98話:途切れた景色
幻獣の王様:ドラゴンに攫われたパルフェ。
すぐさま彼女を追いかけるも、“見えない何か”にぶつかって足止めを余儀なくされた。
「ドラの助早く!!」
「わかってるッ、すぐ行く!!」
怯えるパルフェの声に返している間も。
視界の悪い濃霧の先――真っ白い光景の中を進むドラゴンとの差は広がるばかり。
距離を縮める為に再度“爆炎地獄”を試みるも、しかし実際に爆炎を放つ前に「無駄よ」と後ろから声が聞こえて来た。
「無駄ってどういうこと!? 何でこの先に進めないの!?」
「だって、私が消したもの」
「消した? 消したって……どういう意味?」
「どうもこうもそのままの意味よ。ほら、見て御覧なさい。何もない白い景色の先、その遥か向こうに薄っすらと雪山が見えるでしょ?」
「雪山? ……あぁ、確かにあるね。あの雪山に向かってドラゴンは飛んでるみたいだけど」
「“北の祠”っていうドラゴンの住処があるのよ。だけどそこに至るまでの風景を私が消しちゃったから、ここから雪山までの世界が存在していない。つまりは雪山までの道が物理的に途切れているの」
さも当然とばかりに吸血鬼族のクオンが告げる。
わかるような、だけどわからないような話だけれど、そう言われたらそうなのだと受け入れる他ないだろう。
「つまり、クオンが風景を描いてない場所には入れないってこと? でも実際にドラゴンが入ってるけど……」
「みたいね。何故かしら?」
「えぇ……」
はて? と首を傾げたクオンに慌てている様子はない。
逆に、今この瞬間も離れてゆくパルフェからは「助けてぇ~~!!」と悲痛な叫びが届き続けている。
ただ、その声も徐々に小さくなっているのは誰の目にも明らかというか、誰の耳にも明らかな話。
このまま「しょうがないか」と諦めていい理由にはならない。
「よくわかんないけど、結局ここはクオンの“魂乃炎”で創られた世界なんでしょ? 今すぐこの先の風景を描いてさ、そしたらパルフェを助けに行けないかな?」
「嫌よ、面倒事は嫌いなの」
「そこを何とか。パルフェだって同じ組織の仲間なんだし」
「グラハムが勝手にそう言ってるだけでしょ? 私は別にアナタ達の仲間になった覚えはないわ」
必死の懇願にツンとそっぽを向くクオン。
この状況下で「我儘言わないで」と言いたいところだけど、それはあくまでボク視点の話。
彼女からしてみれば、勝手に絵の世界に入って来て、それで勝手に攫われたパルフェを助ける義理は無いらしい。
「頼むよ、お礼は必ずするから。血も好きなだけ提供するし」
「あら、悪くない提案ね。だけど足りないわ。そこに追加で“何でもする”っていう条件を飲むなら、助けてあげないこともないけど」
「うっ、“何でもする”か……」
馬鹿でもわかる危険な言葉だ。
普通ならそんな約束絶対にしないけれど、しかし選んでいられる立場にも無い。
小さなため息と共にボクは頷いた。
「わかったよ。ボクに出来ることならやるよ。でも無茶過ぎることはやらないからね?」
「いいわ、交渉成立ね。少し離れてて頂戴」
言われた通り距離を取ると、クオンの胸に“魂乃炎”が灯る。
すると、手にした大筆の先端に不思議と「青色と白色」が滲み出てきた。
その筆をサッと一振りすると――
「おぉ~ッ」
思わず感嘆の息が漏れる。
大筆の軌跡に合わせて、真っ白い空間に“空”が生まれた。
パルフェが攫われている緊急事態ながら、マジックショーでも見ているかの如き光景に息を呑まざるを得ない。
続けて。
筆の先端に「茶色と緑色と青色が」が滲み出て、クオンが更に一振り加える。
すると今度は目の前に“渓谷”が現れた。
対岸まで50メートル、高さは100メートル以上あるだろうかなり大規模な渓谷で、深い谷底には急流の川とそれに映える緑が生い茂っている。
ここから追加でもう一振りすると、ご丁寧にも対岸までの吊り橋が掛かった。
それで一仕事終えた彼女が「ふぅ~」と一息つく。
「久々に働いて疲れちゃったわ。とりあえずこれでいい?」
「ありがとう。お礼はまた今度――」
「待ちなさい“下僕”。今創ったのはここから見える範囲だけで、ある程度進んだらまた世界が途切れるわ。あの子を助けたかったら私を連れて行くことね」
「あ、そうなんだ。わかったよ(っていうか……下僕?)」
聞き間違いかな?
と思ったのは最初だけ。
「ドラゴンの住処になってる雪山まで、あと数回は道を創る必要があるわ。下僕が私を運びなさい」
「えっと……一応確認するけど“下僕”ってのはボクのことで合ってる?」
「他に誰がいるのよ? 何でもするって約束したんだから、アンタはもう私の下僕よ」
「いや、下僕になる約束はしてないんだけど……」
「じゃあいいわ、もう手伝ってあげない。あの子の死体すら拝めないまま、報われないその小さな一生を終えればいいわ」
「わ、わかったよ」
人質はパルフェの運命。
それを盾にされると、流石にこちらとしても首を縦に振らざるを得ない。
しぶしぶ了承するものの、しかし完全にボクの不満が無くなった訳ではない。
「もうこの際“下僕”呼びでも何でもいいけどさ、ボクが運ばなくたって自分で走れるでしょ? 移動くらい頑張ってよ」
「あらやだ、下僕ってお馬鹿さんなのかしら。そんな重労働したら死んじゃうでしょ?」
「いやいや、走ることが重労働って……そんなに運動不足なの?」
「当然よ。顔には出してないけど、ここまで追って来ただけでヘロヘロなの。私のか弱さを舐めないで欲しいわね」
「………………」
“か弱い”という理由で腕組みされる意味がわかないけれど、意味が分かったところでそこに意味も無いだろう。
ボクは考えることを辞め、右肩からクロを出した。
――――――――
「乗り心地は案外悪くないわね。振動に強いのは評価ポイントよ」
「そりゃどうも」
無理やり編み出した“クロの椅子”だけど、クオンからの評価は上々。
人間の右肩から出たヘビの上に人が座っている――傍目から見たら奇妙奇天烈な光景だろうが、当人が満足しているみたいなので問題ない。
今は先ほど描かれたばかりの道を進み、パルフェを攫ったドラゴンに追いつく事が最重要だ。
なお、クオンは先の景色に注意を向けるボクとは違い、クロの方に興味津々。
「それにしても、まさか下僕が“バグ持ち”だったとはね。グラハムが組織に引き入れるのも納得だわ」
「そんなに珍しいモノなの?」
「勿論。“魂乃炎”が発現するよりよっぽど珍しいわ。まぁ最終的に喰い殺されるバグ持ちだっているし、幸運なことかどうかは知らないけどね。下僕も喰い殺されない様に気を付けなさい」
「う~ん、気を付けろと言われても……」
クロとボクは確かな信頼関係が築けている。
余計なお世話だよ、と言い返せればよかったのだけれど、生憎とクロから直接そんな言葉を聞いたわけでもない。
以前「眠り」についてから久しく起きていないクロだけれど、またいつか目を覚ます時が来るのだろうか?
(その時は喰い殺されない様に頑張らないと……いや、どう頑張ればいいのかもわかんないけど)
答えが出ないままボクは走り続け、クオンに途切れた道の先を何度か描いて貰い、ようやく辿り着いた。
真っ白な雪化粧をした険しい山脈の前に。
「くしゅんッ」
立ち止まると同時にクオンがくしゃみをし、ブルルと身体を震わせる。
「流石に雪山は寒いわね。自分の世界で凍死しちゃいそう」
「『絵画転写』で温かい服とか創れないの?」
「創れなくはないけど、染料が残り僅かしか残ってないわ。さっき大量に使っちゃったし。ほら」
言って、クオンが大筆の軸先を指さす。
そこだけ軸が透明な管になっており、虹色の不思議なインクが僅かに残っているのが見て取れる。
「残りがこれしかないから、使えてもあと1回ってところよ。それをここで使い切っちゃうかどうか悩みどころね」
「染料の補充は出来ないの?」
「意図的には無理よ。日を跨いだら自動で補充される仕組みなの」
「なるほど。一日の使用上限が決まってるのか……」
既に雪山まで辿り着いているとはいえ、この先何があるかわからない。
彼女の能力は可能な限り温存しておきたいところだけど、とは言えこのままではクオンが風邪を引いてしまう。
無策で雪山に突入するのは愚策でしかないだろう。
「しょうがないね、ここから先は“ボクが暖房器具になる”よ」
「……はい?」




