1話:奴に地獄は生ぬるい
――ようやくだ。
待ちに待ったこの日がようやく来た。
今日はボクが通う『世界管理学園』の卒業式。
新世界『AtoA』の秩序を守る、“管理者”を育てる学園の卒業式当日。
天気は生憎の雨模様だけど、これから飛び降りるボクにとっては相応しい天気なのかもしれない。
一歩、たったの一歩。
ザーザー振りの雨の中、学園の屋上から足を一歩踏み出すだけ。
それだけで、ボクの身体はあっという間に地面へと向かって落下を始めた。
12年間、ボクに暴力を振るい続けた「世界で一番憎い男」の目の前で――。
「ドラノア!!」
落下防止のフェンス越しに、奴が珍しくボクの名前を叫ぶ。
その自分の名前すら、今となってはどうでもいい。
これで終わりだ、『ジーザス・A・バルバドス』。
「ボクは“キミを人殺しにする”」
「ッ!?」
12年間も奴に殴られ、青痣だらけとなったボクの小さな身体。
誰からも蔑まれるこの小さな身体が、硬い石畳の地面に叩きつけられた瞬間、奴の真っ暗な未来が確定する。
世間から「名家」と名高いバルバトス家の次男が、クラスメイトを“殺したことになる”のだ。
奴のこれまでの悪行を記した文書やメールも関係各所に送付済み。
これで12年にも及ぶジーザスの悪行は世間に暴かれ、バルバトス家の地位は地獄の底まで失墜するだろう。
今後、ジーザスは一生「人殺し」の汚名を被って生きることになる。
明日のこの世界にボクはいないけれど、明日のこの世界に生きるジーザスは死ぬより辛い気分になっている筈だ。
“奴に地獄は生ぬるい”。
ボクはずっと思っていた。
この先の人生を悠々と生きてもらっては困るし、人並みに生きて普通に死んでもらっても困る。
ボクの倍以上――3メートル越えの巨体で12年間もボクを苦しめ続けた男が、絶望を与え続けた男が、地獄を見せ続けた男が、真っ当な人生を送ってもらっては困るのだ。
『チビで無能なテメェは“負け犬”だ。殴られても当然の存在なんだよ』
そんな理由にもならない理由でボクを殴り続けたジーザスに、一生「人殺し」の十字架を背負わせる為に。
その為だけに、奴の社会的地位を完膚なきまでに叩きのめし、奴の人生を修復不可能なくらい無茶苦茶にしてやる。
それこそが、ボクの心が告げた願い。
心の奥底から自然と沸き起こった願いだった。
間もなく、その悲願が叶う。
この目で見ることは叶わないけれど、想像するだけでも十分だ。
今から楽しみでしょうがない。
楽しみ過ぎて、左目の周囲に広がる醜い痣が――前髪に隠した醜いその痣が、湧き上がる喜びにズキズキと疼く。
「アハハハハッ、アハハハハハハハハハハッ!!」
落下しながらボクは笑った。
それはもう心の底から、12年分の笑い声を一気に放出した。
もう、やり残したことは何も無い。
12年間もボクを苦しめ続けた世界で一番憎い男への、命を賭けたボクの復讐劇はこれを持って幕引きとする。
この後は天国にでも行って、輪廻転生を迎えるまでのんびりと穏やかに過ごすだけ。
せめて、最後は笑って死のう。
これで本当に、ボクの人生に思い残すことは何も無い――その筈だった。
――――――――
――――
――
―
ボクは死んだ。
間違いなく死んだ。
火の玉みたいな「魂の姿」となっているので、間違いなく死んでいる。
しかし。
当初の予定では今頃「天国」に辿り着いている筈が、紆余曲折を経て「地獄」に辿り着いていた。
(くそッ、どうしてボクだけこんな目に!!)
今更悔やんでも悔やみきれない。
死後の世界で起きた“不可避の出来事”――“ボクの人生で最悪の再会”。
それによって強制的に地獄に落とされたボクは、地獄の覇者である『閻魔王』に裁かれる羽目となる。
「貴様を“無限地獄の刑”に処す!! その魂が尽き果てるまで、地獄の裁きを受け続けるがいい!!」
かくして。
ボクの人生を賭けた『ジーザス・A・バルバドス』への復讐劇は、地獄にて新たなる門出を迎えた。
■■ 行間 ■■
ふと、幼い頃に習った話が頭の中に蘇る。
かつて世界は『地球』と呼ばれるたった1つの世界で成り立っていた。
たった1つの『地球』にありとあらゆる「命」が生まれ、たった1つしかない『地球』の資源をありとあらゆる手段で喰らい尽くした。
『地球』を創造した神は思った。
“増え過ぎた「命」を養うには、もはや『地球』では狭すぎる”。
神は『地球』を取り壊し、新たに26もの世界で構築された新世界『AtoA』を創造した。
それぞれの世界にアルファベットの『A』~『Z』に対応した名前をつけ、あらゆる「命」を26もの世界に振り分けた。
そんなお伽噺みたいな「世界の歴史」を初めて知った時から、一体どれだけの時間が流れただろうか?
■
~ 『AtoA』歴:998年 ~
「A」の世界:『After World (はじまりの世界)』にある『世界管理学園』。
『AtoA』の秩序を守る「管理者」を育てる学園、その屋上から飛び降りたボクの魂は、予定外にも地獄へ到着。
そして何故か“無限地獄の刑”を命じられる結果となる。
この結果には不服申し立てしたいところだけど、地獄の覇者:「十王」の一人である閻魔王に逆らえる筈もなく……。
あれよあれよという間に、これまた別の十王:秦広王の共へと連れて行かれたボクの魂。
そこで秦広王の人智を越えた力――魂之炎:呼留により、ボクは「魂の姿」から「人間の姿」に戻される。
足元は裸足。
上はボロボロの布を纏っただけの咎人服。
それ以外は小柄で貧弱な生前と同じ姿。
唯一違和感があるとすれば、首に嵌められた鉄の首輪だろうか。
硬く、冷たく、重い首輪が首に食い込んで痛い。
「それは脱獄防止用の首輪ど。オイの持つ鍵で解除せん限り、地獄から逃げようとすれば首が飛ぶど」
ボクの「教育係」だという“赤鬼の獄卒”がそう教えてくれた。
彼の太い首に巻かれた骨の首輪には、沢山の鍵がジャラジャラとぶら下がっている。
(どうにかしてあの鍵を奪えれば……いや、出来る訳ないか……)
3メートル越えの巨体を誇る獄卒から、ボクがその鍵を奪える未来は見えない。
わざわざ鍵のありかを教えてくれたのは、下手にボクが逃げ出そうとしない様に布石を打っただけだろう。
その後は教育係の獄卒に引きずられ、八大地獄の一つである等活地獄へとやって来た。
目の前には深さ数十メートルのだだっ広い大穴が空いており、亀裂の多い焦げ茶色をした地面のあちこちから、黒い煙が幽霊みたいに立ち上っている。
見た目からして地獄が似合うその大穴の中では、“何百・何千もの咎人達”が蠢いていた。
この等活地獄は「生前殺生」をした者が送られる地獄で、中にいる咎人全員が人殺し、もしくは何らかの命を奪ってきた犯罪者だ。
それら極悪人である咎人達の目が、穴の上にやって来たボクを見るなり好奇の色を宿す。
「ゲヘヘッ。新入りが入ってきやがった。何だあの弱そうなチビガキは?」
「おーおー、可愛い顔してんのに等活地獄へと来るとはな。よほど卑怯な真似でも使って人を殺したんだろ」
「ガキのくせに目が死んでるぜ。きっとフラれた女を殺したんだ。俺にはわかる」
「バーカ、フラれたのは女じゃなくて男だろ? ありゃあそういう顔だ。ギャハハハッ」
好き勝手にボクを評する咎人達。
そんな彼等を目の当たりにして、ボクの心からは言い返す気持ちの一つも湧いてこない。
どうしてボクがこんな地獄に……その悲しみだけで心が一杯だ。
(もうやだ、死にたい。既に死んでるけど……ん?)
見間違いかな?
まさかとは思ったけれど、大穴を挟んだ反対側に「天使」を見つけた。
純白の衣を身に纏い、背中にはこれまた純白の翼を生やした薄桃色の長い髪を持つ少女だ。
その天使の少女がこちらをジッと見ている、ように見える。
天使といえば。
この『Heaven or Hell World (天国か地獄世界)』で『Heaven』側――つまりは「天国」に住む種族であり、生まれながらの管理者とも名高い、非常に稀有な種族だけど……。
(でも、何で天使が地獄に……って、アレ? いつの間にか天使が消えてる……見間違い? でもボクは確かに――)
「おい、余所見するなチビ助。これがお前の武器ど」
「武器?」
珍しい天使を見ている場合ではない。
ボクを連れて来た赤鬼の獄卒が、懐から取り出した“一本のナイフ”を渡してきたのだ。
(えっと、一体何の為に武器を?)
その疑問を口に出して訊き返す前に、獄卒が率先して教えてくれる。
「お前には、今日から“殺し合い”ばしてもらうど」
「……え?」
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