94.始まりの街ルクシア-23
光に閉じていた目を開けると、目の前には露店が広がっていた。何度か訪れたことのあるルクシアの中央広場だ。
「すごいな。転移魔法か?」
そう尋ねながら後ろか隣にいるであろうウネを振り返る。
ウネはそこにおらず、代わりに俺の後ろにある大きな青い結晶から出てきたプレイヤーと目が合い不思議そうな顔をされた。
ペコリと頭を下げておいて、ウネを探して周囲を見回す。いなかった。どうやら俺をルクシアに放り出したあとは関与しないらしい。
とりあえずタリアに連絡を取ってアイテムを売りに行こう。今回もそこそこのアイテムを売るために持って帰ってきた。
ただ、浮遊大陸であるというイベントに備えたり、新しく矢を作るためのアイテムを別に持ってきているので以前ほどは売れるアイテムを持っていない。
タリアにフレンドコールをかけると、今は外で活動しているとのことだったので夜8時以降に店に来てくれとのことだった。
通りや広場にもプレイヤーの姿は少なく、皆イベントに向けてレベル上げなどに勤しんでいるようだ。
「とりあえず矢でも作っておくか」
以前初めてコリナ丘陵の探索に出るときに大量に作っておいた鉄蟻の矢だが、先日確認した所残数が100本を切っていた。拾える分は回収していたのだが、破損した分や回収できなかった分が多くどんどん減ってしまっていたのだ。
もう一度蟻の乱獲は面倒くさいので、コリナ丘陵で取れるモンスターの素材を使って矢が作れないかとここ数日試していた。
そして結果、ヒストルの爪とアーカンの牙はうまく削れば良い鏃になることがわかったのだ。そのため今回は、ズタ袋の大半が鏃の素材で埋まるほど持ってきた。
全部をいきなり矢にしてしまうわけではないが、それでも加工には時間がかかるので時間のあるうちにやっておこう。
人通りの少なくなった街の中を通り抜け、プライベートエリアに向かう。夜にタリアの店に行く以上他の街に向かうわけにもいかないし、夜まではひたすら生産をしておこう。
******
「いらっしゃい…久しぶり。また無茶な冒険してたの?」
「今までも無茶をしてたつもりはない」
「あはは、じゃあしてたのね」
「知らん」
指定された時間になったのでタリアの店に向かうと、開口一番そんな失礼なことを言われた。俺は無茶をしているつもりなんて無い。ただ余裕な場所に留まろうと思っていないだけだ。
「それじゃ、店閉めてくるからちょっとまってね」
「わかった」
以前と同様にタリアが店内の人に声をかけ店を閉める。幾度かこの店には来ているが、そのたびに何名か客がいた。しっかりと顧客を確保できているようだ。
「おまたせ。それじゃ中入って」
タリアに案内されて中に入り、席につく。
「ムウくん夕食食べた?」
鑑定のための道具を取り出しながらタリアがそう尋ねてくる。
「いや、まだだ」
「そっか。じゃあ精算終わったら食べに行かない?」
「ああ。ちょうど昼飯も食って無くて腹が減ってるから、ガッツリ食えるところがありがたい」
「良かった。じゃあ精算終わらせちゃうね」
そう言ってタリアがアイテムを精算し始める。待っている間は鏃にする素材を削りながら待つことにした。
「そう言えば、マーシャは呼ばなくても良いのか?」
以前はマーシャに皮系統のアイテムの精算を任せていたことを思い出してそう尋ねる。
「一応私でもある程度は鑑定できるからね。いつもマーシャを呼んでたのは、近くにいたりムウくんがアイテムを持ってきたときは一刻も早くほしいって言ってたからだよ」
「へえ。鑑定が出来ないから呼んでたわけじゃないのか」
「そうそう。ちゃんと皮についても勉強したしね。それにスキルを持ってないっていうなら、私は鍛冶師だから爪とか牙とかの鑑定ができてるのもおかしいでしょ?」
「そう言えば、確かにそうだな」
なんとなく皮はマーシャ、その他はタリアという風に鑑定してもらってたからそんなものかと思っていたが、アイテムの価格ぐらいならタリア一人で出来て当然だ。
「マーシャは今はいないのか?」
近くにいたら呼ぶ、つまり今は店が隣にあるにも関わらず近くにいないということだ。
「あー、マーシャはクエストで出てて別の街にいるの。私はとりあえず区切りがついたから戻ってきたのよ。そっか」
タリアが何かに気づいたように声を上げたので、俺も精算の手を止めて顔を上げる。
「ムウくん冒険者ギルドに入ってないし街にもいなかったし掲示板も見ないから知らないのか」
「ん?何か街であったのか?」
俺がそう尋ね返すと、タリアは面白そうに笑う。
「んー、それは後でご飯食べながら話そっか。はい、精算終わったよ」
「ん、ありがとう」
タリアの示してくれた金額に同意してアイテムとゴールドを交換する。これでしばらくの資金が出来た。
「いい取引もできたし、レストランに案内するわ。ついてきて」
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「ここよ。NPCレストランで最初からあったんだけど、結構美味しいのよね」
タリアに連れてきてもらったのは、店から歩いて5分ほどの位置にある大地人のレストランだった。
扉を開けて入ると、素朴な木で出来た内装に、天井からは明るいランタンが吊るされて店内を照らしている。以前行った肉の店とは違って二階は無いようだ。
店内では数人のプレイヤーが食事を取っていた。満員というわけではないが、そこそこ客が入っているようだ。
「ここのおすすめは揚げ物よ。メニューも揚げ物が多いしね。ガッツリ食べれると思うわ」
「米は無いのか?」
「お米は無いわね。まだ見つかってないし。あ、でもついこの間小麦粉は見つかったわよ」
「なにっ。どこでだ」
小麦粉が見つかったという報告について、つい気がはやって食いつくように尋ね返す。
「ふふっ、とりあえず注文しよ。そのあとムウくんが知らない街でのこと色々と教えてあげる」
「わかった」
メニューを眺めて何を食べたいか決める。わかりやすくするためかメニューには、トンカツや、ロットバードの唐揚げなど、モンスター名以外で料理を判断しやすい名前がついているようだ。
トンカツの文字を見て急にファンタジー世界のレストランが定食屋じみて感じられて、つい小さく笑ってしまった。
「よし、決めた」
「オッケー。すいませーん」
タリアが店員を呼んで注文したあと、俺も続けて注文する。注文したのはトンカツとオニオリング、フライドポテトだ。
「いっぱい注文するね」
「まあ、街の外じゃあそんなに色々と食えないからな。戻ってきたときぐらいは豪華に食べたい。それより、小麦粉について教えてくれ。あとは他の食材に関しても情報があったらよろしく頼む」
「そうね。じゃあそれから話そっか」
その後、時々気になる事があって質問しながら新たに発見された食材について教えてもらった。大体のアイテムは農業都市レーシン周辺のフィールドで発見されたらしい。大地人による農業も営まれているらしいが、その作物は街などで商品として買うことしか出来ないそうだ。
特に素晴らしいと思ったのが、小麦粉の発見に加えて大根、トマトも発見されていることだ。これはあれだ。ピザを作れというお告げだ。実は先日、俺も新しい食材を見つけていたのだ。
「そう言えば、コリナ丘陵の北のアーデラス山脈というエリアで山羊の乳を入手したぞ。正確には山羊じゃないが、山羊に似たモンスターだ」
「ほんと?それだったらバターとかチーズとか作れるのかな?あ、でも牛乳ってそのままだとすぐ悪くなっちゃうんだよね。山羊乳もそうなのかな」
「わからん。一応手に入った分は加熱消毒をして持ってきてみたんだが、それでもそれほど長く保つとは思わないな」
「え、今持ってきてるの?」
「いや、今は持ってきてない。プライベートエリアだ。一応さっき言ってた小麦みたいに入手したときについていた革袋を使っているから多少は保つと思うが、イベントが終わるまで保つかどうか。できればその前にバターやチーズを作ってみたいんだが」
タリアが言うには、新しく発見された小麦粉は自然の中に小麦が群生しているのだが、その穂をある程度刈り取ると穂が合わさって革袋に入った小麦粉に変化するらしい。そのままの穂の状態では小麦としてはうまく使えなかったようだ。
俺が入手した山羊乳はそれと似ていて、ゴウトを数匹倒しているうちに《ゴウトの乳入り革袋》というアイテムを手に入れたのだ。
薄めの革袋で口を栓で塞いであり、中身はおそらく1リットルぐらいの山羊乳だった。試しに飲んでみると、牛乳より少しドロリとしていて匂いも少しきつかったが、普通に飲める味だった。濃厚で美味しかったぐらいだ。山羊乳が意外と飲みやすいことに驚いたものだ。
「ふーん、またこっちじゃあそういうのは見つかってないんだよね。まあそのうち見つかるんだろうけど」
「とりあえず明日からバターでも作ってみるか。誰か作り方に詳しそうな人はいないのか?」
「うーん、心当たりは無いかな。お店を開いてる人に聞いたら良いんじゃない?あとはネクサスなんかもおすすめだよ。ネクサスっていうのは北に進んだところにある街で魔法都市っていう名前があるんだけど、大きな図書館があるの。そこだといろんな生産スキルで作れるものの作り方が本に書いてて、お金を払えば複製してくれるの」
ネクサスに行って本を買ったり借りたりしたいとは思っていたが、色々な物の作り方がのっている本があるなら行くしかないだろう。明日からの予定が決まった。
「なるほど。それなら早速明日から行ってる」
「行ってらっしゃい。あ、あと街間ワープゲートがイベントの間だけ開いてるらしいから、一度ネクサスに行けばこっちにはワープして戻ってこれるよ」
「…それも詳しく教えてくれ」
どうやら街は俺がいない間に色々と進んでいるようだ。




