単なるポーションだから!!
「ううん……」
神官騎士の女性の声。がばっと彼女は身を起こすと、帯剣したままの剣に手をかける。
「敵は……?」
「呪術師の使い魔なら、そこですよ」
私はヒポポに潰された黒い染みを指し示す。
声に反応して、ばっとこちらを振り向く彼女。ちらりと私の指し示す場所に視線を送ると、ゆっくりと立ち上がりながら、こちらへと声をかけてくる。いつでも剣を抜けるように構えながら。
「貴殿は?」
「協……、いえ。しがない旅の錬金術師です」
私は危うく協会の、と言いかけてしまう。
──習慣って怖いな。退職したのに。というか、今は無職になるのか。なんか新鮮だ。
「錬金術師? くぅっ」
そう呟いたところで、彼女はガクッと膝をつく。
「すいませんが、外傷は勝手に治しておきました。ただ、体内の毒の浄化がまだなので。これを」
私はポーションの残りを見せながら説明する。
「……助けていただいたのか。感謝する。──それで、そのポーションの対価はいくらになる?」
彼女は苦しそうに顔を歪める。
──あー。どうも勘違いされちゃったかなー。途中まで治したのは、もし完全に治したいなら……って思われてそう。別にたいした物じゃないから、タダであげてもよいのだけど。
「これは、無償と言ったら警戒されちゃいそうですね。うーん、他意は無かったんですよ。ポーションを自力で飲んでもらえるから、意識があった方が楽かなって思っただけで」
そう私は試しに軽く言ってみる。
何故か、そこでクスクスと笑い出す彼女。険の取れた表情も相まって、なかなかの破壊力の笑顔だ。
「いや、警戒して申し訳なかった。どうやら本当に善意なのだな。しかし見たところ、そのポーションは相当な品の様子。やはり無償という訳にはいかぬ」
あくまでもそこは頑なな、彼女。
「うーん、ではこうしましょう。私は旅の錬金術師、ルスト。北の辺境の領主、カリーンに仕える予定の者。これは契約と致しましょう。将来、私に厄災が訪れた際は、その剣の力をお貸しいただきたい。騎士様、お名前は?」
私はぴっと姿勢を正すと、右手を拳にし、自分の胸に当てながら名乗りを上げる。そのままお辞儀をすると、古めかしい感じでこれは貸しってことで、と言ってみる。
半分冗談なことが伝わるように、笑顔で。
「……復讐の女神アレイスラが騎士、三剣の三、タウラ。この貸し、確かに借り受けよう。厄災を切り裂く一振りの剣となろう。我が剣に誓って」
タウラはキリリと表情を引き締め、答える。
私が意図したよりも真剣に受け止められてしまったような気がする。まあ良いかと、タウラの伸ばしてきた手にポーションを渡す。
ぐっとあおるように飲み干すタウラ。その体からは先ほどとは比べ物にならないぐらいの光が満ちる。
「温かい……」
自らの顔に手を当てるタウラ。
光が収まったそこには、一切の不調が消えた彼女が佇んでいた。
はっとした様子で、腰に下げた剣を引き抜き、顔の前に掲げるタウラ。
当然、その顔面に刻まれていた入れ墨のような呪いも綺麗さっぱり消えている。
「呪いがっ! 消えている……。どんな聖水でも解除出来なかった呪いが。ああっ!」
タウラの瞳が滲んでいく。その歓喜の表情をぬらす、涙が溢れてくる。
私はそれを見て、なんとなく気まずくなってくる。
呪いを解除してしまったの、ポーションのおまけの作用なので。
材料の完全なる純水は、概念としての水、そのもの。つまり一にして全の存在であり、神が創りし原初の水と同質なのだ。
なので、それは神気を帯びるため、下手な聖水なんかよりも呪いには効果抜群だったりする。
このままだときっと色々聞かれてしまうだろう。こんなに泣くまで感動しているのが、残念ながらおまけ効果だったと言うと、その後の雰囲気が居たたまれないことになりそうだ。なので、私はさっさとこの場を立ち去ることにする。
──さっさとカリーンのとこに向かわないといけないし。特に私の方は用もないしね。
自分から寄り道したことは棚に上げ、そんな言い訳を内心しながらヒポポにまたがると、そのまま出発してしまう。
軽くヒポポの皮膚を叩いて全速力をお願いすると、タウラに向かって叫ぶ。
「それじゃあ、失礼します。私は用があるのでーっ!」
「あっ、待って──」
立ち去る私に手を伸ばして叫ぶタウラ。
「……行ってしまった。金色のポーション、まさかこれは伝説に名高いエリクサー? これはとんでもない人物に借りを作ってしまったな。ふふ、面白い。それほどの御仁が対峙する厄災とやら、如何ほどのものか、腕がなるっ」
タウラはその手に半分以上残っているポーションを掲げながら。
「北の辺境と言っていたな。さっさと復讐を済ませ、北に向かうとするか」
背後に残されたタウラのそんな呟きは、当然離れていく私にまでは届かなかった。
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