97話:幻獣の王様
『ぬるぬる』を纏い、無理やり絵の世界に入って来るパルフェ。
そんなまさかの光景を前に、これまで常に余裕だったクオンの態度が遂に崩れた。
「ちょッ、嘘でしょ? 勝手にこの世界に入れる訳がないわ……ッ!!」
あり得ない、起こり得る訳がないと。
信じられないモノを見る目でクオンが叫ぶも、起きている現実は変わらない。
ボク等の部屋にいた筈のパルフェが、向こうの世界にいた筈のパルフェが、少しづつ、しかし確実に身体を“こちら側へ”ねじ込んで来る。
そして遂に、パルフェの身体全てがこちら側である「絵の世界」に入って来た。
その背後で「真っ黒い何か」が動く――。
「パルフェ、後ろ!!」
「えッ、何!?」
慌てて彼女が振り返るも、そこには宙に切り取られた枠が存在しているだけ。
絵の世界に入り終えた彼女は「はて?」とこちらに向き直る。
「後ろが何? どうしたの?」
「あ、いや、何か見えた気がしたんだけど……(気のせいか?)」
聞き返されて逆に戸惑う。
そんなボクの横では、同じく戸惑っているクオンの姿があった。
ただし、戸惑いレベルで言えば確実に彼女の方が上で、そもそも戸惑っている内容がボクとは違う。
「呆れた……何なのアナタ? 私が許可をしない限り、この世界には入って来れない筈なのに……」
「ふんッ。本物の愛を持ってすれば不可能なんて無いの。私達のラブパワーを舐めないでよね!!」
「ラブパワー? それがアナタの“魂乃炎”なの?」
「そうよ。大体そんな感じ」
エッヘンと胸を張り、平気で大嘘を吐いたパルフェ。
対するクオンは無許可の侵入許した結果となり、苦虫を嚙み潰したような顔をパルフェに向ける。
無論、これらの現象は「ラブパワー」などという、口にするのも恥ずかしい“魂乃炎”の仕業ではない筈だ。
(どういう理屈か知らないけど、『ぬるぬる』で無理矢理突破したのか……相変わらず無茶苦茶な“魂乃炎”だね)
ぬるぬる特有の「滑らせる」力で、絵の世界に滑り込んだ的な話なのだろうか?
アレはどういう訳かハチミツにも変わるし、彼女自身をスライムみたいな軟体生物にも出来る力を持っていて、ある意味無限の可能性を秘めているとも言える。
「さぁドラの助、早く部屋に帰ろ。抜かれた分の血を私のハチミツで補充してあげる」
「ハチミツが血の代わりになるか知らないけど、部屋に戻るのは賛成だね。でもちょっと待って。戻るならクオンも一緒じゃないと」
「クオンってその女? 何でそんな女を私達の部屋に……」
「それがさ、どうやらおじいちゃんの知り合いらしくてね。つまりはボク達の仲間みたいなんだ」
「仲間? ドラの助を勝手に攫ったそのいけ好かない女が?」
「いけ好かない女って……」
出逢って数分でコレだ。
随分とクオンのことを目の敵にしているみたいだけど、まぁ初対面があんな感じではそれも致し方ないことか。
相手がテテフみたいな少女なら、パルフェも「可愛い~」ってなっていたんだろうけど、生憎とクオンはパルフェよりも身長が高い。
それにどちらかと言えば、「可愛い」よりも「綺麗・美人」という言葉が似あうタイプで――と、ここまで分析して思い出す。
「そう言えば、クオンって部屋にいた時はもっと小さな姿じゃなかった? 絵の世界に来た途端、大きくなった感じがしたけど……って、何見てるの?」
しばらく言葉を発していなかったクオン。
パルフェの侵入に驚愕し、言葉を失っていたのかと思えば、実はそうでもなかったらしい。
何やら熱心に遠くの方を――木々の茂み、その先の風景に目を細めている。
「ちょっとアンタ、私のドラの助が声かけてんだから無視しないでよ。そんなに遠くを見つめて一体何があるっていうの?」
「……来るわ」
「だから何が?」
パルフェと、そしてボクもクオンに習って視線を向けた時だ。
木々の枝葉をへし折りながら、大きな生き物が物凄いスピードで空を駆けて来る。
そして、ボクの前から“一人攫った”。
「……へ? えぇぇぇぇええええ~~~~ッ!?」
「パルフェ!?」
突如として“大きな爪”で宙に攫われたパルフェ。
その頭上には「幻獣の王様」とでも言うべき生き物が、大きな両翼を力強く羽ばたかせている。
「ッ――何で絵の世界にドラゴンが!? アレは『Fantasy World (幻想世界)』の幻獣の筈……ッ!!」
「私が描いたのよ。ここは魔女がドラゴン退治する物語の世界だもの」
「えっ?」
サラッと答えたクオンの声に、ボクは思い当たる節があった。
「もしかしてそれ、『千年魔女の物語』?」
「あら、部屋に置いていた絵本を読んでくれたの? せっかくなら感想を聞かせて貰えるかしら?」
「感想言えるほど読み込んでる訳でも――って、そんなことしてる場合じゃないよッ」
ボクが暇つぶしに読んでいた部屋の絵本。
その作者がこんなところにいるとは思わなったけれど、今優先すべきはパルフェだ。
ドラゴンは警戒しているのか、太い脚の長い爪で彼女を捕まえたまま宙に留まり、こちらの様子を伺っている。
「パルフェッ、『ぬるぬる』で脱出を!!」
「そうしたいけど“魂乃炎”が使えないの!!」
「もう切れたの!?」
「ううんッ、まだ余力はある筈なのに使えないの!! 地獄の中みたいに!!」
「まぁ当然ね」とは隣にいたクオンの言葉。
「ここは私が創った世界だから、私以外は“魂乃炎”が使えないのが普通よ。これ以上好き勝手されたら流石に困るわ」
「困ってるのは私なんですけどッ!?」
空中から涙目で怒声を上げるパルフェ。
それで『ぬるぬる』が使用可能になることはなく、自力での脱出は望めない。
「ドラの助ッ、ラブパワーで助けて!!」
「そんなパワーは持ってないけど――“鎌鼬”」
ドラゴン目掛けて風の刃を放つ!!
が、「ボウッ!!」と吐き出された炎のブレスで相殺された。
(流石にこの距離は威力が落ちるか。しかも相手は幻獣の王様、一筋縄ではいかないね)
加えて、今の一撃で警戒心が高まったらしい。
ドラゴンが一際力強く羽ばたいて上昇し、そのまま逃げる様に進路を取る。
「助けてぇぇええ~~!!」
「今行く!!」
悠長にしていられる時間は無い。
黒ヘビをバネにして地面に叩きつけ、跳躍。
木々の上まで一気に浮上し、左手から爆炎を放って逃げるドラゴンを追う!!
(“爆炎地獄”の連発は消耗が激しすぎるッ。速攻でパルフェを救出してさっさと降りないと――ん? 霧か?)
先の景色が急に真っ白だ。
予想外の濃霧の中でドラゴンを見失う訳にはいかない。
そう思って、更に加速した直後。
「ぶッ!?」
“見えない何か”にぶつかった。
「くそッ、一体何が!?」
よくわからないけど強制的に止められた。
重力に従い落下を始めた身体で、再び“爆炎地獄”を放ってドラゴンを追いかけるも――
ガンッ!!
またしても見えない何かにぶつかり、そのまま地面に墜落。
すぐさま体勢を立て直して走り出すが、やっぱり何かにぶつかって先へ進めない。
手を伸ばしてみると、不思議な力によってグッと押し戻される。
「何だコレ? 透明な何かに阻まれてる……?」




