711 そして、もう一人
「......オレの名前は、ダラケルス。魔法使い」
お互いがお互いを指さし、正体を尋ねあったその後。
まずそうやって名前を明かしたのは、ダラケルスだ。
「この家に、住んでいる者だ」
そしてダラケルスは、自分も先程この家にたどり着いたばかりだと言うのに......しれっと嘘をついた!
何しろ彼は、長らく倫理観の低い底辺冒険者界隈で生きてきた男......自分の欲求を満たすため些細な嘘をつくことに、微塵も罪悪感を感じない。
そして今回の場合、彼の欲求は、『偶然見つけたこの家を、どうしても自分のものにしたい』というものだ。
目の前の小男の事情は、よくわからない。
しかし、この小男が彼の目的に対する障害になるであろうことは、すぐに理解した。
故にこそ、そう言って牽制したわけだ。
「なッ、住んで......」
すると小男......フレットは、ポカンと口を大きく開けてよろめき、目に見えて慌てた。
しかし。
「......ハッ!!」
周囲を見回すとすぐに余裕を取り戻し、嫌味ったらしい笑顔を浮かべた!
「その割に、ずいぶんと部屋が埃まみれじゃないかッ!?見え透いた嘘をつくな浮浪者めッ!!」
「............」
的確な反論を返され、ダラケルスは思わず黙った。
何しろ、繰り返すが、彼は長らく底辺冒険者界隈で生活していたので......この後に想定していた展開は、『うるせぇ黙れやボケがーーーッ!!!』というアホみたいなセリフから始まる殴り合いである。
基本的に暴力の応酬で物事を決める環境で、彼は生きてきた。
だから、反論されるなんてことを......想定すらしていなかったのだ!
「良いかッ!?私の名前は、フレット・フル......かのフル商会の......跡継ぎ、であり、ゼナーリニ商工会の理事も務める男だッ!!」
反論の浮かばないダラケルスの様子に気を良くしたフレットは、調子づいて胸をはり、堂々と名乗りをあげた。
フル商会と言えば、最近ゼナーリニで最も羽振りの良い商会であり、ダラケルスもその名を聞いたことがあった。
「そしてこの家は、私が入手した古書をもとに長年捜索し、ようやく見つけ出した物件なのだッ!!それを、なんだ、貴様ッ!!突然横から、かっさらうつもりかッ!?貴様は所詮、この家に不法侵入した浮浪者に過ぎないッ!!とっとと、出ていくが良いッ!!そうすれば、ゼナーリニ警備隊への通報は、勘弁してやろうッ!!」
そう言うとフレットは、数歩移動して居間の扉の前から体を動かした。
そして、半身になってくいと顎を振り、ダラケルスに出ていくように無言で指示を行う。
「............」
しかしダラケルスは、動かない。
腕を組み、覇気のない瞳で、じっとフレットを見つめている。
「おい貴様ッ!!浮浪者が、何故この私に従わないッ!!私はフル商会の跡継ぎで、理事だぞッ!!逆らえば貴様、ゼナーリニで生きていけなくしてやるぞッ!!」
フレットは苛立ち、舌打ちをして、キャンキャンと喚いた。
「............」
しかしダラケルスは、やはり動かないのだ。
何しろこの家は、彼がようやく見つけた安住の地......になるかもしれない物件。
出ていけと言われて、はいそうですかと従うわけにはいかない。
その先に待つ未来は、野垂れ死にだ。
それに『ゼナーリニで生きていけなくしてやる』という脅しは、今の彼にとってはちっとも恐ろしくない。
つい先日、ダラケルスは既に、ゼナーリニで生きていけなくなったばかりだからだ!
「その脅し文句は......言うのが三日、遅かったなぁ?」
ダラケルスは皮肉気に笑うと、腕組みを解いて全身に魔力を巡らせ始めた。
......臨戦態勢だ。
「ひッ!?やるのか、貴様ッ!?この私を......甘く見るなよッ!!」
フレットはダラケルスの殺意の高まりを感じ取り......恐れおののいた。
しかしすぐに懐に手を入れ、金属の塊を取り出した。
......魔導銃だ!
「ちッ......」
「フ、フハハッ!!この魔導銃は、と、特別性だぞッ!!大人しく、私の言うことを、聞けーーーッ!!」
ひきつった笑みを浮かべ、カタカタと震えながら......フレットは叫んだ。
フレットと、ダラケルス。
二者の放つ殺気が穏やかな日差しの差し込む家の中に満ちる。
もはや、一触即発だった。
誰がどう見ても、殺し合いが始まるまで、あとわずか......。
ダラケルスが隠しナイフを投げ、生じた隙を突いて魔法を詠唱するのが早いか。
震えながらも覚悟を決め、フレットが魔導銃の引き金を引くのが早いか。
お互いの額に大粒の汗がにじみ。
ポタリと床に滴り、シミを作る。
......そして、次の瞬間!
「うるさい」
突然、くぐもった声が、ダラケルスとフレットの耳に届いた!
それは、両者のどちらの声でもない。
少女の声だ。
「だ、誰だッ!?」
「............」
ダラケルスとフレットは臨戦態勢を維持したまま、部屋をキョロキョロと見回し声の主を探した。
すると、どうしたことだろう!
部屋中央の天井に、どす黒い不気味な繭が存在しているではないか!
二人はその事実に同時に気づき、唖然とした。
その繭は、堂々と、天井に張り付いているのに。
二人は、その存在に、これまでまるで気づくことができなかったのだ。
気配も何も......これっぽっちとして、掴むことができていなかった。
ゼナーリニのスラムで過ごしていた期間も長く、比較的警戒心が強いはずの、ダラケルスですらも!
間違いなく......このどす黒い繭は、人知の及ばぬ超常の存在!
怪異的な、何か!
「なんだ、これ......ひッ!?」
震えながらフレットがそうつぶやいた、その時!
ビシリと、繭にひびがはいった。
そこから......明らかに人体に有害な影響を及ぼすであろうどす黒い瘴気が、すごい勢いで噴き出し始める!
「ひいいッ!?」
「おいおいおい......んだよ、これーーーッ!?」
もはや二人とも、争っている場合ではなかった!
二人は恐ろしさのあまり、抱き合ってガタガタと震えた!
ミシ、バキ、ミシミシ......!
そんな二人の目の前で、嫌な音を立てながら繭のひびは徐々に大きくなり......そして、ついには!
ボトリ、と。
どす黒い何かを、床に落とした。
初めのうちは瘴気に包まれ、正体のわからなかったそれは。
ゆっくりと、長い二本足で立ちあがった。
「「えッ......」」
次第に瘴気が晴れ、その姿があらわになる。
二人は、それの正体を見て息をのんだ。
そこにいたのは、見たことのない程の美貌を誇る、少女であったのだ。
その少女は大人になりかけの、女性的になりつつあるその肉体を、素材のわからぬどす黒いゴムのような何かで覆い。
少し吊り上がった大きな瞳で、冷たく二人のことを見つめていた。
その瞳も、髪も。
......不吉に、おぞましくどす黒い。
つまりは、呪い子だ。
それと対比するかの如く、肌は輝くように白い。
どんな宝石よりも、美しい。
魔性と神性を併せ持つ、その少女は。
「ふん」
二人のことを冷たく見つめ、無表情のまま鼻で笑ってから。
「私は旅人。エミー・ルーン」
【威圧】を放ちながら、その名を告げ。
「この家を、一番最初に見つけたのは、私」
静かに。
「だから、この家は......私のもの!」
この家の争奪戦に......名乗りを上げたのだ!
【フル商会】
ゼナーリニで躍進著しい新興商会。
第21章にて言及。
【繭】
エミーが眠る時に作る、寝床。
頑丈で、中は快適だが、見た目が非常に不気味。
【その少女は大人になりかけの】
5歳から始まったエミーの物語ですが、現在彼女は13歳。
まだまだ旅は、続きます。
以上で、第30章導入部は終了です。
これ以降のお話は、のんびり投稿されます。
気長にお待ちください。




