレオパルドが拳を構える。
前方の暗がりから出てきたのは、道を塞ぐほど幅の広い岩奇獣。
シルエット的には「巨大なカエル」と言ったところか。
「岩呑蛙だな。馬鹿でけぇ図体で道を塞ぎ、来たもの全てを丸呑みにする。深層でも上位の部類に入る相手さ」
「それは手強そうだね。手伝うよ」
「いや、要らねぇ」
そう言い切ったレオパルド。
彼の巨体が、更に大きな岩呑蛙の伸ばした舌に呆気なく掴まる。
そのまま「あ~ん」と丸呑みにされるものの、直後に岩呑蛙の身体が“四散”。
本体の蓄熱光石も破壊されたのか、四方八方に飛んだ岩石がそのままガラガラと崩壊。
先程まで岩呑蛙がいた場所には、レオパルドだけ残っていた。
「――10年鍛え続けた。今の俺なら、あの真っ黒い岩奇獣にも勝てるはずだ」
“勝利”とすら思っていないのかもしれない。
岩呑蛙を難なく撃破したレオパルドが、瞳の奥に見えない炎を宿しているのがわかる。
(多分、ボクでも岩呑蛙には勝てた。だけどあんな一瞬で倒せるかって言われたら……流石に覇者は“格”が違うや)
10年鍛えたと彼は言うが、鍛えた年数で言えばこちらは4000年。
彼より400倍も長く鍛えている訳だけれど、恐らく彼の方が「より強くなっている」。
ゲームみたいに数値が見えるなら、間違いなくレオパルドの方が上昇した値は多いだろう。
“素質”、“才能”、“センス”。
言い方は何でもいいけれど、少しだけ嫉妬してしまうのは致し方のないこと。
それを認めたうえで、ボクはボクなりの戦い方をしていくしかない。
フルフルと頭を振り、纏わりついてきた彼への嫉妬を振り払ってから歩き出す。
「ねぇレオパルド、『桃源郷』ってどんな場所だったの?」
「ん? そうだな……まぁあそこが本当に『桃源郷』かどうかはわからねぇが、確か空は真っ黒だった。足元には真っ白い綺麗な花が咲いていて、それが綺麗っちゃ綺麗だし、不気味と言えば不気味だったな」
記憶を掘り起こすように、比較的ゆっくり喋るレオパルド。
その後、彼は非常に興味深い言葉を発した。
「ただまぁ、何もよりも目を引いたのは“馬鹿デカい扉”だな」
「――え?」




