110話:新種のヘビ腕族(?)
「ふぅ、喰った喰った。ちと焦げ臭かったが案外イケるもんだな」
黒焦げの「料理」とすら呼べないモノを全て平らげ、男がぬっと立ち上がる。
4メートル近いかなりの体躯で、ゴツゴツとした身体を持つ「鉱石族」の大男。
しかもこの顔には見覚えがあった。
「あれ、レオパルド?」
「ん、俺のことを知ってんのか?」
「知ってるも何も、この前ボクと会ったよ。岩奇獣から助けてくれたし」
「俺が助けた? ……あぁ、この前洞窟にいた迷子のチビッ子か。そういやそんな事もあったな」
言われて納得とレオパルドが――『Closed World (閉じられた世界)』の覇者:レオパルドが、岩の拳をゴンッと鳴らす。
おじいちゃんと洞窟の下見に来た際、圧倒的な強さで岩奇獣を蹴散らしてくれたのは記憶に新しい。
懐かしさを感じるには少々短い期間ながら、どうやらボクのことを完全に忘れていたらしい。
「人の顔を覚えるのは得意じゃねーんだ。まぁそもそも覚える気もねぇけど……って、そんなことはどうでもいい。何でまた洞窟にいる? また迷子になったか?」
「それは――」
「探し物よ。アナタには関係無いわ」
ボクへ被せる様にクオンが口を開いた。
その目が「私に任せない」と暗に言っているのは、ボクが『原始の扉』というワードを安易に出さないよう配慮した結果か。
「それよりアナタ、『Closed World (閉じられた世界)』の覇者でしょ? そっちこそこんな場所で何してるのよ」
「何処で何をしてようが俺の勝手だろ。迷子じゃねーならいちいち助けないが、本当にそれで問題無いな?」
「ある訳ないでしょ。っていうか、何を勝手に横になってるのよ? ここは私達が寝ようとしてた場所なのに」
「知るかよ。俺が何処で寝るかは俺の勝手だ。嫌なら他所を当たってくれ」
そのままゴロンと寝返りをうち。
岩の様に大きな覇者レオパルドは、ボク等に背を向けたまま静かになった。
優しい人なのは間違いないけれど、それ以上に不愛想というか周囲に興味が無いようだ。
「どうする? 他の場所探す?」
「嫌よ。こんな男の為に、この私が移動するなんて癪だもの。ここで寝るわ」
「……だと思ったよ」
この程度で引くクオンではないし、仮に引く理由があったとしても留まる理由の方が大きい。
要するに彼女のプライドが高いだけなのだけれど、結果として無駄な移動を抑えられるなら悪い話ではない。
(まぁいいや。もしも寝てる間に岩奇獣が襲ってきても、レオパルドが撃退してくれそうだし)
それから改めて食事を取り(クオンが「任せられない」とレトルト食品を温めてくれた)。
レオパルドから少し離れたところでボク等も眠りについた。
――――――――
~ 洞窟探索2日目 ~
「さて、そろそろ出発するわよ」
簡単な朝食を終え。
今日も今日とてクロの椅子に座ったクオンが偉そうな声で号令を出す。
本日の目的も変わらず『原始の扉』探し、その為の洞窟探索だ。
「とりあえずは昨日の巣まで戻って、そこから別ルートに行くってことでいいよね?」
「そうね、出来たらこの9023番洞窟は今日明日中に終わらせたいところだけど、何処でどう繋がっているかわからないから、出たとこ勝負は避けられないわ。別の洞窟と繋がってる可能性もあるし」
「その場合は何処まで探索する? 食糧的には残り3日分しかないし、このままだと現地調達する羽目になるよ。岩奇獣って食べれるのかな?」
「食べられるわけないでしょ。今日明日で探索して、何も見つからなかったら一旦帰るわ」
「りょーかい」
昨日から引き続きの洞窟探索。
今のところコレといった手ごたえは得られておらず、この先も得られる保証は何処にも無い。
(『原始の扉』……覇者のレオパルドなら何か知ってそうだけど、起きた時には既に居なくなってたし)
この先どんな岩奇獣が出てくるかわからない。
出来たら彼の力を借りたいところだったけど、いない人間の力をアテにしても無駄だろう。
ひとまずは昨日の温泉地底湖を通り過ぎ、分かれ道になっていた岩奇獣の巣まで戻った。
そこから別のルートを選択し、ボク等は新たな道を進む。
――結果。
丸1日かけて洞窟を進むも『原始の扉』は見つからない。
倒した岩奇獣の数が無駄に増えただけだった。
――――――――
~ 洞窟探索3日目 ~
「今日何も見つからなかったら、明日は隠れ家に帰るわよ」
「う~ん、未だに1つ目の洞窟すら終わらないとは……」
一筋縄ではいかないとわかっていたけれど、ここまで時間をかけても「進展無し」というのは徒労感が凄い。
クオン曰く。
「進展無しという進展があったじゃない」との話だけど、そんな言葉を口にした彼女にも投げやり感が混じっている。
相も変わらずクオンを「クロの椅子」に乗せ、ボク等は終わりの見えない洞窟探索を続けていた。
(分かれ道もちょくちょく出てくるし、これは今日1日じゃあ終わりそうにないね。出てくる岩奇獣は一人で倒せるレベルだけど、無駄に手強いし……ん?)
岩奇獣のことを考えたからだろうか?
不穏な気配を感じた直後、前方から岩の塊が――岩奇獣が飛んで来た!!
が、それはボク等目掛けて襲い掛かって来たわけではない。
近くの壁に激突した岩奇獣がドサッと力なく地面に墜ち、そのままガラガラと崩壊。
僅かに輝く小さな鉱石を残し、呆気なく暗闇の中に消えた。
「あらあら、これは……」
クオンが怪訝な顔をし、ボクは「やっぱり」と呟く。
洞窟の前方に見覚えのある大きなシルエットの男性がいたのだ。
「何だ、またお前等か……って、おいチビッ子、その腕は何だ? “魂乃炎”じゃなさそうだな」
覇者:レオパルド。
彼の姿を見るのもこれで4度目。
どうやら同じルートを探索していたのか、ボクの右腕を見た彼が怪訝な顔を向けてくる。
初見では当然の反応だけれど、別の見方をすれば「怪訝な顔程度」で済んでいるとも言えるだろう。
「下僕は“ヘビ腕族”っていう珍しい種族なの。『Beast World (獣世界)』にあるジャングルの奥地で、最近になって見つかったわ」
「ふ~ん、そんな人間がいるのか。世界は広いな」
興味があるのか無いのか、もしくはすぐに冷めるタイプか。
クオンの適当過ぎる説明でレオパルドは納得したが、ボク等がここに来たことにはあまり納得していない。
「どうしてここに来たかは知らねぇが、悪いことは言わねぇからさっさと引き返しな。この辺の岩奇獣は舐めてかかると死ぬぞ?」
「余計なお世話よ。それより私達はこの洞窟に用があるの。アナタ邪魔だから他の洞窟に行ってくれないかしら?」
「ふんッ、俺が何処に行こうと俺の勝手だろ。そもそも誰か出て行くなら、後から来たそっちが出て行くのが筋ってもんじゃねーか?」
「あらやだ、か弱い私に出て行けっていうの? 気遣いの出来ない男ね。脳みそまで石で出来てるのかしら?」
「ちょっとクオン」
流石に言い過ぎたと彼女を止め、恐る恐るとレオパルドの様子を伺う。
間違いなく怒っているだろうなと思いきや、予想に反しレオパルドは複雑そうな顔を浮かべていた。
見た目に反して意外とナイーブなのか。
それともまた別の理由かわからないけれど、ここは仲裁に入った方がいい。
「まぁまぁ二人共、そんなに互いを邪険にしなくてもいいじゃない。レオパルド、せっかくだから一緒に探索しようよ」
「お前達と一緒に? 足手纏いは遠慮してぇんだが――」
“鎌鼬”
そして
“爆炎地獄”
風の刃と爆炎。
それぞれを左手一本でレオパルドの左右に放つと、彼の目が僅かに見開かれた。
「なるほど、足手纏いにはならなそうだ」




