11話:地獄の師匠
完全に想定外の事態だ。
ボクを捕まえに来た5人の管理者を返り討ちにしたら、空から『Fantasy World (幻想世界)』の覇者が――“魔人:ホルス”が降って来た。
「ひっく、あぁ~……何だぁ、この騒ぎは?」
皆の注目を一身に浴びる魔人。
彼はグルリと周囲を見渡し、最後にトロンとした瞳でボクを見る。
その後に「ぷはぁ~~」と吐き出された息は、とても“酒臭い”。
「おい、魔人様酔ってないか?」
「いつものことだろ? 酒好きで有名だし……っていうか、何でここにいるんだ? 普段は城にいる筈だろ?」
「そりゃアレだよ。もうすぐ“祭り”だからな」
周囲の野次馬達から聞こえて来た会話。
これは起死回生の一手、その手掛かりになるかも知れない。
(完全に“詰んだ”と思ったけど、そうでもないかも? 魔人が酔っ払ってる状態なら、もしかしたら“ある”かもしれない)
相手は「覇者」。
『全世界管理局』が認めた最上位の管理者だ。
その人選は何よりも「強さ」が優先され、覇者は必然的にその世界で最も強い人物、つまりは世界最強の人物となる。
明らかに格上の相手ながら、酔っ払った状態であれば――。
「パルフェ、今の内にボクから離れてって……あれ?」
いない。
周囲を見回しても彼女の姿が無い。
魔人の登場に臆して1人で逃げたのだろうか?
(逃げ場なんて一体何処に……いや、別に気にする必要も無いか。元々彼女は関係ないし、1人の方が気を使わないで済む)
手間が省けたと喜ぶべきで、それよりも今は“身体に溜めた地獄の熱”をナイフに宿す時間だ。
「ちょっと魔人様、また酔ってるんですか? その子供をちゃちゃっと捕まえてくださいよ。そいつ密猟者ですよ」
「密猟だぁ? そいつは見逃せんな……ひっく。……密猟者は何処だ?」
「目線のずっと下ですよ。そこに薄汚れた金髪の小さなガキが……って!! ちょっとアンタッ、何よその煙は!? 何で身体から黒い煙が出てるわけ!?」
ボクの身体に起きた異変――身体から黒煙が立ち昇っている現状。
それに気づいた妖精族の管理者が狼狽えるも、彼女に事情を説明する義理も無い。
酔っ払った魔人が本気を出す前に“一撃で倒す”為に。
(ここで捕まったらジーザスへの復讐もクソも無い。4000年も耐えてようやく脱獄したんだ。ここは死ぬ気で抵抗する……ッ!!)
ドクンッ!!
心臓が大きく脈を打つ。
脈を打つたび、ボクの身体が焼けそうな程に熱を帯び、地獄を彷彿とさせる黒煙がユラユラと立ち昇る。
「ま、魔人様ッ、何かアイツやばいですよ!! 早く倒して下さい!!」
「あぁ? 一体何がヤバいと……おぉ?」
ボクから立ち上る煙を見て、魔人の瞳に正気が宿った。
けど、もう遅い。
準備は整った。
身体に溜めた「地獄の熱」をナイフに宿し、持てる力の全てをこの一振りに懸ける。
(“地獄の師匠”が教えてくれた、地獄の熱の使い方。その奥義……ッ)
黒雲が覆う地獄の空に、風穴を開ける業火の一撃。
地獄の底から始まる反逆の火柱。
“終獄炎”
溶岩の如き赤黒い炎が、魔人を足元から燃やし尽くす!!
――筈だった。
しかし、それが現実となる前に、巨体を誇る彼の胸に“魂乃炎”が灯る。
「“黄泉ノ乾風≪よみのあなじ≫”」
ただ一言。
魔人が発したその一言で、反逆の火柱は呆気なく消え去り――
(……え?)
ボクは一瞬で“氷漬け”となった。
■
『ひっく、あ~……俺は城に帰る。後は頼んだぞ』
ボクが氷に閉じ込めた後、魔人は赤ら顔のまま星空の彼方へ飛び立った。
残された管理者達は、どうしようもなく鎮座する大きな氷塊(ボク入り)を呆然と眺め、それから管理局まで運ぶ手段として、大きな一本角を持つ馬の幻獣:ユニコーンを用いた「荷馬車」ならぬ「荷ユニコーン車」を手配。
野次馬達にも協力を仰ぎ、やっとの思いで氷塊を荷車へ載せ、ようやく管理局に向けて「荷ユニコーン車」が動き始めたところだ。
ここに至るまで、ボクが氷漬けにされてから1時間近く経過しただろうか?
「はぁ~、魔人様にも参ったぜ。こんな馬鹿デカい氷を残していくなんて」
氷を伝って管理者達の愚痴が聞こえてくる。
不満があるのは彼だけではないのか、一人が口を割ると他の面子も次々と腹の内を割り出した。
「全くだよ。凍らせるだけなら半分のサイズで十分だってのに。それに妖精パイセンもさっさと帰っちまうしよぉ」
「あの人、面倒臭いことはいつも俺達に押し付けるからな。あの“魂乃炎”さえなけりゃ、俺がギャフンと言わせてやるのに」
「止めとけ止めとけ。あの人も魔人様に負けず劣らずの酒好きだ。酔っ払って絡まれたら何されるかわかんねーぞ」
どうやら管理者も楽な仕事ではないらしい。
彼等には彼等なりの苦労が見え隠れするけれど、ともあれ。
そんな状況下で氷に閉ざされたボクは、寒さで意識を失わないよう“地獄の熱で身体を温め”、ジッと好機を待っていた。
他でもない「脱出のチャンス」を。
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――
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~ 1500年ほど前(地獄時間) ~
既に2500年以上が経過したボクの地獄生活は、八大地獄の六つ目『焦熱地獄』を迎えていた。
ここまで来れば最早地獄で知らないことなど何も無いと思っていたけれど、それでも地獄は驚きに溢れていた訳で……。
「ドラ、地獄の熱を身体に閉じ込めろ。それが出来れば好きな時に炎を出せるようになる」
自信満々でそう口にするのは、ボクが地獄で出逢った数少ない話せる相手。
“地獄での師匠”とでもいうべきその人物が言うには、ボクの身体には「地獄の熱を閉じ込める」ことが出来るらしい。
ただ、言われたからといって「はい、そうですか」と納得できる話でもなく……。
「あのさ師匠。先に言っとくけど、ボクはそんな“魂乃炎”持ってないよ? そもそも八大地獄の中じゃ“魂乃炎”は使えないし。熱に強い地獄の鬼族ならともかく――」
「あ~、ガタガタうるせぇな。俺が出来るつったら出来るんだよ。ほら、ちょうどあの亀裂から熱々の黒煙が昇ってるだろ? アレを“喰え”」
「……はい?」
一応聞き返したけれど、あまり期待はしていない。
聞き間違えだったら嬉しいなぁと、その程度の淡い期待はこの地獄だと裏切られる。
「アレを喰えって言ってんだよ。あのアツアツの黒煙を」
「師匠、アタマ大丈夫? 煙を口に入れても咽るだけだよ?」
「うるせぇ、黙ってやれ。出来るようになるまで、その日の終わりに俺がテメェを殺し続けてやるからな」
「えぇ……」
~ 数時間後(地獄時間) ~
――斬!!
地獄の師匠は本当にボクの首を刎ねた。
その翌日も、翌々日も、十日後も、二十日後も、師匠はボクの首を刎ねた。
刎ねて、刎ねて、刎ね続けて。
一体どれだけ首を斬られたか、それを数える気も無くなってしばらく。
ゴクンッ。
(あれ? 煙を入れても咽なくなった……?)
理由はわからない。
師匠に尋ねても教えてくれない。
ただ一つ確実なのは、その日を境にボクは熱々の黒煙を、つまりは“地獄の熱”を身体に溜められるようになった。
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かくして“今”に至る。
(さてと、魔人が戻って来る気配も無いし、いつまでも氷の中でジッとしてる必要は無いね)
流石に牢屋まで運ばれると脱出の難易度が上がるし、その前にさっさと逃げ出すのが「吉」。
今から行うコレは、その為の一手。
“熱達磨”
身体に溜めた地獄の熱を使い、焚火にくべた石の様に身体を熱する。
ボクの身体は僅かに赤く光り、これで「氷は一瞬にして蒸発」となれば良かったけど、流石にそうはならない。
氷を全て溶かすには物凄いエネルギーが必要になる為、ボクが溶かすのはあくまでも身体の周囲にある氷だけだ。
それでも、少しずつ確実に氷を溶かし、多少動ける程度の空間が出来ればこちらのもの。
下半身は溶けた氷の水に浸かりつつ、手を伸ばし、上部の氷を溶かして天井を薄くし、そして遂に穴が開いた。
「ふぅ~、久々の外だ。ようやく新鮮な空気が吸えるよ」
「なッ!? 貴様ッ、どうやって氷を!?」
「そこはほら、企業秘密ということで」
顔を出したボクに後ろの管理者が慌てるも、真面目に答える義理もない。
すぐさま逃走ルートを確認し、ボクは跳んだ。
「じゃあね」
「おい待てッ!!」
そう言われて待つ訳もなく。
氷塊分の高さを生かし、近くの建物の屋根に着地して全速力で走り出すと、当然の様に管理者達が騒ぎ出す。
「密猟者が逃げたぞ!! 増援を呼んで追いかけろ!!」




