95話:暗闇に浮かぶ真っ赤な瞳
~ 『Ocean World (海洋世界)』から帰還したその日の夜 ~
(はぁ~、ある意味では今までで一番の難題かも……)
パルフェとテテフ、隣のベッドで抱き合う様に眠る二人。
そんな彼女達を尻目に、寂しくも独り占めしたベッドの上で、ボクは真っ暗な天井を見ながら心の中でため息を吐く。
――――――――
――――
――
―
「次の任務は“鬼”じゃ」
――昼間、おじいちゃんが放った唐突過ぎる言葉。
それだけで全てを理解できる訳もなく、ボクは当然の権利として言葉の意味を問い正した。
「えっと、純粋にどういうこと? 任務が鬼って何?」
「何じゃ、最近の子供は“かくれんぼ”を知らんのか?」
「かくれんぼ? いやまぁかくれんぼくらい知ってるけど……えっ、“鬼”ってかくれんぼの鬼のこと?」
「そうじゃ。お主には鬼になってもらい、隠れた者を見つけてもらう」
「……それ、必要なの?」
言わずもがな「かくれんぼ」は子供の遊びだ。
確かにボクの見た目は子供っぽいかも知れないけれど、生憎とかくれんぼをして遊ぶ歳ではなく、白けた目をおじいちゃんに向ける。
「何じゃその目は、ワシを疑っておるのか?」
「いやだって、かくれんぼでしょ? どうしてわざわざそんな子供の遊びを……」
「遊びではない。番貝を入手した今、早速明日にでも『Closed World (閉じられた世界)』へ出発――といきたいところじゃが、生憎と人員が揃っておらん。その為に、隠れ家の何処かに隠れておる仲間を見つけ出してもらう」
「え? この隠れ家、誰か隠れてるの? ボクとパルフェとテテフ、それにコノハとおじいちゃんと……“それ以外”に?」
「あぁ、既に数カ月は顔を見ておらんが、恐ろしく出不精の引き籠りじゃから外には出ておらんじゃろう。という訳で、あとは頼んだぞ」
―
――
――――
――――――――
コレが事の顛末、その全て。
本当にそれだけの情報を残し、おじいちゃんは「用事がある」と再び隠れ家を後にした。
今となっては面倒事をボクに押し付ける為、「用事がある」と嘘を吐いて出かけている様にすら思える。
もし本当にそうだとしたら「遺憾の意」を表明したいところだけど、それを表明したところでボクの待遇が変わるとも思えないのが辛いところか。
暗闇に包まれたベッドの上で。
今一度「はぁ~」とため息を吐き、理不尽感が拭えない処遇にそれでもボクは真面目に向き合う。
(とにかく、まずはその人の居場所を突き止めないとだね。隠れ家の中にいるなら、比較的簡単に見つかるとは思うけど……)
隠れ家を出る際、おじいいちゃんは「入り口を探せ」と言っていた。
普通の部屋ではないところ、もしくは隠し部屋を作ってそこに引き籠っている可能性もある。
逆を言えば「その程度の情報」しかないので、手当たり次第に探す他ないのが現状だ。
まぁ何十人、何百人が暮らす建物でも無いし、丸一日かけて隠れ家を探せば流石に見つかるとは思うけど……。
「ふぁああ~~、あぁ~~。……明日に備えて今日は寝よう」
気持ちよさそうに眠る二人の少女を眺めつつ。
心の中で「おやすみなさい」と呟き、ボクは目を閉じて今日という一日を終わりにした。
■
……ゴソッ。
(ん? 何か物音が……パルフェかな)
今の時刻はわからないけど、まだ眠りについてからそんなに時間は経っていない。
パルフェ、もしくはテテフがトイレの為に目を覚ましたのだろうか?
それくらいならわざわざ確認する程でもないけれど、物音が妙にこちらへと近づいてくる。
確認の為、ボクは薄っすらと瞼を開き――
(……何だ、またあの夢か)
一周回って腑に落ちた。
物音の正体は、最近よく見る“幽霊”だ。
つまり、コレは夢。
真っ赤な瞳の幽霊が夜な夜な壁から現れる夢。
細長い尻尾の先端をボクの首へプスッと刺し、チューチューと血を吸い上げる夢。
(痛くはないから別にいいけど、一体何なんだろうこの夢は? ……っていうか、本当にこれって夢なのかな。……もしかして、おじいちゃんが言っていた“隠れてる仲間”がこの幽霊なのでは?)
最初は「幽霊の夢」だと決めつけていたけれど、おじいちゃんの話を聞いた後では急に現実感が増してきた。
幽霊のイメージでよくある“身体が半透明に透けている”訳でもないし、ドレスみたいな服の下にはしっかりと脚も確認出来る。
加えて。
今まで「目を合わせちゃ駄目」だと思い、見るのを避けていた幽霊の顔をよくよく見ると――かなり幼い顔立ちだ。
華奢で小柄な身体つきから察するに、テテフと同年代の少女だろうか?
(うぅ、何か気分が悪くなってきた……貧血かな。夢ならいくら血を吸われても関係ない気がするけど、それともやっぱりこれは……)
今のところ敵意は感じない。
ただ、この子が幽霊にしてもそうじゃないにしても、我慢するのはそろそろ限界。
いつもより随分と長く血を吸われているし、夢にしては覚めなさ過ぎる。
ここは万全を期してクロを出すか、もしくは――。
「ねぇ、いい加減に辞めてもらえない?」
「ひゃッ!?」
声を掛けると、悲鳴と共に幽霊が跳び上がった。
見た目通りの幼い声で、だけど幽霊には似つかわしくない程に吃驚している。
慌ててボクの首からスッと尻尾を抜き、爛々と輝く真っ赤な瞳を恐る恐るこちらに向けて来る。
「い、いつから起きてたですか?」
「う~ん、ボクの首に尻尾を指す前かな。1つ確認したいんだけど、これって夢で合ってる?」
「そ、そうです。これは夢です。間違いないです」
「う~ん、やっぱり現実か」
「むぐぐ……流石に騙されないですか」
最早間違いないだろう。
こんなに会話できる幽霊なんて聞いたことが無い。
彼女は幽霊ではなく現実の人間で、これはボクの夢ではなく現実の出来事だ。
(なるほどね、これでスッキリした――訳が無い)
むしろ逆。
夢ならそれで済んだ話も、現実となればそうもいかない。
「聞きたいことは沢山あるんだけどさ、まずはどちら様? おじいちゃんが言ってた組織の仲間ってキミのこと?」
「えいッ!!」
「ッ!?」
返事も無く、断りも無く。
少女が“魂乃炎”を燃やし、隠し持っていた「絵」でボクの頭を叩く!!
途端、世界の景色が一変した。
(――はい?)
先程まで、ボクは確かに部屋の中に居た。
しかし今、周囲には木々が生い茂り、茂みの先には平原が広がっていて、丘の上には城があり、その上空には青空まで見える。
そしてそのどれもが、まるで“絵に描いたようなタッチ”の風景になっていた。
「えっと……何ここ? 何か見覚えがあるような、無いような……」
「ようこそ、私の世界へ」
「んん?」
横を見て、これまた頭を捻らざるを得ない。
先程の幼い少女は姿を消し、その代わり――なのかどうかは知らないけれど、苔の生えた大岩の上に“大人の女性”が座っていた。
(誰だ? 初めて見るけど……似てるな)
彼女とは間違いなく初対面。
だけどどこか見覚えある気がするのは、“先程の幼い少女と似た服装”だからだろうか?
顔つきも何となく似ているというか、むしろ先程の少女がそのまま大人になったような顔つきで、普通の人にはない細長い尻尾も健在だ。
どういう訳か、その手には「大きな箒」を携えているが……今のところ殺気は感じない。
「えっと、もう全部投げ出したい気分なんだけどさ、そういう訳にもいかないから一応尋ねるね。ここは何処でキミは誰?」
「フフッ、後者の質問には『クオン』と答えておくわ。だけど前者についてはさっき話したわよ。二度手間を取らせるのは感心しないわね」
「二度手間って、『私の世界』って言っただけじゃん。それが意味不明だから聞き直してるんだけど」
「あらやだ、我儘な子ねぇ。説明も面倒だからスルーしていいかしら。今、ちょっとだけ眠いのよね。いつもより欲張って血を吸い過ぎちゃったから」
言いつつ、クオンと名乗った女性は気だるそうに大岩の上へ寝そべった。
そのまま大きな欠伸をしてウトウトと舟をこぎ始めるも、こちら的にはそれをスルーする訳にはかいない。
「あのさ、これが夢ならスルーしてもよかったんだけど、そうじゃないなら状況を把握しない訳にはいかないでしょ? ただでさえこっちは血を吸われてる訳だし」
「あらやだ、しつこい男ね。粘着質なタイプ? ストーカーになりそうでこわ~い」
「………………」
「冗談よ」
ナイフに手を伸ばそうとしたら、速攻で訂正してくれた。
話が通じない相手ではないらしい。
「それで、私に何を聞きたいの? スリーサイズなら“グラマラス”とだけ答えておくから、後は想像に任せるわ」
「別にスリーサイズは気にしてないけど……えっと、名前が『クオン』っていうのはわかったけどさ、結局キミって何者? 何でボク等の部屋にいたの?」
「あら、それは認識に齟齬があるわね。そもそもあの部屋は“私の部屋”よ」
「……へ?」




