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109話:つまみ食いの大男

 ~ ドラノア視点:『Closed World (閉じられた世界)』:9023番洞窟 ~


「はぁ~、洞窟で温泉というのも乙なものねぇ。下僕もそう思わない?」


 ボクの背中――鍾乳石の後ろから聞こえてきた心穏やかなクオンの声。

 同じ湯船に浸かっているなら同意するかも知れないけれど、生憎と「見張り」真っ最中のボクに同意できる道理は無い。


「気持ち良さそうのは結構だけどさ、そろそろ上がってくれない? もう30分近く入ってるでしょ。いつ何処から岩奇獣ガンズマンが出てくるかわからないんだからさ」


「大丈夫よ、下僕が全部倒すもの。それにこんな秘境の温泉なんて滅多に入れないんだし、今の内に堪能しておかないと勿体ないじゃない。アナタも入ったら?」


「言ってることが矛盾してるって。ボクが温泉に入ったら誰が周囲を警戒するのさ?」


「その矛盾を無くすのも下僕の務めよ」


「………………」


 相変わらず無茶を言う。

 岩奇獣ガンズマンの巣に足を踏み入れ、集中攻撃を受けたのはつい先ほどの話なのに、警戒心を何処かへ置いてきたらしい。


 ただ、岩奇獣ガンズマンを倒した数で言えば、ボクが「1」に対してクオンは「20」。

 彼女より偉そうに出来る訳も無い。


(はぁ~、クオンといると気疲れが絶えないよ。そもそもこんな場面をパルフェに見られたら、一体何て言われるか……)


 想像すると身体がブルルッと震える。

 岩一つを隔たりに、その向こう側には裸のクオンがいる。

 彼女を守る為とはいえ、あまり他人から見られていい場面ではない。


「クオン、そろそろ本当に上がってよ。あんまりのんびりしてるとおじいちゃんに怒られちゃうよ」


「………………」


「クオン?」


「………………」


 返事が無い。

 先ほど無言を返したボクの対応に怒ったのだろうか?

 それとも、無音の中で岩奇獣ガンズマンに襲われた?


 ――いや、一番確率が高そうなのはそれではない。

 ザワリと胸騒ぎが起き、心の中で謝りつつ背後の岩から顔を出す。


「ちょっと大丈夫? 全然返事が無いから……クオン!?」


 見つけてしまった。

 湯船の上に、ぷかーと浮いている彼女の“小さな姿”を。



 ■



 事の顛末は至ってシンプル。

 大人クオンが温泉でのぼせた → 気を失ったまま全身が濡れる → “水に弱い絵の力”を失い → 小さな姿に戻ったまま気絶。

 そこから彼女を引き上げ → 身体を冷やし → 持参した水筒を飲ませようとしたら“噛み付いて来た”。


「ぷはぁ~、生き返ったです」


 ボクの首筋から離れたクオンの顔に、失われていた精気が蘇える。

 逆に、彼女の口から糸を引く唾液で繋がったボクは、生気を失った顔で作り笑いを浮かべるのが精一杯だ。


「よ、よかったね。元気になって……」


「ご、ごめんなさいです。愚かな私の為に美味しい血を提供して頂いて、それも口で直接いっちゃって……大丈夫です?」


「あー、まぁちょっと吸われ過ぎた感もするけど、死にはしないと思うから」


 言いつつ、フラリと身体がよろける。

 クオンの顔に焦りの色が浮かんだ。


「うぅ、本当にごめんなさいです。大人姿の私がご迷惑をお掛けして……このご恩は一生かけてでも必ずお返しするです」


「いや、そこまで気にしなくてもいいよ」


 土下座の上、頭を地面に擦り付けて必死に謝罪してくるクオン。

 先程までと違い過ぎて呆気に取られてしまうけれど、小さな姿というか“本来の姿”だと本当に彼女は弱気だ。


(はぁ~、昨日も思ったけど、これはこれで気を使うんだよねぇ。今の姿と大人の姿、その中間くらいの性格だと嬉しいんだけど……)


 そんな自分勝手な願望を夢見つつ。

 パルフェが持たせてくれた“ハチミツ栄養ドリンク”を口に含むと、身体中に染み渡る甘みと共に失われた活力が一気に蘇って来た。

 今更だけど、パルフェの『ぬるぬる』で生まれたハチミツの凄さを改めて実感する。


 それから。

 ボクもカラスの行水程度にお風呂に入って、汗と共にこれまでの気苦労を流したら準備は万端だ。


「さて、そろそろ行こうか。クオン、歩ける?」


「何言ってるのよ。下僕が運ぶに決まってるでしょ」


「あっ……」


 いつの間にかクオンが大人の姿に変身している。

 どうやら洞窟内ではこっちの姿でいきたいらしい。


(筆の染料、残りが半分くらいになってる……これ以上は無駄遣いさせないようにしないと)


 機嫌を損ねると面倒だ。

 望み通り彼女をクロの椅子に乗せ、ボク等は再び洞窟探索を再開。

 行き止まりがあれば岩奇獣ガンズマンの巣に戻ることを決め、深層の洞窟を奥へ奥へと進む。


 いつ何が出てくる変わらない状況下。

 油断せぬよう気を引き締めるが、ここまでは薄暗い道が続くだけだ。

 『原始の扉』がありそうな気配も無く、引き締めたばかりの気も緩んだのか右斜め上から「はぁ~」ため息が聞こえてくる。


「退屈よねぇ、洞窟探索って。私に似つかわしくない地味で危険な仕事なのに、私が強いから任せられちゃってるのは癪だわ。下僕もそう思うでしょ?」


「似つかわしくないかどうかは知らないけど、地味で危険な仕事っていうのは確かにそうだね。他に人手が無いから仕方ないとは思うけど……でも、そもそも『原子の扉』って歩いてるだけで見つかるモノなのかな?」


「それこそ見つけてみないとわからないわ。黄金の大剣はともかく、扉がどんな見た目をしているのかはグラハムだって知らないもの。まぁとりあえず言われた洞窟を一通り回れば、誰も文句は言わないでしょ」


「う~ん、それはそうかもだけど……」


 文句を言っても仕方ないけれど、行き当たりばったり感が凄い。

 クオンは「見つかったらラッキー」くらいに考えていて、あまり真面目に探すつもりも無さそうだ。

 まぁこの洞窟に絶対あるって確証もないし、と思っていたところで先の道が“途切れた”。


「あら、この先は行き止まりね」


「ん~、行けそうな道は……どこにも無いね。さっきの巣穴まで引き返す?」


「いえ、今日はここでビバークするわ。あんまり根詰め過ぎても体力が持たないし、休める時に休みましょう。下僕、食事の用意をなさい」


「はいはい、仰せのままにしますよ」



 ~ 10分後 ~


「ちょっと下僕、そこに正座なさい」


「……はい」


「で、どうして温めるだけでいい料理が“真っ黒に焦げている”のかしら?」


「うっ」


 突き刺すような視線が痛い。

 食事の用意を命じられたボクは、温めるだけのレトルト料理を温めただけで怒られていた。

 理不尽極まりないと思いたいところだけど、実際問題として食べられないモノをこしらえてしまったボクの責任は重い。


「ご、ごめんなさい……」


「ごめんなさいじゃなくて、どうしてレトルト料理が真っ黒に焦げているかを聞いてるのよ。子供でも出来ることが何故出来ないのかしら。お湯で温めるだけよ?」


「それはわかってるんだけど、早く食べたいだろうと思ってボクの炎で直接焙ったらさ、思いのほか燃えちゃって……」


「アナタ馬鹿なの?」


「ぐっ……温めるだけなら、お湯が無くてもイケると思ったんだけど……丸焼きなら結構得意だし」


「そういえばアナタ、キッチンも丸焼きにしたって聞いたわ。馬鹿じゃなくて大馬鹿者だったのね」


「………………」


 いとも簡単に言葉が突き刺さる。

 遊びの無いストレート過ぎる表現に、反論出来ないのが何よりも辛いところか。

 ボクの落ち度が100%で言い訳のしようもない。


「全く、下僕のくせに料理の準備も出来ないなんて下僕すら失格ね。もっと他の呼び方を考えなきゃ……『犬』にしようかしら」


「ひ、酷い」


「確かに、それは犬に失礼だったわね。じゃあアナタは今から『犬未満』よ」


「せめて人間扱いしてよ。悪気があった訳じゃないんだから」


 誰にだって失敗の一つや二つくらいある筈だ。

 元を辿せばボクに料理を任せて来たクオンにも責任がある筈、というのは流石に責任転嫁が過ぎるか。

 彼女の視線も「怒り」から「呆れ」に切り替わっている。


「悪気があろうとなかろうと、貴重な食事を台無しにした下僕の罪は重いわ。見なさいよ、この黒焦げ料理――というか料理ですらないモノを。最早捨てるしかないわね。到底ヒトが喰えたものじゃないわ」



「いや、そんなことねーぞ。案外イケる」



「「え?」」


 ――気づかなかった、ボクもクオンも。

 黒焦げになった料理とすら呼べないモノを、一人の大男がつまみ食いしていた事に。

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