713 泣き落としを狙う
「なあ、あんたら、聞きたいんだが......」
丸机を囲む、中年魔法使い、眼鏡の小男、そして不気味な呪い子......。
睨み合いが続く中、まず初めに口を開いたのは中年魔法使いダラケルスであった。
「歳は、いくつよ?」
そしてその問いかけは、この森の中の一軒家の所有者を決めるための話し合いには、一見不要とも思われる内容だった。
「13歳」
「............25歳だがッ!?それが、なんだッ!?」
その問いかけに、呪い子エミーは無表情に、そしてフレットは苛立たし気に答える。
「若ぇな......オレはな......もうすぐ40歳になる」
その答えを聞いて、ダラケルスは両者をちらり、ちらりと見つめてから目を伏せ、静かにそう答えた。
「はああッ!?だからなんだッ!?まさか年長者の言うことを聞けとでも言うつもりかッ!?私はな、『年長者は無条件で敬うべし』とか、そういう物言いが大嫌いだッ!!敬われるべき者は敬われるべき行いをし敬われるべき立場にあるからこそ敬われるのだッ!!貴様のような見るからにだらしない男を、どうして敬わなければならないッ!?当然不当な年齢マウントにも応えてやる義理はどこにもないッ!!端的に今の私の言いたいことをまとめるなら、『だ、か、ら、な、ん、だ』ッ!!」
するとフレットは、猛烈に激昂した!
今まで溜まっていた何かが......あるのかもしれない!
「ま、まあ、待て、落ち着け」
その様を見てダラケルスは両手の平をフレットに向けて彼をなだめて、ごほんと咳ばらいをしてから言った。
「オレが言いたいのはな、オレが年長者だから偉いとか、そういうことじゃねぇ。むしろ、その逆だ」
「......どういうこと?」
エミーは首を傾げた。
「つまりよ、まず前提として、オレたち三人は皆、この家が欲しい。そうだな?」
ダラケルスは肘を机に乗せ、手のひらを口の前で組んでじとりと二人を見つめながら、問いかけた。
「うん」
「わかりきったことを聞くなッ!!」
エミーは無表情に、そしてフレットは苛立たし気に頷く。
「でもよぉ......お前ら二人とも......まだまだ若ぇじゃねぇか」
ダラケルスはため息をつきながら、目を閉じる。
「「............」」
エミーとフレットはダラケルスの発言の意図がわからず、お互いにちらりと目を見合わせた。
「若ぇとよ、何だってできる。どんな逆境だって、跳ねのける体力があるじゃねぇか!でもよ、オレは......どうだ?」
ここでダラケルスは、大げさに腕を振って手のひらを上に向け、“お手上げ”のポーズ!
「臭い」
「みすぼらしいッ!!」
エミーとフレットの口から飛び出る、忌憚のないご意見!
「うるせぇッ!!でもその通りだッ!オレはもう、ボロボロなんだよッ!再起の見込みなんて、どこにもねぇんだッ!!だからよぉ、この家を見つけた時はよぉ、本当に嬉しかったんだ!これまで社会の底辺を這いずり回ってなんとか過酷な日々を生きてきたオレに対する、神様のご褒美だってなぁ!この静かな家で、ゆっくり老後を過ごせってよぉ!神様がオレに、言ってんだよぉ!」
そしてダラケルスは、ボサボサの頭をかきむしりながら、叫んだ!
怒ったような口調ながら、その瞳には若干の涙がたまっている。
つまり......この家を手に入れるため、ダラケルスがとった手法は泣き落としである。
何しろ、彼は交渉事ができる程頭を使うことが得意ではない。
しかし暴力に物を言わせようにも......エミーがいる。
彼はまがいなりにも戦闘職であり、既にエミーの力量の異常さには気づいていた。
『このガキは、なんかヤバい!』。
彼をこれまで危険なスラムで生き延びさせてきた勘が、必死になってそう叫んでいるのだ!
そうなるともう、これ以外のアピール方法を......ダラケルスは思いつかなかったのだ。
「『過酷な日々を生きてきた』?」
が、しかし。
この場には、そんな安い泣き落としに釣られるお人良しは、一人もいなかった。
「私だって、そう」
ダラケルスの訴えに何ら心を動かしていないことが丸わかりの無表情で、今度はエミーが口を開く。
「物心つく頃から森に住み、5歳の頃には......“近所の”村が魔物に滅ぼされたから、旅に出た」
「5歳で......?んな、バカな」
「本当。黒髪黒目はね、不幸を呼ぶらしいから」
そう言ってエミーは、自らの黒い髪をつまみ、弄んだ。
ダラケルスは精神に刻み込まれたその色への不快感から口をつぐみ、眉をしかめる。
「その後はね、ずっと旅。旅、旅、旅......山を越え、森に潜り、海を渡り......でも、人里には、ずっといられない。私は、呪い子だから」
「............」
その話を聞きながら、ダラケルスは考える。
もし、例えば彼の若い頃の主な生活の場であったスラムに呪い子がいたら、どうなるか。
きっと呪い子は、その不気味さ故に拒絶され、すぐに殺される。
もしくは物好きに売るため、闇組織に捕まるか。
田舎なんかだと、村八分にされて......いや、それでも優しい方だ。
『物心つく頃から森に住み』というのは、恐らく嘘ではない。
捨てられたのだろう。
確かに、認めざるを得ない。
この少女のこれまでの人生は、今生きているのが不思議な程『過酷な毎日』だったのだろう。
呪い子である以上、それは疑いようがない。
しかし......。
「『海を渡ってきた』、だと?」
「そう。私は黄金大陸の出身」
「どうやって?」
「転移魔方陣で、エセレム大霧海に。そこから......色々あって、ラサナスキロス大砂漠へ。ここには、巨獣の台地を経由して、来た」
「おいおいおい......」
エミーの旅路を聞いたダラケルスは混乱し、その真偽を判断できなかった。
何せ彼は、概ねゼナーリニ周辺でしか活動しておらず、長距離の旅などしたことがないため、旅の苦労がわからない。
それに。
(そんな大冒険......ガキの頃聞いたおとぎ話『大剣のケンタロ』のケンタロだって、してないぜ)
そもそもエミーの辿ってきた旅路は、常人が向かうにしては危険すぎる箇所ばかりなのだ。
おとぎ話で語られる冒険譚と比較しても、エミーの旅路の方が荒唐無稽である程だ。
しかし......目の前の呪い子の発する強者の気配が、端的にその話を『嘘だ』と断定させてくれない。
こいつなら......そんな無茶苦茶な旅を、できるのかもしれない......。
そう、思わせる。
それと同時に。
薄汚いゼナーリニの片隅を、這いずりまわって生きてきた自分とは違って。
話が本当なら......こいつは。
呪い子の癖に、年下の癖に......世界中をまたにかけて、大冒険を繰り広げてきたのだ。
自分は、こんななのに。
そう思うと、ダラケルスの胸中には......分不相応な、しかし止められない嫉妬心すらも、湧きあがり......。
気づけばダラケルスは、エミーのことをじっと睨んでいた。
「とにかく、私は、ちょっと疲れた。旅ばかりで、疲れた。だから、家が欲しい」
そんなダラケルスの嫉妬心など意にも介さず、エミーは淡々と言葉を続ける。
「人里離れていて人と関わらない、でもちゃんと文化的な、家が欲しい......この家が、欲しい!」
そしてそうやって言い切ると、再び黙り、ダラケルスとフレットを睨みつけた。
「フンッ......なんだ、なんだ貴様ら、『老後を過ごす』?『ちょっと疲れた』?何を言っている......そんなもの......どこかその辺に掘っ立て小屋でも建てて、そこに住めば良いだろうがッ......よりによってこの家でなくとも、良いだろうがッ......」
静かになった室内に、多分に苛立ちが含まれたフレットのつぶやきが響く。
どうやらこれは、フレットの口から無意識にこぼれた独り言だ。
彼にとってダラケルスやエミーの過去話は、考え事をしながら聞き流す程度のノイズでしかなかった。
だからこそ彼は、丸机の木目を眺めながら、今も考えている。
どうやってこの二人を出し抜き、自分がこの家を手に入れられるのかを......。
交渉中に考え事をして、しかも独り言を口に出すなど、不用意にも程がある。
が、しかし、彼は慣れない森歩きで、非常に疲れていたのだ。
精神的に追い詰められ、余裕もない。
これは、だからこその、失態であった。
「いやいやいや......このどう見てもハイエンドな家具が備え付けられた住み良い住空間を諦めて、掘っ立て小屋に住め?ざけんなよ......」
「外観がかわいいから、この家が良い」
ダラケルスとエミーは、フレットの独り言に反論する。
しかしフレットは、未だに自らの思考に囚われている!
「『住み良い住空間』ッ!?『外観がかわいい』ッ!?この家の真価は、そんなところにはないッ......このッ、ギャシキヌーの隠れ家にはッ......!!」
だからつい、声を荒げた!
そして、声を荒げたが故に。
自らの独り言の......音量の大きさに、気づいた!
「「ギャシキヌーの隠れ家?」」
こぼれた失言は、なかったことにはできない。
フレットの目の前にいる二人は、知ってしまった。
この家に、住居として以外の価値が、あるのだということを。
その情報は、『この家を手にしたい』という欲望の火に注ぐ、油のようなものだ。
フレットは冷や汗を流しながら両手で口を押えたが......もう、遅かった。
【“近所の”村】
フェノベン村とかいう寒村のこと。
実際には『近所』どころかエミーの出身地だが、精神的な距離感があるので、『近所』と表現された。
【黄金大陸】
第一部の舞台。
この『黄金』とは麦の穂の色であり、鉱物のことではない。
第二部の舞台である幻想大陸よりも、魔境が少なく開拓が容易。
......そんな風に“設定”されている。
【エセレム大霧海】
常人を半日で死に至らしめる青い霧で覆われた、大盆地。
魔力濃度の高い霧に適応した知能の高い浮遊コブダイ族が、支配種族となっている。
大霧海の上には『ネバーフォール天空王国』の都が浮かんでいたけど、ここはなんか色々あって落ちた。
第19~21章の舞台。
【ラサナスキロス大砂漠】
魔物蠢く灼熱の世界。
神敵すら収監される『デレネーゾ大監獄』の所在地だったけど、ここはなんか色々あって消滅した。
あと、三角錐を崇める謎の邪教集団がいたけど、ここはなんか色々あって壊滅した。
第24章~27章の舞台。
【大剣のケンタロ】
突然『始まりの大草原』に現れたとされる、大剣使いの青年。
数々の冒険を経て特急冒険者に至り、最終的にはとある国の姫を娶り、王となった。
立身出世の代表例であり、その活躍はおとぎ話として大陸中に広がっているようだ。
第22章にて言及されている。




