73.コリナ丘陵-11
翌朝、俺はいつもどおり早朝に目を覚ました。タイマーなどは存在していないが、寝る時間をある程度決めているおかげで一定の時間に自然と目が覚めるようになったのだ。
わずかに燻っている焚き火に薪をくべて火の勢いを強め、下の泉から顔を洗うついでに水を汲んできて鍋に移す。一人のときは多少体が冷えていても気にしないが、年少の客人もいることだし温かいスープを作っておくことにした。
具材には昨晩から冷たい水際で保管しておいた生肉を使う。
後は小屋で保管していたリートやケンラと行った鳥の干し肉を入れた。ファシリカはあちらの世界の猪と似て癖の強い味をしているので、それだけで出汁をとると人によっては食べづらい味になってしまうのだ。
後は北の方の探索で幾度か見つけることが出来た茸を小屋から出してきてナイフで刻み投入する。それほど数が入手できていないので食べること無く保管していたが、こういう機会にこそ使うべきだ。
倉庫には他にもいろいろな食材を保存しているので、こちら側に来て困ったプレイヤーがここに入り込んだときには、“料理”スキルさえあればしばらくはここで休むことができるだろう。
自分で使うための拠点として作ったが、そういうプレイヤーが一時的に休める場所として役立つようにと考えて倉庫のアイテムなどを揃えているのだ。
味付けは塩と、探索途中で見つけたハーブの一種らしきケルトという野草、いや、野菜で行う。
アルトの窓で説明を見た限りでは香りをつけることができる食材と言うことでハーブなどと同じく香り付けで使えそうだが、見た目が白菜などの葉野菜に近く食材としても使えるのだ。
食材を煮込んでいる間に外に出て木を切ってくる。
食器は自分で使えるように一つずつしか作っていなかったのだが、今日は俺含めて7人いるので新しく作る必要があるのだ。作った後も小屋に保管しておけば、また戻ってきたときに使えるだろう。
時間もないので今回は“木工”スキルの《レシピ》を使った。
これは以前作ったものを記憶しておいて魔力と必要な素材を消費して、手作りするよりは劣った質で作り上げるというものだ。食器は食べることに使えれば質は問題にならないのでこれで大丈夫だろう。
食器を作り終えたあたりで、セブンが目を覚ましてテントから出てきた。
「おはよう」
「…おはよう。何をしているんだ?」
「慣れないここの夜で体が冷えてるだろうから、温まるスープを作っておいた。昨日は中途半端な時間で大したものを振る舞えなかったしな」
俺がそう答えると、セブンは近づいてきて隣に座る。
「孤独を好むのかと思っていたが、存外、親切なのだな」
「ただ自然の中で生活するのが好きなだけだ。結果として一人になっているだけでな」
フフッ、と、セブンから微かな笑い声がした気がしてそちらを向くが、昨日と変わらない仏頂面のままだった。
「…何か、手伝えることはないか?」
「ついでに、簡単な机と椅子を作っておこうと思っている。木材を運ぶのを手伝ってもらいたい」
「承知した」
その後再び外に出て、セブンと一緒に丸太を何本か運んできた。
自分用の椅子は少しこだわりがあったので丸太を倒して輪切りにしたものをそのまま使っているが、あれは作るのに手間がかかる、というか鉈で太い木を切り倒すのは相当に手間だったので今回は普通に木を使って腰掛け台を作る。以前に一つ作っているので、これも《レシピ》で作成可能だ。
短めの足が四本に座る部分と無骨なものだが、使えれば問題ない。机は小屋の中にあるものと同じものを作った。朝からそこそこのMPを消費したが、積極的に戦闘をするわけでもないし歩いていれば回復するだろう。
鍋から木の匙で灰汁を取り、皿にためてまとめて外に捨てる。その後水で皿をすすいで乾かし、少し掬って味見する。
「うまい」
塩の味だけでなく肉の旨味がしっかり出ていて美味しい。こちらに来たばかりのときは塩味のスープ、程度に考えていたので、肉をしっかりと煮込めばそれだけで美味しくなることに気づくのに時間がかかった。そういえば出汁は本来肉や骨からとるのだったなと、思ったのを覚えている。
自分で味見をした後、再び皿についでセブンに差し出す。手伝ってもらったのだから真っ先に味を見てもらうべきだろう。
「…うまいな。良い腕をしている」
一口飲んだ後セブンは味を評価してくれた。
「大して難しいことはしていないがな。先に食べるか?」
「…いや、そろそろ皆おきてもいい時間だ。起こしてこよう」
俺が5時から調理を初めて、今は7時30分だ。確かに、皆起きても良い時間だろう。
セブンが女性陣のテントに声をかけた後男性陣のテントに入っていると、真っ先にナツとフユがテントから出てきた。
スープの香りに気づき、元気にこちらを見上げている。
三匹も俺と同じ食べ物を好むのはわかっているので、三匹専用の器にスープをついで渡してやった。喜んで食らいついている。こいつらは街までついてくるのだろうか。
「おう、おはようムウ。スープ作ってくれたらしいな」
「おはよう」
「助けてもらったのにそんなことまでしてもらってすまねえな。街に戻ったらちゃんと礼はする」
「別に親切だとは思ってない。一時的にとはいえ一緒に行動するのだからこれぐらい当然だろう。俺のほうがこっちでの生活には慣れているしな」
「それを親切っつうんだよ。いっぱい貰えるか?」
「ああ。パンを持っているなら一緒に食べると良い」
「お、それは確かにうまそうだ」
ジントは皿を受け取った後インベントリからパンを取り出してスープに浸しながら食べている。
俺は煮詰まらないように鍋を一度火から下ろしたり二匹のおかわりをよそおいながら他のメンバーが起きてくるのを待った。ジントはかなり寝起きが良かったが、他の4人はそれほどでもないらしい。
次に出てきたのはアルだった。時間をかけて目を覚ましてきたらしくしっかりとした足取りで出てきた。
軽く挨拶を交わしてからスープをついで渡す。ジントの隣に座ってゆっくりと食べ始めたのを確認して、俺は一度テントに戻る。
アキをテントから抱えてきて、スープをついだ皿の前に置いてやった。すると、ゆっくりと目を開けて食べ始める。アキを起こすのには食べ物が有効的なのだ。
「寝起きが悪くてわりいな。まだみんなこういう生活に慣れきってなくてよ」
「問題ない。これぐらいの方が気分ものんびりしていいだろう」
「ちげえねえ」
ジントと話していると、ようやく女性陣がテントから出てきた。寝起きが悪いのに加えて身だしなみを整えていたので時間がかかったようだ。
「おはよう。下の泉で顔を洗ってくるので待っていてくれ」
「ああ」
この世界では汚れは時間経過で自然と落ちるのだが、それでも水で顔や体を洗うのは心地よいのだ。そのうち、温泉や銭湯みたいな施設も出てくるのだろう。
「おはよう!私にもスープもらえる?」
「おはようございます。朝からありがとうございます。私もいただけますか?」
「ああ」
二人と、後から上がってきたマナミにもスープを皿についで渡す。
「朝からありがとう。君はとても親切なのだな」
「大したことじゃない」
そう答えると、マナミは先程のセブンのように少し笑う。
「何にせよ、ありがとう。本当に温かい」
「それはよかった」
全員に行き渡ったところで、俺もスープを皿についで食べる。
スープとは言っても具材をたくさん入れたものなのでしっかり腹にたまる。毎日作るのは少し時間がかかるのでためらうが、たまに休息の日などに作ると本当に温まって良いものだ。
「今日から街に戻るんだよな」
「ああ。片付けが終わって持って帰るアイテムを詰め終わったら出るつもりだ。おそらく10時には出れると思う」
「わかった。一緒に行かせてもらうぜ。改めてよろしくな」
「ああ、よろしく」
その後軽く打ち合わせをした後、みんなでスープを飲み終えて片付けをする。シャーリーとアキハが手伝ってくれると言ったので、一緒に下の泉へと降りていき皿や鍋を洗う。
「落ちるなよ。どれぐらい深いかわからないからな」
「そんなに間抜けじゃないよ」
「気をつけます」
対照的な反応する二人を微笑ましく思いながら、三人で皿と鍋を洗い終える。泉といっても緩やかな流れがあるので、洗い流した汚れは岩の下へと流れ去っていった。
広間に戻った後皿と匙、鍋を机の上に干しておいて俺は小屋に入る。他の6人はその間にテントを畳んでいた。
小屋の中には増設した棚まで大部分が埋まるほど様々なアイテムが置いてある。
アーカンやヒストル、ファシリカなどの牙や爪、さらに毒袋などの希少なアイテムが棚には並べられていて、一方足元や机の下の箱には俺では鑑定の出来ない鉱石系のアイテムや、性能的に違いがなさそうなモンスターの骨系統のアイテムなど大量にあるアイテムが突っ込まれている。
ゴブリンの牙などダンジョンで取れたアイテムも一箇所にまとめて置いてある。
その中から持って帰るアイテムを選び、ズタ袋とインベントリにしまっていく。
基本的にはなるべく多くの種類のアイテムを持っていって街の生産職に見せたいと思っているので、自分で使わないアイテムは一つずつ詰めていく。
それでもかなり数が多くなってしまうので、アーカンの皮など他のアイテムと比べて使いみちが少なそうだったりすでにあるアイテムと同じような性能であろうアイテムは置いておくことにした。どうせまた取りに来ることができるし、いつか使うこともあるだろう。
後は、ジントたちのテントから回収した毛皮を含めて毛皮は多めに持っていく。どうせ街への道中でもジントたちは寒いだろうから、その時は貸し出そう。というか、ジントたち自身に余裕があれば持ってもらえばいいだろう。
街に持って帰るアイテムの整理を終えた後、外に出て毛皮系統のアイテムをジントに渡す。寒さ対策のために預けておくと伝えると、インベントリにも余裕が多少あったようでみんなで持ってくれた。
その後テントを畳んでズタ袋にしまい、ジントたちと全ての準備が終わったことを確認して焚き火に水をかけて消す。
「よし、それじゃあ行くか」
ジントが皆に声をかけ、全員で岩柱から出る。途中であちこちにでかけてはいたが、一月過ごした拠点を離れることに少しばかり感慨がある。
「よし行くぞ。セブンは探知を頼む」
「承知した」
ジントのパーティーではセブンが索敵役らしい。今回は俺は大人しくついていこう。
「三日でボスエリアからの魔法陣まで戻るぞ。ムウは多少ペースが早くても大丈夫だよな?」
「もちろんだ」
「よし、行こう」
セブンが先導して南へと向かう。久しぶりに人と歩くが、自然の中を一人で歩くことには慣れてきたのに人がいることでむしろ緊張する。
だが、いやな緊張ではない。ちょっとした高揚感というのだろうか。昨日から久しぶりに人と接することを楽しく感じているのだろう。
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「よし、今日はここらでキャンプにしよう」
夕方まであるき続け、日が暮れる時間帯になってきたので野営の準備を初める。
最初にジントが選定した場所が周りが平らな森の淵だったので、少し戻って障害物となる岩があり、かつ丘の谷間で周りにモンスターの気配が無い場所にするように伝える。
寝ずの番を立てるならまだしも、開けた場所で普通に野営をしているとモンスターに襲われる危険がある。
俺が指定した場所でも別の場所から移動してきたモンスターに襲われる可能性はないとは言えないが、先程の場所より危険度は低い。それを説明すると6人は納得して頷いてくれた。
こういった考えも俺は普通にしているが、おそらく他のプレイヤーはそうでは無いのだろう。実際に役に立っているかはわからないが、必要な知識ではあるはずだ。
テントの説明を男性陣三人がしている間に、女性陣三人に焚き火の木の組み方を説明する。じゃんけんで負けたジントが悔しそうにこちらを見ているが、後でマナミたちから学んでほしい。
「基本的には隙間を作って組めば火は消えない。一番簡単な組み方は、少し地面を掘った後一本横木を渡し、その上に扇状にもたれかかるように他の木を置けば火がつきやすい。後は、長く続く焚き火にしたければ一番下の層に細く割った薪を使ってその上側に太い薪でもう一段組めばいい。太い薪の方が燃えるのに時間がかかるからこれで長く続く焚き火になる」
実際に木を組んで見せながら、焚き火の薪の組み方を説明する。
「このあと火はどうやってつけるんだい?」
「この道具を使う。普通に街で買った道具だが、MPを消費して短時間だけ燃え続ける火種を作れる。これを焚き木の一番下に落とせばたいてい薪に燃え移る」
「そんな便利な道具があるんだね。掲示板でも出回ってなかったけど」
「あんまり誰も野営になんて注目してないだろうからな。2、3日の野営なら焚き火がなくてもパンをかじれば問題はないし、そもそも触れる必要性がないんだろう。俺以外のプレイヤーは魔法で明かりをともすぐらい造作もないだろうしな」
「確かに、私達も使ってなかったもんね。でも、こっちのエリアは寒いし必須だわ。私スキルポイントが余ってるから“木工”スキルとるよ」
「とるならもう少し動きやすい服装にしておけよ。薪にできそうな枝が落ちていなければ自分で木に登って枝を落とす必要がある」
「えー、そんなこともしなくちゃいけないの?」
「木材入手のためにはな。俺はシャーリーが取ったほうがステータス的にも妥当だと思うが、そのあたりはみんなで考えてくれ」
俺がそう伝えると、アキハは少しふてくされたように答える。
「むー、考える…。もう一回薪を組み直していい?」
「これを貸しておくから組めたら火をつけてみてくれ。俺はテントを立ててくる」
早速薪を崩して組み立て始めるシャーリーとアキハを見ながら、マナミに着火道具を渡しておく。
「色々とすまないな。私達は与えられるばかりで…」
「飯をおごってくれればそれで十分だ。別に見返りを求めるほどのことじゃない」
「…そうだな。ありがとう」
その後俺がテントを立てていると、無事に焚き火が出来たようで後ろから歓声が上がった。後で聞いたところによると、アキハの火魔法で着火できたらしい。そういう事もできるのだな。
その後、全員で焚き火を囲み、干し肉を焼いて食べる。朝と比べるとかなりシンプルな食事だが強行軍で空いた腹には美味しく感じられた。
疲れた様子の6人に比べて三匹は体力があるようで、元気よくアルやアキハ、シャーリーに絡んでいる。三人も疲れた様子ながらも三匹が可愛ようで撫でたり抱えたりしていた。それを年長の三人は笑いながら見ている。
心温まる光景に、自然と一人で関わり続けるのも良いが、人と関わるというのもまた良いものだなと、しみじみと感じた。




