714 ギャシキヌーの隠れ家
「『ギャシキヌー』って......なんだ?人の名前か?」
フレットの思わせぶりな失言に、ダラケルスは大いに興味を持った。
しかし彼には、学がない。
その単語の、意味がわからない。
しかし彼には、よく働く勘がある!
その勘が、フレットの失言が金儲けに繋がる何かであると、猛烈に主張している!
ダラケルスは目を爛々と輝かせながらフレットに問いかけた!
「............」
当然フレットは、答えない。
目をそらし、口をへの字に結んで冷や汗をかきながら、だんまりだ。
「ギャシキヌーは......大魔導の、仲間。魔道具、作ってた人?」
ところが、このまま沈黙が続くかと思いきや、ダラケルスの疑問に答えたのは意外にもエミーだった!
「なッ!?何故貴様のような呪い子如きが、それを知っているッ!?」
「知り合いの知り合い」
「はあッ!?」
思わずフレットは馬鹿正直に慌てふためいたが、つまりその態度はエミーの答えの正しさを、ダラケルスに対して確約した!
「つまり、この家は......その、とにかく凄ぇ発明家先生の、隠れ家だったってことかぁ?」
癒しの住環境を求めていたら、金儲けの匂いすらプンプンしてきた!
非常に都合の良い展開に、ダラケルスの口角がいやらしく吊り上がる!
「ぐ、ぬ、ぬッ......!!そうだッ......この家は確かに、『魔道具の歴史を二百年は早めた男』とも呼ばれる、伝説の魔道具作家ギャシキヌーの隠れ家ッ!!」
「ってことは、だ!この家にはよぉ......売れば金になる発明品が、山程残ってんじゃねぇのかぁ!?『伝説』なんだろ!?」
事実を隠し通せないことを悟ったフレットは、しぶしぶ彼が知るこの家の秘密の一端を明かした。
するとダラケルスは、思わずあふれたよだれを手でぬぐいながら、興奮しつつ立ち上がった。
今すぐにでも宝探しに向かってしまいそうな勢いだ!
「椅子に座れ、バカがッ!!」
そんなダラケルスをフレットは睨みつけ、罵声を浴びせた!
「ギャシキヌーは、超古代魔導文明の復興を目指した三賢人の一人......その技術は他の魔道具作家、工房の追随を許さず、彼の発明品の中には現在でも再現できない程の高度な技術がちりばめられているッ!!故にこそ、確かに、“きちんと”市場に出せばそれなりに高値はつくだろう......だがなッ!!」
と、ここでフレットは一度、息継ぎ。
唾をのみこみ、乾いた喉を少しでも潤し。
そして。
「だがッ!!物の価値もわからぬ貴様のような愚か者がかの賢人の遺品を市場に持ち込んだところで、どうなるッ!?知識だけじゃなく、信頼も信用も人脈も、何もかも貴様は持ちあわせていまいッ!!誰にも相手にされず、二束三文で偉大なる発明品を買いたたかれ、その発明品はどこぞの倉庫で埃をかぶる結果となり、それで終いだッ!!損失、損失、大いなる経済的、そして技術的損失ッ!!だからこそッ!!この隠れ家に眠る発明品、そして秘された賢人の知識はッ!!その知識を十全に理解し活用することのできる、このッ!!フレット・フルこそが引き継ぐにふさわしいのだーーーッ!!」
一息に、叫びきった!
「ゲホッ、ゲホゲホゲホッ!!」
そして酷くむせてから、真っ赤な顔でゼエゼエと、荒い息を繰り返し吐いた。
静かな室内に、その呼吸音だけが響く。
窓から差し込む穏やかな日差しが、宙に漂う細かな埃を照らし、チラチラと輝かせる......。
そんな中で。
フレットは、自分にとってのまっとうな主張を、愚か者共がきちんと理解できたのか、息を整えながら確認する。
呪い子は......無表情。
何を考えているのかわからない。
こいつ、今の話をそもそも聞いていたのか?
浮浪者のおっさんは......ニヤニヤと笑っている。
あ、だめだこいつ。
今の話を......理解していない、ではなく理解する気がない!
「でもよぉ」
そんなフレットの悪寒を裏付けるように、ダラケルスは。
「そもそもこの家が、その、ギャシなんだかの隠れ家だってのはよぉ、本当なのかぁ?」
こんなことを言い出した!
「本当に決まっているだろうッ!!私はこの日記帳の暗号を解読し、それを突き止めッ......!!」
フレットは胸元から日記帳を取り出し、ダラケルスに指し示す。
しかし!
「証拠は?」
「それは、この日記帳にッ......!!」
「暗号だなんだ言ってるが、それはきっと仕事に疲れたお前の勘違いだ。この家は、どっかの金持ちが昔立てた隠れ家で、今はオレの家だ。だからこの家のものはオレが自由にするし、お前はギなんだかの本当の隠れ家を探して、他を当たれ」
「ふ、ふ、ふざけるなーーーッ!!」
お前が発明品を売ってもうまくいかないのだというフレットの主張は、ダラケルスには全く響かなかった。
だって、やってみなければ、わからない。
うまくいかないわけ、ない、“かもしれない”。
『ま、なんとかなんだろ』。
そもそもダラケルスは、住処としてこの隠れ家を気に入っているわけで......経済的・技術的損失がどうこう言われても、そんなものは二の次なのである。
とにかく、この家を手に入れたい。
目の前の、この小うるさい小男を追い出したい。
そのための稚拙な論理......それが、『お前の言っていることは勘違いだから、ここを出ていけ』である。
「......良いだろうッ!!......そこまで言うなら、見せてやろうッ!!この家がギャシキヌーの隠れ家であるという、物的証拠をッ!!」
しかし当然ながらフレットとて、『はいそうですか』と出ていくわけにはいかない。
すっかり頭に血が上っていたフレットは、ここで新たな情報を開示した。
「物的証拠だぁ?」
「そうだッ!!この家には地下室があり、そこにギャシキヌーの発明品、そして世間からは隠された彼の論文やメモ等が残されているはずなのだ......さらにッ!!」
フレットは日記帳をパラパラとめくり、とあるページを指さした。
ただの老人の日常が綴られているように見えるそれは、フレットいわく暗号であるらしい。
「地下の開発室の前室には机......そしてその上には、“鉄の箱”が置かれているはずだッ!!それこそがこの隠れ家を真に蘇らせ、機能を十全に利用するための鍵となるのだッ!!」
フレットはそこまで叫ぶとおもむろに立ち上がり、にやりと笑った。
「おっと、お前、オレの家の中を荒らしまわるつもりだな?そいつはいけねぇ」
しかしダラケルスも立ち上がる。
「その鉄の箱?それはオレが探しといてやるよ。ま、そんなもんはねぇだろうがな」
「フンッ!!それは無理な話だッ!!地下室への階段は魔導鍵によって封じられており、この日記帳に記されたパスワードを入力しなければ、決して開くことはないのだからなッ!!」
「む......」
それは、困る。
ダラケルスは眉間に皺を寄せた。
彼は単純に、この家が欲しい。
しかし、この家の『機能を十全に利用するための鍵』だと?
それがなければ、真の意味でこの家を手に入れたとは、言えないのでは?
この小男を家から追い出して、ここに自分が住めるようになったとしよう。
でもそれだと、使えるはずの機能が使えない?
完璧なはずのこの隠れ家に、瑕疵がついてしまう。
それはなんか悔しいし、もったいない!
せっかく住むのなら、100パーセントこの家を、使いつくしたい!
でもそのためには、この小男の主張を認め、パスワードを入力してもらい、その鉄の箱とやらを手に入れなければならない?
「む、む!?」
ダラケルスは、混乱した!
彼は地頭は悪くないはずだが......とにかく面倒くさがりで頭を使うことが嫌いだ!
判断を行うことに、慣れていないのだ!
「ハハハッ!!どうする、どうする浮浪者ッ!?ハハハハハハーーーッ!!」
一方のフレットは邪魔くさい目の前の不潔な男を困らせることができて少し溜飲が下がり、調子に乗って爆笑した!
地下室への魔導鍵の解錠キー......パスワードを知っているフレットは今、この交渉の場において大いなるアドバンテージを持っている!
先程までは疲れ故に失態を演じたが、これからはそうはいかない!
商人として培ってきた手練手管を十二分に発揮し、目の前の二人を必ずや、この隠れ家から追い出し......この家から得られる利益を独占する!
全ては、輝けるフレット・フルの、未来のために!
今、彼の視界では、黄金色に輝く天空へと続く純白の階段が輝いている!
昇りつめた先に待っているのは......もちろん『成功』の二文字である!
「......あのー、ねえ」
だが、しかし!
ここで、しばらく黙っていた呪い子が、フレットを見つめながら、何やら口をはさんだ。
「はあッ!?なんだッ!?」
良い気分を邪魔されたフレットは、呪い子に感じていた恐れも忘れ、彼女のことを睨みつけた!
すると、どうだ。
呪い子はおもむろに立ち上がると、腹のあたりについているポーチのようなどす黒い鞄をゴソゴソと漁り。
「鉄の箱って、これ?」
......まさしく、『鉄の箱』を、取り出したではないか。
その箱には、ギャシキヌーの作品に刻まれることの多いヒマワリの意匠が描かれ......窓から注ぎ込む日差しを受けて白く光っている......。
「はッ!?はあッ!?はああーーーーーーッ!?」
フレットはそれを見てまん丸に目を見開き顎が外れる程口を開け、仰天した!
「な、な、な、何故それを持っている貴様ーーーーーーッ!?」
何故ならそれは......まさしく日記帳に書かれていた、この家を“起動”するための装置、そのものなのだから!
「昨日の夜、家の中探検した時、見つけた」
「いや、いやおかしいだろうッ!?地下への階段は鉄扉に覆われ、魔導鍵がッ!?」
慌てふためくフレットに対して、エミーは無表情のまま部屋の奥を指さす。
するとそこには......棚の奥にあって見えにくかったが......見るからに重厚な、鉄扉があった。
しかしその鉄扉は、恐ろしい力によってまるで紙のように引き裂かれ、大きな穴が開いているではないか......!
「なんか、ちょっと、押したら壊れた」
エミーは無表情ながらばつの悪そうな態度で、『事故が起きたのだ』と主張した!
「そんな訳ないだろッ!!」
しかしどう見ても、鉄扉は驚異的な膂力によって、意図的に破壊されている!
エミーの言い訳は、通らなかった......!
「おいおいおい......え、これ、手を突っ込んで引き裂いたのか......こっわ」
ダラケルスは鉄扉に、子どもが遊んだ後の粘土のように『指の跡』のへこみがあるのを発見し、静かに戦慄した......!
【大魔導】
本名マジュローグ・マジュガム。
若い頃は特級冒険者として世界をまたにかけて活躍し、冒険者を引退後は魔導技術の復権に全力を尽くした偉人であり、世界的な学術的権威であるソーマトーコ学院の学院長を務めていた人物。
経歴や肩書を聞くとまさしく偉人だが、彼は130年以上の人生の中で五人の女性と結婚しており、『女好き』、『エロジジイ』と陰口を叩かれていた恋多き男でもあった。
世間的には既に毒殺された故人であるが、実は美女型『魔導義体』に魂を移し、しぶとく生き残っている。
種々の事情によりデレネーゾ大監獄に収監されていたが、エミーと出会い、色々あって脱獄した。
現在は何らかの目的を果たすために行動している。
エミーにとっては魔導の『先生』であり、師匠格の人物の内の一人。
第25章に登場。
【超古代魔導文明】
この異世界アーディストにかつて存在していた文明であり、魔導の力を源とする、現代の地球よりも先進的な技術を発展させていた。
しかし神々の怒りを買ったため、滅ぼされた。




