709 人生のどんづまり
「ご苦労だったな、ダラケルス。早速だが、お前には死んでもらう」
「......はひっ!?」
ざあざあと土砂降りの雨が降る中、商業都市ゼナーリニの郊外にたたずむ、廃屋。
その一室でみすぼらしい中年魔法使いダラケルスは、魔導銃を向けられ息をのんだ。
冷たく黒光りする銃の引き金に指をかけているのは、ダラケルスの“依頼人”......『ジョン』と名乗るスキンヘッドの大男だ。
「あの......へへ、旦那、笑えない冗談はよしてくだせぇな」
「いや、面白いだろう?間抜けがはした金で、うちの組織の大切な若を無事探し出してくれた。さらにその間抜けを殺してしまえば、報酬は支払わなくて良い。うちの組織の不祥事も、隠しきれる。オレの面子も保たれる。良いことづくめだ!笑いが止まらんだろう?なあ?」
そう言いながらジョンは、クククと笑う。
そのまなざしは、冷徹だ。
殺しをなんとも思っていない目だ。
こいつは本気だ。
「あ、あ、あのッ、坊ちゃん!?オレ、坊ちゃんをお助けしたんですぜ!?このハゲに、な、なんか言ってやってくだせぇよッ!?」
だからダラケルスは、命乞いをする相手を変更した。
それは、『坊ちゃん』。
ダラケルスはジョンから、行方不明になったこの坊ちゃんを探すように依頼を受け......坊ちゃんを誘拐していた悪漢を打ち倒し、見事それを達成したところだったのだ。
いわば、ダラケルスは坊ちゃんの恩人である。
そんな男を殺すなんて、とんでもないことでしょ?
ねえ、そうでしょ、坊ちゃん!
「おい、バーデンガジュー!ボクはもう腹が減ったぞ!フライドチキンが食べたいぞ!」
「は、若、申し訳ございません。すぐに済ませますんで」
......だが、残念!
坊ちゃん......パツパツのチョッキを着た小デブの短パン小僧は、ダラケルスの生死よりもフライドチキンに関心をお持ちのようだ!
そしてどうでも良いが、ジョンの本名はバーデンガジューというらしい。
本当に、この期に及んではどうでも良い情報だ。
「......へ、へはは......」
ダラケルスは......もはや、冷や汗をかきながら笑うほかなかった。
どうしてこうなった?
どうしてこうなった?
どうしてこうなった?
ざあざあ、ざあざあと廃屋の屋根に弾ける雨音が響く中、ダラケルスは意味のない自問自答を繰り返す。
......どうしてこうなった、だと?
そんなこと、答えはわかりきっている。
受けるべきではない依頼を、受けてしまったからだ。
端的に言えば、それが答えだ。
◇ ◇ ◇
ゼナーリニでその日暮らしをしている不良冒険者ダラケルスはある日、定宿を追い出された。
ツケがたまりにたまって......女将に愛想をつかされたのだ。
金を払わないのに、酒臭い息で朝帰りし、女将の目元の小じわをからかった。
何が、良くなかった?
全部が、良くなかった......。
「ま、なんとかなんだろ......」
お決まりのセリフをうそぶきながら冒険者ギルドへと向かうダラケルス。
そんな彼に、路地裏から声をかけた大男。
それが、ジョン......改めバーデンガジューだった。
『坊ちゃんを、探してくれないか』と、彼は言った。
一目見て、『あ、こいつは怪しい』とわかる風貌ではあった。
妙にビシッとした黒スーツを着ていて、やたらでかくてスキンヘッドだし、おまけに眉毛も剃っている。
そして何より怪しむべき点は、冒険者ギルドを通さずダラケルスに依頼を出してきた点だ。
冒険者ギルドは仲介料をとるが、それに見合った仕事をする。
適切な依頼料を設定し、冒険者を募集し、場合によっては適切な冒険者に仕事を回す。
そして......冒険者が不利益を被る可能性のある“怪しい依頼”をはなから弾く。
いわゆる、『闇依頼』と呼ばれるやつだ。
バーデンガリューがダラケルスにもちかけた依頼は、見るからに『闇依頼』であった。
こわもての男が、『さらわれた坊ちゃんを探してほしい』と、冒険者ギルドを介さずに依頼するなんて!
何か裏があるのは、アホでもわかる。
しかしダラケルスは、その依頼を受けた。
何故ならポンと、バーデンガリューは前金を払ってくれたからだ。
それは、ほぼ一文無しで明日からの生活を見通せないダラケルスにとっては、抗いがたい魅力的な金額であった。
だから、受けた。
受けてしまった。
「ま、なんとかなんだろ......」
そうつぶやきながら。
......実際、依頼については、なんとかなった。
ダラケルスは計画性がなく面倒くさがりで、覇気もない。
魔法使いを名乗っているが、使える魔法は幼少期に習得した下級魔法のみ。
しかし、なかなかどうして、小器用にその下級魔法を使いこなす。
特に人探しは、ダラケルスの得意とするところであり......バーデンガリューも何らかの伝手でそれを知り、だからこそ彼に声をかけたのだろう。
「おう、なんとかなったな!」
廃屋に隠れ潜んでいた追い詰められた顔の若者を下級魔法で昏倒させ若と呼ばれるクソガキを助け出した時、ダラケルスは思わずそう軽口をたたいた。
そして、早速高額な報酬をどう受け渡してもらうか相談するため、満面の笑顔を浮かべてバーデンガリューを振り返った。
すると、そこには冷たく笑いながらダラケルスに銃口を向ける、バーデンガリューが立っており......冒頭のシーンへと繋がるわけだ。
なんとか......ならなかったのだ......。
◇ ◇ ◇
「なあダラケルス。お前、最後に言い残したいことはあるか?」
さて、ざあざあと土砂降りの雨音が響く中、冷や汗を流すダラケルスに対して、バーデンガリューはそんなことを聞いた。
「な、なんで......そんなこと......聞いて、くれるんで?」
ダラケルスには、その質問の意図はわからなかった。
しかし、時間稼ぎのチャンスであると思い、なるべくゆっくりと、会話に応じた。
なお、時間稼ぎをした後どう窮地を脱するかについて、一切のプランはない。
「そりゃあ、な。オレだって申し訳なく思ってんだぜ?お前を殺さなきゃならんことはよ」
バーデンガリューはそう言いながら、眉間にしわを寄せる。
「でもこんな商売やってちゃ、キレイごとばかり言ってらんねぇのよ。その辺の雑魚冒険者の命よりも、オレらの面子は重いってわけだ。自分勝手だろう?」
本当に本当に申し訳なさそうに、バーデンガリューは言葉を続ける。
何か......何か生き残るための、ヒントはないか!?
ダラケルスは真剣に、バーデンガリューの言葉を聞いた。
「だからこそよ、背負わなきゃなんねぇって、思ってんのよ。殺した相手の、思いってやつをよ」
「............」
バーデンガリューはそう言って、大きく息を吸い込み......。
「バアーーーンッ!!!」
大声で銃声の、声真似をした!
「うひゃッ!?」
集中して話を聞いていたダラケルスは、その音を聞いて恐怖のあまりとびあがり、その後尻もちをついた!
「クク......クヒャヒャッ!ヒャハハハハーーーッ!」
その様を見て、バーデンガリューは邪悪に爆笑した!
(こ、このクソハゲッ!!オレのこと、おちょくっていただけかよッ!!)
「おい、バーデンガリュー!ボクはフライドチキンが食べたいんだ!早くこの薄汚い浮浪者を殺せ!」
(このクソガキがぁーーーッ!!!)
ダラケルスは顔を真っ赤にして憤慨した!
とはいえ、一矢報いる手段は何もない。
このままでは、小石を蹴とばすかのごとき気軽さで殺され、それでしまいだ。
なんとか、ならないか!?
なんとかなるだろッ!?
バカにされて湧きあがった怒りは、幸いなことにダラケルスの体と頭を縛っていた恐怖から一時的に彼を開放していた。
ダラケルスは、全身に魔力を巡らせ、目をキョロキョロと忙しなく動かしながら、事態を打開する反撃の一手を必死で探し始めた。
......だからこそ!
「ハハハ......すいやせん、若。もう、お遊びは終わりにしますんで」
そう言って、バーデンガリューが改めて魔導銃の引き金を引こうとした、その時。
ズガアアアーーーンッ!!!
「ムッ!?」
「うわあッ!?」
「......!!!」
廃屋の近くに偶然落ちた雷による、激しい光と、轟音。
さすがに闇組織にその身を置く男バーデンガリューも、怯んだ。
その隙を、ダラケルスは......見逃さなかった!
「『光よ、溢れ出し、広がれ!【ライトボム】』ーーーッ!!!」
「なッ!?貴様ッ、グワーーーッ!?」
一瞬の隙を突いてダラケルスが詠唱したのは、光の魔法。
光と聞くと特別な印象を受けるが、神聖な魔法でもなければ殺傷能力もない、その実ただの目くらまし。
周囲を強烈な光で包み一時的にその場にいる人間の視力を奪う、覚えてしまえば子どもでも使える下級魔法だ。
しかし、今、この状況においては......その下級魔法が、ダラケルスの窮地を救った!
「あばよクソハゲッ!!間抜けはテメエだったなボケがよぉーーーッ!!!」
「畜生ふざけるなゴミ野郎が地獄に落ちろ死ねやああーーーーーーッ!!!」
バン、バン、バンッ!!
視力を奪われたバーデンガジューが無茶苦茶に魔導銃を乱射する中、ダラケルスは急いで窓から外に飛び出し、廃屋から脱出した!
「はあ、はあ......!」
ようやくバーデンガジューが廃屋内の様子を視認できるようになった時には、既にダラケルスの姿はどこにもなかった。
ざあざあ、ざあざあと。
土砂降りの雨音だけが、周囲に響いていた。
【冒険者】
様々な依頼をこなし、日々の糧を得る人々。




