107話:岩奇獣《ガンズマン》の巣
「あっ、ちょっと何するのよ?」
クロの椅子から地面に降ろすとクオンが不満げな顔を向けて来たが、それは状況を分かってなさ過ぎるという他ない。
20、30……いや40はある真っ赤な眼玉。
つまりは20匹の岩奇獣が、無数に空いた壁の“巣穴”から顔をのぞかせている。
それを彼女に説明している時間は無い。
ドンッ!!
銃声にも似た音と共に、巣穴から岩が飛び出してきた!!
クオンを抱えてすぐさま回避したはいいものの、先程までボク等がいた地面には大きな亀裂が入っている。
凄く硬い深層の岩盤にヒビを入れるその威力は、誰の目から見ても脅威以外の何物でもない。
(っていうか、岩だと思ってのは“頭”か? 首が亀みたいに伸びてる)
砲弾として地面にぶつかった岩。
その正体は真っ赤な目を宿した岩奇獣の頭で、それがゴムのように縮んで再び穴の中に戻った。
つまりあの岩石砲に“弾切れ”という概念は無く、しかもそれが“群れ”レベルで襲って来る!!
「ちょッ、流石にこれは……ッ!!」
高速で襲い掛かる岩石砲の嵐。
密室に放たれた無数のゴムボールを「全て避けろ」と言われているに等しく、どれだけ早く動いたところでやがてぶつかる未来は避けられない。
であれば――。
「“鎌鼬”!!」
隙を見て斬撃を放ってみるも、硬い頭にガキンと弾かれて終わり。
まともに力を込める時間も無く、頭の破壊は諦めた方が吉か。
となると。
硬い頭よりも伸縮する“首”を狙う方が有効そうだけど、しかし、今の一撃でヒートアップしたのか攻撃の手が全く緩まない。
「あらあら、これは大変ねぇ。頑張りなさい下僕」
「頑張りたくてもッ、キミを守るだけで精一杯だよ!! 一回この巣から出なきゃッ」
「いえ、出なくていいわ。私を巣の中心に降ろして、それから3秒守りなさい」
「何するつもり!?」
「言われた通りに動く、それが下僕の仕事よ」
「ッ――どうなっても知らないからね!!」
呆れと怒り、半々の気持ちで地面に彼女を降ろすと、当然の様に全方位から岩石砲の嵐が迫る!!
自由になったクロの右腕でそれらを全て弾くも、こんな芸当が長続きする訳もない。
「ぐッ!?」
背中を一発かすり、バランスを崩したボクに追撃が来た。
“竈蹴り”!!
地獄の熱を宿した足蹴り。
未だ慣れない足技で何とか追撃を逸らすも、ボクに出来たのはそこまで。
最早自分の身を守るのが精一杯で、気づいた時には複数の岩石砲がクオン目掛けて放たれていた。
(これはッ、間に合わない……ッ!!)
半ば諦めかけたそのタイミング。
彼女が胸元から“巻物”を取り出し、クルンと一回転してそれを広げる。
「“檻絵巻:鳥獣戯画”」
封を解かれ、広げられた巻物。
その薄っぺらい紙に岩奇獣の頭が触れた瞬間。
岩奇獣の頭が、伸びる首が、巣穴の中にあった芋虫みたいな身体までもが――“巻物の中に吸い込まれる”。
「……へ?」
まるで排水溝に流した水だ。
クオンを攻撃した全ての岩奇獣の身体が、見えない力に引きずり込まれて巻物の中へ消えた。
降り止むことの無かった岩の雨はピタリと止み、途切れなく続いていた無数の暴音は嘘の様に静まり返っていた。
――――――――
「捕まえただけよ。向こうから勝手に飛び込んでくれたし、楽勝ね」
無数の岩奇獣を吸い込み、シュルシュルと勝手に巻き戻った巻物。
それをクオンが拾って紐で縛り、何食わぬ顔で胸元に仕舞う。
ここまでが「夢」だと勘違いしても仕方ない光景だけど、足元の硬い岩盤は戦場の中心地かと思うくらいボロボロになっている。
これが現実世界での出来事だと示す動かぬ証拠だ。
「あの数の岩奇獣を一瞬で……凄いね。クオンの絵は何でも捕まえられるの?」
「対象の力量次第よ。強い相手だとそもそも捕まえられないし、仮に捕まえてもすぐに逃げられちゃうわ。基本的には雑魚専用ね」
「逆に言うと、さっきの岩奇獣で雑魚扱いってこと? もしかしてクオン、目茶苦茶強い?」
「当然でしょ、何よ今更」
小さく「ふふん♪」と鼻を鳴らしたクオン。
そこには満更でもない顔が映し出されている。
彼女の“魂乃炎:絵画転写”が凄いのは知っていたけれど、よもやこれほどの代物だとは思っていなかった。
「これ、最早ボクが要らない気がしてきたんだけど……」
「あら、そんなことないわよ。私の運搬係と血の補給係っていう大役があるじゃない。泊りになった際の寝床確保と食事の準備も下僕の役目よ」
「……益々ボクが要らない気がしてきたよ」
「フフッ、冗談よ。まぁ半分は本気だけれど――」
「“黒蛇鞭”」
咄嗟にクロを振るった!!
タイミング的には“クオンの頭にぶつかる寸前”。
真上から飛んで来た岩石砲を弾き返し、爆炎地獄で飛び上がってナイフを振るう。
「“黒蛇:大鎌鼬”」
狙うは真上の巣穴。
そこに一匹だけ生き残りがいたのだ。
「ちょっと、いきなり何を……って、まだいたのね」
クオンもようやく生き残りに気付いたが、この状況下なら完全にボクの仕事。
天上の巣穴に籠った岩奇獣の身体を、特大サイズの風の刃で断つ!!
『ギェェェェエエエエエエエエ!!』
耳を劈く断末魔。
命が宿った最後の声と共に、二つに分かれた芋虫みたい身体が落ちて来る。
鉱石なのか生物なのか判別のつかない二つの断面図。
そこに本体である蓄熱光石は見当たらない。
まだ身体の中に隠れているというよりは、最初から見えていた“アレ”が蓄熱光石だったのだろう。
――パリンッ。
頭の目玉、2つの真っ赤な蓄熱光石。
その命をクロの牙で破壊すると、巣穴にいた最後の岩奇獣は静かにガラガラと崩壊した。
――――――――
レールは途切れていたものの、道が完全に途切れていた訳ではない。
岩奇獣の居なくなった壁の穴を調べると、空気の流れている穴を複数見つけることが出来た。
その中から一番歩きやすそうな穴を選んで、再び『原始の扉』を探して進み始める。
(ふぅ~、動いた後だからか蒸し暑いな……。甘くて冷えたアイスが食べたいけど、洞窟でそんなの求めるだけ無駄か)
「――褒めてあげるわ」
「ん?」
進み始めてすぐ、これまた何の脈絡もなく右斜め上からお礼が届いた。
相変わらずクロの椅子に座り、常に偉そうなクオンには珍しく何処か遠慮がちな声だ。
「褒めるって何? 運んでること?」
「それは下僕として当然の行い、感謝するに至らないわ。さっき助けてくれたことを褒めてあげたのよ」
「あ、それは褒めるに値するんだ? まぁでも別に気にしないでいいよ。クオンが全く気づいてなかったみたいだから、代わりにボクがやっただけだし」
「あらやだ、下僕のくせに言うじゃない。『ボクは強いぞ~』ってアピール? それとも私に対する挑発かしら?」
「別にそんなんじゃないけど……」
本当にそんなつもりはなかったけれど、先程の言い方ではそういう風に捉えられても致し方ないか。
岩奇獣の群れを一瞬で片付けたクオン。
その「強さ」に、知らず知らずのうちに嫉妬しているのかもしれない。
「気を悪くしたなら謝るよ。ごめん」
「フフッ、そうやって素直に謝れる子は嫌いじゃないわ。ご褒美に背中を流してあげようかしら?」
「いいよ別に。っていうか洞窟にお風呂なんて無いでしょ」
「あら、そうとも限らないわよ。さっきから徐々に“蒸し暑くなってきてる”と思わない?」
「え、クオンも? 実はちょっとそう感じてたんだよね」
先ほど岩奇獣と戦って身体が熱くなった、という理由だけではなさそうだ。
滅茶苦茶動いたボクはともかく、あまり動いていないクオンも同じ感覚を覚えている。
その証拠に。
彼女がライトで照らす壁には“水滴”がついており、前方からは少し鼻に突く“臭い”も漂って来た。
「この臭いはもしかして……あっ」
「ほらね、言ったとおりでしょ」
自慢げに語気を強めたクオンと、彼女を運ぶボクの視界も前方に捉えた。
暗がりの中でユラユラと立ち昇る湯気。
その発生元となっている、蓄熱光石に照らされた“揺らめく水面”を。
つまり、ここは――。
「ようやく見つけたわ。『温泉地底湖』よ」




