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オマケの転生者  作者: むらべ むらさき
29 巨獣の台地の小さな魔物編!
706/713

706 旅立ちの時、独り立ちの時

「お別れの、時が来た」




 エミーがドクゲーゴンにそうつぶやいた、その日の夕方。

 西日をその背に浴びながら、地を蹴り、大樹の幹を跳ね、エミーは......猛スピードで森の中を疾走していた。


 大樹、と書いたが。

 それは、常識的なサイズの大樹だ。


 外界と巨獣の台地を遮る切り立った崖から【黒翼】を使って滑空し、着地後は一心不乱に走り続けて3時間。


 彼女は既に、半年以上の時を過ごした台地から、遠く離れた場所にいた。

 その傍らに、毒を操る紫の鳥はいない。


 エミーは、独りだ。




「ミギャ......?」


 と、ここで。

 不運にもエミーの進路上に、低木の茂みから一匹のトポポロックが飛び出した。


 黄色と黒色からなる虎のような模様のトポポロックだ。

 体長1メートル程で背中に一列のトゲが生えた、毛のない三つ目の鶏のような魔物である。


「............」


 エミーは猛烈な速度を維持したままトポポロックに駆け寄り、その長い首をいきなり掴んだ。


「ミッ......」


 そして徐々に、速度を落とす。

 全力疾走から、駆け足に。

 駆け足から通常の歩行速度へ移行し、静止。


 完全に立ち止まったその時、エミーの手に首を掴まれたトポポロックは既に死亡していた。


 次にエミーは何の躊躇もなくトポポロックの長い首を手刀で切断すると、切断面に口を当て、そこからあふれ出す血液をごくごくと飲んだ。

 さらには骨ごと首の肉をかみ砕き、腹の中に収める。


 常人が決して真似をしてはいけない......ワイルド栄養補給!


 血と肉をある程度経口摂取した後、エミーはトポポロックの死骸を宙に放り投げた。

 そしてそれを、肩から伸ばした【黒触手】で突き刺す。


 【黒触手】はトポポロックの死骸から魔力を吸い上げ......それをボロボロの、黒い塵へと変えた。

 トポポロックは、そのほぼ全てをエミーによって奪われた。

 エミーの魂は、また少しだけ大きくなり......世界はまた少しだけ小さくなった。




<いやあ、すっかり大きな魔物に慣れてしまいましたから......こういう小さなサイズの魔物を見ると、なんだか逆に違和感を感じますね!>


 すっかり立ち止まり、うっすらと星が瞬き始めた空をぼーっと見上げるエミーに、オマケ様が明るく声をかけた。


「............」


<それにしても、良かったですね。あれから精霊神の動きは感じ取れませんし......エミーの存在には、おそらく気づかれていないと見て良いでしょう>


「............」


<まあ、あのクジラとか、ドクゲーゴンとか......他の神の関係者と関わってしまったのは予想外でしたが......>


「............はあ」


<もう、エミーったら!>


 何を話しかけても返事をせず......しまいにはため息をついてうつむいてしまったエミーに対して、オマケ様は心配そうに......しかし語気を強めた。


<そもそも、あなたも納得していたじゃないですか!ドクゲーゴンとは、別れなければいけないって!>




「うん......」


 エミーはぼんやりと、そうつぶやいた。


 エミーも、理解している。

 彼女がドクゲーゴンと別れなければならない理由は、いくつもある。


 まずドクゲーゴン自身が、十中八九転生者だ。

 その知能の高さから薄々感づいてはいたが......陸クジラの肉を食らっているときに発生した、突然の【進化】。

 そしてその時湧きあがった、黄金色の神気が......。

 その事実を、エミーにしっかりと確信させていた。


 転生者の背後には、彼ら彼女らの人生を『視聴』する神々がいる。

 未だエミーの力ですら抗えぬ、理不尽な存在が。


 そんな厄介な『視聴者』に目をつけられないために......できれば、転生者とは距離を置くべきなのだ。


 そして、さらには。




「ドクゲーゴンを、これ以上不幸には、巻き込めない......」


 少しでも誰かと親しくなると湧きあがる、この思い。


 黒髪黒目は、不幸を招く呪い子。

 アーディストの世界中どこにでも伝えられているこの伝承は、決して間違いではないと、エミーは確信している。

 それだけ、彼女は......毎度大事件に巻き込まれている。


 今回戦った陸クジラだって、あれは絶対に転生者であるドクゲーゴンの『物語』の敵役として現れた存在ではない。

 ドクゲーゴンの敵にしては、強すぎるからだ。


 あの陸クジラは、自分が招き入れてしまった不幸だ。


 エミーはそう、思っている。


 だから。


「......殺すわけには、いかない。仲間を、私のせいで」




 それだけ言うとエミーは、口をつぐんだ。

 そして前を向いて、目的地のない旅を再開した。


 今彼女がいるのは、比較的木々の少ない、開けた森の中。

 春が始まったばかりの今、下草も伸びておらず移動は容易い。

 彼女は西日に照らされる......長い長い、真っ黒な己の影をじっと見つめながら、歩き続けた。


 一度も、後ろは振り返らなかった。




 縁は、もう切れたのだ。


 切らなくてはならないのだ。




◇ ◇ ◇




「ンエ......」




 気づけば毒の湖を、西日が黄色く染めていた。

 仰向けになって呆然と、ただぷかぷかと、キラキラとした輝きで闇を覆う湖面に浮かんでいたドクゲーゴンは、ようやくぐるりと体をひねり、動き出した。


「ンエ......」


 そして湖を満たす毒液の一部を触手のように動かして......自分の体を高く高く、持ち上げる。

 視界に広がるのは、巨獣の台地の広大な森。

 どこまでも続いていると錯覚する程に広い。

 エミーはこの台地の端には崖があるのだと言っていたが、その端の崖とやらは、遠すぎて見当たらない。


 エミーは......きっともう、そんな見えない台地の端よりも、もっと遠くに行ってしまった。


「ンエ......」


 そう考えると、寂しくて......ドクゲーゴンは毒液の触手をしなしなと萎びさせ、ぽちゃりと湖面に着水した。




「お別れの、時が来た」




 頭の中に何度も繰り返し響く飼い主の言葉は、いつも通り唐突で、一方的な宣告だった。


 ドクゲーゴンは、抗議した。

 羽をばたつかせ、喚き散らし、全身全霊をもって抗議した。

 いかに言葉が伝わらなくとも、あれだけやって彼の気持ちが伝わらないわけがない。


 エミーはそんな彼の大暴れをじっと見つめ......口を開いては閉じ、開いては閉じ......何やら言葉を選んでいるようだったが。

 しばらくして、ようやく。




「だってお前......最近大きくなって、そろそろ、おいしそうだよね......?」


 と言った。




 ......それが冗談なのか、本心なのかと言えば......冗談めかして言ってはいるが、いくらかは本心なのだろうとドクゲーゴンは思った。


 だって、エミーの食欲は異常だ。

 あの巨大な陸クジラの肉だって......干からびて縮んだとは言え、相当な量があった。

 ドクゲーゴンもついばんではいたが、それをこの人型の魔物は、ほぼ一人で食らいつくしたのだ。

 その様を見ていたが故にドクゲーゴンは、彼女が彼を“肉”としてみなし始めたというその言葉に、感じたくない説得力を感じてしまった。


 それと同時に。


 だからこそ、別れようと。

 そう言ってくれるエミーの優しさも、強く感じたのだ。




 ......ドクゲーゴンは、何も言えなくなってしまった。

 ただうつむいて震え、ぽたぽたと涙をこぼした。


「............」


 エミーはそんな彼の頬に両手をあて、むにむにと、静かになでた。

 すると、エミーの手にドクゲーゴンの涙が落ちて......その部分を、赤く腫らした。


「............!」


 彼女の自己治癒力はすさまじく、その腫れもすぐにひいてしまったが......。

 エミーは無表情のまま......しかしじっと、腫れていた手を見つめてから。




「強くなったね、ドクゲーゴン」




 そう言って、大きくなった彼の頭に、ぎゅっと抱き着いた。




◇ ◇ ◇




 その後、エミーは旅立った。

 それ以上の言葉は、なかった。


 ただ小さく二度ほど、胸の前で手のひらを振って。


 その次の瞬間には。


 ダン、という音と小さなクレーターをその場に残して、エミーは消えていた。


 離れるのが嫌で、追いかけるとか。

 そんなことは、物理的に許されなかった。

 エミーの隔絶した身体能力が、それを許さない。

 移動を目で追えないのだから、追いつけるわけがなかった。


 一方的に『もうお別れ』と宣言して、有無を言わさずいなくなる。


 本当に、最後まで話を聞かない......自分勝手な飼い主だった。




(......最後?)


 と、ここで。

 沈み始めた夕日を眺めながら、ドクゲーゴンはふと思った。




(もう会えないなんて、誰が決めた)




 それは、エミーだ。

 エミーが決めた。


 人間だった頃の彼なら。

 晴馬情なら。


 『捨てられた』と傷つき、心の殻に閉じこもり、いつまでもすねていただろう。


 でも、今の彼はドクゲーゴンだ。

 わがままで、自分勝手で、暴力的な飼い主エミーの、ペットの鳥だ。




(なんでそんな言葉に、従わなくちゃいけない!)




 彼は、“変わった”のだ。

 あえて“成長した”とは言うまい。

 しかし間違いなく、この世界で“生きていくために”、彼は変わった。

 良かれ悪しかれ。


 変えてくれたのは、エミーだ。


 ......あんな飼い主のペットが、大人しく言いつけを守るお利口さんになる?

 なるわけがない!




(そもそも、飼っていたペットを捨てるだなんて!それがどれだけペットを傷つけ、そして生態系を破壊する愚かな行為なのか......エミーは理解してないよぉ!)




 ようやくここで、ドクゲーゴンの心の中には......沸々と怒りすら湧き始めた!

 その怒りに連動して、風もないのに彼の周囲の湖面が揺れ、ぶくぶくと泡が弾ける!

 波と波がぶつかり、弾けた泡からしぶきとなって毒液が舞い散る!


 そして!




(......ボクは、もっと強くなるから)




 突然そんな風に荒れ狂っていた湖面は、凪いだ。




 ......巨獣達を、エミーのようになぎ倒せるくらい強くなって。

 エミーが『食べたい』と思えなくなる程、毒も強くして。

 周りを汚さない、完璧な毒の制御を身に着け。




(そしてまた......エミーに会いに行くから!)




 森の端に沈んでいく真っ赤な夕日を見つめるドクゲーゴンの瞳は、既に毒で湿ってはいなかった。




 この別れは、断絶ではない。

 体が遠く、離れていても。

 きっとこれからも、ドクゲーゴンの心は、エミーのそばにあるだろう。




 絆は、そう簡単に切れないのだ。


 切れるものではないのだ。

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エミーの物語は、出会いと別れのハードボイルド調のストーリーって改めて認識したら、ふとコブラ(寺沢武一作)と重ねてしまったw
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